2012年02月09日

鬼恋童 : 赤江瀑

『鬼恋童』 赤江瀑

 講談社文庫から出ている赤江瀑作品の多くは表紙が辻村ジュサブローの人形で飾られていて、手に取るだけで妖しい気配がム〜ンなのである。以前は講談社文庫版の赤江作品は『罪喰い』以外すべて(多分)持っていたのだけど、ある時期に訳あってすべて手放してしまって、今手元にあるのは『鬼恋童』含めて4冊だけである。何であの時手放してしまったのか・・・馬鹿なことをした。

 久しぶりに読んだ『鬼恋童』だが・・・ああ、やっぱりやられた。冒頭の数行を読んだだけで、見事に、“あっ”という間に、なす術もなく、スコーンと赤江瀑の世界にハマってしまった。

 
 この間、ワイドショーを見ていたら、「悪い霊が憑いている」などと言って、不安を煽り、悩みを抱える人の心の弱みにつけこんで怪しげな商品を買わせてしまう霊感商法の手口を紹介していた。「悪霊が・・・」なんて言われて何故信じてしまうのか。何かおかしいとどうして気づかないのか。傍から見れば、何でそんなことになるのか到底理解できない、ありえない話。

 でも、世界にハマるってこういうことだよなぁ・・・と、読み終えたこの小説を手にして思う。

 普通の日常生活をおくっている健全な(?)精神状態では見えるはずのない、闇、鬼、魔、妖しが姿をあらわすそんな世界。しかし、わたしたちの心は、漠然とした正体のわからない不安が芽生えるだけで、すっと日常を離れていく。

 『鬼恋童』・・・毛利藩の御用窯としての開窯以来、萩焼の歴史のどの一角、一隅にも記されていないその文字(「鬼恋童」)。六条御息所ゆかりの野宮神社への竹藪の路ですれちがった、ふと気にかかる女の顔(「阿修羅花伝」)。「雉子も鳴かずば撃たれまいに・・・」 一声高く鳴いて飛び立つ雉子に自らを重ね幻想する男(「闇絵黒髪」)。ニューヨークの街を歩きながら、中国古代の火の神『炎帝』の名を持つ一枚の絵〜燃え上がる炎のような筋隈をひいた男の顔〜を思う女(「炎帝よ叫べ」)。左右両端に蕨型の背もたれ、アカンサスと忍冬模様のビロード張りのシート、インド産のサテンウッドに精妙優美な彫刻装飾を施した一台の寝椅子(「寝室のアダム」)。

 収録された各短編冒頭の情景、記述。ほんの数行の言葉、描写で、赤江瀑は私たちの心に不安、不審、不穏の芽を植え付ける。もう世界にハマっている。芽はどんどん大きく育つ。じっとりと汗をかき、何か恐ろしいものが眼の端でうごめいているのを感じる。ああ、見ちゃあいけない。

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Posted by sweet_pea at 21:43  |Comments(0)TrackBack(0) | 赤江瀑