2012年05月18日
視点の落差
もう10年ほど前になるだろうか。世界一高い山のてっぺんに登ったことがある。
といっても、それはエベレストではない。
ハワイ島にあるマウナケア山で、標高は4205メートルに過ぎない。だが、視点を変えればまた別の見方ができる。標高とはあくまで海面からの高さであり、海底(ハワイ島周辺の海底は深さ5千メートル)からの高さを測れば、マウナケアこそが世界最高峰なのだ。
いや、そもそも最高峰とは何だろう。
ジョン・クラカワーの著書に「エベレストより高い山?」という処女作があるが、高いを「困難」という言葉に置き換えたとき、ここでも常識は容易に常識でなくなってしまう。
ひとは8000メートルの山に登ることができても、わずか7メートルの垂直の壁を登ることはできない。もし世界のどこかで7メートルのツルツルの壁が発見されれば、その山こそが最高峰(に登攀が難しい山)ということにならないだろうか……。
なんてことを、このところバカみたく考えていて、これがなかなかに愉快だ。
連休中は、子どもと一緒に浅間尾根を登った。先週末は、ぶらり旅で訪れた紀北町でツヅラト峠をふいの衝動に駆られ歩いてきた。登山ならぬ、ハイキング熱に最近は浮かされている。
今から10年後、ヒマラヤやアラスカでクライミングもどきの登山ができていたら、負け惜しみではなく、最高だろうなあ。

といっても、それはエベレストではない。
ハワイ島にあるマウナケア山で、標高は4205メートルに過ぎない。だが、視点を変えればまた別の見方ができる。標高とはあくまで海面からの高さであり、海底(ハワイ島周辺の海底は深さ5千メートル)からの高さを測れば、マウナケアこそが世界最高峰なのだ。
いや、そもそも最高峰とは何だろう。
ジョン・クラカワーの著書に「エベレストより高い山?」という処女作があるが、高いを「困難」という言葉に置き換えたとき、ここでも常識は容易に常識でなくなってしまう。
ひとは8000メートルの山に登ることができても、わずか7メートルの垂直の壁を登ることはできない。もし世界のどこかで7メートルのツルツルの壁が発見されれば、その山こそが最高峰(に登攀が難しい山)ということにならないだろうか……。
なんてことを、このところバカみたく考えていて、これがなかなかに愉快だ。
連休中は、子どもと一緒に浅間尾根を登った。先週末は、ぶらり旅で訪れた紀北町でツヅラト峠をふいの衝動に駆られ歩いてきた。登山ならぬ、ハイキング熱に最近は浮かされている。
今から10年後、ヒマラヤやアラスカでクライミングもどきの登山ができていたら、負け惜しみではなく、最高だろうなあ。
2012年04月17日
外房とミナミ
屋号を通して自身のルーツをたどる−−それがこれほどドラマチックな旅になるとは。星野博美著「コンニャク屋漂流記」を読んでの感想である。ここ最近読んだ本の中で、ノンフィクションの中ではいちばん印象深かった。小説では、石田千さんの「あめりかむら」。次に大きな賞をとるのはこのひとだと思う。
2012年04月05日
しらっと再開
ひとり息子ももうすぐ5歳。保育園に通い始めたころはどちらかというと体が弱く、いつまで経っても歩くことができなかった。月齢が高いにもかかわらず、うちの子だけどうして立つことができないのだろう? それはもう心配でたまらず、一時は病院でも診てもらったのだが、いまでは立つどころか走るスピードもそうとう速くなり、「メッシよりうまくなるんだあ」とサッカーに興じている。そうなったらなったで今度は息子のたてる足音にハラハラし、借マンションの安普請が気になり始めるのだった。いっそテラスハウスにでも引っ越したいと思うのだが、立ちふさがるのが東京の家賃の高さだ。けっして高望みはしていないのに、希望と供給の折れ合う一点が見つからない。むしろ身につまされるのは己の不甲斐なさで、稼ぎの少なさが悩みの根底にあることに気づく。気づかされる。震災後、被災者の心情に寄り添いたいと考えるあまり、悲しみの方にばかり心の針が振れ、喜びを求める方向になかなか気持ちが向かなかった。でも、それではいけないんじゃないか。息子に美味しいものを食べさせたい、できるかぎりいろんな場所に連れていってあげたい、と考えるのは至極自然なことで、それを叶えるには欲求のモチベーションを上げる必要がある。現状を打破するための工夫と粘りが必要で、思いは行動を伴わなければならない。おそらくこんなことを書いても、多くのひとには伝わらないだろう。言葉足らずを承知でブログを再開するのは、なにより自身に切っ掛けがほしいからだ。こうして外に向けて言葉を発することで、その言葉には責任が伴う。伴うんじゃないか、と思う。ようは衆人環視の状況に身を置いて、怠け心をけしかけてやりたい! 過去に何度も挫折しているけれど、今度こそは殻を破らなければ。これから書こうとしている(何度も筆を折った)文章をなんとかまとめるために、階下の住民には申し訳ないが、いましばらくはこの狭い部屋で言葉を綴っていきたい。たまに飛んでくるゴムボールを巧みにかわしながら、よし書くぞ。
※現在発売中の雑誌にいくつか原稿を書いています。まず、Number800号には街とクラブの物語を。ナンバーDoには箱根駅伝から生まれたスピンオフ的作品と、間寛平さんの聞き書きを。山と渓谷4月号には植村直己冒険賞についての記事を。G2vol.9には三浦雄一郎さんの手記をまとめたものを。週刊文春には隔週でぶらり旅を書いていますので、機会があればぜひご一読を。一部はネットでも読めるようです。
※現在発売中の雑誌にいくつか原稿を書いています。まず、Number800号には街とクラブの物語を。ナンバーDoには箱根駅伝から生まれたスピンオフ的作品と、間寛平さんの聞き書きを。山と渓谷4月号には植村直己冒険賞についての記事を。G2vol.9には三浦雄一郎さんの手記をまとめたものを。週刊文春には隔週でぶらり旅を書いていますので、機会があればぜひご一読を。一部はネットでも読めるようです。
2011年10月06日
いい汗かいた
ふがいない夏をかえりみて、このところは週に2、3回、ほどほどの距離を走っている。
1時間も走れば、その間にいろいろなことを考える。
書きかけの原稿のこと、憎々しげな原発のこと。子どもが成長するうれしさ、それに伴い部屋が手狭になっていく悩み。そして、このブログのことも。
つづけることじつに7年あまり(!)。このまま継続していくつもりがあるのなら、もう少しマメに日々の営みを更新すべきではないか。
もっと気楽にやればいいと諭す自分と、不特定多数にバカをさらす覚悟を求める自分……。かしこまった文章はふだんの自分とはビミョーにちがっていて、書けば書くほど等身大から離れていってしまうジレンマもある。
ではどうするか、うむ、と考えたところで今日も自宅にたどり着いた。宣伝をひとつ。
※今日発売のNumber Doに原稿をふたつ書いています。箱根駅伝常連校への密着記事と、鎌倉トレイル疾走録(?)。走ることに興味のある方はぜひご一読を。
そうそう、めでたく連載が再開された、週刊文春の「ぶらり旅」もよろしくお願いします。
1時間も走れば、その間にいろいろなことを考える。
書きかけの原稿のこと、憎々しげな原発のこと。子どもが成長するうれしさ、それに伴い部屋が手狭になっていく悩み。そして、このブログのことも。
つづけることじつに7年あまり(!)。このまま継続していくつもりがあるのなら、もう少しマメに日々の営みを更新すべきではないか。
もっと気楽にやればいいと諭す自分と、不特定多数にバカをさらす覚悟を求める自分……。かしこまった文章はふだんの自分とはビミョーにちがっていて、書けば書くほど等身大から離れていってしまうジレンマもある。
ではどうするか、うむ、と考えたところで今日も自宅にたどり着いた。宣伝をひとつ。
※今日発売のNumber Doに原稿をふたつ書いています。箱根駅伝常連校への密着記事と、鎌倉トレイル疾走録(?)。走ることに興味のある方はぜひご一読を。
そうそう、めでたく連載が再開された、週刊文春の「ぶらり旅」もよろしくお願いします。
2011年10月01日
ほぼ同世代の快挙
竹内洋岳さんがチョーオユーの登頂に成功した。
その一報が入ってからおよそ9時間あまり。今ごろはC2からC1、さらにはベースキャンプに向けて暗闇のなか下降を続けているだろうか。
下山して、無事が確認されてから、改めてよろこびを噛みしめたいと思う。
誕生日がわずか1日違い。取材の縁があってから、まるでストーカーのようにブログをのぞいてきた。人となりが素晴らしく、もはやファンの1人だ。
まだあまり知らないという方は要注目! 日本登山の前衛がここにある。
その一報が入ってからおよそ9時間あまり。今ごろはC2からC1、さらにはベースキャンプに向けて暗闇のなか下降を続けているだろうか。
下山して、無事が確認されてから、改めてよろこびを噛みしめたいと思う。
誕生日がわずか1日違い。取材の縁があってから、まるでストーカーのようにブログをのぞいてきた。人となりが素晴らしく、もはやファンの1人だ。
まだあまり知らないという方は要注目! 日本登山の前衛がここにある。
2011年09月16日
子どもが主役の
こんなにも泣いて、笑えて、心温まる映画は「リトル ミス サンシャイン」以来だ。
想像力の飛躍、物語の深さでマイフェイバリットをしのぐ。
この連休中に映画でも見ようと思っている方にぜひ、おすすめしたい。
「100歳の少年と12通の手紙」
想像力の飛躍、物語の深さでマイフェイバリットをしのぐ。
この連休中に映画でも見ようと思っている方にぜひ、おすすめしたい。
「100歳の少年と12通の手紙」
2011年08月31日
長い指で書く
久しぶりに手にした向田邦子の小説を、帰りの電車で読んだ。わずか70ページほどの短編に、思わず泣きそうになった。
「眠り人形」(文春文庫)という短編の、65ページから66ページにかけて。きょうだいってこうだよなアと、泣き笑いに近い感情がとめどなくなる。おそらく目は潤んでいただろう。
今宵、“ぶらり”旅の帰り道でのことだった。
震災で連載が休載となり、そのまま時が流れていくことも覚悟していたのだが、東電さんに替わる新たなスポンサーが決まり、再開の運びとなったのだ。
これからまた、旅の中で本を読む機会が増えると思う。
心の機微を丹念に描いた作品に泣かされ、いつか人の感情をふるわせるような文章が書きたいと願い、打ち砕かれ、また願う、そのくり返し。
わずか1000字ほどの原稿で、どれだけのことが伝えられるか。試行錯誤の日々が再び始まる。そのことが心底うれしい。すでに良い出会いがたくさんあった。
「眠り人形」(文春文庫)という短編の、65ページから66ページにかけて。きょうだいってこうだよなアと、泣き笑いに近い感情がとめどなくなる。おそらく目は潤んでいただろう。
今宵、“ぶらり”旅の帰り道でのことだった。
震災で連載が休載となり、そのまま時が流れていくことも覚悟していたのだが、東電さんに替わる新たなスポンサーが決まり、再開の運びとなったのだ。
これからまた、旅の中で本を読む機会が増えると思う。
心の機微を丹念に描いた作品に泣かされ、いつか人の感情をふるわせるような文章が書きたいと願い、打ち砕かれ、また願う、そのくり返し。
わずか1000字ほどの原稿で、どれだけのことが伝えられるか。試行錯誤の日々が再び始まる。そのことが心底うれしい。すでに良い出会いがたくさんあった。
2011年07月29日
あと、ひとつ
人生は、分岐点がいくつもある線路のようだ。
初めて受験を経験した高校進学は、岐路のひとつとして記憶されている。
当時、三重県は学校群制度を取り入れていて、合格者はくじ引きのように二つの高校に振り分けられた。
家から近い津高ではなく、そこからさらに5キロ以上も離れた津西高に進んだのは運命だったのか。どのような先生、友人とめぐり会えたかで、人生は大きく変わったはずだ。良き師に出会えなかったからといって運命の女神を恨む気はないが、多少の後悔があったりする。
勉強をするでもなく、部活に熱心なわけでもなく、なにをあんなに悩んでばかりいたのだろう。
最初の躓きは親友との別れだった。同じ学校へ行こうと約束したのに、方や合格、方や不合格。気まずさから連絡が取れなくなり、そのまま卒業を迎えた。晴れ晴れとした気分で高校生活を迎えられなかったのは、運ではなく、青くさい自分のせいだ。
方程式が解けたところでどんな意味があるのか? テストの点数と人間の価値は比例するのか? 就きたい職も決まっていないのに、大学に行く理由はあるのだろうか?
なかなか答えのでない問いをくり返し、僕は現実からの逃避行を始めた。
ある日、授業を抜け出し、校舎裏の巨大な水道タンク(今もあるのかな……)の上に登って、もの憂げに授業風景を眺めていたのが、じつは高校時代でもっとも印象深い思い出であったりする。
青春につきもののほろ苦い蹉跌−−といえば格好もつくが、本音を言えば、もっと熱くなれるものをみつけ、笑いと涙が溢れんばかりの青春時代を送りたかった。
だから、こんなニュースを聞くと、胸が騒ぐ。
あと、ひとつ。
あと1勝で甲子園、というところまで母校の野球部が躍進している。
シード4校が準決勝までにすべて姿を消す波乱の大会。準々決勝では兄弟対決となった津高戦を1点差で勝ち上がり、今日は15−13という乱打戦(?)を制した。
チームを率いる村田監督は、同じ中学の野球部員、高校の同級生である。
誰よりも背が低かったが、負けん気も強く、同学年だけで40名ほどいた野球部員を見事にまとめ上げた僕らの代の主将だった。高校に入っても野球への情熱は変わらず、お気楽サッカー部員になった自分とは会話もほとんどなくなってしまったが、野球に取り組む誠実な姿勢はグランドを背にしながらもしかと伝わってきた。
よくぞここまで野球とともに歩み続けてきたものだ、と素直に感心する。
公立校だから推薦制度などないだろう。今もそこそこの進学校だろうから、部員集めも大変なはずだ。球児としてでなく、指導者として挑む野球には、また異なる難しさがあるにちがいない。ついにあとひとつ、夢の舞台に片足をかけた心境はいかほどだろうか。
彼らがいま立っている岐路の大きさを思うと、こちらまでもが緊張してくる。
明日、もしも母校が甲子園初出場を決めたなら、どんな感情がわいてくるだろう。
頑張れ、同級生! 好機を生かせ。このレールはきっと、目指す聖地へとつながっている。
初めて受験を経験した高校進学は、岐路のひとつとして記憶されている。
当時、三重県は学校群制度を取り入れていて、合格者はくじ引きのように二つの高校に振り分けられた。
家から近い津高ではなく、そこからさらに5キロ以上も離れた津西高に進んだのは運命だったのか。どのような先生、友人とめぐり会えたかで、人生は大きく変わったはずだ。良き師に出会えなかったからといって運命の女神を恨む気はないが、多少の後悔があったりする。
勉強をするでもなく、部活に熱心なわけでもなく、なにをあんなに悩んでばかりいたのだろう。
最初の躓きは親友との別れだった。同じ学校へ行こうと約束したのに、方や合格、方や不合格。気まずさから連絡が取れなくなり、そのまま卒業を迎えた。晴れ晴れとした気分で高校生活を迎えられなかったのは、運ではなく、青くさい自分のせいだ。
方程式が解けたところでどんな意味があるのか? テストの点数と人間の価値は比例するのか? 就きたい職も決まっていないのに、大学に行く理由はあるのだろうか?
なかなか答えのでない問いをくり返し、僕は現実からの逃避行を始めた。
ある日、授業を抜け出し、校舎裏の巨大な水道タンク(今もあるのかな……)の上に登って、もの憂げに授業風景を眺めていたのが、じつは高校時代でもっとも印象深い思い出であったりする。
青春につきもののほろ苦い蹉跌−−といえば格好もつくが、本音を言えば、もっと熱くなれるものをみつけ、笑いと涙が溢れんばかりの青春時代を送りたかった。
だから、こんなニュースを聞くと、胸が騒ぐ。
あと、ひとつ。
あと1勝で甲子園、というところまで母校の野球部が躍進している。
シード4校が準決勝までにすべて姿を消す波乱の大会。準々決勝では兄弟対決となった津高戦を1点差で勝ち上がり、今日は15−13という乱打戦(?)を制した。
チームを率いる村田監督は、同じ中学の野球部員、高校の同級生である。
誰よりも背が低かったが、負けん気も強く、同学年だけで40名ほどいた野球部員を見事にまとめ上げた僕らの代の主将だった。高校に入っても野球への情熱は変わらず、お気楽サッカー部員になった自分とは会話もほとんどなくなってしまったが、野球に取り組む誠実な姿勢はグランドを背にしながらもしかと伝わってきた。
よくぞここまで野球とともに歩み続けてきたものだ、と素直に感心する。
公立校だから推薦制度などないだろう。今もそこそこの進学校だろうから、部員集めも大変なはずだ。球児としてでなく、指導者として挑む野球には、また異なる難しさがあるにちがいない。ついにあとひとつ、夢の舞台に片足をかけた心境はいかほどだろうか。
彼らがいま立っている岐路の大きさを思うと、こちらまでもが緊張してくる。
明日、もしも母校が甲子園初出場を決めたなら、どんな感情がわいてくるだろう。
頑張れ、同級生! 好機を生かせ。このレールはきっと、目指す聖地へとつながっている。
2011年05月20日
よりそう
ヘッドランプ、防塵マスク、耐油のゴム手袋に軍手、それから長靴、水と日持ちする食料、雨合羽、寝袋にマット、そしてすべてを包み込む大型のザック……。
必要と思われるものは、あらかた用意できた。
明日から3日間ほど(今宵の深夜バスで石巻へ)、被災地で泥出し作業をしてくる予定でいる。たとえ1軒の民家でも、施設でも、きれいになればうれしい。
わずかな力かもしれない。実際、そうだろう。必要なものはすべて持ち寄り、持ち帰ることで迷惑をかけないようにしなければ。とにもかくにも、しっかり汗をかいてきたいと思う。
月曜日に入る風呂が今から楽しみだ!
必要と思われるものは、あらかた用意できた。
明日から3日間ほど(今宵の深夜バスで石巻へ)、被災地で泥出し作業をしてくる予定でいる。たとえ1軒の民家でも、施設でも、きれいになればうれしい。
わずかな力かもしれない。実際、そうだろう。必要なものはすべて持ち寄り、持ち帰ることで迷惑をかけないようにしなければ。とにもかくにも、しっかり汗をかいてきたいと思う。
月曜日に入る風呂が今から楽しみだ!
2011年05月18日
闇と船とわたし(今週の1冊)
気まぐれにやめた読書の披瀝を、気まぐれにまた始めたいと思う。
今月に入り読んだ本のなかで、とくに印象深い3冊(小説、ノンフィクション、絵本)がこれ。
「爛れた闇の帝国」(飴村行)
今日のニュースを読んでも、女装した国交省の職員が万引きして捕まったり、72歳の尺八奏者がわいせつ行為で逮捕されたり……。筆者曰く、「人間の心の奥底にはね、必ず爛れた闇が潜んでいる」。それにしてもこの狂い方は半端ではない。果てしれぬ心の闇が、最後の1行までとぐろを巻いている。インパクトはキングコブラ級だ。
「舵のない船 布川事件の不正義」(伊佐千尋)
いったいどれほどの数の人間が「無実」という罪で逮捕され、刑務所に服役させられているのか。この本を読むと、警察と検察がいかに頼りなく、裁判官が罪作りであるか、呆れた実態が明らかになりゾッとさせられる。足利事件に続き、えん罪はほぼ確実。24日にある再審判決の言い渡しに注目したい。
「あのときすきになったよ」(薫くみこ・さく、飯野和好・え)
飯野さんの絵が子どもともども大好きだ。今回、特徴ある擬音語が控えめなのは、さくとえがちがうから。薫さんの文章がまた良いのです。むしろこれは大人にこそ読ませたい絵本。真の勇気とは、ひとを思いやるとはどういうことか、しっこさんの行動にその答えがある。
今月に入り読んだ本のなかで、とくに印象深い3冊(小説、ノンフィクション、絵本)がこれ。
「爛れた闇の帝国」(飴村行)
今日のニュースを読んでも、女装した国交省の職員が万引きして捕まったり、72歳の尺八奏者がわいせつ行為で逮捕されたり……。筆者曰く、「人間の心の奥底にはね、必ず爛れた闇が潜んでいる」。それにしてもこの狂い方は半端ではない。果てしれぬ心の闇が、最後の1行までとぐろを巻いている。インパクトはキングコブラ級だ。
「舵のない船 布川事件の不正義」(伊佐千尋)
いったいどれほどの数の人間が「無実」という罪で逮捕され、刑務所に服役させられているのか。この本を読むと、警察と検察がいかに頼りなく、裁判官が罪作りであるか、呆れた実態が明らかになりゾッとさせられる。足利事件に続き、えん罪はほぼ確実。24日にある再審判決の言い渡しに注目したい。
「あのときすきになったよ」(薫くみこ・さく、飯野和好・え)
飯野さんの絵が子どもともども大好きだ。今回、特徴ある擬音語が控えめなのは、さくとえがちがうから。薫さんの文章がまた良いのです。むしろこれは大人にこそ読ませたい絵本。真の勇気とは、ひとを思いやるとはどういうことか、しっこさんの行動にその答えがある。


