2012年02月21日

春一番が何故わかる〜〜語りえないものは沈黙せざるを得ない。

. 大寒過ぎれば春一番
 1月の大寒は流石に寒かった。今年は特に寒く感じて2月もまだ寒いだろうと結論してしまった。
ところが先々週だったか、外で野良猫達が物凄い闘い。「ゴロニャー、ゴロニャー」と喧しい。家内はやっと春が来たと喜んだ。今朝は庭の梅木にもつぼみが確認された。先週は判らなかったのに。最低の寒さの中で春を準備するというのは自然の神秘で、永年ビルの中で仕事をしてくると自然のことには疎くなる。

 そして来月には啓蟄の日がくるが、不思議に立ち木や地面には虫が這い出してくる。この植物や生物の季節変化予知能力には感嘆して、昔卒論の学生さんに地面に温度計を突き刺して地中温度を日々継続的に測定してもらったことがある。風や霜等の擾乱が多いとはいえ、最小二乗法で処理すれば春の到来を告げる明確なサインがある筈だと。ところが実験をやっている学生君は泣きだしそうな顔だ。歴然たる温度の変化は認められないという。この失敗体験は永年の疑問の種であったが、ヴィットゲンシュタインの哲学論考を読んでいてハタと気がついた。
ある現象に気がつくというのは、それを永年経験し、その経験が論理構造(何々であれば、何である)として頭に蓄積されていなければならない。語りえないことは確かにこの世に現存する。その失敗を遡及しても何も分からない。むしろ生物自体が認知するというより、周りの環境世界がその自覚を創ってゆく、と解釈する方が間口が広い。

2. リスク零はあり得ない〜〜便益性との対比
 上の論考から類推して我々の住む世界はリスクゼロは不可能である。放射能リスクをゼロにしても航空機ゼロは望み得ない。墜落のリスクは300年に一度という呑気なオーダーではない。それでも飛行機がなくならないのはリスクよりも便益性のほうへ眼がゆくからである。また航空機の整備によって確実にリスクが減ることの効果を信じているからでもある。

 原発を全て停止して直ちに不景気がやってくると考えるのは考え過ぎかもしれない。しかし小生の育った初等〜高等学校の時代には電気供給が少なく、乗車率150%の満員電車通学に苦しんだ。
もし解雇と失業の時代が訪れれば、またあの忌まわしい労働争議の世相がやっている。同時に税収がのびないから福祉と医療費は削られる。当然地方公務員の給与引き下げも視野に入ってきた。更には新聞購読の中止や受信契約の解約も増えるだろう。
 人間というものは一まとめにした経済、公害環境、教育環境等の中で暮らしており、何か具合の悪いものだけを除去することで全体をレベルアップにするには相当のバランス感覚が必要だ。

3. 人間の知恵と努力だけは絶やすな
 戦争中の激しい空爆の中でも防空壕を掘った人たちは何とか生き延びた。また敗戦後の食料難の時代でも各家庭は手製の電気パン焼き機を作り飢えを凌いだ。その時代に本田(ホンダ)の様に世界を席巻する自動車企業が生まれ育った。苦しみの中から人間の創意工夫が生まれるらしい。
 このように対象を怖がっていただけでは知恵は生まれない。恐怖対象をじっくり見つめてその中から少しでもリスクの小さい設備、リスク低減技術を発展させることが求められる。

 原発再稼動へ向けて担当部門の方々が採用した方法はやや「ボタンの掛け違い」の感は否めない。大寒の最中に梅のつぼみを発見するには説得論理にそれなりの構造が必要だ。なのに、旧来の科学技術用語を使ったために混乱に拍車をかけてしまった。

Posted by rakuinkyo at 14:42  |Comments(0)TrackBack(0) | 原発の安全 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月13日

結婚紹介の意味〜〜現在の方式の弊害(続)


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コンピュータ人工知能による結婚紹介システムの可能性〜〜将棋名人に勝ったコンピュータ技術の応用
http://tabigarasu2.blogspot.com/2012/02/blog-post_15.html

トピックス:
1. 円高の終焉はいつか

2. 余りにも未熟なヘッジ概念


Posted by rakuinkyo at 09:25  |Comments(0)TrackBack(0) | 安全工学の視点 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月09日

海底トンネルの事故〜〜土木業界も本格的なリスクマネージメントの時代か

1. 海洋事故の悲惨さ
 海底地盤の僅かな穴の生成がこれほどの事故を起こすとは、思わず息を呑んだ。まず犠牲者の捜索が優先されるが無事に見つかったとしても完璧な安全対策が確認されるまでは、工事の再開は難しいだろう。そういう意味では原発の事故とよく似ていて、想定外の事態がこれほどの損害を引き起こすとは関係者も予想していなかったに違いない。
 考えてみれば鹿島建設を始めとするゼネコン業界は青函トンネルや瀬戸大橋の橋脚工事において実績があり、この種の工事の安全確保には強い自信があったに相違ない。今までは社内においても人的過誤に対する啓蒙活動は十分過ぎるほどにリソースを割いてきたであろう。しかし今回は海洋地盤の掘削という建築・土木工学とは全く畑を異にする分野で、想定外の異変が生じたのである。

2. 起死回生の一手が裏目にでる。
 新聞報道から事故現場の地図をみると本当に狭い地域に無理にトンネル建設工事の青図を引いた様子がみて取れる。狭隘な国土でなんとか有効活用しようとすれば、こんなアイデアしか出て来なかったのだろう。動機は苛烈な経済競争に勝つための先行投資であって、目標は利益を出すためである。それが裏目に出てしまったが、どの程度の保険のカバーがあるのだろうか?
 同種の事故としてはチリ鉱山事故と同時期の、2010年6月にメキシコ湾でBP系列会社のトランスオーシャン社が起こした原油流失事故がある。損害額は邦貨換算3兆円といわれているが、これだけ巨額の損害の予防活動となると普通のヒューマンエラー対策では追いつかない。対応には常設の安全技術部が必要だが、おそらく鹿島では専門部門の人材は相当貧弱だったのではなかろうか?

3. 土木建設業界も本格的なリスクマネージメントの時代へ
 これからの苛烈な競争時代では楽に利益を上げる工事は段々少なくなってゆく。常に損害と利益とが共存する受注が増えてゆくのではなかろうか? そういう意味では常設の安全技術部門の充実が急がれる。ドイツのBASFでは数十名(10年前60名)の社員が安全解析業務に従事しており、その要員数は更に増強されていると思われる。これは他の産業に対しても良い警鐘である。

付録:専門家という一つの新興宗教
 何故日本では専門家というレッテルに弱いのだろうか? 愚息が「うつ病」に苦しんで来たからその道の専門家が話す会合には良く出た。私はいつも批判的に聞いている。現在快方に向かっているが、その対策は医師を変えただけ。これはこの方面で苦労された知人の助言に従ったまで、だが。いまでも愚息はいう、あのまま前の精神科医に従っていたら今頃どうなっていたか、恐ろしい。
この話の教訓は科学者というものを絶対視するな、という教訓。科学者も人間である。自分の頭で考えよ。これに尽きる。

関連記事:
1. チリ鉱山落盤事故の経営上の責任〜〜安全工学的解釈
2. 安全の基本はまず逃げること

Posted by rakuinkyo at 10:08  |Comments(0)TrackBack(0) | リスクの定量化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月06日

否定論理から何が生まれるか?〜〜セキュリティの時代


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Posted by rakuinkyo at 10:57  |Comments(0)TrackBack(0) | 安全装置 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする