2011年10月01日
雑感仏教: 釈迦と超能力
前回、悟っても超能力が身につかないと書きましたが、実際に身につくか別として、古代インドでは悟った人は超能力が身につくという伝説があったみたいです。
だから「釈迦が悟った」と聞いた人たちは、「釈迦も超能力を身につけたに違いない」と思ったらしいです。
そういう点では、中国の仙人修行と似ていますね。
六神通という考えがあります。
こないだ放送していたテレビ・ドラマ『SPEC スペック』みたいなもんです。
異常な聴覚を持っていたり、人の未来が読めたり、物凄い速度で動けたりという能力です。
釈迦が『西遊記』に出てくるような超人になるのは、仏教でもかなり後なのですが、六神通伝説はかなり古いです。
でも釈迦がもし六神通を持っていたら、防げたような災難を釈迦は防げていません。
釈迦の伝記を読むと、悟った後もいろんな災難にあっています。
また釈迦は生涯あちこちを旅行しましたが、特別な能力を使って移動していません。
六神通には、物凄い速度で移動できる能力もあります。
また人の心が読めるだけではなく、未来を読める能力もあるのです。
もし本当にそんな能力があるなら、弟子に裏切られることもなかったでしょう。
でも釈迦に超能力がなかったからと言って、釈迦の価値が下がるわけではありません。
最近は釈迦だけでなくニーチェも人気があって「ニーチェってマジ神」みたいなことを言われたりしているみたいですが・・・。
ニーチェは「神は死んだ」と言ったんだけど。でもニーチェが人気ある理由は、超能力があったわけではもちろんありません。
釈迦もニーチェも偉大な哲学者だと思うのです。

だから「釈迦が悟った」と聞いた人たちは、「釈迦も超能力を身につけたに違いない」と思ったらしいです。
そういう点では、中国の仙人修行と似ていますね。
六神通という考えがあります。
こないだ放送していたテレビ・ドラマ『SPEC スペック』みたいなもんです。
異常な聴覚を持っていたり、人の未来が読めたり、物凄い速度で動けたりという能力です。
釈迦が『西遊記』に出てくるような超人になるのは、仏教でもかなり後なのですが、六神通伝説はかなり古いです。
でも釈迦がもし六神通を持っていたら、防げたような災難を釈迦は防げていません。
釈迦の伝記を読むと、悟った後もいろんな災難にあっています。
また釈迦は生涯あちこちを旅行しましたが、特別な能力を使って移動していません。
六神通には、物凄い速度で移動できる能力もあります。
また人の心が読めるだけではなく、未来を読める能力もあるのです。
もし本当にそんな能力があるなら、弟子に裏切られることもなかったでしょう。
でも釈迦に超能力がなかったからと言って、釈迦の価値が下がるわけではありません。
最近は釈迦だけでなくニーチェも人気があって「ニーチェってマジ神」みたいなことを言われたりしているみたいですが・・・。
ニーチェは「神は死んだ」と言ったんだけど。でもニーチェが人気ある理由は、超能力があったわけではもちろんありません。
釈迦もニーチェも偉大な哲学者だと思うのです。

2011年09月30日
雑感:梵我一如と輪廻転生
仏教には難しい用語がいろいろあります。
でも難しいいい方をしなくても、わかることはできたりする。
梵我一如という言葉があります。
梵=ブラフマンというインドの神様のことで、この世界の最高の原理みたいな意味もあります。
我というのは「私」のことだけど、この場合は「魂」とか「真の自己」のことでアーリマンアートマンと言います。
だから梵我一如は、ブラフマンとアーリマンアートマンが一体になることです。
釈迦の時代は、真の自己を知るには俗世の生活を捨てて修行しなければいけないということで、仙人みたいなことをする人がかなりいました。
そして真の自己を知ると、この世界の最高の原理を知ることができると思われていました。
このことを悟りといいます。
悟った人の事を、仏陀とか阿羅漢と言いました。
釈迦が死んでからかなり経つと、ブラフマンとアーリマンアートマンが合体すると超能力が得られるみたいな説も出てきましたが、釈迦の頃は悟っても特別な能力は身につかなかったそうです。
悟るということは、特別な情報を知って、生き方が変わるということだったりします。
魔法使いや呪術師のような特別な能力は使えるようにはなれません。
この辺りが中国の仙人とも違います。
輪廻転生というのは、釈迦が生きていた時代の常識で、死んだら生まれ変わるということです。
でも釈迦の時代は、生まれ変わることを悪循環と考える人が多くいました。
釈迦もその一人で、どうすれば輪廻転生しなくてよくなるか悩んで出家しました。
いろいろ大変な修行をして、釈迦は輪廻転生について悩まなくなりました。
★
仏教についてはいろんな解説書がありますが、「輪廻転生と無我説は矛盾する」ということを説明している本があります。
これは無我というのを「魂がない」という意味に解釈しているからです。
釈迦の言葉を読むと、「私はない」とか「空だ」みたいなのがあります。
でも、これは自分を観察すると「明確な自分はなく移り変わりやすいということ」を言っているだけなのです。
これは昨日自分と今日の自分はどこまで一緒か?と観察すれば誰でも思うことです。
もし記憶喪失になれば、自分の写っている写真を見せられても他人に思えます。
だから釈迦が魂の存在を否定したわけではありません。
輪廻転生については、釈迦が認めていたかどうかはわかっていません。
釈迦が出家した理由は、輪廻転生に悩んでいたからです。
でも悟ってからは、悩まなくなりました。
釈迦は弟子から輪廻転生があるかと聞かれて、答えません。
なぜ答えないかと言えば、わからないからです。
★
輪廻転生というのは、日本でも馴染みある思想です。
テレビでも占い師が出てきて、あたなの前世はヨーロッパの貴族で・・・みたいなことを言ったりします。
漫画『稲中卓球部』でも、そんなネタの笑いがありました。
輪廻転生は、前世が人間とは限らないので、鳥とかドリアンとかマングースかもしれません。
そうすると、前世を信じているからすれば、先祖崇拝とか代々の墓みたいなのは変だったりします。
現世で、たまたま子孫になったにすぎないわけですから。
でも難しいいい方をしなくても、わかることはできたりする。
梵我一如という言葉があります。
梵=ブラフマンというインドの神様のことで、この世界の最高の原理みたいな意味もあります。
我というのは「私」のことだけど、この場合は「魂」とか「真の自己」のことで
だから梵我一如は、ブラフマンと
釈迦の時代は、真の自己を知るには俗世の生活を捨てて修行しなければいけないということで、仙人みたいなことをする人がかなりいました。
そして真の自己を知ると、この世界の最高の原理を知ることができると思われていました。
このことを悟りといいます。
悟った人の事を、仏陀とか阿羅漢と言いました。
釈迦が死んでからかなり経つと、ブラフマンと
悟るということは、特別な情報を知って、生き方が変わるということだったりします。
魔法使いや呪術師のような特別な能力は使えるようにはなれません。
この辺りが中国の仙人とも違います。
輪廻転生というのは、釈迦が生きていた時代の常識で、死んだら生まれ変わるということです。
でも釈迦の時代は、生まれ変わることを悪循環と考える人が多くいました。
釈迦もその一人で、どうすれば輪廻転生しなくてよくなるか悩んで出家しました。
いろいろ大変な修行をして、釈迦は輪廻転生について悩まなくなりました。
★
仏教についてはいろんな解説書がありますが、「輪廻転生と無我説は矛盾する」ということを説明している本があります。
これは無我というのを「魂がない」という意味に解釈しているからです。
釈迦の言葉を読むと、「私はない」とか「空だ」みたいなのがあります。
でも、これは自分を観察すると「明確な自分はなく移り変わりやすいということ」を言っているだけなのです。
これは昨日自分と今日の自分はどこまで一緒か?と観察すれば誰でも思うことです。
もし記憶喪失になれば、自分の写っている写真を見せられても他人に思えます。
だから釈迦が魂の存在を否定したわけではありません。
輪廻転生については、釈迦が認めていたかどうかはわかっていません。
釈迦が出家した理由は、輪廻転生に悩んでいたからです。
でも悟ってからは、悩まなくなりました。
釈迦は弟子から輪廻転生があるかと聞かれて、答えません。
なぜ答えないかと言えば、わからないからです。
★
輪廻転生というのは、日本でも馴染みある思想です。
テレビでも占い師が出てきて、あたなの前世はヨーロッパの貴族で・・・みたいなことを言ったりします。
漫画『稲中卓球部』でも、そんなネタの笑いがありました。
輪廻転生は、前世が人間とは限らないので、鳥とかドリアンとかマングースかもしれません。
そうすると、前世を信じているからすれば、先祖崇拝とか代々の墓みたいなのは変だったりします。
現世で、たまたま子孫になったにすぎないわけですから。
2011年09月28日
雑感: 仏教
小池龍之介さんやアルボムッレ・スマナサーラさんや宮崎哲弥さんの影響もあって、原始仏教が注目されている気がします。
仏教は大きく分けると、上座部仏教と大乗仏教に分かれます。
チベット仏教は大乗仏教です。
上座部仏教の方が古い仏教に近いのです。
古い方がいいという訳ではありませんが、シャカの頃の仏教と今の日本の仏教は大きく違っています。
鑑真が日本に来た時には、かなりシャカの時代の仏教と違っていましたし、奈良時代、平安、鎌倉、室町、戦国、江戸、明治と来て大きく変わりました。
インドでも大きく変化しました。
インドではシャカとナーガルジュナ(龍樹)の二人は、仏教で有名な思想家です。
ナーガルジュナの方がシャカよりかなり後なので、直接の弟子ではありません。
日本で流通している仏教の理論は、ナーガルジュナという人が作った(シャカの理論を改良した)理論です。
丁寧に比較すると、シャカとナーガルジュナの理論は、違っていたりするのです。
インド人は宗教に関しても理屈っぽい人が多いのですが、ナーガルジュナは特に理屈っぽかったみたいです。
『『スッタニパータ』―仏教最古の世界 (書物誕生―あたらしい古典入門)』(岩波書店)並川孝儀:著を読むと、シャカはナーガルジュナほど理屈っぽくなかったみたいです。
仏教には輪廻、無我、涅槃、縁起とか、いろいろ難しい概念があるのですが、シャカ自身は哲学的な意味合いではなく、割と日常的に使っていたみたいです。
だからシャカ自身の思想は、そんな小難しい言葉は使っていなかったみたいです。
古代インド哲学研究者の宮元啓一さんの『わかる仏教史』(春秋社)は、本当にわかりやすい原始仏教本です(日本の仏教も説明してありますけど)。
仏教は大きく分けると、上座部仏教と大乗仏教に分かれます。
チベット仏教は大乗仏教です。
上座部仏教の方が古い仏教に近いのです。
古い方がいいという訳ではありませんが、シャカの頃の仏教と今の日本の仏教は大きく違っています。
鑑真が日本に来た時には、かなりシャカの時代の仏教と違っていましたし、奈良時代、平安、鎌倉、室町、戦国、江戸、明治と来て大きく変わりました。
インドでも大きく変化しました。
インドではシャカとナーガルジュナ(龍樹)の二人は、仏教で有名な思想家です。
ナーガルジュナの方がシャカよりかなり後なので、直接の弟子ではありません。
日本で流通している仏教の理論は、ナーガルジュナという人が作った(シャカの理論を改良した)理論です。
丁寧に比較すると、シャカとナーガルジュナの理論は、違っていたりするのです。
インド人は宗教に関しても理屈っぽい人が多いのですが、ナーガルジュナは特に理屈っぽかったみたいです。
『『スッタニパータ』―仏教最古の世界 (書物誕生―あたらしい古典入門)』(岩波書店)並川孝儀:著を読むと、シャカはナーガルジュナほど理屈っぽくなかったみたいです。
仏教には輪廻、無我、涅槃、縁起とか、いろいろ難しい概念があるのですが、シャカ自身は哲学的な意味合いではなく、割と日常的に使っていたみたいです。
だからシャカ自身の思想は、そんな小難しい言葉は使っていなかったみたいです。
古代インド哲学研究者の宮元啓一さんの『わかる仏教史』(春秋社)は、本当にわかりやすい原始仏教本です(日本の仏教も説明してありますけど)。
2011年09月14日
『つぎはぎ仏教入門』呉智英:著
漫画評論などで知られる呉智英先生の仏教解説書だけど・・・。
期待した割には、つまらなかった。
アマゾンの感想でも、辛口感想が目立つ。
例えば井沢元彦の仏教解説の方が、何倍も面白いと思う。
葬式と仏教の関係にしても踏み込みが足りないと思う。
歴史に詳しいはずの呉智英先生だけど、間違いが見つかる。
最近は、わかりやすくて優れた仏教解説書がいろいろ出ているけど、呉智英先生は読んでいないのだろう。
ユーチューブで宮崎哲弥が大ヨイショしているけど、かなりレベルが低いと思う。
詳しい感想は後で書くつもり。
期待した割には、つまらなかった。
アマゾンの感想でも、辛口感想が目立つ。
例えば井沢元彦の仏教解説の方が、何倍も面白いと思う。
葬式と仏教の関係にしても踏み込みが足りないと思う。
歴史に詳しいはずの呉智英先生だけど、間違いが見つかる。
最近は、わかりやすくて優れた仏教解説書がいろいろ出ているけど、呉智英先生は読んでいないのだろう。
ユーチューブで宮崎哲弥が大ヨイショしているけど、かなりレベルが低いと思う。
詳しい感想は後で書くつもり。
2011年07月12日
『「律」に学ぶ生き方の智慧』 (新潮選書) の感想 その1
最近、原始仏教が注目されている気がする。
アルボムッレ・スマナサーラさんや小池龍之介さんの本が売れていて、現代日本仏教というより原始仏教に近い。
原始仏教の律(仏教のルール)の研究者・佐々木閑さんの本も注目されているみたいだ。
『「律」に学ぶ生き方の智慧』 (新潮選書) は、現代日本の仏教を原始仏教のルールと比較した本だ。
オウム真理教の分析に一章が割かれていて、去年亡くなった小室直樹さんの本、『日本人のための宗教原論』を連想した。
小室直樹さんはもの凄い博学なんだけど、『日本人のための宗教原論』は事実誤認と我田引水が目立つ酷い本だ。
でも『日本人のための宗教原論』は着眼点は悪くないと思う。
小室直樹さんの弟子の橋爪大三郎さんの本、例えば『世界がわかる宗教社会学入門』 (ちくま文庫) は、しっかりしているけど師匠はダメだったりする。
佐々木閑さんと橋爪大三郎さんとで、現代日本仏教について議論すると面白いと思う。
橋爪大三郎さんと島田裕巳さんの対談本、『日本人は宗教と戦争をどう考えるか』は面白い。
★
博学と過激さが売りの小室直樹さんは現代日本仏教とオウム真理教の両方を批判する。
しかも、その批判の仕方は佐々木閑さんと同じく原始仏教のルールとの比較だったりする。
佐々木閑さんと小室直樹さんは年齢は違うけど、理科系の研究者から転向しているので、奇妙な一致だ。
佐々木閑さんの『犀の角たち』は、現代の先端科学と仏教の類似が語られている。
佐々木閑さんから見ると、科学者の共同体は、原始仏教の共同体と重要な共通点があるそうだ。
アルボムッレ・スマナサーラさんや小池龍之介さんの本が売れていて、現代日本仏教というより原始仏教に近い。
原始仏教の律(仏教のルール)の研究者・佐々木閑さんの本も注目されているみたいだ。
『「律」に学ぶ生き方の智慧』 (新潮選書) は、現代日本の仏教を原始仏教のルールと比較した本だ。
オウム真理教の分析に一章が割かれていて、去年亡くなった小室直樹さんの本、『日本人のための宗教原論』を連想した。
小室直樹さんはもの凄い博学なんだけど、『日本人のための宗教原論』は事実誤認と我田引水が目立つ酷い本だ。
でも『日本人のための宗教原論』は着眼点は悪くないと思う。
小室直樹さんの弟子の橋爪大三郎さんの本、例えば『世界がわかる宗教社会学入門』 (ちくま文庫) は、しっかりしているけど師匠はダメだったりする。
佐々木閑さんと橋爪大三郎さんとで、現代日本仏教について議論すると面白いと思う。
橋爪大三郎さんと島田裕巳さんの対談本、『日本人は宗教と戦争をどう考えるか』は面白い。
★
博学と過激さが売りの小室直樹さんは現代日本仏教とオウム真理教の両方を批判する。
しかも、その批判の仕方は佐々木閑さんと同じく原始仏教のルールとの比較だったりする。
佐々木閑さんと小室直樹さんは年齢は違うけど、理科系の研究者から転向しているので、奇妙な一致だ。
佐々木閑さんの『犀の角たち』は、現代の先端科学と仏教の類似が語られている。
佐々木閑さんから見ると、科学者の共同体は、原始仏教の共同体と重要な共通点があるそうだ。
2011年02月05日
釈迦の伝記
アルボムッレ・スマナサーラさんは日本語がうまく著作は多いです(会ったことないので本からの推測です)。
『日本人が知らないブッダの話』は釈迦の伝記ですが、読んでいて山折哲雄さんの『ブッダは、なぜ子を捨てたか』(集英社新書)と内容が対称的な気がしました。
『日本人が知らないブッダの話』は、名指しはしていませんが『ブッダは、なぜ子を捨てたか』の批判になっていると思うのです。
ちなみにアルボムッレ・スマナサーラさんと山折哲雄さんは対談本を出したりしています。
『日本人が知らないブッダの話』には、釈迦が出家を決意して家出する「四門出遊」を作り話として退けています。
また釈迦の子供の名前の意味は「悪魔」ではなく「龍神」であって、邪魔な存在ではなく、宝であるそうです。
『日本人が知らないブッダの話』は釈迦の伝記ですが、読んでいて山折哲雄さんの『ブッダは、なぜ子を捨てたか』(集英社新書)と内容が対称的な気がしました。
『日本人が知らないブッダの話』は、名指しはしていませんが『ブッダは、なぜ子を捨てたか』の批判になっていると思うのです。
ちなみにアルボムッレ・スマナサーラさんと山折哲雄さんは対談本を出したりしています。
『日本人が知らないブッダの話』には、釈迦が出家を決意して家出する「四門出遊」を作り話として退けています。
また釈迦の子供の名前の意味は「悪魔」ではなく「龍神」であって、邪魔な存在ではなく、宝であるそうです。
2011年01月16日
雑感:空海と道元
日本密教で連想するお坊さんは、空海だったりします。
天台宗も密教も教えているのですが、総合大学という感じなので・・・。
日本天台宗の開祖・最澄もチャイナで密教を勉強しましたが、本格的に勉強したわけではありません。
だから生真面目な最澄は、帰国後に空海に密教を教えてもらいます。
密教はインドで生まれた仏教の一派です。
チベット仏教も密教です。
密教とは「秘密の教え」という意味です。
秘密のせいか仏教の中では一番オカルトな感じが強く神秘的な雰囲気が強いです。
密教の絵はエロチックな絵があったりしますし、快楽を肯定するような理論もあります。
現実を強く肯定し、人間自身を性質を肯定するという思想が強いのだと思います。
絵や仏像も派手で生命感溢れる感じなので、仏教の中では一番インドっぽい気がします。
でも日本の真言宗の僧侶やチベット仏教の僧侶がエロチックだったりするかと言えば、そうでもないです。
密教はオカルトっぽいですが、意外にも生臭坊主なイメージと遠かったりします。
ダライ・ラマが世界中で尊敬されるのは、生臭坊主なイメージから遠いからでしょう。
密教の特徴は、お祓いとか占いとか神秘体験という感じです。
道元と空海は時代が違いますが、同じ仏教徒とは思えないぐらい違います。
両極端という感じです。
生真面目な道元は退屈な感じですが、空海は芸術肌の上に神秘的な雰囲気が濃厚なので、エンターテイナーとしも優れている感じです。
釈迦にどちらが近いかと言えば、道元の方だと思うのですが、道元の生前は少数の弟子しかおらず、厳しい修行に耐えれる弟子は少なかったみたいです。
暖かいインドならまだ修行に耐えれたかもしれませんが、寒い永平寺での修行は比較にならないくらい辛いと思います。
天台宗も密教も教えているのですが、総合大学という感じなので・・・。
日本天台宗の開祖・最澄もチャイナで密教を勉強しましたが、本格的に勉強したわけではありません。
だから生真面目な最澄は、帰国後に空海に密教を教えてもらいます。
密教はインドで生まれた仏教の一派です。
チベット仏教も密教です。
密教とは「秘密の教え」という意味です。
秘密のせいか仏教の中では一番オカルトな感じが強く神秘的な雰囲気が強いです。
密教の絵はエロチックな絵があったりしますし、快楽を肯定するような理論もあります。
現実を強く肯定し、人間自身を性質を肯定するという思想が強いのだと思います。
絵や仏像も派手で生命感溢れる感じなので、仏教の中では一番インドっぽい気がします。
でも日本の真言宗の僧侶やチベット仏教の僧侶がエロチックだったりするかと言えば、そうでもないです。
密教はオカルトっぽいですが、意外にも生臭坊主なイメージと遠かったりします。
ダライ・ラマが世界中で尊敬されるのは、生臭坊主なイメージから遠いからでしょう。
密教の特徴は、お祓いとか占いとか神秘体験という感じです。
道元と空海は時代が違いますが、同じ仏教徒とは思えないぐらい違います。
両極端という感じです。
生真面目な道元は退屈な感じですが、空海は芸術肌の上に神秘的な雰囲気が濃厚なので、エンターテイナーとしも優れている感じです。
釈迦にどちらが近いかと言えば、道元の方だと思うのですが、道元の生前は少数の弟子しかおらず、厳しい修行に耐えれる弟子は少なかったみたいです。
暖かいインドならまだ修行に耐えれたかもしれませんが、寒い永平寺での修行は比較にならないくらい辛いと思います。
仏教と戒律 その2
日本の仏教の戒律が大きく変わったのは明治維新ですが、平安時代や鎌倉時代も大きく変わりました。
釈迦の時代も、臨機応変に戒律を変える釈迦と戒律絶対主義のディバダッタとの間で主権争いがあったり、釈迦の死後も戒律変更を巡って分裂があったりしました。
平安時代に戒律が大きく変わった理由は貴族の影響です。
天台宗が平安時代に大きな勢力になるのですが、貴族の子弟が僧侶になりました。
また貴族は大事なお客様でもありました。
本覚思想と末法思想という二つの思想が天台宗で流行しました。
本覚思想とは、生命は生まれながら悟っているという考えです。
人間だけでなく、人間以外の動物や植物も入ります。
梅原猛さんの本を読むと、世阿弥(室町時代)などの能作品に本覚思想がうまく表現されているそうです。
末法思想とは釈迦が死んである時期を越えると修行の効果がない時期が来るという考えです。
本覚思想の場合は、生まれつき悟っているのだから修行の必要はないという考えが生まれたりします。
道元の思想は、生まれつき悟っている(ハズな)のにどうして悩みがなくならないのか?という疑問を解決するために生まれました。
末法思想は修行の効果がないなら、修行しても意味がないじゃんという考えが生まれたりします。
そこで修行よりも祈りが大事という人が出てきます。
源信(『源氏物語』に出てくるらしい)や法然です。
法然は浄土宗の開祖ですが、弟子の親鸞が有名です。
法然は天台宗で修業したエリートですが、天台宗を出ます。
法然や親鸞は鎌倉幕府の成立時期になるので(教科書ではイイクニ作ろう鎌倉幕府ではないみたいです)、混乱の時期だったりします。
この混乱の時期に庶民派の仏教ができます。
奈良時代にも大仏開眼に協力した行基という僧侶がいたりしましたが、その後が続かなかったみたいです。
一遍などの踊り念仏が流行ったらのは、戒律を重視しなかったからでしょう。
貴族や庶民には仏教の戒律は堅苦しく感じるんだと思うんです。
タイでも高僧が重大な戒律違反をしてニュースになることがたびたびあります。
日本では、そんなことがニュースにならないのは戒律違反が日常茶飯事なっているからでしょう。
でもタイやミャンマーは仏教国なのですが、政情不安定ですね。
釈迦の時代も、臨機応変に戒律を変える釈迦と戒律絶対主義のディバダッタとの間で主権争いがあったり、釈迦の死後も戒律変更を巡って分裂があったりしました。
平安時代に戒律が大きく変わった理由は貴族の影響です。
天台宗が平安時代に大きな勢力になるのですが、貴族の子弟が僧侶になりました。
また貴族は大事なお客様でもありました。
本覚思想と末法思想という二つの思想が天台宗で流行しました。
本覚思想とは、生命は生まれながら悟っているという考えです。
人間だけでなく、人間以外の動物や植物も入ります。
梅原猛さんの本を読むと、世阿弥(室町時代)などの能作品に本覚思想がうまく表現されているそうです。
末法思想とは釈迦が死んである時期を越えると修行の効果がない時期が来るという考えです。
本覚思想の場合は、生まれつき悟っているのだから修行の必要はないという考えが生まれたりします。
道元の思想は、生まれつき悟っている(ハズな)のにどうして悩みがなくならないのか?という疑問を解決するために生まれました。
末法思想は修行の効果がないなら、修行しても意味がないじゃんという考えが生まれたりします。
そこで修行よりも祈りが大事という人が出てきます。
源信(『源氏物語』に出てくるらしい)や法然です。
法然は浄土宗の開祖ですが、弟子の親鸞が有名です。
法然は天台宗で修業したエリートですが、天台宗を出ます。
法然や親鸞は鎌倉幕府の成立時期になるので(教科書ではイイクニ作ろう鎌倉幕府ではないみたいです)、混乱の時期だったりします。
この混乱の時期に庶民派の仏教ができます。
奈良時代にも大仏開眼に協力した行基という僧侶がいたりしましたが、その後が続かなかったみたいです。
一遍などの踊り念仏が流行ったらのは、戒律を重視しなかったからでしょう。
貴族や庶民には仏教の戒律は堅苦しく感じるんだと思うんです。
タイでも高僧が重大な戒律違反をしてニュースになることがたびたびあります。
日本では、そんなことがニュースにならないのは戒律違反が日常茶飯事なっているからでしょう。
でもタイやミャンマーは仏教国なのですが、政情不安定ですね。
2011年01月15日
仏教と戒律
アジアの面白いニュースを紹介している「Kinbricks Now」に日本の仏教のことが記事になっていました。
「信じられない!日本の坊さんは恋愛も結婚もOKなの!?」
http://kinbricksnow.com/archives/51663184.html
外国の仏教から見れば、日本の仏教は自由だったりします。
でも中国の少林寺というのもかなりヘンな気がする。
チベットでは、お坊さんは肉を食べるそうです。
古代インドのルールを現代日本で守るというのは、かなり難しい気がするけど・・・・。
でも日本の場合は、輸入当時から守っていなかったのでは・・・。
鑑真が唐招提寺を作った理由は、日本のお坊さんが戒律を守らないから、戒律をみっちり教えるためなんですが。
それでも江戸時代までは、浄土真宗などの例外を除けばお坊さんは建前上は結婚できなかったわけだし・・・。
草食系でないとお坊さんは難しかったわけです。
寺とか墓とか仏像とか葬式は釈迦が生きてた当時は、仏教と関係が薄かったとハズなんですが・・・。



「信じられない!日本の坊さんは恋愛も結婚もOKなの!?」
http://kinbricksnow.com/archives/51663184.html
外国の仏教から見れば、日本の仏教は自由だったりします。
でも中国の少林寺というのもかなりヘンな気がする。
チベットでは、お坊さんは肉を食べるそうです。
古代インドのルールを現代日本で守るというのは、かなり難しい気がするけど・・・・。
でも日本の場合は、輸入当時から守っていなかったのでは・・・。
鑑真が唐招提寺を作った理由は、日本のお坊さんが戒律を守らないから、戒律をみっちり教えるためなんですが。
それでも江戸時代までは、浄土真宗などの例外を除けばお坊さんは建前上は結婚できなかったわけだし・・・。
草食系でないとお坊さんは難しかったわけです。
寺とか墓とか仏像とか葬式は釈迦が生きてた当時は、仏教と関係が薄かったとハズなんですが・・・。



2011年01月05日
雑感:曹洞宗
また秋月龍民さん(みんは王偏に民)の『禅仏教とは何か』(法蔵館:発行)から引用します。
井沢元彦さんの『日本史集中講義』(祥伝社黄金文庫)には、曹洞宗にはどうして宗祖が二人いるのかということが明快に説明してあります。
曹洞宗の福井県の永平寺と横浜の総持寺という寺は、どちらも重要であり、同格です。
これは道元と瑩山紹瑾(けいざんじょうきん)が同格ということです。
宗教というのは、始めた人と広めた人が別だったりします。
宗教団体が大きくなるためには、広めるのが上手な人が必要なのです。
仏教も、広めるのが上手な人がいたからこそ日本でこれほど広まったのです。
道元と瑩山紹瑾を比較すれば、道元は信者の獲得に消極的で、弟子も少数精鋭でした。
瑩山紹瑾という人が現れなければ、道元の宗派は消えていたか、少数派のままだったのです。
もうずいぶんと前の話だが、佐橋法龍老師が「秋月君のような人まで、道元禅師を曹洞宗の宗祖だという。曹洞宗の宗祖は道元一人ではない。高祖道元と太祖瑩山と両禅師を合わせて宗祖とするのだ。」と、『中外日報』紙上で書かれたことがあった。
そう言えば、駒沢大学学長の江藤即応博士が、『宗祖としての道元禅師』という本を出版して問題になったという話を聞いたことがある。
ここらあたりにも、私の先に疑問に対する何らかの答えが用意されているのであろうか。太祖瑩山について考えることなしには、今日の曹洞宗は語れないであろう。
井沢元彦さんの『日本史集中講義』(祥伝社黄金文庫)には、曹洞宗にはどうして宗祖が二人いるのかということが明快に説明してあります。
曹洞宗の福井県の永平寺と横浜の総持寺という寺は、どちらも重要であり、同格です。
これは道元と瑩山紹瑾(けいざんじょうきん)が同格ということです。
宗教というのは、始めた人と広めた人が別だったりします。
宗教団体が大きくなるためには、広めるのが上手な人が必要なのです。
仏教も、広めるのが上手な人がいたからこそ日本でこれほど広まったのです。
道元と瑩山紹瑾を比較すれば、道元は信者の獲得に消極的で、弟子も少数精鋭でした。
瑩山紹瑾という人が現れなければ、道元の宗派は消えていたか、少数派のままだったのです。
2011年01月04日
雑感:道元
秋月龍民さん(みんは王偏に民)の『禅仏教とは何か』(法蔵館:発行)は、難解なんですが過激な本だったりします。
引用
注:如浄・・・道元のチャイナ留学時代の師匠
道元は仏教に宗派というのを認めず、釈迦の教えはただ一つであり、釈迦の教えを忠実に模倣することを目指した人だったりします。
参考
田上太秀:著『道元の考えたこと』(講談社学術文庫)
でも道元の思想は、仏教の中でも特殊だと思います。
宮元啓一さんの『わかる仏教史』(春秋社)から引用します。
引用
如浄は「仏祖道は、禅宗にあらず」と断言し、「今日、如浄は則ち仏法の総府なり」『宝慶記』と言う。
道元はそれを受けて「正法の仏法」と言い、「全一(純一)の仏法」と言う。
こうして「禅宗の称を退けた道元は、その禅宗の中に、さらに「五家」の区別を立てることを厳しく否定する。
これもまた先師如浄の先しょうに倣うのである。
略
ここで私は一つの大きな疑問にぶつからざるを得ない。
このような思想を抱いていた道元を高祖と仰ぐ宗派の人々が、明治維新で日本が近代国家になって、官憲から宗名の届け出を求められたときに、なぜ「日本曹洞宗」と名乗ったのか、という疑問である。
注:如浄・・・道元のチャイナ留学時代の師匠
道元は仏教に宗派というのを認めず、釈迦の教えはただ一つであり、釈迦の教えを忠実に模倣することを目指した人だったりします。
参考
田上太秀:著『道元の考えたこと』(講談社学術文庫)
でも道元の思想は、仏教の中でも特殊だと思います。
宮元啓一さんの『わかる仏教史』(春秋社)から引用します。
道元(1200〜1253)は、京都の生まれで、貧しい貴族の久我通親の子(別説あり)でした。
13歳のときに比叡山に上がり、天台教学を学びました。
天台宗では、平安時代のおそらく中期ごろから、本覚思想が口伝の秘説として流行しました。
これはインドの一元論から影響をうけた『大乗起信論』にもとづくもので、わたくしたちは永遠の昔から覚った人(本覚)、つまり仏なのだが、あたかも埃のために鏡が曇るように、外からきた煩悩(客塵煩悩)にくらまされて、迷っているのだ、という考えです。
道元は、この本覚思想に触れ、大きな疑問をいだきました。
もともと修行を完成した仏であるならば、今さら修業をする必要がどこにあるのか、と考えたのです。
略
帰国後、まず建仁寺に住して『普勧坐禅儀』を著しました。
これは、坐禅の心構えと方法を簡潔に記したもので、今日でも初心者には有益です。
その後、1230年には深草の安養院に住し、『弁道話』(主著『正法眼蔵』の一章を構成)を構じ、「只管打坐」を唱えました。
これは、「ただひたすら坐れ」との意で、黙照禅の流れをうけていますが、じつは、道元なりに解釈した本覚思想を表明したものでもあります。
道元は「修証一等」ということをいいます。
修行と覚り(証)とは、じつは不可分一体のものだというのです。
道元は、本覚思想の上に立ちますから、修行という手段によって彼岸に渡り、覚りを得るとは考えません。
なぜなら、わたくしたちはみな、本来、永遠の昔から覚った人だからです。
しかし、いくら本来覚った人、仏なのだといわれても、わたくしたちはまったくその実感をもてません。
そして、考えてみれば(道元によれば)、あの釈尊も、仏となったあとも修業していた。つまり、修行という形態をとらなければ、覚りは顕れてこない、実感されないということなのです。
略
2011年01月03日
雑感:仏教
現代の日本人にとって寺に行く機会は、葬式と墓参りと年末年始ぐらいだと思います。
最近は、葬式や墓参りも寺には行かなかったりします。
日本のお寺は長い不況のため経済的に苦しんでいるところが多いです。
昔はお坊さんは信者に尊敬されることが多かったのですが、最近はそんなこともなくなってきました。
そのせいか、「釈迦の時代に戻れ!」みたいな研究が増えてきました。
でも古代インドは、電車も車ない時代です。
風土も違いすぎます。
釈迦と同じ格好をすれば冬場は凍死してしまうでしょう。
ただ日本の歴史を見れば、釈迦の時代の真似をしようとしたお坊さんはいたりします。
有名な道元もその一人です。
永平寺は福井県の山中にあり、冬場は雪の中です。
服装は釈迦に比べれば防寒になっていますが、道元の生前、厳しい修行に耐えることのできたお坊さんは少なかったそうです。
日本の仏教史では鎌倉時代が重要だったりします。
平安時代の仏教は貴族向けがメインでしたが、鎌倉時代になり庶民向けの仏教が次々に誕生しました。
道元の思想は、仏教でも特殊だったりします。
人はみんな生まれつき悟っているという考えです。
修行によって悟るというわけではありません。
では、なぜ修行をする必要があるのか?
道元は、この疑問を解決するためにチャイナに行きました。
最近は、葬式や墓参りも寺には行かなかったりします。
日本のお寺は長い不況のため経済的に苦しんでいるところが多いです。
昔はお坊さんは信者に尊敬されることが多かったのですが、最近はそんなこともなくなってきました。
そのせいか、「釈迦の時代に戻れ!」みたいな研究が増えてきました。
でも古代インドは、電車も車ない時代です。
風土も違いすぎます。
釈迦と同じ格好をすれば冬場は凍死してしまうでしょう。
ただ日本の歴史を見れば、釈迦の時代の真似をしようとしたお坊さんはいたりします。
有名な道元もその一人です。
永平寺は福井県の山中にあり、冬場は雪の中です。
服装は釈迦に比べれば防寒になっていますが、道元の生前、厳しい修行に耐えることのできたお坊さんは少なかったそうです。
日本の仏教史では鎌倉時代が重要だったりします。
平安時代の仏教は貴族向けがメインでしたが、鎌倉時代になり庶民向けの仏教が次々に誕生しました。
道元の思想は、仏教でも特殊だったりします。
人はみんな生まれつき悟っているという考えです。
修行によって悟るというわけではありません。
では、なぜ修行をする必要があるのか?
道元は、この疑問を解決するためにチャイナに行きました。
2010年08月21日
読書ノート:『日本人が知らないブッダの話 』(学研)
アルボムッレ・スマナサーラさんの本はたくさん出ていて、最近は夢枕獏さんとの対談集も出ました。
『日本人が知らないブッダの話』も最近出た本です。
日本人が知らないかどうかわかりませんが、かなりわかりやすいし、釈迦の死後に作られた神話と生前の話とを区別して語っています。
日本の仏教はヒンドゥー教の影響を強く受けて大きく変わってしまった仏教なのに対して、スリランカの仏教は、かなり初期の仏教に近い仏教です。
『日本人が知らないブッダの話 』を読んで「へえ〜」と思ったのは、釈迦の息子の名前の意味です。
日本の解説書だと、悪魔とか邪魔者の意味だと書いてあるのですが、それは誤りで、龍神様という意味で、いい意味だそうです。
『日本人が知らないブッダの話 』は読んでいて、疑問がなくはないです。
引用
日本の研究者に対する宣戦布告かな?
俄には信じられないなあ〜。
釈迦にとって、輪廻説は悟りを開くための前提だったけど、輪廻説はインド古来からあって、釈迦が真剣に輪廻説について悩んだから、出家を決意したと思うんだけど。
<感想 その2につづく >
『日本人が知らないブッダの話』も最近出た本です。
日本人が知らないかどうかわかりませんが、かなりわかりやすいし、釈迦の死後に作られた神話と生前の話とを区別して語っています。
日本の仏教はヒンドゥー教の影響を強く受けて大きく変わってしまった仏教なのに対して、スリランカの仏教は、かなり初期の仏教に近い仏教です。
『日本人が知らないブッダの話 』を読んで「へえ〜」と思ったのは、釈迦の息子の名前の意味です。
日本の解説書だと、悪魔とか邪魔者の意味だと書いてあるのですが、それは誤りで、龍神様という意味で、いい意味だそうです。
『日本人が知らないブッダの話 』は読んでいて、疑問がなくはないです。
引用
ここで指摘しておきたいことがあります。
インドの主流宗教であるヒンドゥーの教えでは、死んだら輪廻転生するといいます。
ヒンドゥー教はお釈迦様の時代にバラモン教と呼ばれた宗教から発展しました。
そこで、「お釈迦様はバラモン教社会の前提だった輪廻思想を受け入れたのだ」と説明されるのです。
しかし、これは逆です。
略
インド思想史の概説書などを読むと、仏教の時代に、沙門宗教(当時のインドでの非主流派宗教)の間で広まっていた輪廻説について『ウパニシャッド』の業論や輪廻説を前提にしたのだと説明しています。
しかし、実際に教えをパクったのはバラモンたちの方で、仏教や他の沙門宗教から取材して書かれたのが『ウパニシャド』だ、と考えた方がはるかに合理的です。
日本の研究者に対する宣戦布告かな?
俄には信じられないなあ〜。
釈迦にとって、輪廻説は悟りを開くための前提だったけど、輪廻説はインド古来からあって、釈迦が真剣に輪廻説について悩んだから、出家を決意したと思うんだけど。
<感想 その2につづく >
2010年08月20日
雑感:日本仏教の特殊性
日本の仏教は世界的にも特殊だと言われます。
その理由は戒律の遵守にあります。
他の国の仏教の出家が守るべきことを守っていないからです。
でも、それは本当に訂正すべきことなのでしょうか?
ここで宮元啓一さんの『仏教の倫理思想』(講談社学術文庫)から引用します。
日本の仏教は、儒教に近いと言えます。
儒教では「孝」が大事です。
家族や先祖や子孫との関係を大切にします。
それに対して、仏教で出家するということは、儒教の「孝」を否定することと同じになります。
儒教的な「孝」の価値観を肯定しながら、出家するというのは古代インド仏教的な価値観とは相容れないのです。
日本仏教は、この不可能性に挑戦した新仏教と言えるでしょう。
また『仏教の倫理思想』から引用します。
本来の仏教は、日本的な価値観と対立してしまうのです。
その理由は戒律の遵守にあります。
他の国の仏教の出家が守るべきことを守っていないからです。
でも、それは本当に訂正すべきことなのでしょうか?
ここで宮元啓一さんの『仏教の倫理思想』(講談社学術文庫)から引用します。
現在の日本の出家のほとんどは、配偶者、子供を持ち、父母を養い、親族と親交を結び、生活に困らないようにと蓄財に励みます。
ですから、古い出家の伝統を守っている南方上座部仏教の出家が日本の出家を見ると、とうてい出家とは考えられないといいます。
日本の仏教は、儒教に近いと言えます。
儒教では「孝」が大事です。
家族や先祖や子孫との関係を大切にします。
それに対して、仏教で出家するということは、儒教の「孝」を否定することと同じになります。
儒教的な「孝」の価値観を肯定しながら、出家するというのは古代インド仏教的な価値観とは相容れないのです。
日本仏教は、この不可能性に挑戦した新仏教と言えるでしょう。
また『仏教の倫理思想』から引用します。
執着するもとのものとは、つまりは煩悩にほかなりません。
煩悩、執着があっては、善悪の業を滅ぼすことができません。
わが国では「子煩悩」ということばがあります。
これは、子供が可愛くてしかたのない親(とくに父親)の態度を指し、どちらかというと良い意味で用いられます。
しかし、「子煩悩」というのは、俗に解釈されているように「子供のことを人並みに以上に心配して可愛がること」では本当はありません。
それは、仏教語として本来は、「子という煩悩」「子は煩悩である」を意味します。
煩悩の原語「キリサ」「クレーシャ」は、「苦しめるもの」を原義とします。
ですから、「子煩悩」とは、この世に生きているさいに受ける苦しみの最たるものこそ子供である、という意味になります。
略
出家となるというのは、このように、人情に背を向けることであり、非人情に徹することができない人には不可能なのです。
在家信者が非人情に徹することは無理ですが、人情は本当は煩悩、執着以外の何者でもないことをやはり頭の隅に留め、情に溺れてわれを忘れるような愚を犯さないように心がける必要があるのでしょう。
人情家は世間的な価値観からすれば賞賛されますが、少しはまっとうな仏教徒であろうと考えるならば、自分や他人の人情から適当に遠ざかるという自覚が欠かせません。
本来の仏教は、日本的な価値観と対立してしまうのです。
2010年08月15日
雑感:仏教と魂とあの世
日本の知識人で、釈迦が好きな人は多いのですが、「現代日本」仏教に批判的な人は多いです。
そして、そういう人たちの釈迦のイメージが現代教育を受けた常識人に近い気がするので、驚きます。
どうして古代インド人が現代人の同じ常識を持っているのだろう?
タイムマシーンを使ったのか?
釈迦はこうあって欲しいという知識人のエゴの投影のような気がするんですが・・・。
村井幸三さんの『お坊さんが困る仏教の話 』と『お坊さんが隠すお寺の話 』共に(新潮新書)は、興味深い話がいっぱいだったりする。
『お坊さんが困る仏教の話 』は仏教の歴史が簡単に判る本です。
養老孟司さんの『真っ赤なウソ』(PHP文庫) とも共通する話が多いです。
その中で気になるのは、「釈迦は魂の存在を否定したか?」です。
仏教の解説書を読むと、「釈迦は魂の存在を否定した」とか、「あの世の存在を否定した」と書いてあったりするけど、「本当かよ?」と思うのです。
しかも、そういう主張をする人はかなりの読書家だったりします。
例えば宮崎哲弥さんとか・・・。
宮崎哲弥さんは嫌いではなく、むしろ好きな評論家なのですが・・・。
村井幸三さんの本でも同じことが書いてあります。
第一章の「人は死んでどうなるの」から引用します。
釈迦が使ったアートマンは、「我が強い」の意味で正解です。
魂という意味ではないんです。
だから釈迦は魂の存在を否定していないんですけど。
まあ肯定もしていないけど。
儒教の言葉を使えば、「怪力乱神を語らず」です。
参考
『原始仏教』(NHKブックス)
中村元:著
そして、そういう人たちの釈迦のイメージが現代教育を受けた常識人に近い気がするので、驚きます。
どうして古代インド人が現代人の同じ常識を持っているのだろう?
タイムマシーンを使ったのか?
釈迦はこうあって欲しいという知識人のエゴの投影のような気がするんですが・・・。
村井幸三さんの『お坊さんが困る仏教の話 』と『お坊さんが隠すお寺の話 』共に(新潮新書)は、興味深い話がいっぱいだったりする。
『お坊さんが困る仏教の話 』は仏教の歴史が簡単に判る本です。
養老孟司さんの『真っ赤なウソ』(PHP文庫) とも共通する話が多いです。
その中で気になるのは、「釈迦は魂の存在を否定したか?」です。
仏教の解説書を読むと、「釈迦は魂の存在を否定した」とか、「あの世の存在を否定した」と書いてあったりするけど、「本当かよ?」と思うのです。
しかも、そういう主張をする人はかなりの読書家だったりします。
例えば宮崎哲弥さんとか・・・。
宮崎哲弥さんは嫌いではなく、むしろ好きな評論家なのですが・・・。
村井幸三さんの本でも同じことが書いてあります。
第一章の「人は死んでどうなるの」から引用します。
これからご説明するように、そもそも釈迦はあの世に行くはずの魂の存在をはっきりと否定しているのです。
略
釈迦の霊魂否定の原点は、バラモン教の教えを否定したことにあります。
バラモン教では、私たちの心の奥底にはアートマンという生死を越えて変わらない非物質があり、生き死にも生まれ変わりも、皆アートマンの働きだとしていました。
しかしバラモン教に真っ向から立ち向かった釈迦は、アートマンの存在を認めませんでした。
略
ついでながら、中国ではアートマンを「我」と訳しましたが、「核」というほどの意味でしょう。
このため釈迦の考え方を「非我説」あるいは「無我説」とも言います。
私たちは日頃よく「あの人は我が強い」などと言います。
この場合の「我」は本来の「我」(アートマン)とは違う日本語なのですが、アートマンの訳語から始まったことは間違いなく、案外、その本質をうまく語っていると合点されませんか。
ややこしい話になりましたが、とにかく釈迦仏教は霊魂を認めないのです。
釈迦が使ったアートマンは、「我が強い」の意味で正解です。
魂という意味ではないんです。
だから釈迦は魂の存在を否定していないんですけど。
まあ肯定もしていないけど。
儒教の言葉を使えば、「怪力乱神を語らず」です。
参考
『原始仏教』(NHKブックス)
中村元:著
2010年08月14日
雑感:古代インド仏教
古代インド仏教を現代日本仏教より高く評価する人がいるけど・・・
例えば宮崎哲弥さんとか・・・。
そうかなあ〜と思ったりする。
古代インドの仏教の出家生活は、俗世界から出ることです。
でも現実には、そんなことは不可能なので、乞食生活です。
あるいは在家信者からの寄付で生活することになります。
ちなみに初期仏教では、出家した人は農業は禁止でした。
戒律は戒と律という二つの言葉の合体ですが、古代インド語では別の意味です。
戒は心を清らかにすることが目的で、違反しても罰則はありません。
律も同じ目的があるのですが、教団の統率が重視されていて、罰則があります。
なぜ罰則があるかと言えば、在家から寄付を得るためには、在家から尊敬されなければいけません。
また集団生活を潤滑にし、トラブルを避けるためにはルールが必要です。
ただ古代インド仏教のルールを現代日本に適応するというのは無理がありすぎると思うのです。
電気も水道もないし、ケータイもテレビもネットもない時代でした。
気候も全く違うし。
戒律を読むと、黒い羊の毛と白い羊の毛がどうしたこうしたとか、食い物は基本貯蔵してはいけないけど、例外としてどういう時はOKとか、細々した古代インドに即したルールが多過ぎます。
ベッドで寝たらダメとか、雨以外は屋根のないところで寝ろとか、服も軽装で下着なしだし・・・。
古代インド仏教の出家は、家族と縁を切ります。
セックスなどの淫らなことは厳禁です。
恋愛も禁止です。
酒はダメだし、芸術や美食などの快楽的なモノにはネガティブな態度を取ります。
人生をエンジョイしようという思想とは真逆です。
そんな禁欲的な集団がいてもいいと思いますが、参加したいとは思いません。
参考
『日々是修行 現代人のための仏教100話』(ちくま新書)
佐々木閑:著
『仏教の身体感覚』(ちくま新書)
久保田展弘:著
『仏教vs.倫理』 (ちくま新書)
末木文美士:著
例えば宮崎哲弥さんとか・・・。
そうかなあ〜と思ったりする。
古代インドの仏教の出家生活は、俗世界から出ることです。
でも現実には、そんなことは不可能なので、乞食生活です。
あるいは在家信者からの寄付で生活することになります。
ちなみに初期仏教では、出家した人は農業は禁止でした。
戒律は戒と律という二つの言葉の合体ですが、古代インド語では別の意味です。
戒は心を清らかにすることが目的で、違反しても罰則はありません。
律も同じ目的があるのですが、教団の統率が重視されていて、罰則があります。
なぜ罰則があるかと言えば、在家から寄付を得るためには、在家から尊敬されなければいけません。
また集団生活を潤滑にし、トラブルを避けるためにはルールが必要です。
ただ古代インド仏教のルールを現代日本に適応するというのは無理がありすぎると思うのです。
電気も水道もないし、ケータイもテレビもネットもない時代でした。
気候も全く違うし。
戒律を読むと、黒い羊の毛と白い羊の毛がどうしたこうしたとか、食い物は基本貯蔵してはいけないけど、例外としてどういう時はOKとか、細々した古代インドに即したルールが多過ぎます。
ベッドで寝たらダメとか、雨以外は屋根のないところで寝ろとか、服も軽装で下着なしだし・・・。
古代インド仏教の出家は、家族と縁を切ります。
セックスなどの淫らなことは厳禁です。
恋愛も禁止です。
酒はダメだし、芸術や美食などの快楽的なモノにはネガティブな態度を取ります。
人生をエンジョイしようという思想とは真逆です。
そんな禁欲的な集団がいてもいいと思いますが、参加したいとは思いません。
参考
『日々是修行 現代人のための仏教100話』(ちくま新書)
佐々木閑:著
『仏教の身体感覚』(ちくま新書)
久保田展弘:著
『仏教vs.倫理』 (ちくま新書)
末木文美士:著
2010年08月09日
雑感:日本仏教
長い不況のせいか、お寺の経営が苦しいところが多いみたいです。
でも日本での仏教の人気は衰えていないみたいです。
葬式や戒名に対する批判はかなり出てきていていいですね。
江戸時代は、お寺は市役所の役目を果たしていて、葬式が重要でした。
最近の行方不明の長寿の人たちの問題は、江戸時代にもあったと思うんですが、お寺が生存者のチェックをしていたので、かなり精確だったのでは?・・・・と思ったりします。
江戸時代は、今のように自由に引っ越したり、旅行することが難しかったので、いなくなるとすぐわかるシステムだったんだと思うのです。
戦国時代は、混乱の時代だったので、人がいなくなっても、わからないままだった気がします。
明治時代に入り、仏教はお役所の役目から解放されたので、存在意義が無くなるはずだったのですが、なんやかんやで残っています。
ところで日本の仏教史で魅力的な人として一番目に思いつくのは、オイラの場合は空海です。
空海は同時代の最澄と比較するよくわかりますが、はっきり言うとオカルトです。
イメージとしては、空海は出てきませんが、岡野玲子先生の安倍晴明を主人公にした名作『陰陽師』を連想すればいいと思います。
本屋に行くと、アルボムッレ・スマナサーラさんの仏教本がたくさんあって、釈迦とオカルトは無縁で、仏教はオカルトではなく科学であると力説しています。
たぶん、その通りだと思うのですが、それだと魅力に乏しい気がするのです。
仏教にもスタジオ・ジブリ作品のような魅力があった方がいいと思うんです。
『西遊記』的な魅力がある方がいいし、空海は日本史上で一番、『西遊記』的な人物だと思うんです。
でも日本での仏教の人気は衰えていないみたいです。
葬式や戒名に対する批判はかなり出てきていていいですね。
江戸時代は、お寺は市役所の役目を果たしていて、葬式が重要でした。
最近の行方不明の長寿の人たちの問題は、江戸時代にもあったと思うんですが、お寺が生存者のチェックをしていたので、かなり精確だったのでは?・・・・と思ったりします。
江戸時代は、今のように自由に引っ越したり、旅行することが難しかったので、いなくなるとすぐわかるシステムだったんだと思うのです。
戦国時代は、混乱の時代だったので、人がいなくなっても、わからないままだった気がします。
明治時代に入り、仏教はお役所の役目から解放されたので、存在意義が無くなるはずだったのですが、なんやかんやで残っています。
ところで日本の仏教史で魅力的な人として一番目に思いつくのは、オイラの場合は空海です。
空海は同時代の最澄と比較するよくわかりますが、はっきり言うとオカルトです。
イメージとしては、空海は出てきませんが、岡野玲子先生の安倍晴明を主人公にした名作『陰陽師』を連想すればいいと思います。
本屋に行くと、アルボムッレ・スマナサーラさんの仏教本がたくさんあって、釈迦とオカルトは無縁で、仏教はオカルトではなく科学であると力説しています。
たぶん、その通りだと思うのですが、それだと魅力に乏しい気がするのです。
仏教にもスタジオ・ジブリ作品のような魅力があった方がいいと思うんです。
『西遊記』的な魅力がある方がいいし、空海は日本史上で一番、『西遊記』的な人物だと思うんです。
2010年08月01日
雑感:仏教とブッダの関係
日本の仏教はかなりいろんな宗派があります。
歴史を見れば、宗派ごとに喧嘩をたくさんしています。
平和主義のはずの仏教ですが、戦国時代は好戦的な宗派が多かったです。
禅宗は好戦的ではありませんが、武士に好かれる宗派でした。
第二次世界大戦でも、日本仏教は戦争に協力的だったりします。
仏教の開祖であるブッダは、筋金入りの平和主義だったらしく、釈迦族が殺されても抵抗しませんし、文句を言わなかったみたいです。
インドでアカデミックに洗練された仏教が滅んだ(現在は復活)理由は、イスラム教徒の攻撃だと言われていますが、平和主義だったらしく、抵抗しなかったみたいです(映画『少林寺』のように闘ったりしなかったのでしょう)。
仏教は他宗派の批判はしても、開祖ブッダの批判はしないのが普通です。
漫画『聖☆おにいさん』は面白いのですが、実際のブッダって、どんなんだったんだろう?とは思います。
手塚治虫の『ブッダ』はいいと思います。
たぶん、ブッダは草食系男子だったんだと思うんです。
結婚して子供いましたが、家族を捨てて、出家します。
欲望への執着がよくないということで、ボロを纏い、貯金はしない主義で、基本は乞食生活です。
家はなく、放浪のヒッピー生活です。
墓は作らない主義で(弟子が勝手に作った)、葬式という儀式にも関心はありませんでした。
芸術とは無縁で、人間だけでなくあらゆる生命の殺生を嫌う筋金入りのエコロジストみたいな感じでした。
人類がみんなブッダの真似をしたら、文明は崩壊すると思います。
歴史を見れば、宗派ごとに喧嘩をたくさんしています。
平和主義のはずの仏教ですが、戦国時代は好戦的な宗派が多かったです。
禅宗は好戦的ではありませんが、武士に好かれる宗派でした。
第二次世界大戦でも、日本仏教は戦争に協力的だったりします。
仏教の開祖であるブッダは、筋金入りの平和主義だったらしく、釈迦族が殺されても抵抗しませんし、文句を言わなかったみたいです。
インドでアカデミックに洗練された仏教が滅んだ(現在は復活)理由は、イスラム教徒の攻撃だと言われていますが、平和主義だったらしく、抵抗しなかったみたいです(映画『少林寺』のように闘ったりしなかったのでしょう)。
仏教は他宗派の批判はしても、開祖ブッダの批判はしないのが普通です。
漫画『聖☆おにいさん』は面白いのですが、実際のブッダって、どんなんだったんだろう?とは思います。
手塚治虫の『ブッダ』はいいと思います。
たぶん、ブッダは草食系男子だったんだと思うんです。
結婚して子供いましたが、家族を捨てて、出家します。
欲望への執着がよくないということで、ボロを纏い、貯金はしない主義で、基本は乞食生活です。
家はなく、放浪のヒッピー生活です。
墓は作らない主義で(弟子が勝手に作った)、葬式という儀式にも関心はありませんでした。
芸術とは無縁で、人間だけでなくあらゆる生命の殺生を嫌う筋金入りのエコロジストみたいな感じでした。
人類がみんなブッダの真似をしたら、文明は崩壊すると思います。
2010年07月23日
日本人の仏教理解:空の理論
前から思っているのはどうして日本人は「空:くう」が好きなんだろう?ということです。
「諸行無常の響きあり」みたいなのは、インド哲学の「空」とは違うけど、日本人の「空」好きを説明している気がします。
アルボムッレ・スマナサーラさんの『般若心経は間違い?』(宝島SUGOI文庫、宝島新書版も有り)は痛快でした。
ただ考古学レベルの解釈では宮元啓一さんの『般若心経とは何か(ブッダから大乗へ)』 (春秋社)の方が正しいと思う。
アルボムッレ・スマナサーラさんは上座仏教を絶対視している傾向があるので、注意して読まないといけない。
けれどアルボムッレ・スマナサーラさんは日本語がうまいなあ〜。
日本では空海の影響なのか、「空」の理論を高く評価しすぎると思う。
それはそれで、個人というか宗派の自由なんですけど・・。
ただ、自称インテリの人が「ブッダ思想の本質が、空の理論だ」というのは・・・歴史を無視した話だと思う。
「空」の理論は、ブッダが死んだ後に作られた高度な理論(詭弁?)なのであって、ブッダとは無関係とは言えないけど、あんまり関係なかったりする。
この当たりの歴史は、古代インド哲学研究家の宮元啓一さんの一連の本や、中村元さんの『古代インド』(講談社学術文庫) を読んでもらうとよくわかるんですけど。
小室直樹さんみたいな支離滅裂で好き放題な主張をする人は論外としても、博識で誠実さが売りな宮崎哲弥さんの本でも、そんなことがたくさん書いてあるので、宮崎哲弥先生には猛省を促したい!
最近、元オウム真理教徒の野田成人さんの『革命か戦争か(オウムはグローバル資本主義への警鐘だった】』(発行:サイゾー)を読んだけど、巻末の苫米地英人さんとの対談が、これも「空」の理論なので、二人共もっと古代インドの歴史を勉強した方はいいと思った。
『革命か戦争か(オウムはグローバル資本主義への警鐘だった】』は、古代インドの歴史うんぬんとは別に、かなり興味深いオウム真理教ついての事実を教えてくれてる良書だと思う。
宗教団体の魅力と怖さを内部から書いた優れたドキュメンタリーだと思うので、是非、文庫化して欲しい。
誰か北朝鮮とオウム真理教の丁寧な比較をして欲しいなあ〜。
「諸行無常の響きあり」みたいなのは、インド哲学の「空」とは違うけど、日本人の「空」好きを説明している気がします。
アルボムッレ・スマナサーラさんの『般若心経は間違い?』(宝島SUGOI文庫、宝島新書版も有り)は痛快でした。
ただ考古学レベルの解釈では宮元啓一さんの『般若心経とは何か(ブッダから大乗へ)』 (春秋社)の方が正しいと思う。
アルボムッレ・スマナサーラさんは上座仏教を絶対視している傾向があるので、注意して読まないといけない。
けれどアルボムッレ・スマナサーラさんは日本語がうまいなあ〜。
日本では空海の影響なのか、「空」の理論を高く評価しすぎると思う。
それはそれで、個人というか宗派の自由なんですけど・・。
ただ、自称インテリの人が「ブッダ思想の本質が、空の理論だ」というのは・・・歴史を無視した話だと思う。
「空」の理論は、ブッダが死んだ後に作られた高度な理論(詭弁?)なのであって、ブッダとは無関係とは言えないけど、あんまり関係なかったりする。
この当たりの歴史は、古代インド哲学研究家の宮元啓一さんの一連の本や、中村元さんの『古代インド』(講談社学術文庫) を読んでもらうとよくわかるんですけど。
小室直樹さんみたいな支離滅裂で好き放題な主張をする人は論外としても、博識で誠実さが売りな宮崎哲弥さんの本でも、そんなことがたくさん書いてあるので、宮崎哲弥先生には猛省を促したい!
最近、元オウム真理教徒の野田成人さんの『革命か戦争か(オウムはグローバル資本主義への警鐘だった】』(発行:サイゾー)を読んだけど、巻末の苫米地英人さんとの対談が、これも「空」の理論なので、二人共もっと古代インドの歴史を勉強した方はいいと思った。
『革命か戦争か(オウムはグローバル資本主義への警鐘だった】』は、古代インドの歴史うんぬんとは別に、かなり興味深いオウム真理教ついての事実を教えてくれてる良書だと思う。
宗教団体の魅力と怖さを内部から書いた優れたドキュメンタリーだと思うので、是非、文庫化して欲しい。
誰か北朝鮮とオウム真理教の丁寧な比較をして欲しいなあ〜。
2010年04月07日
読書ノート:『般若心経は間違い?』(宝島新書) その2
この本では『般若心経』を解読しています。
例えば・・・
舎利子。
色不異空。
空不異色。
色即是空。
空即是色。
受想行識亦復如是。
舎利子・・・人名:シャーリプトラ。
釈迦の直弟子の中で一番頭がいいと言われていた。
A=BならB=Aみたいな言葉遊びは多いですけど、よく考えてみれば変ですね。
「リンゴは果物」、「果物はリンゴ」
その3に続く
例えば・・・
舎利子。
色不異空。
空不異色。
色即是空。
空即是色。
受想行識亦復如是。
舎利子・・・人名:シャーリプトラ。
釈迦の直弟子の中で一番頭がいいと言われていた。
<空即是色は間違い>
「色即是空」、すなわち「肉体は空である」というのは仏教的に正しいのです。
肉体には実体がなくて空なのです。
しかし『般若心経』は、次に「空即是色」、すなわち「空は肉体である」と言ってしまうのです。
これは間違いです。
わかりやすい例をあげましょう。
「リンゴは果物である」というのは正しいのですが、「したがって、果物はリンゴである」というのは間違いなのです。
「人は死ぬべきものである」というのは正しいのですが、「したがって、死ぬべきものは皆人である」というのは間違いなのです。
同様に「肉体は空である。実体がない」というのは正しいのですが、「したがって、空は肉体である」とは言えないのです。
だから「色即是空」で止まるべきなのです。
「空」を知っている人なら、空即是色とは言いません。
「1+1=2」なら、ひっくりかえして「2=1+1」でも同じです。
「A=B」なら「B=A」なのです。
それはいいのですが、何でもこの式は使うべきではありません。
そのことを『般若心経』の作者は、わかっていないのですね。
おれは実践的な経験・能力のない人が犯す失敗です。
そもそも空は、実践するものなのです。
瞑想して無常を発見して因果法則を発見して、現象が現れて消えることを発見してどんどん発見して実体がないということを発見すると、心が無執着状態になって、解脱涅槃に達するという実践なのです。
実践論は哲学になりません。
哲学というのは観念的なもので、哲学をやってもあまり役に立たないのです。
A=BならB=Aみたいな言葉遊びは多いですけど、よく考えてみれば変ですね。
「リンゴは果物」、「果物はリンゴ」
その3に続く
2010年01月27日
日本仏教と戒律
日本仏教は海外の仏教と比べて、戒律が守られていないと言われます。
妻帯
世襲
飲酒
葬儀の従事
などなど・・・。
「葬儀の従事」に関しては、東南アジアでは普通ですし、中国でも否定はされていません。
『破戒と男色の仏教史』の著者・松尾剛次さんも、鎌倉新仏教の優れている点として、「葬儀の従事」を強調しています。
ただ、現代日本の葬儀において、遺族が僧侶に対し、ありがたみを感じるかが重要だと思います。
ありがたみが薄れれば、存在価値は減ると思います。
★
仏教用語では、戒律は、「戒」と「律」という二つの言葉の合体と考えます。
「戒」と「律」では意味が少し違います。
引用
日本の仏教で、戒律が守られなくなったのは、明治時代になってからです。
それまでは建て前では、守られていましたし、罰則もありました。
明治時代になり、仏教は国教ではなくなった上に、時の政府が戒律を守る必要がないという指示をしたからです。
ここで疑問が生じます。
戒律を守るか守らないかの判断は、政府の許可と関係ないのでは?・・・ということです。
宗教は個人の信仰の自由によって、選ぶことができます。
江戸時代は、幕府が仏教を強制したので、個人は選ぶことができませんでした。
仏教は幕府の強制した宗教なので、戒律も厳しかったのです。
この戒律は、日本独自の戒律であって、国際標準ではありませんが、厳しかったことは事実です。
また戦国時代は織田信長が、大勢の僧侶と激しい死闘を繰り広げたことでもわかるように、多くの僧侶は自立していました。
戦国時代は戒律を破る僧侶が多かったと思いますが、権力者の指示よりも、自分たちの教団の指示の方を重視してました。
引用
妻帯
世襲
飲酒
葬儀の従事
などなど・・・。
「葬儀の従事」に関しては、東南アジアでは普通ですし、中国でも否定はされていません。
『破戒と男色の仏教史』の著者・松尾剛次さんも、鎌倉新仏教の優れている点として、「葬儀の従事」を強調しています。
ただ、現代日本の葬儀において、遺族が僧侶に対し、ありがたみを感じるかが重要だと思います。
ありがたみが薄れれば、存在価値は減ると思います。
★
仏教用語では、戒律は、「戒」と「律」という二つの言葉の合体と考えます。
「戒」と「律」では意味が少し違います。
引用
戒律の「戒」は、サンスクリット語で<sila>といい、自分を律する内面的な道徳規範を意味します。
他方、「律」は、サンスクリット語で<vinaya>といい、教団で守るべき集団規則のことです。
本来、「戒」を破っても罰は受けませんが、「律」を破ると罪の内容によって、さまざまな罰を受けることになっていました。
このように、戒と律とは、もともと別個の概念ですが、現在、日本では、それらを一括して「戒律」とし、釈迦が定めた僧侶集団の規則の意味で使われています。
『破戒と男色の仏教史』20ページ
日本の仏教で、戒律が守られなくなったのは、明治時代になってからです。
それまでは建て前では、守られていましたし、罰則もありました。
明治時代になり、仏教は国教ではなくなった上に、時の政府が戒律を守る必要がないという指示をしたからです。
ここで疑問が生じます。
戒律を守るか守らないかの判断は、政府の許可と関係ないのでは?・・・ということです。
宗教は個人の信仰の自由によって、選ぶことができます。
江戸時代は、幕府が仏教を強制したので、個人は選ぶことができませんでした。
仏教は幕府の強制した宗教なので、戒律も厳しかったのです。
この戒律は、日本独自の戒律であって、国際標準ではありませんが、厳しかったことは事実です。
また戦国時代は織田信長が、大勢の僧侶と激しい死闘を繰り広げたことでもわかるように、多くの僧侶は自立していました。
戦国時代は戒律を破る僧侶が多かったと思いますが、権力者の指示よりも、自分たちの教団の指示の方を重視してました。
引用
そうした僧侶たちにとって、明治時代に入ると様相は一変することとなります。
明治5(1872)年4月25日付けで、「太政官布告」第133号が出されました。
それには「今より僧侶の肉食・妻帯・蓄髪を勝手たるべき事、但し法要の他は人民一般を着用しても苦しからず」という僧侶の「肉食・妻帯・蓄髪」を容認する法令が出されたのです。
それは、前年に寺請制度の廃止令が出され、僧侶の「官僧」化の廃止に伴なう政策であったのです。
明治政府は、神道を重視しようと考えていたため、仏教の権威を失わせることが重要で、この法令にその役割を担わせようとした面もあったのです。
『破戒と男色の仏教史』
193ページ

