スタイルシートに祖龍がいたので、変えてみましたw
今回の記事でなんと、100回目!
だらだらと続けてきましたが、何とか節目を迎えることができました。
まあ、ひとえに自分の努力のおかげ・・・もとい、皆様のおかげですm(_)m
さて、記念すべき100回目の記事はいつものモンハンから離れてみまして、こんな言葉をピックアップしたいと思います。今回の記事はこの記事を読んで触発されたものです。
「天才とは1%の霊感(ないし閃き)と99%の努力」byエジソン
みなさんはこの言葉をどのように解釈してますか?
天才でも努力をしてるのだから、天才でない人はもっと努力しなくちゃいけないんだ。
たいていの人がそう解釈するかもしれません。しかし、これではこの言葉を半分しか理解していないことになるのです。
エジソンはこう言いたかったのではないでしょうか?
どんなに努力しても1%の霊感ないし閃きを持った天才にかなわないということを。
つまり、この言葉は二面性があるんですね。
努力を奨励してる部分と、努力を否定してる部分と。
数字上では1%に過ぎないのですが、この1%は天と地ほどの差があるのです。
例えるなら、イチローは天才ですが、松井は努力の人です。
例えるなら、長島は天才ですが、王は努力の人です。
どちらも優れた野球選手ですが、松井や王になく、イチローや長島が持っているものが1%の部分なんです。
努力の人が持っていない1%をここでは才能と呼びましょう。1%の霊感ないし閃きって書くのがかったるいからw
天才はその才能のゆえ独特な感性で表現することが多いようで、長島さんなどはその最たる例ですね。
彼が監督であった時代、選手の指導に当たって、「グッとしてパーンと打つんだ!」などといわゆる長島語を使って指導したと聞きます。
その点イチローは我々にもわかりやすいように言葉を訳して表現しているように思えます。ただその表現するところは、凡人には想像もできない世界ですが。
ひるがえってみると、王さんや松井さんの言葉は凡人であるタマにも想像ができる世界です。インタビュー記事などを読むとよくわかります。
努力の人が積み重ねてきた経験はおなじだけの経験を積み重ねれば、たどり着ける場所であるわけです。理論的には。
しかし、天才は努力の人=凡人が積み重ねたものを時として軽々と超えてしまうことがある。その翼が才能であるわけですが、この翼が羽ばたくには、大地をける足が必要なのです。その足こそが努力なんですね。
エジソンが言いたかったのは、天才とは1%の才能と99%の努力だが、そのどちらを欠いても天才たりえないということではないでしょうか。
1%の才能が輝くためには99%努力が必要だし、99%の努力をしても1%の才能がなければ高く飛ぶことはできない。
天才ならざるタマのような凡人にとっては、この言葉の真の意味を考えると、努力を積み重ねることの大切さと空しさを感じてしまうのですが・・・
う〜ん、うまくまとまらないw
この話、不定期で続くw