2012年05月27日
2012年05月26日
2012年05月25日
2012年05月24日
2012年05月23日
2012年05月22日
2012年05月20日
2012年05月19日
2012年05月18日
五木の子守唄
五木の子守唄は
母親が子供を寝かしつけるための
愛にみちた歌ではない
子守をするために年季奉公などに出された
守子たちの歌である
守子は数え年七 八歳から十五歳ぐらいまでの
少女であろう
多くは他郷から守子に出された
貧しい家の子であり
学校にも通わせてもらえなかった
にちがいない
歌には自分の境遇へのあきらめが
漂っているように感じられた
しかし後年伸一は
五木地方で採集された
七十ほどの子守唄を収めた
一冊の本を読んで
守子たちの強かな感情の表出を
見た思いがした
こんな歌詞もあった
子どん可愛いけりゃ 守に餅くわせ
守がこくれば 子もこくる
子供が可愛いのなら 守子に餅を食わせろ
空腹で守子が倒れてしまえば
背負われている子供も倒れてしまうのだから
そこには
自分の置かれた境遇をただ嘆きつつ
耐え忍ぶだけのか弱い乙女の姿とは
別の顔が浮かび上がる
不条理への抗議の心があふれ出ていよう
それは虐げられても
なお負けずに生きる
民草(民衆)の根強さにも通低している
人間は誰もが力を秘め
そして誰にでも
幸せになる権利があるのだ
新人間革命・人材城三十三 聖教新聞2012・5・18
母親が子供を寝かしつけるための
愛にみちた歌ではない
子守をするために年季奉公などに出された
守子たちの歌である
守子は数え年七 八歳から十五歳ぐらいまでの
少女であろう
多くは他郷から守子に出された
貧しい家の子であり
学校にも通わせてもらえなかった
にちがいない
歌には自分の境遇へのあきらめが
漂っているように感じられた
しかし後年伸一は
五木地方で採集された
七十ほどの子守唄を収めた
一冊の本を読んで
守子たちの強かな感情の表出を
見た思いがした
こんな歌詞もあった
子どん可愛いけりゃ 守に餅くわせ
守がこくれば 子もこくる
子供が可愛いのなら 守子に餅を食わせろ
空腹で守子が倒れてしまえば
背負われている子供も倒れてしまうのだから
そこには
自分の置かれた境遇をただ嘆きつつ
耐え忍ぶだけのか弱い乙女の姿とは
別の顔が浮かび上がる
不条理への抗議の心があふれ出ていよう
それは虐げられても
なお負けずに生きる
民草(民衆)の根強さにも通低している
人間は誰もが力を秘め
そして誰にでも
幸せになる権利があるのだ
新人間革命・人材城三十三 聖教新聞2012・5・18
2012年05月15日
母の日 お母さんありがとう
母よ!
嬉々として
一家を和楽にしゆく
賢明なる救済者たる母よ
喜びも少ない
苦労の多い母よ!
お化粧する時間もなく
ひたすらに
夫のために
子供のために
働きに働いている
尊い 尊い姿!
病弱な夫や
子供に対しては
ノーベル賞を受賞した
世界的な健康博士となって
看護し 祈り抜く
ナイチンゲールの心を
持った母!
どこの地域でも
どこの座談の世界でも
心から
感謝の思いを もたらしゆく
ふしぎなる母の
無作の働き!
母たちのスクラムは
世界への
平和運動の行進となった
地球の果てまで
母たちの賢い
現実に即した足音は
轟きはじめた
時代と共に!
いな
時代が来たのだ!
このいまだかってない
世界最高の
平和と文化の母の大行進を
狭小な日本の文化人は
見て見ぬふりをするだろう
けれども
賢明なる
多くの世界の歴史家が
必ずや
真の平和の救世主たる
母たちを
無限に賛嘆し 賞賛し
誇り高く
そしてまた
誉も高く
書き残していくに違いない
二十一世紀は
女性の世紀と言われる
真の女性の世紀は
母の世紀である
砲弾の飛び交う
戦乱の時代もあった
食料もなく
極貧の暗い時代の
世紀もあった
しかし
母たちは屈服せず
戦い抜いてくれた
この尊き母たちの
太陽の光によって
人間賛歌の
喜びの世紀が到来した
真実の文化と平和の
燦々たる太陽が昇った
仏法という
慈悲と 生きる喜びの
不滅の太陽が昇った・・
桂冠詩人 池田大作
聖教新聞 2012・5・13
母の日
嬉々として
一家を和楽にしゆく
賢明なる救済者たる母よ
喜びも少ない
苦労の多い母よ!
お化粧する時間もなく
ひたすらに
夫のために
子供のために
働きに働いている
尊い 尊い姿!
病弱な夫や
子供に対しては
ノーベル賞を受賞した
世界的な健康博士となって
看護し 祈り抜く
ナイチンゲールの心を
持った母!
どこの地域でも
どこの座談の世界でも
心から
感謝の思いを もたらしゆく
ふしぎなる母の
無作の働き!
母たちのスクラムは
世界への
平和運動の行進となった
地球の果てまで
母たちの賢い
現実に即した足音は
轟きはじめた
時代と共に!
いな
時代が来たのだ!
このいまだかってない
世界最高の
平和と文化の母の大行進を
狭小な日本の文化人は
見て見ぬふりをするだろう
けれども
賢明なる
多くの世界の歴史家が
必ずや
真の平和の救世主たる
母たちを
無限に賛嘆し 賞賛し
誇り高く
そしてまた
誉も高く
書き残していくに違いない
二十一世紀は
女性の世紀と言われる
真の女性の世紀は
母の世紀である
砲弾の飛び交う
戦乱の時代もあった
食料もなく
極貧の暗い時代の
世紀もあった
しかし
母たちは屈服せず
戦い抜いてくれた
この尊き母たちの
太陽の光によって
人間賛歌の
喜びの世紀が到来した
真実の文化と平和の
燦々たる太陽が昇った
仏法という
慈悲と 生きる喜びの
不滅の太陽が昇った・・
桂冠詩人 池田大作
聖教新聞 2012・5・13
母の日
2012年05月12日
2012年05月11日
2012年05月10日
はるな愛
体は男の子なのに心は全くの女の子
愛さんの壮絶な悩みや葛藤
経験したものでなければ分からない
青春時代を聞いた
時折涙を流しながらありのままに語ってくれた
小学入学の時から何で自分は
赤いランドセルじゃないのって
性への違和感は始まっていた
中学ではイジメ 死ぬことばかり考える
でもある時どうせなら自分の一番
やりたい人生を生きてからにしょうと
生きていれば必ず幸せを感じる時がくる
だから言いたいんです今
どうしょうもなく苦しい場所にいて
逃げたくても逃げられないと思っている人でも
何とかまずその場を離れて動いてみてほしい
何か変わるし 誰かに会えるから
人は誰でも隠したいコンプレックスを
持っていると思います
でもそれとしっかり向き合った時
それが実は大きな魅力になり
素晴らしい個性にも最大の武器にもなることを
実感しています
夢に向かって進もうとしている若者へ
さまざまな現実の状況を理由に
あれも出来ないこれも無理って
消去法で考えて夢を持てない人が
多くなっていると思います
仕方がないところもあるかもしれませんが
夢を見つけること自体をやめてしまえば
夢は何一つ実現しない
だからまずは諦めないこと
周りの人を大事に感謝すること
時にはもがき苦しんで悩む事があっても
全て夢をかなえるために大切なことと捉えて
がんばってください・・
性の悩みありのままで夢はかなう
聖教新聞 2012・4・14
愛さんの壮絶な悩みや葛藤
経験したものでなければ分からない
青春時代を聞いた
時折涙を流しながらありのままに語ってくれた
小学入学の時から何で自分は
赤いランドセルじゃないのって
性への違和感は始まっていた
中学ではイジメ 死ぬことばかり考える
でもある時どうせなら自分の一番
やりたい人生を生きてからにしょうと
生きていれば必ず幸せを感じる時がくる
だから言いたいんです今
どうしょうもなく苦しい場所にいて
逃げたくても逃げられないと思っている人でも
何とかまずその場を離れて動いてみてほしい
何か変わるし 誰かに会えるから
人は誰でも隠したいコンプレックスを
持っていると思います
でもそれとしっかり向き合った時
それが実は大きな魅力になり
素晴らしい個性にも最大の武器にもなることを
実感しています
夢に向かって進もうとしている若者へ
さまざまな現実の状況を理由に
あれも出来ないこれも無理って
消去法で考えて夢を持てない人が
多くなっていると思います
仕方がないところもあるかもしれませんが
夢を見つけること自体をやめてしまえば
夢は何一つ実現しない
だからまずは諦めないこと
周りの人を大事に感謝すること
時にはもがき苦しんで悩む事があっても
全て夢をかなえるために大切なことと捉えて
がんばってください・・
性の悩みありのままで夢はかなう
聖教新聞 2012・4・14
2012年05月06日
2012年05月05日
げんげ(れんげ)
2012年05月04日
2012年05月03日
皆の力で新時代をつくれ
時代はめまぐるしく動いている
その変化を見据えていかなければならない
時代を先取りして手を打ち
皆の力で勝利を開くのだ
今までと同じでは勝ち抜けない
まず自分がカラを破り
人間革命していこう
人間革命といっても
特別なことではない
病気の人が健康になるのは
すごい人間革命だ
人に親切に声をかける
笑顔で親孝行していく
自分だけの幸福でなく
悩む人 苦しむ人に寄り添い
共に幸福の道を歩んでいく
自分がよりよく変わっていく軌道が
人間革命である
その原動力は何か
広宣流布の信心である
祈って誓いをたてて自分を変え
状況を変え一つ一つ勝利するのである
御書には
湿れる木より火を出だし
乾ける土より水を儲けんが如く
強盛に申すなり
と仰せである
不可能を可能にしていける
これが法華経の兵法だ・・
池田大作 聖教新聞2012・4・29
その変化を見据えていかなければならない
時代を先取りして手を打ち
皆の力で勝利を開くのだ
今までと同じでは勝ち抜けない
まず自分がカラを破り
人間革命していこう
人間革命といっても
特別なことではない
病気の人が健康になるのは
すごい人間革命だ
人に親切に声をかける
笑顔で親孝行していく
自分だけの幸福でなく
悩む人 苦しむ人に寄り添い
共に幸福の道を歩んでいく
自分がよりよく変わっていく軌道が
人間革命である
その原動力は何か
広宣流布の信心である
祈って誓いをたてて自分を変え
状況を変え一つ一つ勝利するのである
御書には
湿れる木より火を出だし
乾ける土より水を儲けんが如く
強盛に申すなり
と仰せである
不可能を可能にしていける
これが法華経の兵法だ・・
池田大作 聖教新聞2012・4・29
2012年05月02日
2012年04月29日
2012年04月27日
2012年04月26日
2012年04月24日
2012年04月22日
2012年04月21日
春はくる
冬の枯れ木に
花は想像できない
しかし春になれば
花が咲き新芽が萌える
人間に内在する力を
木中の花にたとえる
昨年11月に入会した
大阪の青年の蘇生劇に
胸が熱くなる
高校2年家が火事
弟と妹が亡くなった
その悲しみから
人を助ける仕事がしたいと
看護の道へ
だが母が病死
救急救命士の資格を取ったが
妻子をも不慮の事故で失う
努力しても報われない人生に
絶望して働くことも出来なくなった
そんななかで巡りあった妙法
必死の題目にもう一度医療の現場に
戻ろうと意欲がわく
同志の励ましで総合病院に再就職
今春主任に抜擢
患者の苦しみも理解出来るように
なりました
私は悲しむ為に生まれてきたのではない
悲しみを乗り越える為に
生まれてきたとおもいます
その言葉の奥に
どれほどの闘いがあったろう
宿命を使命に変える信心という
妙法という希望を抱きしめ
苦難を乗り越えた姿は
人間の無限の可能性の証明となり
人々に勇気を吹き込んでいく
爛漫の春は
厳寒の冬があるからこそ美しい
人生もまた同じである・・
名字の言 2012・4・18 聖教新聞
花は想像できない
しかし春になれば
花が咲き新芽が萌える
人間に内在する力を
木中の花にたとえる
昨年11月に入会した
大阪の青年の蘇生劇に
胸が熱くなる
高校2年家が火事
弟と妹が亡くなった
その悲しみから
人を助ける仕事がしたいと
看護の道へ
だが母が病死
救急救命士の資格を取ったが
妻子をも不慮の事故で失う
努力しても報われない人生に
絶望して働くことも出来なくなった
そんななかで巡りあった妙法
必死の題目にもう一度医療の現場に
戻ろうと意欲がわく
同志の励ましで総合病院に再就職
今春主任に抜擢
患者の苦しみも理解出来るように
なりました
私は悲しむ為に生まれてきたのではない
悲しみを乗り越える為に
生まれてきたとおもいます
その言葉の奥に
どれほどの闘いがあったろう
宿命を使命に変える信心という
妙法という希望を抱きしめ
苦難を乗り越えた姿は
人間の無限の可能性の証明となり
人々に勇気を吹き込んでいく
爛漫の春は
厳寒の冬があるからこそ美しい
人生もまた同じである・・
名字の言 2012・4・18 聖教新聞
2012年04月20日
2012年04月19日
2012年04月17日
2012年04月16日
2012年04月15日
2012年04月10日
2012年04月09日
2012年04月07日
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2012年03月14日
2012年03月13日
2012年03月08日
2012年03月07日
2012年03月06日
2012年02月25日
2012年02月24日
2012年02月21日
原子力
平和利用で
推進してきた
日本
福島が扉をたたいた
大変な事が起っています
おきてください
目を覚ましてください
あれから1年
おきたのだろうか
日本人
原子力発電を阻止する
動きはにぶい
なぜだ
念仏思想のあきらめの心か
念仏は死んでから
どうのこうのの世界だ
希望をもてない世界だ
生きている内に
幸せにならないでどうする
あきらめないで
ノーと言おう
念仏は捨てて
福島は
扉をたたいている
起きてください・・

推進してきた
日本
福島が扉をたたいた
大変な事が起っています
おきてください
目を覚ましてください
あれから1年
おきたのだろうか
日本人
原子力発電を阻止する
動きはにぶい
なぜだ
念仏思想のあきらめの心か
念仏は死んでから
どうのこうのの世界だ
希望をもてない世界だ
生きている内に
幸せにならないでどうする
あきらめないで
ノーと言おう
念仏は捨てて
福島は
扉をたたいている
起きてください・・
2012年02月20日
妙法(3)
妙法と唱え蓮華と読むときは
自身の一念を指して
妙法蓮華経と名づけているのだ
と深く信心を起こすべきである
と仰せの通り
深き信心に基づく唱題によって
自分の中に自分を超える無限の力
すなわち仏性の働きが現れるのです
南無妙法蓮華経の唱題は
衆生の信心の声であるとともに
仏の生命の声でもあるのです
ゆえに唱題はどこまでも
白馬が駆けるように朗々と
そしてさわやかに実践して
いきたいものです(池田大作)
池田華陽会御書に学ぶ
聖教新聞・2012・2・14
自身の一念を指して
妙法蓮華経と名づけているのだ
と深く信心を起こすべきである
と仰せの通り
深き信心に基づく唱題によって
自分の中に自分を超える無限の力
すなわち仏性の働きが現れるのです
南無妙法蓮華経の唱題は
衆生の信心の声であるとともに
仏の生命の声でもあるのです
ゆえに唱題はどこまでも
白馬が駆けるように朗々と
そしてさわやかに実践して
いきたいものです(池田大作)
池田華陽会御書に学ぶ
聖教新聞・2012・2・14
2012年02月19日
妙法(2)
仏や仏国土といってもどこか遠くにあるのではなく
自分の生命の中に備わっているとするのが
法華経の教えであり
その生命の可能性を最大限に
発揮していくのが大聖人の仏法です
つまり己心に法ありと信じ
題目を唱えることによって
自分自身を幸福の軌道に乗せることができるのです
大聖人はわが己心の中の仏性が
南無妙法蓮華経と呼び呼ばれて現れるところを
仏というのであると仰せです
具体的には
籠の中の鳥が鳴けば
空を飛ぶ鳥たちが呼ばれて
集まってくる
また空飛ぶ鳥が集まって鳴けば
籠の中の鳥も出ようとするような
ものである
と巧みな比喩を用いて
己心の法を涌現させる原理を
示されました
籠の中の鳥が鳴くとは
無明や煩悩に束縛された自分自身が
妙法の力で苦難を必ず解決してみせる
必ず幸せになってみせる
と信心を起こして題目を唱えることです
この題目の大音声は一切衆生の仏性を
呼び覚まします
そして無明や苦悩の束縛を打ち破り
自分自身の生命に仏性を
現すことができるのです
池田華陽会御書に学ぶ
聖教新聞2012・2・14
自分の生命の中に備わっているとするのが
法華経の教えであり
その生命の可能性を最大限に
発揮していくのが大聖人の仏法です
つまり己心に法ありと信じ
題目を唱えることによって
自分自身を幸福の軌道に乗せることができるのです
大聖人はわが己心の中の仏性が
南無妙法蓮華経と呼び呼ばれて現れるところを
仏というのであると仰せです
具体的には
籠の中の鳥が鳴けば
空を飛ぶ鳥たちが呼ばれて
集まってくる
また空飛ぶ鳥が集まって鳴けば
籠の中の鳥も出ようとするような
ものである
と巧みな比喩を用いて
己心の法を涌現させる原理を
示されました
籠の中の鳥が鳴くとは
無明や煩悩に束縛された自分自身が
妙法の力で苦難を必ず解決してみせる
必ず幸せになってみせる
と信心を起こして題目を唱えることです
この題目の大音声は一切衆生の仏性を
呼び覚まします
そして無明や苦悩の束縛を打ち破り
自分自身の生命に仏性を
現すことができるのです
池田華陽会御書に学ぶ
聖教新聞2012・2・14
2012年02月17日
妙法(1)
妙法蓮華経とは
自分自身のことである
日蓮大聖人は
南無妙法蓮華経の題目を唱えても
己心の外に法あり
と思っているのでは
妙法を信じているのではなく
そ法を信じていることになる
と厳しく戒められています
そ法とは不完全な法という意味で
本章では法華経以前に説かれた
爾前権教を挙げられています
爾前権教で説かれる成仏とは
いくつもの生死を繰り返し
長遠にわたる仏道修行の果てに
全ての煩悩を断じ尽くして
はじめて到達する境地とされています
つまり仏とは人間をはるかに超えた
存在となります
たとえば困難の原因を
他人や環境のせいにして
愚痴をこぼしたり困難を克服する力を
自分の外にあると考えることも
己心の外に法あり
とする生き方にあたるといえるでしょう
これではたとえ題目を唱えていたとしても
妙法を信じていることにはならず
根本的な問題解決もできません・・
池田華陽会 御書に学ぶ
聖教新聞2012・2・14
自分自身のことである
日蓮大聖人は
南無妙法蓮華経の題目を唱えても
己心の外に法あり
と思っているのでは
妙法を信じているのではなく
そ法を信じていることになる
と厳しく戒められています
そ法とは不完全な法という意味で
本章では法華経以前に説かれた
爾前権教を挙げられています
爾前権教で説かれる成仏とは
いくつもの生死を繰り返し
長遠にわたる仏道修行の果てに
全ての煩悩を断じ尽くして
はじめて到達する境地とされています
つまり仏とは人間をはるかに超えた
存在となります
たとえば困難の原因を
他人や環境のせいにして
愚痴をこぼしたり困難を克服する力を
自分の外にあると考えることも
己心の外に法あり
とする生き方にあたるといえるでしょう
これではたとえ題目を唱えていたとしても
妙法を信じていることにはならず
根本的な問題解決もできません・・
池田華陽会 御書に学ぶ
聖教新聞2012・2・14
2012年02月15日
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2012年02月08日
2012年02月01日
2012年01月29日
ありのままの自分で
法華経の心は
当位即妙・不改本位と申して
罪業を捨てずして
仏道を成ずるなり
(波木井三郎殿御返事)日蓮
通解
法華経の本意は
当為即妙(当位・即ち妙なり)
不改本位(本位を改めず)
といって
罪業を捨てずに
その身のまま成仏
することができるのである
人間が人間として
最高に人間らしく
光輝くための仏法である
自分を離れた何か特別な存在に
なるのではない
法華経はその身のまま
ありのままでよいのである
ありのままの自分が
真剣に仏法を行じ抜いた時に
仏に等しい知恵と力が
湧き上がるのである
聖教新聞 御書とともに 池田大作 2012・1・28
そのままでいい
心のままに
生きていけばいい
自分に素直になれば
人にも素直になれる
みんなで幸せになろうぜ・・(私観)

当位即妙・不改本位と申して
罪業を捨てずして
仏道を成ずるなり
(波木井三郎殿御返事)日蓮
通解
法華経の本意は
当為即妙(当位・即ち妙なり)
不改本位(本位を改めず)
といって
罪業を捨てずに
その身のまま成仏
することができるのである
人間が人間として
最高に人間らしく
光輝くための仏法である
自分を離れた何か特別な存在に
なるのではない
法華経はその身のまま
ありのままでよいのである
ありのままの自分が
真剣に仏法を行じ抜いた時に
仏に等しい知恵と力が
湧き上がるのである
聖教新聞 御書とともに 池田大作 2012・1・28
そのままでいい
心のままに
生きていけばいい
自分に素直になれば
人にも素直になれる
みんなで幸せになろうぜ・・(私観)
2012年01月25日
2012年01月24日
2012年01月20日
心の強さ
ご本尊がいかに偉大であっても
持つ人の信心が弱ければ功徳は出ません
真一は必ず心の固きによって神の守り即ち強し
神の護ると申すも人の心つよきによるとみえて候
法華経はよきつるぎ(剣)なれども使う人によりて
物を切り候か(日蓮)との御文を拝した
妙楽大師は必ず心が堅固であってこそ
神の守護も厚いと述べている
これは諸天善人の守護といっても
人の心の強さによるということである
法華経はよいつるぎであるがその切れ味は
使う人によるのであるという意味であります
この御文は自身の信心の強さが守護する
諸天善神の働きを引き出すことを説かれた
重要な御指導です
いくら御本尊を受時していても何かあったらすぐに
揺らぐような信心では諸天の加護はありません
たとえば病気になったりすると信心しているのになぜ
と現象に惑わされ御本尊を疑う人がいます
しかし生身の人間である限り病気にもなります
もし病気になったとしても不退の信心を貫き
強靭な生命力を涌現し自らを蘇生させていくための信心なんです
目的は何があっても負けない自分をつくのことにある
真一が心の強さを強調したのは
日蓮仏法はいわゆるおすがり信仰ではなく
人間革命の宗教であることを訴えておきたかったからである
聖教新聞 新人間革命 共戦五十六より
持つ人の信心が弱ければ功徳は出ません
真一は必ず心の固きによって神の守り即ち強し
神の護ると申すも人の心つよきによるとみえて候
法華経はよきつるぎ(剣)なれども使う人によりて
物を切り候か(日蓮)との御文を拝した
妙楽大師は必ず心が堅固であってこそ
神の守護も厚いと述べている
これは諸天善人の守護といっても
人の心の強さによるということである
法華経はよいつるぎであるがその切れ味は
使う人によるのであるという意味であります
この御文は自身の信心の強さが守護する
諸天善神の働きを引き出すことを説かれた
重要な御指導です
いくら御本尊を受時していても何かあったらすぐに
揺らぐような信心では諸天の加護はありません
たとえば病気になったりすると信心しているのになぜ
と現象に惑わされ御本尊を疑う人がいます
しかし生身の人間である限り病気にもなります
もし病気になったとしても不退の信心を貫き
強靭な生命力を涌現し自らを蘇生させていくための信心なんです
目的は何があっても負けない自分をつくのことにある
真一が心の強さを強調したのは
日蓮仏法はいわゆるおすがり信仰ではなく
人間革命の宗教であることを訴えておきたかったからである
聖教新聞 新人間革命 共戦五十六より
2012年01月19日
修羅のこころ
負けたくない心
人より勝っていたい
他人を自分より下に見て
軽んずるその勝他の念が
修羅の本質
虚勢を張り
地位や権力を誇示
自分を偉く見せようとする
又自分より優れ
名声や尊敬を集めている人がいると
恨み嫉妬する
日蓮大聖人は
諂曲(てんごく)なるは修羅
といわれている
てんごくは自分の心をまげて
人に媚へつらうことです
本質は臆病なんです
ずるいんです
実はそこに
自分を不幸にしていく
要因がある
その生命と戦っていく力が
仏法なんです
広布の大願に生きるとき
仏界菩薩界の修羅界となって
悪を打ち破る大力となる
聖教新聞 新人間革命 共戦五十三より
人より勝っていたい
他人を自分より下に見て
軽んずるその勝他の念が
修羅の本質
虚勢を張り
地位や権力を誇示
自分を偉く見せようとする
又自分より優れ
名声や尊敬を集めている人がいると
恨み嫉妬する
日蓮大聖人は
諂曲(てんごく)なるは修羅
といわれている
てんごくは自分の心をまげて
人に媚へつらうことです
本質は臆病なんです
ずるいんです
実はそこに
自分を不幸にしていく
要因がある
その生命と戦っていく力が
仏法なんです
広布の大願に生きるとき
仏界菩薩界の修羅界となって
悪を打ち破る大力となる
聖教新聞 新人間革命 共戦五十三より
2012年01月13日
若き君へ(3)
無名の庶民の中に
どれほど偉大な人物が
光っていることか
皆悪口を言われながら
わが身を惜しまず
友のため地域のために
つくしてこられた
何の見返りも求めず
広宣流布立正安国の
理想に向かって
行動しぬいておられる
東北の被災地では
厳寒のなかきょうも復興のために
献身される同士たちがいます
皆さん方の父母祖父母たちこそ
法華経に説かれる地涌の大菩薩であり
最敬礼して仰ぐべき
尊極の仏なのです
フランスの哲学者ルソーは綴りました
わたしたちはいわば
二回この世に生まれる
一回目は存在するために
二回目は生きるために
悔いなき最高の人生を生き切るために
青年は創価の人間群を誇りとしながら
どこまでも自分らしく
強く朗らかに前進して
いっていただきたい
インドの独立の父マハトマ・ガンジーは
決して希望を失わない者のみが
指導者になることができる
と言った
愛する君たちが
21世紀の人類へ
希望の光を贈りゆく
偉大な人間指導者に
育つことこそが
私の最大の
希望なのです
大人になるとは 新時代の主役に語る(池田大作)
聖教新聞 2012・1・11より
どれほど偉大な人物が
光っていることか
皆悪口を言われながら
わが身を惜しまず
友のため地域のために
つくしてこられた
何の見返りも求めず
広宣流布立正安国の
理想に向かって
行動しぬいておられる
東北の被災地では
厳寒のなかきょうも復興のために
献身される同士たちがいます
皆さん方の父母祖父母たちこそ
法華経に説かれる地涌の大菩薩であり
最敬礼して仰ぐべき
尊極の仏なのです
フランスの哲学者ルソーは綴りました
わたしたちはいわば
二回この世に生まれる
一回目は存在するために
二回目は生きるために
悔いなき最高の人生を生き切るために
青年は創価の人間群を誇りとしながら
どこまでも自分らしく
強く朗らかに前進して
いっていただきたい
インドの独立の父マハトマ・ガンジーは
決して希望を失わない者のみが
指導者になることができる
と言った
愛する君たちが
21世紀の人類へ
希望の光を贈りゆく
偉大な人間指導者に
育つことこそが
私の最大の
希望なのです
大人になるとは 新時代の主役に語る(池田大作)
聖教新聞 2012・1・11より
2012年01月12日
若き君へ(2)
哲学なき時代
手本なき時代
人生を開く力ある哲学
手本となる師と人生を求めて
入会した新たなメンバーがたくさんいる
人生も仏法も求める心で決まる
毎日読誦している如来寿量品に
一心欲見仏 不自惜身命
一心に仏を見たてまつらんと欲して
自ら身命を惜しまずとある
一心に仏を求め心を定めて
広宣流布の大願の為に戦い抜いていく
その不惜身命の心こそ実は
仏そのものなのであると
示してくださっているのです
私は今も戸田先生を求め続けています
毎日心で対話をしています
常に一緒に世界広宣流布の指揮を
厳然とまた悠然と執っています
ゆえに何も恐れるものはありません
大人になるとは 新時代の主役に語る(池田大作)
聖教新聞 2012・1・11より
手本なき時代
人生を開く力ある哲学
手本となる師と人生を求めて
入会した新たなメンバーがたくさんいる
人生も仏法も求める心で決まる
毎日読誦している如来寿量品に
一心欲見仏 不自惜身命
一心に仏を見たてまつらんと欲して
自ら身命を惜しまずとある
一心に仏を求め心を定めて
広宣流布の大願の為に戦い抜いていく
その不惜身命の心こそ実は
仏そのものなのであると
示してくださっているのです
私は今も戸田先生を求め続けています
毎日心で対話をしています
常に一緒に世界広宣流布の指揮を
厳然とまた悠然と執っています
ゆえに何も恐れるものはありません
大人になるとは 新時代の主役に語る(池田大作)
聖教新聞 2012・1・11より
2012年01月11日
若き君へ(1)
青年は正義の批判力を
手放してはならない
青年は悪い大人に絶対
だまされてはいけません
そして自分自身を
大海の如く天空の如く
心広々とした大人(だいじん)へと
創り上げていくのです
かっての戦争では
誤った為政者たちによって
青年たちが犠牲にされました
わが家も4人の兄が次々と戦争にとられ
長兄は戦死です
子供はお国のために死ぬことが
誉であり幸福であると教えこまれた
そんな狂った時代に
二度としてはならない
戦争が終わった時私は17歳でした
私も又大人への失望がありました
きのうまで戦争遂行を叫んでいた人たちが
次の日から
平和主義者に変わっていた
誰も信用できなかった
良書だけは嘘をつかないと思い
むさぼるように読みました
いかに生きるか
私は正しい人生とその手本を
真剣に求めました
その中で友人に誘われた学会の
座談会で出会ったのが戸田先生でした
偉ぶったところは全くありませんでした
しかし
まさしく人間王者の風格がありました
軍部政府と戦って2年間
投獄されてもなお信念を貫き通された
ことも知りました
何とすごい方なのだろう
この人についていこう
あの時私は19歳
成人を目前にして
私の人生は決まりました
私はあの日から大願を起こし
戦いを起こしたのです
今年で65年になります
大人になるとは 新時代の主役に語る(池田大作)
聖教新聞2012・1・11より
手放してはならない
青年は悪い大人に絶対
だまされてはいけません
そして自分自身を
大海の如く天空の如く
心広々とした大人(だいじん)へと
創り上げていくのです
かっての戦争では
誤った為政者たちによって
青年たちが犠牲にされました
わが家も4人の兄が次々と戦争にとられ
長兄は戦死です
子供はお国のために死ぬことが
誉であり幸福であると教えこまれた
そんな狂った時代に
二度としてはならない
戦争が終わった時私は17歳でした
私も又大人への失望がありました
きのうまで戦争遂行を叫んでいた人たちが
次の日から
平和主義者に変わっていた
誰も信用できなかった
良書だけは嘘をつかないと思い
むさぼるように読みました
いかに生きるか
私は正しい人生とその手本を
真剣に求めました
その中で友人に誘われた学会の
座談会で出会ったのが戸田先生でした
偉ぶったところは全くありませんでした
しかし
まさしく人間王者の風格がありました
軍部政府と戦って2年間
投獄されてもなお信念を貫き通された
ことも知りました
何とすごい方なのだろう
この人についていこう
あの時私は19歳
成人を目前にして
私の人生は決まりました
私はあの日から大願を起こし
戦いを起こしたのです
今年で65年になります
大人になるとは 新時代の主役に語る(池田大作)
聖教新聞2012・1・11より
2011年12月16日
2011年12月15日
クコ
2011年12月10日
ぼくとおじさん
今回の震災で両親を失った子供達
二百数十人に上るという
小四のひとし君石巻市のアパート
おじの浜さんの作った朝食を食べ
家を出る
震災前までひとし君は
両親 祖母 二人のいとこ おじの浜さん
とともに七人でくらしていた
浜さんは一家でただ一人学会に
入会したのは今年二月
翌三月に震災が起こる
料理人の浜さんは勤め先のホテルにいて
無事だった
ひとし君は家族と車で逃げる途中
波にのまれ
ひとし君といとこの一人は
窓から逃げ助かった
他の家族はわからない
家族の名前を書いた段ボールのカードを手に
避難所を回るひとし君の姿が
朝日新聞に報じられている
数日後家族の遺体が見つかる
ひとし君には日本全国海外からも
暖かい支援の手が
その人生を引き受けたのは
おじの浜さんだった
一家の葬儀は学会の友人葬
ひとし君は亡き家族への手紙を読みあげた
創価家族の人達と出会い
全然さみしくありません泣きません
幸せを皆さんから少しずついただいて
今は幸せがあふれすぎています
今度は幸せを頂きすぎた人に
いっぱい返す番です
人の役に立つ心の命を救える人に
必ずなります
浜さんとくらすようになって
一緒に学会の会合に参加していた
ひとし君は手紙にあるように
今創価家族の一員だ
何を祈っているの
創価中学に行けますように
何になりたいの
弁護士になる
何で
僕助けられたり いっぱいしたから
今度は助けたいと思って・・
名前は変えて有ります
2011・10・22聖教新聞より
二百数十人に上るという
小四のひとし君石巻市のアパート
おじの浜さんの作った朝食を食べ
家を出る
震災前までひとし君は
両親 祖母 二人のいとこ おじの浜さん
とともに七人でくらしていた
浜さんは一家でただ一人学会に
入会したのは今年二月
翌三月に震災が起こる
料理人の浜さんは勤め先のホテルにいて
無事だった
ひとし君は家族と車で逃げる途中
波にのまれ
ひとし君といとこの一人は
窓から逃げ助かった
他の家族はわからない
家族の名前を書いた段ボールのカードを手に
避難所を回るひとし君の姿が
朝日新聞に報じられている
数日後家族の遺体が見つかる
ひとし君には日本全国海外からも
暖かい支援の手が
その人生を引き受けたのは
おじの浜さんだった
一家の葬儀は学会の友人葬
ひとし君は亡き家族への手紙を読みあげた
創価家族の人達と出会い
全然さみしくありません泣きません
幸せを皆さんから少しずついただいて
今は幸せがあふれすぎています
今度は幸せを頂きすぎた人に
いっぱい返す番です
人の役に立つ心の命を救える人に
必ずなります
浜さんとくらすようになって
一緒に学会の会合に参加していた
ひとし君は手紙にあるように
今創価家族の一員だ
何を祈っているの
創価中学に行けますように
何になりたいの
弁護士になる
何で
僕助けられたり いっぱいしたから
今度は助けたいと思って・・
名前は変えて有ります
2011・10・22聖教新聞より
2011年12月09日
2011年12月08日
2011年12月07日
機根
末法の衆生の機根は
本未有善(もと未だ善あらず)である
釈尊に縁がなく成仏得道の種子が
植えられていない
そうした衆生をいかにして
化道するか
天台は法華文句(ほっけもんぐ)に
而強毒之(にごうどくし)(しかもしいてこれを毒す)
と述べている
正法を聞くのを好まない者に対しても
あえてこれを説いて仏縁を結ばせることをいう
不軽菩薩のように人々に法を語り説いていくのだ
妙法を聞いた人たちは直に受け入れようとはせず反発し
貧(とん)むさぼり 瞋(じん)いかり 癡(ち)おろか
の三毒の心を起こし
法を説く人に迫害を加える
しかし正法を聞いたことによって
仏縁が結ばれ成仏する種が植えられるのである
ゆえに日蓮大聖人は而強毒之するは
慈悲より起これりと述べられている・・
新人間革命 共戦十七 聖教新聞より
本未有善(もと未だ善あらず)である
釈尊に縁がなく成仏得道の種子が
植えられていない
そうした衆生をいかにして
化道するか
天台は法華文句(ほっけもんぐ)に
而強毒之(にごうどくし)(しかもしいてこれを毒す)
と述べている
正法を聞くのを好まない者に対しても
あえてこれを説いて仏縁を結ばせることをいう
不軽菩薩のように人々に法を語り説いていくのだ
妙法を聞いた人たちは直に受け入れようとはせず反発し
貧(とん)むさぼり 瞋(じん)いかり 癡(ち)おろか
の三毒の心を起こし
法を説く人に迫害を加える
しかし正法を聞いたことによって
仏縁が結ばれ成仏する種が植えられるのである
ゆえに日蓮大聖人は而強毒之するは
慈悲より起これりと述べられている・・
新人間革命 共戦十七 聖教新聞より
2011年12月06日
不軽菩薩
法華経の常不軽菩薩品には
次のように説かれている
過去世の威音王仏の滅後
像法に不軽菩薩が出現する
不軽は会う人ごとに二十四文字の
法華経を説き礼拝讃嘆して歩いた
我は深く汝等を敬い敢えて軽慢せず
ゆえんはいかん汝等は皆菩薩の道を行じて
当に作仏することを得べし(法華経)
私は深くあなたがたを敬います
決して軽んじたり慢ったりしません
なぜならあなた方は皆
菩薩道の修行をすれば必ず
仏になることができるからです
不軽菩薩は一切衆生に仏性があると確信し
こう訴え人々にひざまずき
合嘗していったのである
しかし彼の言葉を聞くとむしろ人々は
怒り憎悪の心を燃え上がらせた
不軽の言うことは虚言であるとして
悪口し罵りさらに杖や棒で打ち
瓦のかけらや石を投げつけたのである
それでも不軽菩薩は
我は深く汝等を敬い・・といって
人々を礼拝することをやめなかった
この時不軽を軽んじ迫害を加えた者は
千劫の間無限地獄に堕ちる
しかし最後は正法を聞いた縁によって
救われるのである・・
新人間革命 共戦十六 聖教新聞より
次のように説かれている
過去世の威音王仏の滅後
像法に不軽菩薩が出現する
不軽は会う人ごとに二十四文字の
法華経を説き礼拝讃嘆して歩いた
我は深く汝等を敬い敢えて軽慢せず
ゆえんはいかん汝等は皆菩薩の道を行じて
当に作仏することを得べし(法華経)
私は深くあなたがたを敬います
決して軽んじたり慢ったりしません
なぜならあなた方は皆
菩薩道の修行をすれば必ず
仏になることができるからです
不軽菩薩は一切衆生に仏性があると確信し
こう訴え人々にひざまずき
合嘗していったのである
しかし彼の言葉を聞くとむしろ人々は
怒り憎悪の心を燃え上がらせた
不軽の言うことは虚言であるとして
悪口し罵りさらに杖や棒で打ち
瓦のかけらや石を投げつけたのである
それでも不軽菩薩は
我は深く汝等を敬い・・といって
人々を礼拝することをやめなかった
この時不軽を軽んじ迫害を加えた者は
千劫の間無限地獄に堕ちる
しかし最後は正法を聞いた縁によって
救われるのである・・
新人間革命 共戦十六 聖教新聞より
2011年12月03日
2011年12月01日
2011年11月30日
2011年11月29日
2011年11月28日
2011年11月27日
2011年11月22日
2011年11月21日
2011年11月20日
2011年11月17日
2011年11月15日
2011年11月13日
心のエンジン
7月に入会した壮年の発言
入会するまで
お経を唱えるのは内にこもるような
暗いイメージがありました
でも勤行をすると
気持ちが前向きになり
生命の底から力がわき
さあ頑張るぞと
毎日が新鮮に出発できるのです
勤行唱題の力と意義を実感したという
誰もが人生を進むための
心のエンジンを持っている
悩みの上り坂に直面すると
大きなエンジンの人は悠々と上れるが
小さなエンジンの人は大変だ
この自分自身のエンジンに火をつけ
エンジンそのものも大きく強くしていくための
仏道修行が勤行唱題である(池田大作)
では心のエンジンの燃料は何か
それは悩みである
目標の達成や課題の克服等のために
勤行唱題に懸命に励むことで
それは人生を前に進むための
ガソリンに変わる
御書に
煩悩という薪を焼いて
菩提という
智慧の火が現れる(日蓮)と・・
朗々たる勤行唱題は心のエンジンだ・・
名字の言2011・11・13聖教新聞
入会するまで
お経を唱えるのは内にこもるような
暗いイメージがありました
でも勤行をすると
気持ちが前向きになり
生命の底から力がわき
さあ頑張るぞと
毎日が新鮮に出発できるのです
勤行唱題の力と意義を実感したという
誰もが人生を進むための
心のエンジンを持っている
悩みの上り坂に直面すると
大きなエンジンの人は悠々と上れるが
小さなエンジンの人は大変だ
この自分自身のエンジンに火をつけ
エンジンそのものも大きく強くしていくための
仏道修行が勤行唱題である(池田大作)
では心のエンジンの燃料は何か
それは悩みである
目標の達成や課題の克服等のために
勤行唱題に懸命に励むことで
それは人生を前に進むための
ガソリンに変わる
御書に
煩悩という薪を焼いて
菩提という
智慧の火が現れる(日蓮)と・・
朗々たる勤行唱題は心のエンジンだ・・
名字の言2011・11・13聖教新聞

