2006年12月31日

年越しそばを打ちました


sobauti12.31-1.jpg大晦日の今日、年越しそばを打ちました。これまで、農業塾OB会白木農園で何回も「そば打ち体験教室」では、そば打ちを体験してきましたが、自宅で打つのは初めてのことです。
今年は12月3日に「そば打ち体験教室」が開催され、もちろん参加しました。今年は、そば粉もたくさん分配があり、自宅でそば打ちに挑戦しようと考えていました。

そして今日、息子と二人でチャレンジです。
初めは少し緊張しましたが、だんだんと先日の講習を思い出し、なんとか完成する事ができました。
息子はもちろん初めての経験ですが、楽しんでいたように見えました。
ただ、切りかたが少し太くなってうどんのような形になってしまいましたが、茹でて摘まんでみるととても美味しく満足しています。

農業塾の仲間の方たちと、夏の暑い時期に種まきをし、除草、刈り取り収穫、脱穀と自分達で作った蕎麦で、自宅で年越しそばを打つ、まさにスローフードですね。
今夜は家族3人で、この年越しそばを食べて、良い新年を迎えたいと思います。

tosikosisoba.jpgご馳走さまでした
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2006年12月30日

年末の大掃除

27日から少しずつ家の掃除をしてきて、今日は天気も良く、仕上げの窓拭きをしました。やはり、きれいになると気持ちが良いですね。そんなに汚れていないとおもっても、窓の汚れがきれいになると、なんだか部屋の中が明るくなったような気さえします。
まだ掃除が出来ていないのが、パソコンのハードディスクです。フォルダやファイルを整理して、不要なファイルを削除してゆけば、起動も早くなってくるのでしょうが、整理できないままで年を越しそうです。

ところで、最近、「そうじの本」が良く売れているそうです。
中でも良く売れているのが、舛田 光洋 さんの「3日で運がよくなる『そうじ力』」とか。
私はまだ読んでいませんが、換気する、捨てる、汚れを取る、整理整頓、炒り塩。この5つのステップで人生にマイナスになるものが取り除かれ、人生がガラリと好転すると、解説されています。きれいな部屋は“幸運”を呼び込む宝箱なのだそうです。

舛田 光洋さんは、1969年北海道生まれで、そうじ力研究会の代表。「そうじ力」による磁場の改善、心の改善から運気好転を提唱しています。中小企業環境整備コンサルタントとして「そうじ力」を導入した独自の企業発展プログラムを開発して、多くの経営者から高い評価を得ているそうです。最近では、個人向け「運勢好転そうじ力セミナー」を開催、全国各地で活躍しているそうです。

「3日で運がよくなる『そうじ力』」を手にとって、裏表紙を眺めました。この書籍のいくつかの内容が紹介してあり、その一つ項目に、「お金をためたい人は…」、「今すぐトイレの掃除をしなさい。」などと書かれていました。運を呼び寄せるために掃除をするのではないのでしょうが…。

この舛田 光洋さんの書籍がヒットしたのがきっかけになったのでしょうが、書店の店頭でも、掃除に関する書籍のコーナーがあり、10種類くらいの同じような本が並べられていました。
掃除に関する書籍、いったいどのくらい読まれているのでしょうか。
Posted by tontonton at 15:54  |Comments(0)TrackBack(0) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月29日

嬉しい、近江八幡「農業振興計画」の記事


yosi.jpg写真は近江八幡市のホームページから

「農の力で水郷保全」―近江八幡「農業振興計画」という見出しで、今朝の朝日新聞に次のような記事が掲載されていました。

国の重要文化的景観第1号に選ばれた「近江八幡の水郷」の一帯を保全するため、滋賀県近江八幡市は28曰、休耕田の防止やヨシの新しい利用法の開発などを盛り込んだ全国初の「景観農業振興地域整備計画」をつくった。水路とヨシ原だけでなく、水田や集落、里山がセットになった風景を守るには、農業の支援が欠かせないと考えた。
水郷風景は、長い時間をかけて住民が稲作やヨシの生産をする中で形づくられた。近年は稲作、ヨシ生産とも従事者の高齢化や後継者不足が目立っている。休耕田はまだないが、ヨシはすだれなどの需要が激減。ヨシ刈りがとまると、風景や生態系が壊れてしまう。
整備計画の対象は、重要文化的景観区域を含む計261.5ヘクタール。水田については、農業ができなくなると、営農組合に作業を委託することを促進する▽休耕田にしないよう、都市住民による体験農業事業を促進する、などを挙げている。
ヨシ地などの原野については、ヨシの新しい利用方法を開発する▽ヨシ生産者だけでなく、NPOや民間団体にもヨシ原の管理ができないか検討する、としている。
具体的な活動内容は、地域の人たちと話し合って決める。

近江八幡市は、市内すべての風景は先人から受け継がれた大切なもので、市民みんなの共有財産である。と定めた『近江八幡市風景づくり条例』を平成17年4月1日に施行しました。ほんとうの素晴らしい考え方ですね。(このことは、近江八幡市のホームページに詳しく掲載されています。)
私たち地域外の者も、美しい日本の景観を守りたい一人として、「ヨシの新しい利用方法の開発」などを提案して、協力して行きたいものです。

私たちの周りでは、乱開発によってだんだん風景が変わってきています。残してて良かったなぁと感じる素晴らしい風景が、今ならまだ残っています。そんな風景を、地域全体で残してゆこうとする近江八幡市の取り組みの記事を見てとても嬉しく思いました。
日本には、この様に残してゆきたい美しい景観がたくさんあります。各都道府県も近江八幡市をみならってぜひ推進して欲しいと考えます。

ところで、ヨシに関連した言葉で、「葦(よし)の髄(ずい)から天井のぞく」という諺があります。
この諺は、ご存知のように、「自分の狭い見識で、広い世界のことについて勝手な判断を下す」という意味ですが、最近は、政治や経済の世界でも、また教育者の中にも、本来、広く深い見識を持っているはずの人たちが、「葦の髄からのぞいている」ような見識で勝手な判断をしたり、提言している人たちが多くいるように思えます。
もともと、葦(よし)は、葦(あし)のアシと読む音が「悪(あ)し」に通じるのを忌んで、「善し」に因んでヨシというようになったそうです。「悪し」の気持をもって葦の髄をのぞくともっと良くない結果になります。
「善し」に因んだ先人の気持を大切にしてゆきたいですね。

Posted by tontonton at 12:41  |Comments(0)TrackBack(0) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月27日

グーグル・アース日本語版は楽しい

グーグル・アースの日本語版が登場して、検索がとても楽になりました。住所を入力するだけで、自分の自宅の上空まですぐ飛んでゆけます。
ニューヨークから、いきなりパリに飛んだり、結構楽しめます。

地球儀を回すようにして衛星写真を宇宙から自宅の庭先までズームして見ることのできる米グーグルの地図閲覧サービス「グーグル・アース」は、9月の中旬からは日本語版がスタート、場所に応じた動画を合わせて表示する機能を加えるなど、進化を加速させています。グーグル・アースの開発責任者でチーフテクノロジストのマイケル・ジョーンズさんが来日した際、グーグル・アースについて「まるで地球自身が自叙伝を語り始めたかのようだ」と表現したそうです。

グーグル・アースは昨年6月から1年で1億人が利用したといいます。写真の高解像度化や対象地域の拡大を進め、いまでは世界の人口の3分の1の居住地域を高解像度の写真でカバーできています。仕様を公開して第3者のウェブサービスでグーグル・アースを使えるようにする「マッシュアップ」と呼ぶ技術も人気で、利用者を広げています。

有料の多機能版、企業向けの商用版を合わせて開始しています。有料版では、国内の建物の3次元表示を可能にしたり、日本の利用者向けにスーパーとコンビニエンスストアを区別して表示したりといった機能も盛り込んでいるそうです。

毎月更新しているそうですが、今月は日本、来月はドイツ――という具合に地域ごとに順を追って作業しています。日本についても順次アップデートしているそうですが、データが古い地域もあります。最近建てられた建物でまだデータが表示されないといった場合は、自分で建物のイラストを書いて貼り付けたり、友達にその地図をメールで送ったりということもできるとのこと。

季節によって写真も変わるのが望ましいですね。アップデートを頻繁にして、できるだけ現実に近づけてもらえたら嬉しいですね。
自分の住んでいる地域や、友人・知人のいる場所の季節が見えれば素晴らしいでしょうね。グーグルの事ですから、そんな遠くない時期に実現できそうな予感がします。

Posted by tontonton at 15:40  |Comments(0)TrackBack(0) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月26日

デジカメ写真を無料でプリント

パソコン雑誌「日経PC21−2月号」にこんな記事が掲載されていました。

デジカメ画像のプリント料金が無料になる―2006年3月、アイディアシンクが提供する「プリア」というサービスが登場しました。
無料の秘密はプリント写真に入る広告です。プリントや発送にかかるコストを全て広告の出稿料で賄うというものです。無料でサービスを受けられるユーザーの利点は大きいのですが、広告を出稿する企業にも「会員の登録データを基に特定の趣味を持つ人だけ、ある地域に住む人だけなど、狙ったユーザー層に確実に広告を出せる」というメリットもあるのです。
思い入れのある写真と一緒なので、長い期間広告を見てもらえるという発想なのですね。

無料プリントを利用するには、まずユーザー登録が必要です。ユーザー登録では住所のほか、家族構成や趣味といった属性を入力します。登録が済んだら、プリントしたい画像をウェブブラウザーでアップロードします。プリント注文は、1回当たり30コマ分をまとめて、月2回(計60コマ)までという制限があります。
プリント用紙のサイズは今のところサービス判のみです。写真と一緒にプリントされる広告は、写真の片隅に小さく入るロゴタイプのものと、写真半面に入るタイプの二種類があるそうです。注文の際はどちらかのタイプだけを選ぶことはできませんが、それぞれのタイプの広告が15枚ずつ割り当てられるそうです。
ただし、どの写真にどの広告を組み合わせるかはユーザーが指定できます。注文後約一週間で、プリントが手元に届きます。
プリントは、通常のカメラ店で注文するものと同様の銀塩プリントで、画質や保存性は良好だといいます。プリント写真は登録ユーザーだけでなく、友達や親せき宛てに送ることも可能だそうです。

デジカメの撮影画像はパソコンで見られるので、写真をプリントする機会が減ったという人は多いと思います。無料プリントサービスの登場は、携帯しやすくいつでも見られる写真プリント本来の楽しさを、再認識するきっかけになるかもしれません。
一度、試してみてはいかがですか。
会員登録は、ここをクリックしてください。
Posted by tontonton at 16:20  |Comments(0)TrackBack(0) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月25日

年賀状の作成

郵便局
今日は一日中、パソコンで年賀状の印刷をしていました。私を含めた家族4人分の年賀状は300数十枚あり、数種類の文面と宛名面を合わせると700枚あまりになります。葉書ソフトでの印刷なので、これでも早いほうですね。手書き年賀状の味わいにはかないませんが、個性的な賀状のデザインを見るのは楽しいですね。

年賀状の歴史はいつ頃からなのでしょうか。日本には従来、新年の年始回りという行事があります。それが行えないような遠くの人への年始回りに変わるものとして始まったのでしょうが。
元日に書いて投函するのが本来のあり方しょうが、いつの間に元日に配達するようにすり替わってしまったのでしょうか。
郵便局は12月25日頃までに投函して欲しいと呼びかけていますが、社会環境の変化などから投函のピークは遅くなっているようです。2006年は、前年12月30日が投函のピークと報じられましたように記憶しています。

ところで、平成19年用年賀葉書のお年玉賞品の内容は、下記のようになっています。

1等
・ わくわくハワイ旅行
・ にこにこ国内旅行
・ ノートパソコン
・ DVDレコーダー+ホームシアターセット
・ デジタル一眼レフカメラ+プリンタセット
<5点の中から1点> 7,620本 100万本に2本

2等
・ 地域の特産品小包1個
1,523,920本 1万本に4本

3等
・ お年玉切手シート
76,196,000本 100本に2本

私の家には、毎年300枚以上の年賀状が届きますが、3等以上の賞品が当たったためしがありません。
今年の初め、2年ぶりくらいに会った知人が、年賀状でパソコンが当たったので、パソコン講習会に通うのだと言っていました。こんな幸運な人もいるのですね。あやかりたいものです。
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2006年12月23日

2006年白木農園作業納め


satoimo2006.12.23.jpg今日12月23日は、農業塾OB会白木農園の今年最後の作業日でした。土曜日と祭日が重なった事もあり、23名と多くの会員が集まりました。作業内容は来年植えるサトイモの種芋を保存・保管する作業です。

リーダーのAさんからの説明を受けて、作業を分担して行いました。サトイモを掘り起こすグループと種芋を保存・保管する場所を造るグループに分かれて作業が始まりました。

種芋を保存する場所の周りに溝を掘り、雨水が流れ込まないようにしておきます。種芋を置くところには藁を敷き、その上に種芋を並べてゆきます。種芋を並べた上に、また藁をかけて、さらにその上に籾殻をかけました。籾殻の上にはマルチで使ったビニールをかけ、その上を土で覆います。

サトイモは、熱帯の植物だけに寒さにはとても弱いのです。また、水にぬれては腐ってしまいますので、保存には結構注意しなければいけないのですね。これで来年のサトイモの種芋が確保できました。

残ったサトイモは、今日の作業に参加者した人に等分に分配されました。
12月下旬でしたが、天気がよくて、そんなに寒くなく、絶好の作業日よりでした。今年最後の作業も無事終わりました。
参加者の皆様、お疲れ様でした。
来年の初作業は、1月21日(日曜日)の麦踏です。多くに方の参加をお待ちしています。

Posted by tontonton at 14:04  |Comments(0)TrackBack(0) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月22日

白木農園パソコン同好会の懇親・忘年会

昨日、白木農園パソコン同好会の懇親・忘年会が午後6時から広島市の中心街で開催されました。
夏と冬の2回開催されるこの懇親会は、今回で6回目となります。
3時間の懇親会でしたが、話題も豊富で、愉快に楽しい時間を過ごす事ができました。

先日もブログに書きましたが、2004年5月から月2〜3回のペースで、先週の同好会が92回目でした。
会員の皆さん、とても熱心で積極的です。
講習するテーマが決まっていても、質問・疑問があれば、そちらが優先されます。「いつまでに何をしなければいけない」という制約がありませんから、のんびり、ゆっくり、楽しく操作する事に心掛けています。
会員は熟年の方々ばかりですが、皆さん若く、その年齢を感じられません。いろいろな事に挑戦しようとする気持がそうさせているのだと思います。

先日、農業塾・卒業式の謝辞でKさんが話され、それをHさんが「白木農園だより」に掲載していた、サミエル・ウルマンの言葉が思い出されます。

人は信念と共に若く 疑惑と共に老ゆる
人は自信と共に若く 恐怖と共に老ゆる
希望ある限り若く  失望と共に老い朽ちる  


皆さん、信念と自信と希望を持って、毎日を送っているのだな、とつくづく思いました。 


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2006年12月21日

教育基本法改正と「武士道」

先ごろ教育基本法改正が可決されましたが、その論議のなかで、旧5千円札の肖像でも知られる新渡戸稲造が注目を集めていました。伊吹文明文部科学相や与党議員がその著書『武士道』を引用すれば、改正に反対する大学教職員は新渡戸の思想は現行の教育基本法にこそ生きていると主張していました。
「曰本の規範として大切なのは道。商人道であり武士道です」「曰本人に規範意識を教えたのが『武士道』という本。そういうことを大切に経済的な小泉改革を補完していきたい。これが安倍改革の基本」と、伊吹文科相は11月の参院教育基本法特別委で、改正案の第2条「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷士を愛する」態度について、こう答弁しました。
河村達夫元文科相も衆院特別委で、道徳教育を「曰本は武士道でやっている」と発言しています。
一方、新渡戸さんが初代学長を務めた東京女子大の教職員有志は、新渡戸が常に強調した「精神の自由」と「等しく尊重される個の価値」は「現行基本法が掲げてきた理念」として改正の動きに反対しています。

どうして、新渡戸さんの「武士道」が、なぜ、こんなにもてはやされるのでしょうか。
あらゆる思想は後の解釈で、どちらにもなります。教育基本法の改正論議では、そのことがシンボリックに出ています。武士道には、確かに日本人が忘れた規範について書かれていますが、100年前の本の良いとこ取りでしか議論できない国会議員や学者双方の思考の貧弱さにがっかりします。

教育基本法改正でもうひとつ気になることがあります。それは、なにを勘違いしたのか、経済財政諮問会議と規制改革会議が、教育に口出しをするようになったことです。この2つの会議は、内閣総理大臣という後ろ盾があるため、文部科学省も押し切られる場面が多くなると考えなければなりません。
経済問題を考える人たちが、教育を考えるなどあってはならないことです。
この人たちは、教育に市場原理がなじまない事を理解せず、教育の本質が何であるか深く考えた事もないような人が、思い付きを言い続けているからです。
小学校に英語を導入し、必須にすべきだと言い出したのも主に経済人です。国民が英語を話せないと経済競争からとり残されてしまう、というのが理由です。
しかし、世界でも最も英語の上手なイギリスの経済は、戦後からつい最近まで、世界で最も英語の下手な日本の経済とは比べ物にならない程度のものでした。
また、小学生にパソコン教育をと言い始めたのも主に経済人たちです。小学校でパソコン教育を始めると、業界にとって大きな市場になるからに他なりません。
1週間に20時間しかない授業に時間に、英語やパソコンの時間を割く余裕などないはずです。小学生には基本的なことを学ぶ時間を多くとる事が必要だと考えます。
経済原理主義者が考える教育がまかり通るようになれば、それこそ日本は堕落の一途を辿るようになると思います。

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2006年12月20日

井上 靖さんの「風林火山」を読んで

本
井上 靖さんの「風林火山」を読みました。井上靖さんは、「敦煌(とんこう)」や「天平の甍(いらか)」などの名作でも良く知られている作家で、文化勲章も受章された方ですね。
2007年のNHKの大河ドラマが「風林火山」です。

今年の大河ドラマ「功名が辻」を見て、面白かったので、来年も見てみようと原作を読んでみました。
この作品は、昭和31年に刊行されたのですが、旧仮名づかいで書かれた口語文などは、新仮名づかいに改めるなどしてありましたから、割合読み易くなっています。

「風林火山」は、武田信玄の軍旗に記された
「疾如風、徐如林、侵掠如火、不動如山」の通称です。
その意味は、

疾(はや)きこと風の如く
徐(しず)かなること林の如く
侵掠(しんりゃく)すること火の如く
動かざること山の如し


物語の内容は、山本勘助(かんすけ)という浪人が、どのようにして武田晴信(信玄)に出会ったのか。軍師としてどのように信玄とかかわり、どのように生きたかを描いた戦国時代の物語です。
    
群雄割拠の戦乱の時代は、北条氏康・武田信玄・上杉謙信の戦国屈指の3英雄が、関東甲信越で激突する時代です。
北条氏康は祖父北条早雲、父氏綱の遺産を受け継ぎ関東一円を支配下に置くため、積極的な攻勢を展開します。
当時の関東地方には古河公方足利氏や関東管領上杉氏など、室町時代からの名族が盤踞(ばんきょ)していましたが、氏康は知略を尽くして足利氏、上杉氏を撃破します。しかし、時の関東管領上杉憲政は越後に落ち延び、長尾景虎に救援を求めたため景虎との抗争に発展します。景虎はのち、憲政に上杉氏の名跡を譲られ、上杉謙信と名乗るようになります。
一方、甲斐を支配する武田信玄は、勢力拡大のため信濃への侵攻を開始します。北信濃の戦国大名、村上義清は頑強に抵抗し、信玄はたびたび痛い目ににあわされましたが、苦戦のすえ、義清を撃破します。しかし、義清は越後に逃げ込み、やはり上杉謙信に助力を願い出たため、信玄も謙信と対決することになるのです。
こうして、関東甲信越を舞台にした3将の抗争が始まったのです。いずれもが優劣つけがたい名将であったため、決着がつくことはなく、この戦いは次の時代にまで持ち越されます。
武田信玄と上杉謙信の戦いは、「川中島の戦い」で有名ですが、この戦いは5度に及びました。しかし、いずれも決着はつきませんでした。

井上 靖さんの「風林火山」は、武田信玄と上杉謙信の初めての「川中島の戦い」の真っ只中で終わっています。この小説に描かれている武田信玄は実際にどのような人物だったのか、また、山本勘助は本当に実在した人物だったのだろうか、などと考えながら楽しく読みました。
この時代の後に、織田信長・豊臣秀吉・徳川家康が現れてきますね。それ以前の時代を知る上で、興味深く読むことができました。
来年の大河ドラマが楽しみです。


Posted by tontonton at 16:21  |Comments(0)TrackBack(0) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月19日

漢字のクイズ

一昨日の農業塾OB会白木農園の懇親・忘年会のなかのアトラクションで、漢字のクイズが出されました。
そのクイズは、次のようなものです。
「口の文字に二画プラスして出来る漢字を書きなさい」というものでした。
厳正な審査をして、優秀な方には賞品が貰えるとのこと。簡単な漢字なのですが、いざとなってみるとなかなか思い出せません。私は書けた漢字は僅か11個でした。
この漢字クイズでの優秀賞は、コンパニオンの若い女性の27個でした。我々白木農園の会員の最高は15個でした。次点が14個、しかもすべて女性なのです。男子の入賞者が無かったのは真に残念です。
悔しいおもいをしたので、今日、パソコンで調べてみました。なんと39個もありました。まるで使わない文字もありますが、30個近くはよく使う文字なのです。漢字は読むことが出来てもなかなか書くのは難しいですね。
その39個の漢字を下記に記載しておきます。お友達に試してみてはいかが…。

兄(けい、あに)、囘(かい、まわ・る)、冋(けい)、
加(か、くわ・える)、占(せん、うらな・う)、右(う、みぎ)、
叧(か)、可(か、よ・い)、叶(きょう、かな・う)、
句(く、こう)、古(こ、ふる・い)、叩(こう、はた・く)、
号(ごう、さけ・ぶ)、只(し、ただ)、史(し、ふみ)、
司(し、つかさど・る)、叱(しつ、しか・る)、召(しょう、め・す)、
台(だい、うてな)、叮(てい、ちょう)、叨(とう、みだり・に)、
叭(は、はつ)、叵(は、かた・い)、另(れい)
叺(かます)、四(し、よ・つ)、囚(しゅう、とら・われる)、
囜(じん)、旧(きゅう、ふる・い)、旦(たん、あした)、
甩(しゅつ)、申(しん、もう・す)、田(でん、た)、
由(ゆう、よし)、白(はく、しろ)、目(もく、め)、
石(せき、いし)、甲(こう、よろい)、罒(もう)。
exclamation&questionexclamation&questionexclamation&question
Posted by tontonton at 17:18  |Comments(2)TrackBack(0) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月18日

農業塾OB会白木農園の懇親・忘年会


sirakinouen2006bounenkai1.jpg昨日、農業塾OB会白木農園の懇親・忘年会が広島市の中心街で開催されました。
参加者は、都合がつかずに欠席の方もありましたが、奥さんを同行された方や、また、新規入会会員もあり、総勢では39名でした。
はじめに、会長のKさんの挨拶があり、続いて来賓の挨拶、乾杯と続きました。
歓談に入ってまもなく、各作物のリーダーからの報告がありました。
そばの栽培、小麦の栽培、大豆の栽培、サトイモの栽培について、播種から収穫にいたるまでの詳しい報告がされました。今年は幸運な天候にも恵まれたのでしょうが、すべての作物が豊作で、出来具合も、分配量もみんなが満足ゆくものだったように思いました。
その後、各グループ活動の報告もありました。トマト部会(空宙トマト)、ナシの栽培部会、パソコン同好会、旅行同好会から、それぞれのグループで皆さんが楽しく活動している状況が報告されました。
新入会員の自己紹介やカラオケなどの披露もありましたが、3時間があっという間に過ぎました。
司会進行は、会員の中でも人気者のMさんが務め、Mさんの名(迷?)司会ぶりのお陰で愉快に、退屈せず、楽しむことができました。わーい(嬉しい顔)
農業塾OB会白木農園の仲間の人たちは、気心の知れた明るく楽しい人たちばかりです。1年を通じて、楽しく交流できる嬉しさを大切にしてゆきたいと改めて感じた一日でした。
Posted by tontonton at 09:29  |Comments(0)TrackBack(0) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月16日

藤沢周平さんの「隠し剣秋風抄」を読んで

藤沢周平さんの「隠し剣秋風抄」を読みました。文庫本ですがこの中には9編の作品が収まっています。藤沢さんは「あとがき」の中で、次のように書いています。

≪小説の締め切りは、たいていは苦痛と一緒にやって来るものであるが、その意味では、この中の何篇かは珍しく楽しみながら書いたと言える。
それは3ヶ月に一作という、ほどよい間隔で書けたこととも無関係でなく、そういうのんびりした小説が、いつのまにかたまって小説集になるのは書き手にとって幸せな状況ではないかと思う。≫

いずれも面白い作品です。
この小説集の中に、「盲目剣谺(こだま)返し」がありました。
いま上映されている山田洋次監督の話題作「武士の一分」の原作がこの「盲目剣谺返し」です。

「武士の一分」とは、侍が命をかけて守らねばならない名誉や面目をいいます。私はこの映画はまだ見ていませんが、山田監督の作品ですから、きっと素晴らしいものだと思います。

<小説のあらすじ>
三村新之丞は藩の下級武士。妻の加世とつましく暮らしていたが、藩主の毒味役を勤めて失明してしまいます。加世は日々の暮らしのために口添えを得ようとするが、わなにはまり、島村藤弥にもてあそばれます。新之丞は叔母から加世に男がいるといううわさを聞かされ、やがて真実を知ることになるのです。
三村新之丞が命を懸けて守ろうとしたものは、「譲らない心」、「譲れない愛」なのですが…。

以前、山田監督が主演の木村拓哉さんについて、こんな事を語ったのをテレビで見ました。
「十年以上前から腕の立つ侍を見る思いだった。やがて剣道をたしなんでいたと聞いた。彼の中に哲学が出来上がっているように感じるし、求道者的な雰囲気すら漂う。高倉健さんに似ている」と。

山田洋次監督の作品は、これまでたくさん見てきましたが、どれも素晴らしい作品ばかりです。愛があり、優しさがあり、そしてその中に厳しさもあります。この作品「武士の一分」は、現代の壊れてゆく世相を反映しているのだと考えます。経営者、政治家、警察、教師、親など、国民の手本となるべき人たちが、名誉や面目を忘れ去って、堕落してしまった事に、その人の「一分」を思い出させようとしているように思えて仕方ありません。
いま、日本国民はそれぞれの立場で、「自分の一分」(自分に応じた身のほど)を問い直してみる必要があるのでは、と思います。

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2006年12月15日

今年も我が家の「しめ飾り」を作りました


simekazari2006.12.15-1.jpg今日は、シルバー人材センターの主催による、「しめ飾りづくり講習会」があり、それに参加しました。私にとっては今回で2度目の経験です。参加者は男女合わせて18名、もちろんシルバーの方たちばかりです。
主催者の挨拶の後、講師の先生の紹介がありました。講師の先生は昨年同様、部谷治雄さんと奥さんのスミエさんです。
講師の部谷さんが説明をしながら作成してゆきます。その手付きの鮮やかなこと、いとも簡単なように見えるのですが、実際に製作にかかるとなかなか上手くゆきません。
縄を上手くなう事はとても難しいのです。隣の人に手助けしてもらいながら、ようやく出来上がりました。昨年はほとんどを講師の先生に作っていただいた事を考えれば、今年は少しは進歩したと思います。

この先生が用意してくださったワラは、長さがとても長く、まだ青さが残っています。昨年の講習の時に聞いたことですが、このワラはしめ縄作りのために、育てたものなのだそうです。農林22号という品種で、植えてからお米を収穫せずに、青いうちに刈り取るのだそうです。そのためにだけ栽培するという事を知り感動したものです。

今年作ったしめ飾りの写真です。このしめ飾りに、ダイダイとウラジロを取り付ければ完成します。大晦日にダイダイとウラジロを取り付け、玄関に飾るのが楽しみです。
ひと昔は、こうして各家庭のしめ飾りを作った人が多かったのでしょうが、最近ではほとんどお店で購入するようになりました。でも、こういう日本古来の伝統的文化は伝えてゆきたいですね。

ところで、しめ飾りの由来は、天の岩戸に隠れた天照大神(あまてらすおおみかみ)を、岩を引き明けて連れ出し、大神のまわりに「しりくめ縄」を弓|きめぐらした、という神話が、このしめ縄のはじめだといわれています。しめ縄は、「しりくめ縄」の略したものといわれ、「注連(しめ)縄」、または「標(しめ)縄」とも書き、一名を「しめ飾り」ともいいます。これは、内外の境界または出入禁止のしるしに弓|き渡す縄で、神前や神事を行う場所にこれを張るときは清浄な区域であることを示し、新年に戸口をこれを張るときには、わざわいをもたらす神や不浄なものが内に入らないようにとの意味がこめられているのだそうです。

simekazari2006.12.15-3.jpg講師の先生が作ったしめ飾りと製作中の先生
simekazari2006.12.15-2.jpg
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2006年12月13日

今年の漢字は「命」、清水寺で揮毫


kanjikentei.jpg日本漢字能力検定協会が全国公募した一年の世相を漢字一文字で表す「今年の漢字」が「命」に決まり、12曰、京都市東山区の清水寺で発表されました。
11月からインターネットやはがきで受け付けた結果、過去最多の9万2509人の応募があったそうです。

1位は応募の9.04%にあたる8363票が「命」。
2位は「悠」(3793票)
3位は「生」(3303票)

いじめや自殺で絶たれる命、秋篠宮家の悠仁さま誕生で生まれる命。ほぼ同じ理由で2位と3位に「悠」「生」が続いています。喜びと悲しみ両面で生命の重みを痛感した年を反映した結果なのでしょうね。

選ばれた理由として、皇族での約40年ぶりの男子誕生、いじめによる子供の自殺や虐待死、飲酒運転による交通事故などが挙げられ、北朝鮮の核実験に「命の不安を覚える」との指摘もあったそうです。「命」の字を揮毫(きごう)した清水寺の森清範貫主(かんす)は「現代の深い悲しみが潜んでいる。命ほど尊厳あるかけがえのないものはないと改めて考え直してほしい」と話していたそうです。

「今年の漢字」の「命」は、嬉しさよりも悲しみの印象が強く感じられます。来年の 「今年の漢字」は、悲しみや苦しみではなく、楽しさや嬉しさを反映している漢字が選ばれる事を願いたいものです。
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2006年12月12日

大河ドラマ「功名が辻」のこと

NHKの大河ドラマ「功名が辻」の最終回が先日の日曜日放送されました。
私は、連続ドラマを見るのがあまり好きではありませんが、この「功名が辻」は、途中から見るようになりました。織田信長が本能寺の変で死ぬあたりから見始めたのは、加藤 廣さんの「信長の棺」を読んで、信長の不思議な死について興味があったからです。その部分だけを見ようと思っていましたが、だんだん面白くなり、とうとう最後まで見てしまいました。
戦国時代から江戸時代に移り変わる様子が分かり易く描かれていました。歴史を学ぶ上で子供たちにも見せたら良いと感じました。

司馬遼太郎さんの同名の小説をドラマ化したものです。
司馬遼太郎さんは多くの小説を書いていますが、女性を主人公にした小説はこれだけではないかと思います。
この小説は時代小説ですが、戦国時代に場を借りたサラリーマン物語だなという感じがします。つまり、主人公の山内伊右衛門一豊がこの小説ではあまりうだつのあがらない男のように描かれています。要するに 戦国時代を槍一筋で切り開いて土佐二十四万石の太守になった英雄という匂いが全然しません。どちらかというと、実直なサラリーマンというタイプの男で、一方の千代は、美人でしかも、頭が切れる魅力的な女性です。この二人が二人三脚でいわばサラリーマンとしての出世の階段を登ってゆくという物語になっています。

「山内一豊の妻」といいますと、日本ではひとつの成語になっていて貞淑にして賢明なマダムの鑑(かがみ)ということになっています。少し年配の方ですと、学校の国語で習ったのだと思います。
伊右衛門(一豊)が織田信長の家来になり、その家に千代という奥さんをもらいます。貧しかった頃、ある日、安土城下で馬市ありました。当時、馬喰(ばくろう)が東北から馬を引いて戦国の各城下で武将に売りつけます。伊右衛門一豊がその馬市で見事な馬を見つけます。価は黄金10枚。貧乏な伊右衛門一豊にすればとても買える馬ではありません。欲しいなと思って、帰って奥さんの千代さんに話したところ、千代が嫁入りの道具に持ってきた鏡の裏から黄金10枚を出して、「これでぜひお買いください。これは嫁ぎます時に、父が夫の大事の時に使えとくれたものです。」と言いました。素直な伊右衛門はその黄金で馬を買い、信長が京で馬揃えという行事をやったときに、この馬で出場し、信長の目にとまり、これが一豊の出世の糸口になるのです。

一豊は、関が原の合戦で迷った挙句、千代のアドバイスで徳川に味方し、その功績で土佐26万石を与えられるのです。
天下分け目の戦いと言われ、徳川長期政権の道を開く事になった関が原の戦い。関が原という史上空前の大事件は、事のおこりを割ってみれば、ふたりの女性のもとで自然と出来た閨閥のあらそいであったといえます。この戦いはもともと尾張系と近江系党争であり、かつ正妻(北政所)と側室(淀殿)の戦いという性質をはらんでいました。家康がそこにまんまと乗っかりました。
このドラマでも、女性を多く描いています。戦国時代が徳川幕府に移行するなかに多くの女性が係わっていたのも面白いですね。
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2006年12月11日

サトイモを収穫しました


satoimo2006.12.11.jpg今日は天気がとても良かったので、白木農園に行きサトイモの収穫をしました。
白木農園に着くと、会員のMさん、Nさん、Kさんが、サトイモの収穫を終えて帰られるところでした。
私も分配数量の15株を掘り、袋詰めをしているところに、今度はTさんが夫婦でお見えになりました。
15株で20キロ近い収穫量があったように思います。
このサトイモは深川芋(ふかわいも)という品種で、柔らかくとても美味しいのです。その美味しさは、先日の「芋煮会」で味わいました。あまり沢山あるので、ご近所の親しい方におすそわけしようと思っています。

satoimo1-1.jpg
ところで、サトイモは何といってもあの大きな葉っぱが印象的ですよね。サトイモの大きな葉っぱでお面を作ったり、傘のかわりにして遊んだ思い出を持つ方も少なくないではないでしょうか。
サトイモの原産地は熱帯アジアだそうですが、確かにあの大きな葉っぱは、いかにもジャングルに似合いそうですね。トロピカルな雰囲気を持つサトイモ科の植物には、観葉植物として利用されているものも多くあります。もちろん、サトイモだって鉢植えにすれば観葉植物としても十分に通用すると思います。サトイモの芋を水につけておけば、小さな葉を出してくるので、室内のインテリアとしても利用できると、何かで見たように思います。私も実験してみようと思っています。興味のある方は、一度試してみられては…。

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2006年12月09日

2005年度の日本酒の製造数量は52万2281kl

焼酎に押されて落ち込みが目立っていた日本酒の製造量が下げ止まったようです。
国税庁がまとめた2005年酒造年度(7月1日〜翌年6月30日)の日本酒製造数量は、52万2281キロリットルと前年比で:2%の減少にとどまりました。
日本酒の製造量は、04年度に前年度比で14.3%減になるなど、ここ数年で急減していました。
00年度と比較すると製造量は3割も減少していました。 それが05年度には、日本酒の製造量の5割を占める普通酒が32%増加。製造量の3割を占める特定名称酒では、純米吟醸酒(2.2%減)、吟醸酒(8.0%減)、本醸造酒(4.1%減)は引き続き減少しましたが、純米酒は4;1%増加しています。

製造量と呼応するように、日本酒に関するよいニュースも出てきています。
その1つが海外での日本酒人気です。日本食レストランが9000店ともいわれる米国を中心に、El本酒の輸出は05年に53億円〈953キロリットル)を記録。 02年以降、4年連続で10%を超える増加を続けていて、今年も前年を上回るペースで伸びているということです。

また国内でも、カップ酒が静かなブー ムとなっているほか、日本酒の産地指定や地域団体商標登録など、地域ブランド確立への動きも活発化していると聞きます。
落ち込み方が急で、日本酒復興への道のりはまだまだ遠そうですが、いくつかの 明るい兆しが見え始めたことは確かなようですね。

日本酒は、90年代以降米と米麹と水だけで造る「純米酒」が人気を呼び、その頂点をめざし過ぎた結果として、「雑味」を切捨て過ぎてコクがなくなったとも言われています。
コクを取り戻す試みとして、日本酒を長期間熟成させる「古酒」づくりの試行錯誤が始まっているそうです。
江戸時代まで古酒は広く飲まれ、料理の調味にも重用されていました。それが明治以降は廃れたままになっています。日本酒をめぐる先人の知恵が、純粋化の果ての行き詰まりを打開する事になるでしょうか。

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2006年12月08日

「坊ちゃん」誕生100年

夏目漱石のあの有名な小説「坊ちゃん」は、1906年雑誌「ホトトギス」の4月号に掲載されて、今年で100年になります。作家の丸谷才一さんが朝日新聞にこのことについての記事を書いていました。

「坊ちゃん」を読んだ方は、同じような疑問を感じると思いますが、丸谷さんと同じように私も感じています。この「坊ちゃん」は普通に読めば、差別の小説ですね。東京者の語り手=主人公が地方を侮辱し罵倒する連続だからです。
例えば、
校長から教員心得を聞かれると、「そんなえらい人が月給40円で遥々こんな田舎にくるもんか」と心中でつぶやく。
町並みを見ての感想は「こんな所に住んでご城下だなどと威張っている人間は可哀想」というのです。
宿直室が西日で暑いと、「田舎だけあって秋がきても、気長に暑いもんだ」と思う。
温泉へ行く電車は、上等が五銭で下等が三銭と説明してから、自分は奮発して白切符だが、「田舎者はけちだから、たった二銭の出入りでも頗る苦になると見えて、大抵は下等に乗る」と詰まらぬ所で差をつけます。

何もここまで言わなくてもいいだろうとたしなめたくなるほど言いたい放題です。第三者である私たちは笑っていればいいのですが、当事者である松山の人々はすいぶん腹が立つのじゃないかと思ったりします。ところがどうして、松山の人は嬉しがっていますよね。
「坊ちゃん電車」
「坊ちゃんスタジアム」
などと命名して、松山の人は大いに喜び、誇りにしてさえいます。松山の人は寛大なのでしょうかね。

丸谷才一さんはこの侮辱、罵倒について、別解を得たとして、最後に次のように結んでいました。
漱石は「三四郎」の中で、熊本を借りて日本人の自己満足を批評しているように、「坊っちゃん」では松山を借りて日本人の島国根性を非難しているのではないか。識見の低さ、夜郎自訴、洗練を欠く趣味、時代おくれを咎めるのに、曰本の縮図として四国の一都市を用いたのではないか。そんなふうに一国の代表として自分たちの町が選ばれ、その結果、名作が成ったことを松山の人々が光栄に感じているとすれば、その読解力は大い評価しなければならない。と。

夏目漱石自身は、熊本や松山を借りて、その時代の「現代文明批判」をしたのでしょう。批判をすれば国賊扱いにされる時代、夏目漱石は小説を借りて「日本批判」をしていたのでしょうね。

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2006年12月07日

小川洋子さんの「深き心の底より」を読んで

本
昨日は小川洋子さん原作の「博士の愛した数式」の映画を見た感想を書きましたが、今日は小川洋子さんの「深き心の底より」の読後感想を書きます。

この「深き心の底より」は小川さんが作家デビューしてから10年の間に綴られた初期のエッセイ集です。
金光教の協会の離れで暮らしていた子供時代、学生時代の思い出、アンネ・フランクへの思い、子育てと家族、取材や旅行で訪ねた町の思い出など、何気ない日常生活を描く静謐な文章の中に、作家が生み出す不思議な世界観を垣間見ることができます。

「言葉の石を一個一個積み上げてゆく」の中に、小川さんの作家としての原点を見ることが出来るような気がします。

小説を書いている時、私はいつでも過去の時間にたたずんでいる。昔の体験を思い出すという意味ではなく、自分がかつて存在したはずなのに今やその痕跡などほとんど消えかけた、遠い時間のどこかに、物語の森は必ず茂っているのである。
今、また新しい小説を書いている。日曜日も誕生日も春休みも無視し、現在の時間の流れとは無関係に過去の森の奥へ奥へと分け入り、少しでも明確な言葉を聞き取ろうとして耳をすましている。そして、出来上がった時どんな形になるのか、はっきりした答えが分からないままに、言葉の石を一個一個積み上げてゆく。
(このエッセイは、1999年4月5日の朝日新聞夕刊に掲載されたものです。)

また、こんな風にも書いています。

長編でも短編でも、「うん、これでよし。うまくいった」と安心できる一行は滅多に書けない。ほとんどない、と言ってもいいかもしれない。疑いと不安と幻滅がただ続くだけだ。そこから逃れたいために、また次の一行を探す。
それでもさすがに心配するのに疲れた時は、レイモンド・カーヴァーがエッセイ『書くことについて』(村上春樹訳)の中に記した言葉を読み直すことに、している。
……作家というものはときにはぼうっと立ちすくんで何かに――それは夕日かもしれないし、あるいは古靴かもしれない――見とれることができるようでなくてはならないのだ。頭を空っぽにして、純粋な驚きに打たれて。……

作家の苦労が分かりますね。「博士の愛した数式」を読むと、その言葉の美しさに感動します。人を感動させる言葉を見つけること、まさに、言葉の石を一個一個積み上げてゆく作業なのですね。


Posted by tontonton at 14:41  |Comments(0)TrackBack(0) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月06日

「博士の愛した数式」の映画を見て


dvd_img.jpg久しぶりにレンタルショップでDVDを借りて見ました。映画のタイトルは「博士の愛した数式」です。
200万部のベストセラーに輝いた、小川洋子さんの原作も素晴らしいものでしたが、映画にも感動しました。暖かく、優しく、愛があり、なによりも画面がとても美しいのです。
監督・脚本は「雨上がる」の小泉堯史さんで、出演は寺尾聰さん、深津絵里さん、吉岡秀隆さん、浅丘ルリ子さん他です。

数学教師のルート先生(吉岡秀隆さん)は、新しく受け持ったクラスで、自分の名前の由来を語り始めます。それは幼い頃、彼が大好きな博士が名づけてくれた仇名だったのです。シングルマザーだったルートの母は、事故の後遺症で「80分しか記憶の続かない」記憶障害を負った数学博士の家で、家政婦として働き始めます。ある日、彼女に10歳の息子がいることを知った博士は、家へ連れてくるように告げます。その日から、博士と母、ルートの3人の和やかな日々が始まるのですが…。

数式という言葉に拒否反応を感じる人でも、この作品を見たら考えが変わると思います。何気なく周りに存在する数の不思議は、人間同士の絆や生きる喜びさえも伝えてくれるからです。ルートの母の靴のサイズを「24」と聞いて、「潔い数字だ」と博士は微笑みます。そんなワンシーンからも、この物語に込められたユーモアと、温かな人間の姿が見て取れます。
寺尾聰さんは「数学が大の苦手」ということらしいのですが、記憶障害の博士という役を深みあるキャラクターに仕上げており、家政婦役の深津絵里さんは、それに寄り添いながら爽やかな演技を見せてくれます。

映画の中で、虚数 、階乗、友愛数、素数、双子素数、完全数、などの数が出てきますが、抵抗なく素直に受け入れる事ができます。

江夏投手の背番号「28」の「絶対数」も映画の中で重要な役割を果たしています。
28の約数は1,2,4,7,14ですね。
この約数の合計すると、1+2+4+7+14=28になるのです。この様に、約数の合計が一致する数字を絶対数というのですね。
こんな事が、映画の中でさりげなく語られてゆくのです。
「数学の苦手な人」にもお薦めの映画です。
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2006年12月05日

コンビニで「衝動買い」する割合は65.2%

いまや、店舗数4万超、月間の客数10億4400万人・売り上6000億円超のコンビニ。
コンビニエンスストアは、伸び悩みの続く小売業にあ って、ホームセンター等とともに、増勢 を維持し、比重を高めている数少ない業態です。8割の店舗が24時間営業ということもあり、最も身近な商業・サービス施設として消費生活のいわばミニマム を支える機能を担っていますが、そこでの購買行動は多分に非計画的だそうです。  
東急エージェンシーが東京23区内の店鋪の来店者(大学生〜50代)を対象に今年9月下旬に実施した調査によると、購入する商品のカテゴリーと銘柄を事前に決めて、そのとおりの物を買っているアイテムは34.8%。残りの65.2%のアイテムについては、店内で「あ、これにしよ!」と銘柄を決めているそうです。しかも、そのうち26.6%は買う商品のカテゴリー自体も店頭で決定しているということです。調査対象が週2回以上の来店者という事情はあっても、コンビニでは、非計画的な購買が大きなウエートを占めていることがわかります。
過半数の人がコンビニを「自分にとってなくてはならないもの」と考えているそうで、その背景には、購入・享受できる商品やサービスの内容もさることながら、日常的な買い物の場でありながら、ちょっとした期待やその充足、選択の楽しみを提供して、購買意欲をくすぐる「便利な店」というコンビニならではの魅力があるのでしょうね。
でも、ちょっと気になる数字ではあります。小さなコンビニのスペースで充足を得る、本当に良い事なのでしょうか。

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2006年12月04日

そば打ち体験教室と芋煮会


sobauti2006.12.3-1.jpg昨日は、農業塾OB会白木農園の「そば打ち体験教室」と、あわせて、白木農園で収穫したサトイモを使い、山形の芋煮会のレシピにならっての「芋煮会」も同時開催されました。
JA広島市伴支店の調理室をお借りして、参加者40名で午前9時から始まりました。

昨年までのそば粉は1番粉、2番粉と分けて製粉していましたが、今年は一種類のさらしな粉として製粉してもらいました。1番粉は真っ白でしたが、さらしな粉は香りも高く良い少しグレーがかった薄緑色でした。

そば打ち体験教室は、これまでにそば打ちを体験した事のない人や、経験の少ない人を中心に始まりました。白木農園会員のSさんの指導で11時からスタート。
そば粉と小麦粉(中力粉)をボールに入れて良くかき混ぜ、水を注ぎ、水と粉がなじむまでかき混ぜます。
この後、気持と力を込めて、なめらかになるまでしっかりこねるのです。結構これが難しいのです。打ち粉をかけて、麺棒を使って全体が同じような厚さになる様に伸ばしてゆきます。テレビなどの映像で見るようにスムースにはゆきませんが、慣れた人たちに手伝ってもらいながら2ミリくらいの厚さに仕上げてゆきました。それを折りたたみ、包丁で切ってゆきます。
そして、出来上がったソバは大鍋でゆでます。
茹で上がったソバを試食してみると、そのままでも風味がありとても美味しいと思いました。

一方、芋煮会の方は、サトイモを洗って皮を剥く者、牛肉を切ったり、コンニャクをちぎる者、ネギをきざむ人たちなど、芋煮の準備は役割分担され順調に進みました。10時頃には、屋外の大鍋で芋煮も始まりました。
この芋煮会の使ったサトイモは、私たちが白木農園で栽培した「深川芋」です。柔らかくとても美味しいサトイモでした。

芋煮もソバもできあがり、参加者全員で美味しく楽しくいただきました。
約4時間のイベントでしたが、参加者の表情は満足そのものでした。
会員にはそば粉1kgとそば米300gがお土産でした。今日の体験を自宅でうまく再現できれば最高でしょうね。

sobauti2006.12.3-2.jpg屋外で芋煮、新そばと芋煮
sobauti2006.12.3-3.jpg

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2006年12月02日

今年の新語・流行語大賞

この1年の世相を反映し、話題になった言葉を選ぶ新語・流行語大賞が1曰、発表されました。年間大賞には、トリノ五輪金メダリスト荒川静香選手の「イナバウアー」と、ベストセーラーになった数学者藤原正彦さんの著書「国家の品格」から「品格」が選ばれました。
表彰式に、荒川選手はビデオで「年配の人から子どもたちまで覚えていただいてうれしい。これからもどんどんやっていきたい」とメッセージを寄せました。
一方、藤原さんは「なんで受賞したのかわからない。流行より伝統が大事と書いたのに」と授賞式でコメントし笑いを誘っていました。「品格」が流行語大賞に選ばれるなんて、日本はチョットおかしくなっているのではないでしょうか

大賞以外のトップテンには、下記のような言葉が入りました。

「格差社会」
「エロカッコイイ」
「シンジラレナ〜イ」
「たらこ・たらこ・たらこ」
「脳トレ」
「メタボリックシンドローム」
「ハンカチ王子」
「mixi(ミクシィ)」

納得のゆくものばかりではありませんが…。exclamation&question

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2006年12月01日

今日から師走

今日は12月1日、師走になりました。今年もあと1ヶ月を残すだけですね。12
師走の語源はいろいろあるようですが、正確な語源は良く分かっていません。
師走の主な語源説としては、師匠の僧がお経をあげるために、東西を馳せる月と解釈する「師馳す(しはす)」からきていると言うのです。いかにも尤もらしい説ですね。
ところが、「師走坊主」という言葉があり、これは(盂蘭盆とは異なり、歳末には布施もないところから)おちぶれ、やつれている坊主、またはみすぼらしい者を例えている語です。
語源説と師走坊主は矛盾しているように思えますが、面白いですね。

昨日の新聞には、NHK紅白歌合戦の今年の出場者名簿が掲載されえいました。昔ほどの視聴率は無いと聞いていますが、やはりこの言葉が飛び交うようになると、年末という実感がわいてきます。

旧暦のカレンダーでは、今日は神無月(10月)11日です。
旧暦では、神無月、霜月、師走の3ヶ月が冬ですから、今日は冬に入って11日目ということになるのでしょう。
今年の冬は、「暖緩寒寒」と予測しています。つまり、前半は暖冬、後半は寒波の冬、ということです。はたしてどんな冬がやってくるのでしょうか。雪

Posted by tontonton at 15:42  |Comments(0)TrackBack(0) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする