2012年01月10日
「近代国家」中国の形成と日本の動き〜近現代史講座第5回のご案内
まずは、近現代史講座のご案内です。
もう一度学ぼう! 日本の近現代史
第2期第5回「近代国家」中国の形成と日本の動き
レポーター:門 更月さん(高校教員)
日時:2012年1月14日(土)14時〜16時
場所:長崎中央公民館(長崎市民会館正面入口を入って右)
※どなたでも自由に参加できます。参加費(資料代)300円が必要です。
(写真は、五・四運動に立ち上がる人々)
【講座概要】
2011年は辛亥革命から100年という年だった。
今改めて、アジア最初の共和国を誕生させた辛亥革命とは何だったのかをまず振り返りたい。
革命の父といわれる孫文,軍閥の象徴のような袁世凱,そして中国の民衆たち,彼らの果たした役割は何だったのか。また辛亥革命に対して日本政府および日本の国民はどのような反応を示したのか。
さらに辛亥革命後の中国では,袁世凱の国民党弾圧による孫文の亡命,第一次世界大戦中の日本からの二十一ヵ条要求受諾,パリ講和会議に反対する五・四運動とそれに続く反日運動の高まり,国際連盟およびワシントン会議における中国の外交活動などを通じて,国権回復と国内統一の模索が続けられた。
1920年代になると,「連ソ・容共」をかかげる第1次国共合作が成立したが,孫文死後,蒋介石は北伐を開始し,その過程で共産党を弾圧して,南京国民政府を成立させ,一応の国内統一と国権回復を達成した。一方,日本は中国統一を妨害するため山東出兵,張作霖爆殺事件などの軍事介入を続けたが,軍部内には「満蒙領有論」も台頭していた。蒋介石は共産党一掃と党内抗争の平定による国内統一が先決だと考えていたが,このような中で1931年満州事変が勃発した。
辛亥革命からの20年間,中国ははたして混乱・分裂だけの時代だったのか。清朝末期に押しつけられた不平等条約や外国利権を回復しようとする地道な努力や「近代国家」中国のめざす国家像についてのさまざまな議論や行動が起こされた時期でもあった。日本の動きと関連づけながら検証したい。

