2012年02月03日

「挙国一致」の諸相〜近現代史講座第6回のご案内

五・一五事件を伝える大阪朝日新聞.jpg

皆さま

日本の近現代史講座第6回のご案内です。
議会や官僚の堕落、橋下知事らの動きやネット右翼など、今現在の状況と照らし合わせたり、今をどうみるのかについて、大変参考になると思います。
ぜひご参加ください。

※なお、今回の会場も長崎中央公民館です。ご注意ください。


もう一度学ぼう! 日本の近現代史
第2期第6回
「挙国一致」の諸相

レポーター:国武雅子さん(女性史研究者・大学教員) 

 日時:2012年2月11日(土)14時〜16時
 場所:長崎中央公民館(長崎市民会館正面入口を入って右)
 ※どなたでも自由に参加できます。参加費(資料代)300円が必要です。 

※写真は、五・一五事件を報ずる当時の新聞


【講座概要】
 ロンドン海軍軍縮会議、昭和恐慌、「満州事変」などをきっかけに、軍人や右翼による急進的な国家改造運動が活発になっていく。陸海軍の青年将校および右翼運動家は、日本のゆきづまりの原因が、元老・重臣・財閥・政党・官僚などの支配層の無能と腐敗にあると考え、これらを打倒して軍中心の強力な内閣をつくり、内外政策の大転換をはかろうとした。1931年には陸軍青年将校のクーデター未遂事件(三月事件・十月事件)があり、1932年には血盟団事件、犬養首相が射殺される五・一五事件がおこる。
 五・一五事件のあと、元老西園寺公望は穏健派の海軍大将斎藤実を後継首相に推薦した。いわゆる「挙国一致内閣」である。ここに政党内閣は崩壊し、戦後まで復活しない。
 社会主義運動は厳しく弾圧され、多くの人が「転向」してゆく。思想・言論の取締も強化され、自由主義・民主主義的な学問への弾圧事件も次々におこった。メディアにおいても軍部の国家主義的な国内改革への期待が次第に高まっていく。
 政治的発言力を増した陸軍の内部では、直接行動による既成支配層の打倒・天皇親政をめざす皇道派と、革新官僚や財閥と結んだ軍部の強力な統制のもとで総力戦体制をめざす統制派が対立していた。そして1936年、皇道派によるクーデター、二・二六事件がおこる。このクーデターは反乱軍として鎮圧されたが、事件後、統制派を中心とする軍部の勢力は一段と強化された。そのような状況の中で盧溝橋事件は起こった。
 この一連の流れの中で、多くの普通の人びとはどんな政治を望んでいたのだろうか。このような時代の流れに、なぜ「NO」と言わなかったのだろうか、わたしたちは言えるだろうか。閉塞状況のなかで、時代とどう向き合うべきなのか、「政治」に何を求めるべきなのか、「満州事変」から盧溝橋事件までのできごとに焦点をあてて考えてみたい。

以上