2012年01月26日
新春たをるじロードショー2012 しょの3。
●北斎漫画
画狂人というか、ダメ人間?
葛飾北斎を主人公にした戯曲の映画化です。
北斎役に緒形拳、娘のお栄に田中裕子、北斎の親友である滝沢馬琴に西田敏行、
北斎を振り回す謎の女・お直に樋口可南子と、
当時の日本映画界のトップクラスの役者を揃えた意欲作です。
公開時は田中、樋口の大胆な脱ぎっぷりが話題となりましたが、
それ以外は正直かなり微妙(^^;)
こういう映画は、史実に沿って主人公の人生や功績を描くか、
史実を基に新解釈や異説を交えてフィクション仕立てにするのがセオリーだと思います。
この映画は戯曲を原作にしているだけに後者と言えるのですが、
史実と異なる描写が多いのはともかく、
主役の北斎がどうにも気まぐれすぎてとてもあの歴史に名を残す「画狂人」だとは思えない点が大きなマイナスに感じました。
もちろん緒方拳の演技は見事なものですが、
演じている北斎があまりにも弱く、首尾一貫せず、いいかげんな男で、
「こんな男だが筆を取らせたら当代随一」という趣もありません。
そもそもこの映画は北斎の画業より人生そのものにスポットを当てているので、
果たして北斎がどのような心理状態で創作していたかというのが伝わりにくいです。
ミニシアター全盛時に観た「エゴン・シーレ」では、
やはりシーレ自体は究極のダメ人間として描かれていましたが、
同時にそれこそが彼の創作の源である、
という明確な主張がありました。
お直という架空の「ファム=ファタール」を登場させた時点で終始北斎が彼女の幻影に振り回される展開は仕方ありませんが、
結局振り回されっぱなしでそこから脱却できなかった彼には、
冒頭とラストで一人夕立の中を叫びながら走り抜ける姿から感じられる荒々しい情熱は
ついに見いだせませんでした。
ただし、樋口可南子の美しさは紛れもなく本物です。
その点だけは保証します(´ω`)
画狂人というか、ダメ人間?
葛飾北斎を主人公にした戯曲の映画化です。
北斎役に緒形拳、娘のお栄に田中裕子、北斎の親友である滝沢馬琴に西田敏行、
北斎を振り回す謎の女・お直に樋口可南子と、
当時の日本映画界のトップクラスの役者を揃えた意欲作です。
公開時は田中、樋口の大胆な脱ぎっぷりが話題となりましたが、
それ以外は正直かなり微妙(^^;)
こういう映画は、史実に沿って主人公の人生や功績を描くか、
史実を基に新解釈や異説を交えてフィクション仕立てにするのがセオリーだと思います。
この映画は戯曲を原作にしているだけに後者と言えるのですが、
史実と異なる描写が多いのはともかく、
主役の北斎がどうにも気まぐれすぎてとてもあの歴史に名を残す「画狂人」だとは思えない点が大きなマイナスに感じました。
もちろん緒方拳の演技は見事なものですが、
演じている北斎があまりにも弱く、首尾一貫せず、いいかげんな男で、
「こんな男だが筆を取らせたら当代随一」という趣もありません。
そもそもこの映画は北斎の画業より人生そのものにスポットを当てているので、
果たして北斎がどのような心理状態で創作していたかというのが伝わりにくいです。
ミニシアター全盛時に観た「エゴン・シーレ」では、
やはりシーレ自体は究極のダメ人間として描かれていましたが、
同時にそれこそが彼の創作の源である、
という明確な主張がありました。
お直という架空の「ファム=ファタール」を登場させた時点で終始北斎が彼女の幻影に振り回される展開は仕方ありませんが、
結局振り回されっぱなしでそこから脱却できなかった彼には、
冒頭とラストで一人夕立の中を叫びながら走り抜ける姿から感じられる荒々しい情熱は
ついに見いだせませんでした。
ただし、樋口可南子の美しさは紛れもなく本物です。
その点だけは保証します(´ω`)

