ある県立の受験校の職員会議でS先生は校長に、きみのクラスのT君を間違いなく指導しているだろうなと、何時も通り声を掛けられました。T君の父親は英語の指導が徹底していると県内で評判の中学校の経営者なのです。校長は1年後の定年を控え、教育委員会のしかるべきポストに、T君のお父さんの支持などにより天下りしたいと考えているのです。一方、S先生は詰め込み授業で昇進したいと、夢中で生徒のとる試験の成績向上を図ってきたこともあり、定年前の校長の推薦で昇格する事以外眼中にないのです。そんなことで、S先生は翌日から自分が担任のT君も在籍するクラスの生徒達に、T君こそ勉強も出来るし同級生からの人望も厚いのでクラスのリーダーに相応しいといった趣旨の発言を繰り返しとり始めたのです。ところが、生徒達は2年に進級の際暗黙のうち仲間の1人をリーダーに選び、そのリーダーを頭に情報交換し集団化してしまっていたのです。そんなことで、ただでさえ詰め込み授業ばかりすると生徒仲間が嫌うS先生の出世の片棒を担ごうとする生徒は誰1人おりません。それどころか、生徒達は事あればS先生を出世街道から追い落としたいと考えていたのです。そんなことで、「坊主憎けりゃ袈裟までも」の諺通り、T君はクラスメートの目の敵にされてしまったのです。
ところが、T君は体育館で一寸した気の緩みから授業中うずたかく積まれていたマットの間に、7〜8人の生徒の目の前で倒れ込んでしまったのです。ところが、クラスメートは誰一人T君を助けようとせず授業終了と同時に体育館を後にしてしまったのです。そんなことで、次の授業が始まっても席に戻らないT君をクラスメート全員で探したところ、体育館のマットの間に冷たくなったT君を見つけたわけです。関係者の調べでは、T君がマットの間に倒れた目の前にいた生徒達は、自分たちはその光景を目撃していないと証言したと云うのです。生徒達がT君がマットの間に倒れ込むのを見なかったという証言は、S先生の昇格を阻みたいという強い気持ちから、T君が体育館で積んであったマットの下に倒れ込むのが目に入りながら、そうと認識しない、所謂自我の防衛機制によるものと考えてよいでしょう。従って、この場合生徒達の申し立てに嘘偽りは無いと申してよいのです。となると、問題は大勢の生徒達を安全に指導する立場にある、校長及びS先生の至らないせいで生じた事に成るのではありますまいか。以上の話は教育問題を考える上での参考にと、私が創作したものです。ただ、生徒達により学園に生じた問題を分析した際、創作した話によく似た事情から事件が起きたのではないかと思われる事が多いのも事実としか申しようがないのです。以上の話、学校教育に携わっておられる方々はどのようにお考えになるのでしょうか。