2007年06月16日

旭川電気軌道廃線跡めぐり/追記

「旭川電気軌道廃線跡めぐり/1」
「旭川電気軌道廃線跡めぐり/2」
「旭川電気軌道廃線跡めぐり/3」
「旭川電気軌道廃線跡めぐり/4」


旭川ラーメン.JPGさて、廃線跡めぐりを終えた後は、ねこくまさんと旭川ラーメン(写真)で〆としました(笑)


今回は「東川線」を中心にめぐった訳ですが、それは「結果的に」でして(思いつきで車を走らせていた、とも言う・笑)。
要するにもう1本の「東旭川線」の痕跡はほとんど残っていないからでした。
「2」で書いた鉄橋が、現在ではほぼ唯一と言っていいのではないかと思います。


以下、記事続きます  
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2007年06月12日

旭川電気軌道廃線跡めぐり/4

「旭川電気軌道廃線跡めぐり/1」
「旭川電気軌道廃線跡めぐり/2」
「旭川電気軌道廃線跡めぐり/3」


higashikawa-map.jpgさて、終点の東川駅です。
道路沿いに進んできた旭川電気軌道の線路は、東川の市街に入ると消防署(廃止後に建設)のところで大きくクランクのように2度急カーブを描いて、東川駅へと入っていました。


東川駅跡は、現在、空き地になっています。
犬釘が転がっていたり、まくら木が残っていたりしないかな…と思いましたが、さすがに廃止後35年も経つと、それは無理な相談でした。

しかし、北側には駅が現役だった当時からのレンガ造りや石積みの農業倉庫が今も立ち並んでいます。
道路がまだ十分整備されていなかった頃は、東川じゅうの農産物がここに集められ、電車に引かれた貨車で出荷されていた様子がうかがえました。
かつて栄えた鉄道駅の面影は、今でも十分、しのぶことができます。


※画像は東川付近の略図。クリックすると大きくなります。
 現在の地図に、当時の線路など(一部、推定)を重ねています(twins作)


以下、記事続きます  
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2007年06月11日

旭川電気軌道廃線跡めぐり/3

「旭川電気軌道廃線跡めぐり/1」
「旭川電気軌道廃線跡めぐり/2」

旭川追分・駅ノ.jpgまずは、写真を御覧ください(クリックすると大きくなります)。
何軒かの飲み屋が集まった、どこにでもあるかのような建物ですが…

実は、この建物の2階部分。
「2」で跡地を探訪した、旭川追分駅の駅舎を移築したものなのです。
旭川電気軌道で駅舎が残っているのは、これだけです。
場所はココ


本来、この駅舎があった旭川追分から、平行していた線路跡を飲み込んで拡幅された東川方面への道道を約2km。
左側にある「旭川千代田郵便局」が目印で、その真向かいにあります。
千代田駅跡(痕跡は無し)に近いところです。

しかし、持ってきたのはともかく。
何でわざわざ2階へ上げたのでしょうか?(笑)


以下、記事続きます  
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2007年06月10日

旭川電気軌道廃線跡めぐり/2

「旭川電気軌道廃線跡めぐり/1」はコチラ


oiwake-map.jpg旭川四条を出た旭川電気軌道の電車は、まず四条通りの中央を走っていました。
現在の四条通りは、やがて東川方面への道路の分岐点に差し掛かります。

交差点のやや南側に、今、「アモール・ショッピングセンター」(かつては、ダイエー旭川店がテナントで入店)という、大規模SCがあります。
このショッピングセンターの所有者は、旭川電気軌道。

ここが「旭川追分」の駅跡です。


※画像は旭川追分付近の略図。クリックすると大きくなります。
 現在の地図に、当時の線路など(一部、推定)を重ねています(twins作)


以下、記事続きます  
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2007年06月08日

旭川電気軌道廃線跡めぐり/1

旭川四条駅前.jpg北海道の旅から、いつの間にか1ヶ月近くが経ちました。
早いものです…(^^;)

ねこくまさんとのオフ会でめぐった「旭川電気軌道」の廃線跡を、(やっと?)今日から4回(予定)に分けて紹介します。
実際に回った順番とは違うのですが、起点であった「旭川四条」から終点の「東川」へ向けて記します。


廃止から35年。
沿線の風景は大きく変わり、駅や、道路の上を走っていた線路の跡を辿るのは不可能に近くなっています。
しかし、鉄道の名残りが感じられる場所がまだ4か所ほど残っています。

ただ「東旭川線」については、痕跡らしきものが1つしか見つかりませんでしたので、それ以外は「追記」として、最後にまとめて記します。
あと、帰宅してから知ったのですが、電車が2か所で保存されているそうです。
これについては、残念ながら訪問していません。


【旭川電気軌道の略歴】
昭和2(1927)年 東川線・旭川四条〜東川(13.0km)、全通
昭和5(1930)年 東旭川線・旭川追分〜旭山公園(6.8km)、全通
昭和47(1972)年12月31日限りで、全線廃止
※以降、路線バス会社として、社名はそのまま現在まで存続


まずは起点から………(以下、記事続きます)  
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2007年01月09日

名鉄大樹寺駅・跡

挙母線跡2.JPGさてさて。
五平餅でお腹もいっぱいになって、後は僕を名鉄東岡崎駅まで送っていただければ、楽しかったオフ会も終わり…と思っていたら。

どこでどうなって、こういう話になったのか(笑)
タイトルの場所を“探検”することになりました(^^;)

ま、確かに僕が「大樹寺には、昔、名鉄挙母(ころも)線が来ていて、駅があって…」ということを、車の中で話したのは確かですけど。
それに旦那さんが、「そういえば、大樹寺で築堤(?)のようなものを見た」と、乗ってきて。
ついつい、冒険大好きのこあら一家のペースに巻き込まれてしまいました。
何せ、こちらは車に乗せてもらっている身ですから(笑)

なぜか、こあらさんと会うと、廃線跡を探検することになるんですよねえ(笑)


かつて、岡崎市内には、福岡町〜岡崎駅前〜東岡崎駅前〜大樹寺を結ぶ路面電車の「岡崎市内線」と、大樹寺〜上挙母を走る鉄道線であった「挙母線」が走っていました。
大樹寺自体は徳川家康ゆかりの古刹ですが、大樹寺駅はその近くにあり、両線の乗り換え駅として賑わっていました。

しかし、お決まりの自動車交通の発達で、まず岡崎市内線が昭和37年に全線廃止。
挙母線はその後も岡崎と豊田(旧地名・挙母)を結ぶ鉄道として機能していましたが、これも国鉄岡多線(現・愛知環状鉄道)の建設が決まって、昭和48年に廃線の道を辿りました。

※1/10、写真を追加しました

で、当日は、どういうてんまつかというと…  
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