内容に入ろうと思います。
高校の合唱部で全力を出し切り、勉強の方でも優秀な民子は、小学生の頃母を亡くした。ずっと喘息だと言っていた母が肺がんだったということは全然知らなかった。
父と、母方の祖母の三人での苦しい生活。オロオロするばかりの父親と、優しさの発露だとは分かっているのだけど厳しい祖母。
ある日父が再婚相手を連れてきた。10歳以上も年下の若い義母。だしの取り方も知らない義母。やがて祖母が亡くなり、義母ともどうも馴染めないまま、民子は高校生になった。
若い後妻のことをからかってくる同級生、さりげなく傍に寄り添ってくれる幼なじみ、もどかしい義母との関わり。
これからどうなっていくのか、全然分からないなぁ。
というような話です。
上記で書いたのは一番初めの章の内容で、本書は全四章での構成。全部主人公が違って、民子の後は、民子の義母、民子の母親の親友、民子の父親がそれぞれ主人公となります。
本書を一言で表現すると、「地味だけど巧い」という感じです。
ホントに、話としてはもの凄く地味です。本書は新人のデビュー作なんですけど、デビュー作をこれだけ地味な作品で勝負するというのも、なかなか新鮮な感じもします。
本当に、母親と祖母を亡くした少女とその周辺の物語、という説明で済んでしまうような物語なんです。特別なことは特に起こらない。波打ち際にいて、足元に時々波が押し寄せてくるみたいな、そういうささやかな変化しかないような、こじんまりとした物語です。劇的に何か変わるということもなく、実は何も変わっていないというものもたくさん描かれてると思うんだけど、静かに静かに変化していくこともきちんと描かれていく。そのささやかな変化を楽しめる作品だと思います。
僕が一番巧いと思うのは、人物の造形です。どのキャラクターも、一言で説明できるようなはっきりとした特徴があるわけじゃない。まずそこが、凄く本物っぽい。細かなエピソードや細部を積み重ねることで、少しずつ輪郭をはっきりさせていく。それを、脇役たちにもきちんと施しているのが凄いと思う。本書で出てくる人たちは、みんな匂い立つような存在感を放っていて、でもそれが決してどぎつくない。
個人的に凄くいいなと思うのは、解説氏も書いていたけど、民子の祖母と、民子の義母の母親の二人。この二人は、決してメインで描かれる人たちではないんだけど、その存在感は重厚だと思う。長く生きた者の重みみたいなものを、さらりとした言葉で表現する。それが、重たいものを背負い現実にアップアップしている民子や義母や父親の荷を軽くしてくれたりする。本書に限らないけど、こういう年寄りの出てくる小説を読むと(っていうか、義母の母親は年寄りじゃないけども)、自分は果たしてこんなきちんとした年寄りになれるのだろうか、と思ったりしてしまうよ。
正直僕は、一番初めの章を読み終わった段階では、この作品への評価は微妙でした。作品が地味だという点を差し引いても、ちょっと力強さに欠けるよな、と思っていました。でも、二章に入って主人公が民子の義母に変わってから、徐々によくなっていきました。
一番の違いは、民子という登場人物が、誰によって描かれるかで結構変わって見えた、ということでしょうか。というか、一章の民子視点による民子の描写と、二章以降の別の人物による民子の描写の違いかもしれませんが。一章を読み終わった時点では、さほど民子というキャラクターに共感めいたものはなかったんですけど、別の人間によって描かれた民子の描写を読んで、民子のことが好きになりました。これは、民子の義母についても似たようなことが言えます。一章の民子視点で描かれる義母は正直そんなに好きではなかったんだけど、二章の義母自身による描写を読むと、義母のことが好きになってきました。
ただ残念だなと感じるのは、若干分量が少ないなと思う点。僕はこの作品は、『隙間の多さ』がいいと思っています。つまり、『描かれない部分が多いからこその良さ』みたいなものがうまく出ていると感じました。だからこそ、と繋げるのはちょっと強引かもですけど、もう少し全体の分量があって欲しかったなぁ、という気がします。『描かれないことによる良さ』を引き出すために、ベースとなる全体の分量はもう少し必要だったような気もします。正直、ちょっとだけ物足りなさがあります。
まあでも、新人のデビュー作でこれだけ地味な作品に挑み、それを巧く仕上げているという点はなかなか素晴らしいと思います。タイトルからの連想ですが、まさに月にように、静けさの中に凛とした強さがあるような、そんな作品だなと感じました。是非読んでみてください。
穂高明「月のうた」