2005年05月01日

失はれる物語(乙一)

切ない、優しい物語を書かせたら、乙一の右に出るものはいない。言い過ぎかもしれないが、大筋で間違いではないだろうと思う。
いい話を書く。
物語に出てくる人物は、大抵皆弱かったり人見知りだったりする。これは、乙一の作品全般について言えることで(例外はGOTHか?)、きっと著者自身がそういう人物なのだろう。
登場人物がそうだから、基本、話は湿っぽく、暗く、そして悲しいものになる。淡々とした文章が、その効果に拍車を掛ける。全てを拒絶し、世界を否定し、存在を嘆く彼ら。その彼らの物語は、しかしどこか童話的で、深海に生きる魚のような、北極で解けずに残っている氷の塊のような、そんな危うげでささやかな希望を与えてくれるような気がする。
光を与えられながら、
光から目をそらしたり、
存在を許されているのに、
存在を否定したり、
逃避する世界を与えられながら、
逃避からすらも逃避したり。
そんな、
罪も穢れもしっかりと存在する世の中で、
汚濁や掃き溜めに紛れながら、
ささやかにひそやかに生きている誰かの、
静かで愛しい物語です。
本作は、「焼き直し」という性格の強い作品です。著者はデビューからしばらく、俗に「ライトノベル」と呼ばれる分野で小説を発表していました。
ただ、僕もそうですが、あらゆるジャンルの本を読んでいながら、ライトノベルは避ける、という人がやはり多くいます。
著者自身、ライトノベルは好きなようですが、そんな風潮に負けを認め、今回、「普通の読者向け」に、今までライトノベルとして発表してきた作品を集め、書き下ろしの作品を一作加えて、本にまとめたものです。
つまり、乙一の初期の作品を集めた短編集だ、ということです。
言葉を継ぐ必要もないくらい、どの作品もいいです。痛みや絶望を抱えたなかでも、何か希望が見える物語。「失はれた」何かを取り戻せるのはないか、という錯覚を抱けるのではないかと思います。
それでは、それぞれの短編を紹介しようと思います。

「Calling You」
人との付き合いがうまくできない女子高生の主人公。彼女は、高校で唯一ではないかと思える、携帯電話を持っていない存在だった。誰からも電話もメールも来なかったらどうしよう。そんな不安から、携帯電話を持てないでいる。
それでも憧れはあるもので、想像で自分の携帯電話というものを想像してみる。いつしかその想像の携帯電話は、視界に常に見えるまでになっていた。
そしてある日、その想像で作り上げたはずの携帯電話が、鳴った。
同じく想像で携帯電話を持っているという男性との、誰にも知れることのない会話が始まる。今までにありえなかった楽しい時を彼女は過ごすが…

設定だけでも素晴らしいと思います。かなり好きな作品です。想像上の携帯電話。少しだけ魅力的に思えてしまうのは、僕だけでしょうか?

「失はれる物語」
交通事故で、右腕の肘から下の触覚以外の全ての感覚を失った主人公。最近喧嘩ばかりだった、ピアニストにもなれたはずの腕前を持ちながら、結婚前は音楽の先生をやっていた妻が、毎日見舞いにきてくれる。
彼は、右手の指一本だけを動かすことができた。妻は彼の皮膚感覚が残っている部分に文字を書く。指を一回動かせばYES、二回ならNO。それだけを取り決めて、二人の、言葉も音もない会話が続いた。
その内、妻は彼の腕を鍵盤に見立てて、音楽を演奏し始めた。毎日、見舞いの度に彼女は演奏をするようになった。
彼女の幸せを奪ってしまっているのだろう…そう考えるに至っても何もできない彼。長い年月が過ぎても変わることのない日々に、変化が訪れる時…

「右肘の下しか皮膚感覚がない男」という、聴覚も視覚もない主人公という制約のなかでも、乙一はやってくれます。僕だって、きっと同じことをするだろう、とそう思います。

「傷」
暴力的な指向のために、特殊学校に移されることになった主人公。そこで、アサトに出会う。彼はその内、アサトの特殊な能力に気づく。
人の傷を自らに移すことができる、という能力。
アサトは、人が傷ついているのを見て、放っておけない性格だった。いつしか溜め込んでしまうその傷を、主人公の彼は、死の病におかされた自分の父親に移してしまうことをアサトに提案する。
そうして、他人の傷を小さな体に背負い、主人公の父親に移すという生活の中、彼が気づいてしまった真実とは…

乙一自身はこの作品をあまりよく評価していないようですが、そんなことはないと思います。アサトの優しさに、君はもう許されてもいいんだ、と声を掛けてあげたくなります。

「手を握る泥棒の物語」
自らデザインした時計を世に出したい。そのためにはもう少しだけ資金がいる―二人でデザイン事務所を切り盛りしている主人公は、社長であるパートナーにそう言われ、少し前に旅館であった、彼の叔母の、宝石やら現金やらの入ったバッグのことを思い出す。薄い壁の設えられた引き出しにしまわれるのをみていた彼は、外から穴を開けて盗んでしまえるだろう、とそう思った。
穴を開けるまでは順調だった。腕をギリギリ通せるだけ開けたその穴に手を差し入れた時、偶然その引き出しに手を入れていた女性の手に触れてしまい、慌ててその手を掴んだ。その引き出しには、自らがデザインし、未だ世界でたった一つしかない時計を落としてしまっていた。女の手を離せば人を呼ばれ時計を探す時間はないかもしれない。しかし、穴は自らの腕で塞がれていて、時計を取ることはできない。
そうして、女の手を掴んだまま膠着する泥棒の物語。

もう、その設定の状況を想像するだけで楽しい。かなり好きだ。終わり方も見事だと思う。映像にもなったようで(話はかなり変わっているらしいけど)、ちょっと見てみたいきもする。

「しあわせは猫のかたち」
実家から離れるように遠くの大学を受験し、一人暮らしをすることになった主人公。叔父が所有する空家を借りることになったが、家具など一式揃っていた。叔父曰く、前に貸していた人がいなくなってしまって、そのままになっているらしい。世界の全てを拒絶するようにひっそりと暮らしていこうと決意した彼の生活に思わぬ齟齬が生じ始める。
何もないはずの空間に体を寄せる猫。朝になると開け放たれている窓。消したはずのテレビが何故かついている。
そこに、誰かの存在を確信した彼が到達する悲しい真相とは…

乙一は、本作と「Calling You」と「暗いところで待ち合わせ」を三部作として捉えているようだ。重要な作品らしい。僕も、本作を含めその三作はどれも素晴らしいと思う。同じようなテーマで作品を書くことを禁じたらしいが、こういう作品を是非読んでみたいと思う。

「マリアの指」
どこにいても、別格として扱われていたマリアという少女。何かすれば振り向かざる負えないその存在に対して、畏怖したり崇めたりする、それほどの存在だった。
その彼女が、大学生だった彼女が、電車に轢かればらばらになった。
線路沿いに家がある主人公の少年は、まるでマリアが目を掛けていた猫が持ってきたかのように、マリアの指を見つけた。学校でホルマリンの詰まったビンを盗み出し、彼はその指を保存した。
大学で同じ研究室だった男が、夜な夜な線路付近で指を捜していることを知る。彼にはどうしてもその指を見つけなくてはいけない理由があった。主人公は、自分が指を持っていることを言い出すことができないまま、彼の指探しに付き合った。
そして辿り着く、あまりに悲しい結末とは…

マリアの死の謎を解く、というミステリーでありながら、ミステリー色は薄い。乙一の作品全般でそんな印象がある。マリアという女性の設定はマンガのようだが、主人公が指を持ち続けるところや、研究室の男が指を捜し続けるあたり、そしてそれらを繋ぐ悲しい理由が、見事です。

楽譜をあしらった装丁も美しい作品です。ライトノベルという媒体で発表されたのがきっと間違いだっただろう、素晴らしい作品です(ライトノベルが悪いとは決して言わないけど)。是非読んでみてください。

乙一「失はれる物語」


失はれる物語ハード

失はれる物語ハード
 

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田舎暮らし千葉が地域的に一番人気の理由【田舎暮らし@最新情報【田舎暮らし情報満載】】 at 2007年02月19日 13:44
小説「失はれる物語」を読みました。 著者は 乙一 ミステリ系 短編6作品 どの作品も哀しさ、優しさが残りますね そこまで ミステリ ミステリしていなくて 嫌いじゃなかったです ちょっと不思議な..
乙一の作品を【笑う学生の生活】 at 2011年11月14日 23:21
この記事へのコメント
こんばんは。読みたい本が多くて、本当に迷いますね。

今日は、この本を読んでみました。私にとっては初乙一作品です。
こんな作品を書く作家だったのでしょうか。だったら、もっと早くから読めば好かった…と今更ながら思いました。かなりホラー(しかも、非常に怖い)っぽいイメージがありましたので、これまで避けていたのですが。

色々なタイプの短編が混じっていますが、印象に残ったのは「失はれる物語」ですね。「ジョニーは戦場に行った」を思い出しました。「人であることを失う」ことの重さが、凄い迫力で迫ってきました。分かっていながら(指は動かせるのに)分からない振りをして、妻子の負担を軽くしようとする辺りは本当に切ないですね。最期は、周囲からも存在を忘れられ、気がついたら息を引き取っていた…になるのでしょうか。脳の思考回路だけは健在なのに、です。

「手を握る泥棒の物語」も好かったです。ほのぼの系ですね。握手会での再会(?)シーンが何とも言えませんね。時計が売れるようになって、メデタシ!でした。

「しあわせは子猫のかたち」では、殺害された亡霊との同居生活を楽しげに(ちょっと「押入のちよ」風に)語っていましたが、段々真相が解明されると怖い展開になりました。でも好い書き方だと思いますよ。

『小学五年生』は、今日読み終えました。アクのない書き方で、子どもの気持ちに素直に寄り添って書き上げた感じがしました。通りすがりさんには、少し物足りないかも知れませんね。売れているかどうかは分かりませんが、Yahoo!ブックスで紹介されていました。
 >小学五年生 人生で大事なものは、みんなこの季節にあった。
と表紙に書かれています。確かに、五年生という年齢は子どもから少年(青年)への過渡期ですね。転校(氏はこの経験が多かったようですね)・家庭の問題(離婚・再婚など)・学級委員の選挙・片思い(バレンタインデー)・中学受験などetc盛りだくさんの内容を実にさらりとお書きでした。私としては、久々に(最近、重松氏の新刊が出ていませんでしたので)懐かしい世界に入った気がしました。

森見さんの『<新釈>走れメロス』が届きました。山月記・藪の中・走れメロス・桜の森の満開の下・百物語のリライト版です。「百物語」って何?と調べましたら鴎外の怪談とか…。困りました。この話の原典は読んだことがありません(泣)。古典的な名作が、森見さんの手に掛かると滅茶苦茶になるのでしょうね。これからの楽しみということで…。読みましたら、またお知らせします(予備知識が無い方が好いかも知れませんね。熟考します(笑))。

漬け物は、やはりダメですね。田舎育ちで、食卓には常に何かしら漬け物が出ていましたが、どうしてなのか分かりません。韓流に一時期ハマっていましたが、キムチも勿論とんでもありません(普通の漬け物より更に匂いが強烈ですよね)。とりあえず、AB型は好き嫌いも激しい、ということにしておきましょう(笑)。
Posted by dradonworld at 2007年03月24日 21:54
こんばんわです。読みたい本が多すぎて、しかもパズルも作りたくて、とても時間の足りない毎日を過ごしています。

乙一、よかったですよね!乙一の作品は、「せつない」系と「ホラー」系に分かれるんですよ。で、「せつない」系はもちろんいいとして、「ホラー」系も、恐いとか気持ち悪いみたいなことは特になくて、なんていうかひっそりとした孤独みたいなものが強調されるような作品だったりするんで、普通のホラーとも違いますよ。これからも読んで見てくださいね。オススメは「暗いところで待ち合わせ」「ZOO」「夏と花火と私の死体」「平面いぬ。」「銃とチョコレート」「GOTH」などです。あと来月文庫になる「小生物語」というエッセイがあるんですけど、これも面白いです!

「失はれる物語」はホント哀しいいい作品です。指の先しか感覚がない人間の話をあそこまで真に迫って書けるのは素晴らしいなと思いました。ラストも哀しいけど、あの選択はまあ正しいのだろうな、と思います。

「手を握る泥棒の話」は愉快ですね。確か映画にもなった(か乙一が自分で映画にしたかどっちか)だったと思います。乙一が書くと、ありえないことまでありえそうに思えてきます。

「しあわせは子猫のかたち」は、残念ながら話をまったく覚えていません(泣)自分の感想のところの内容紹介を読んでも思い出せないので、ブログを書いている意味があんまりないですね(笑)

重松清の作品は基本的にどれも味わい深くて好きなので(すっごく好きと好きの差は出てきますが)、「小学五年生」も是非読んでみようと思います。小学生の頃のことをまったく覚えていない僕としては、こういう作品を読んで昔を思い出す一助にしたりしています。

「新釈 走れメロス」楽しみですね。僕は全部元ネタを読んでないですけど、読んでない人には読んでないなりの楽しみ方があるはずだ、と開き直っています。なので古本屋で見つけたら即買って読みます。感想楽しみにしてますね〜。

最近は毎朝キムチで米を食べています。いいですよ、キムチ。なんとなく健康に良さそうだし(イメージですけど)。
ところで豆腐は好きですか?「風に吹かれて豆腐屋ジョニー」という本を読んだんですが、「風に吹かれて豆腐屋ジョニー」という豆腐は美味しいですよ(意味不明な文章ですね 笑。間違ったことは書いていないんですけど)。もし食べてないようなら試してみてくださいね〜。豆腐にしては高いですけど。

読みたい本はたくさんありますが、「これは傑作じゃ!」と思える作品になかなか出会えない今日この頃でもあります。まあそう傑作には出会えないですけどね。
Posted by 通りすがり at 2007年03月24日 23:44