2005年05月04日

亡国のイージス(福井晴敏)<再読>

何かを守る。言葉にすればこれだけのことだが、その実行にはあまりに遠い。そこには、

強固な意志
揺るぎない力
圧倒的な包容力

そして何より、

守るべき価値のある存在

これらが不可欠だ。
国を守ることを余儀なくされた人々。政治経済軍事と、あらゆる面で日本という国の根幹を支える人々はしかし、屋台骨が折られるかもしれない事態に対して、余りにも弱く、そして無知だった。
敗戦から時を経て、安全神話を無条件で鵜呑みにするようになってしまった国民。守られていることを知ることなく、安穏と生活を送り、日本という国が抱えている問題を直視しようとしない国民。大義名分を忘れ、組織の保身のみを優先する組織人。自らの野心のために、手にできるものを駒にしようと考える組織人。
そして、
軍事力を有しながらも、「専守防衛」という名のもとに、国の危機にあってもその兵力を充分に使うことのできない自衛隊。
その誰もが、
守るべきものを見失っている。

宮津弘隆。真実、守るべきものを失った男。海軍で艦長職まで上り詰めた男は、息子の死をきっかけに変わった。<いそかぜ>の艦長に指名され、決意を持って乗り込むが、彼の心中は状況に応じて揺らぐ。「亡国の盾」という論文を書いて死んだ息子。守るべきものの何たるかを見失った男。艦長として、父親として、そして一人の男として、一隻の護衛艦とともに、彼の戦いは始まる。

仙石恒史。理屈抜きで、守るべきものを持つ男。<いそかぜ>の先任伍長であり、古参乗組員として館内のまとめ役をやってきた男は、真実<いそかぜ>を愛していた。そのために家族を失う結果になっても、彼は<いそかぜ>の先任伍長であり続けた。<いそかぜ>を守る。その想いだけに突き動かされた彼は、他の論理や理屈や感情なんか全て吹き飛ばし、新たに守るべきものを見つけ、持てる力を尽くし、最後まで先任伍長として貫き通した。

如月行。意識的に、守るべきものを持たずに生きてきた男。新システムの指導者として配属された彼は、実は圧倒的な才能を誇る工作員であり、任務の遂行のためには自らの死をも厭わない。裏切られることが当たり前として生きてきた彼は、何も誰も信じず、孤独に生きてきた。生き甲斐も守るべきものも持たず、その命すら軽んじて、任務だから、という理由で全てを排除する。天才的な絵の才能を持ちながらそれを活かそうとはせず、ただ必要なことだけをこなす彼はしかし、終わりもとめどもない戦闘の中、徐々にその心を溶かしていく。信じられる存在を、出会えてよかったと思える存在を知った彼は、圧倒的に不利な状況下で、それでもしぶとく抵抗を続ける。

「あれ」と呼ばれる、最強最悪の兵器が、沖縄の米軍基地から北朝鮮工作員の手により強奪されたことから全ては始まった。その兵器を持ったまま、工作員7人は日本の都心の一角にあるビルの地下に立て篭もり、要求を一度伝えた後、完全に沈黙した。
事態が動き出したのは9ヶ月後。篭城を解いた彼らの要求に従って逃亡用の航空券が用意され、あっけなく、長期に渡る篭城は解決をみた。
護衛艦<いそかぜ>は、新システム―それは、まさに日本の「イージス(盾)」となる防衛網―の採用第一号として、今後の運用を決定する重要な艦として選ばれた。息子の死をきっかけに艦長職を辞そうと思っていた宮津を引き留め、システム習得のために出払った元<いそかぜ>の幹部に代わってごそっと配置換えが行われた後、その実力を試すべく、訓練航海にでる。誰とも調和しようとしない如月行という男をめぐるいざこざ、艦になれていない不自然なFTG(訓練の評価をするために送り込まれる組織)、飛行機事故での救助活動、仙石が抱く不信。そうした、なんとも説明のつかない不穏当な空気の中、それぞれの思惑が絡み合い、時には溶け合って、気付けば事態は引き返せないところまできている。
「あれ」を搭載したという艦のミサイルを首都東京に向けた<いそかぜ>。計画を遂行する者、それに抵抗しようとする者、陸地で対策を練る者。三者がそれぞれ、それぞれの思惑を隠しながら、いがみあいや仲間割れも起こり、それでも誰もが自分のできる最大限を尽くそうと努力し、戦い続ける…
計画を遂行する者たち。彼らの想いには、少なくとも理解はできない。不幸だったのは、やるせない想いをぶつける機会と状況が揃ってしまっていたことだ。誰もが抱えるだろう鬱屈を、発散できるかもしれない、そう思わせる場が与えられてしまっていただろう。その誘惑に負けてしまう、それは仕方ないかもしれないとも思う。
寄り合い所帯で一枚岩ではない。目的も結果も、最終的には共有できないと、わかっていたはずなのに…
何か大事なものを思い出し、守るべきものが蘇る。その瞬間、人としてやり直すことができる。最後の瞬間を、人として生きることを許された男は、一体何を考えただろうか。

抵抗しようとする者たち。圧倒的に不利で、勝ち目のない戦いに、それでも突き進んでいく。希望も勝算も何も無い中、できることをやり、最大限の努力をした彼らは、本作中やはりもっとも素晴らしい。力だけではない、今まで積み上げてきた何かのために、そう言えるからこそ無駄ではなかった人生の重みのために、最後までやりきることのできた彼ら。死の淵を彷徨い、何度も絶望しながらも、それでも、理屈ではなく、打算も思惑も一切なく、守る価値があるのかという自問すらも捨てて、一心に動き回る彼らの姿に、自分を含め、誰もが足りないし、まだまだやれる、とそう思わされた。こういう存在が、この日本という、堕落しきった国にもいるんだ、と信じることができれば、まだ未来も明るい、とそう思う。

陸地で対策を練る者。日本という国の、トップを集結させながら、同時に恥部の集まりでもある彼らは、危機の認識において欠陥がある。問題の本質を見極めず、どんな時でも責任の擦り付け合いに終始する彼らの会議は、不毛を通り越して滑稽でさえある。一千万都民が人質に囚われているというのに、その危機を認識しようとせずに、組織の保身や各自の思惑を展開させようとする。日本という国が、こうした人間に作られ、生殺与奪の権が握られていると思うと、仕方ないのかもしれないが、それを仕方ないと思わざる負えない世界情勢も含めて、嫌になる。人の命と国家とを天秤に掛ける議論の応酬は、読んでいていいものではないが、その中でも立ち向かう存在に対しては、素直に応援していたりもする。潔さを持つことのできない、まさに日本という国そのものを体現した人々の醜悪な対策会議である。

とまあ色々小難しいことをろくな考えもなく書いてはみたけど、とにかく、エンターテイメントとして一級です。面白いなんてもんじゃない。映画になるようで、それはもちろん期待してないけど、それによって原作を読んでくれる人が増えればいい、と思います。長いけど、是非読んで下さい。


福井晴敏「亡国のイージス」


亡国のイージスハード

亡国のイージスハード


亡国のイージス文庫上

亡国のイージス文庫上


亡国のイージス文庫下

亡国のイージス文庫下
 

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