内容に入ろうと思います。
本書は、「モヤモヤさまぁ〜ず2」「やりすぎコージー」などの人気番組を手がけるテレビ東京のプロデューサーで、
「モヤさま」で呼ばれるようになった「伊藤P」という呼称で親しまれている著者による、自身の仕事術について書いた本です。
本書はまず初めの章で、万年最下位のテレビ局であるテレ東という環境が自分にどんな影響を与えたのか、という話が出てきます。僕はここの部分が一番好きだったんですけど、詳しいことは後で書きましょう。
それから、プロデューサーというのは結局何をする人で、どんな部分に気を配らなくてはならないのか、企画はどんな風に考えてどうそれを上に通すのか、またそもそもプロデューサーである前にサラリーマンである自分は、サラリーマンとしてどうあるべきで、どんな風にやってきたのか、ということなどを、自身が手がけてきたあるいは関わってきた番組の話なんかを織りまぜながら書いている作品です。
それと同時に、さまぁ〜ずの二人、テレ東のアナウンサーである大江アナ、大橋アナ、構成作家の北本かつら、新入社員当時の上司である近藤さんによる寄稿もある、という構成です。なんと巻末には、伊藤Pの奥さんまで文章を寄せているという豪華版(?)です。
さて、内容については後でおいおい触れるとして、本書を読んだ感想を率直に書こうと思います。
本書には、正直に言って、さほど大したことは書いていないな、と感じました。
でも同時に、本書を読めば読むほど、この人と一緒に仕事したい!!!と思わされました。
これが僕の正直な感想です。こういうタイプの本って、凄く珍しい気がします。この、『この人と一緒に仕事したい!!!』という感覚こそが本書の真髄であって、読むべき価値がある、と思いました。
例えば比較として、僕が大好きな作家である森博嗣のことを引き合いにだしてみようと思います。
僕は、森博嗣という作家が非常に好きです。小説も大好きですが、エッセイなどでその思考に触れられることも凄く好きだったりします。森博嗣は、凡人と同レベルでは語れないほどの高みにいる、と僕が感じられる人で、その思考の断片は、僕の感覚を凄く素敵なところにまで連れて行ってくれます。研ぎ澄まされた、鋭さをギリギリまで隠したような思考や言葉には、快感さえ覚えます。
ただ、じゃあ森博嗣その人に会ってみたいかというと、そういうわけでもありません。もちろん、森博嗣の思考に触れることが出来るなら会ってみたい。でも、僕の印象では、森博嗣は興味のない対象には開かないだろうし(鉄道や模型など、自身の興味のある対象に関わる人に対しては開くのだろうけど)、であれば会ったところでその思考に触れることは出来ないだろうなぁ、と思ってしまうのです。森博嗣と遜色のない天才であれば向きあって話が出来るかもしれないけど、自分がそうではないことは知ってるし。
だから、森博嗣の場合、書かれている言葉や思考は凄いと思うし、それに浸りたいと感じるのだけど、直接会ってみたいとか、一緒に何かをやりたい、という感じにはならないんですね。
一方伊藤Pは、書いていることは平凡です。もちろん伊藤Pには、様々な番組を成功させてきたという実績があるからこそ、その平凡さは『究極の平凡さ』なのだと分かります。ここで僕がいう『究極の平凡さ』というのは、様々にあれこれ考え続けてきた結果、最終的に辿りついた結論が平凡なものだった、というものであって、それ自体に価値がないなんて風に思っているわけではありません。組織の中で様々な経験をし、誰も進んでいない道をひたすら進み続ける人間が言う『平凡さ』には、平凡な人間がただ口にするだけの『平凡さ』とはかけ離れた価値があると思います。
それでも、やっぱり言っていることは平凡で、書かれている言葉そのものに強く反応する、ということはありませんでした。
でも、読めば読むほど、伊藤Pに会いたくなる。この感覚は、小説やエッセイを読んでて頻繁に感じるものではない。作品と著者を切り離して考える僕は、作品がよくても著者自身にはそこまで強く関心を持てない、ということはよくある。ましてこの作品は、書かれている内容自体は平凡なのだ。なのに、伊藤Pにどうしようもなく会いたくなるし、一緒にお酒とか飲みたいなぁという感じがするし、この人と何か一緒に仕事をしてみたい、という感覚になる。
僕は人生の中で、この人と何か一緒に出来たら面白いだろうな、と感じられた人が数人いる。直接知っている人もいれば、名前だけ知っている人もいるけども、僕を問答無用で惹きつけ、その人と一緒に仕事をしている人が羨ましくて仕方がない、という人がいる。僕の中で伊藤Pも、その中の一人に入りました。本書の中で、確か大江アナだったと思うけど、伊藤Pは人たらしです、みたいなことを書いてたんですけど、ホントその通りだと思うし、本書もまさに『人たらしの本』だと思いました。読むだけでその人と一緒に仕事をしたくなる本なんて、そう多くはないですよね!
僕が本書を読んで一番好きだったのが、第一章の『最下位局・テレビ東京で育って』です。ここで書かれていることは、なんとなく自分にも当てはまるような部分があって凄く納得出来たし、共感できる気がしました。
テレビ東京は、47年間連続で、視聴率最下位の局です。それには様々な理由があるけども、局の事情でテレ東には出演しないとなってしまった芸能人が結構いるとか、番組の制作費が他局の十分の一ぐらいしかないなど、どうにも仕方のない部分が付きまといます。
その中で伊藤Pは、『TBSを超えよう、日本テレビに勝ってやる、という考えそのものは空虚です。「どうやって勝つか」がないかぎり、やたら勝ちを目指してもしょうがない。』と言います。
勝ち方を考える、という言い方を本書の中でよく伊藤Pが使いますが、これは最下位だからこそ発想できたことでしょう。これが、例えば2位とか3位なら、「何がなんでも1位になるぞ」となったはずです。それ自体は悪くないと思います。でも僕は、そういうのがあまり好きになれない。数字で負けていても、別の基準で勝っている。それは、ただの自己満足に過ぎないかもしれない。でも、数字だけで物事を判断してしまう/されてしまうことがあまり好きではない僕は、この『勝ち方を考える』という発想が凄く好きです。
僕も、最下位とは言わないまでも、そういう底辺のレベルからスタートして、今もそのレベルにいる人間です。
僕が本屋で働いていて、文庫と新書の売り場を任されているんですけど、僕がいつ店は、大手チェーンでもないし、店自体が凄く広いわけでもない。元々知名度があったわけでもないし、優秀なスタッフがいたわけでもない。僕は、今働いている店で初めて書店員になったので、書店のイロハはまったくわからない。それなのに、書店の仕事をまともに教えられるような人間は誰一人いなかった。基本的にやる気のない担当者ばかりで、売り場は基本的にどこも死んでいる。売上を伸ばそうという関心を持つ社員は誰一人いない。
そういうところから僕の書店員人生は始まりました。最下位とは言わないまでも、決して良いと言える環境ではありません。
でも僕は、そこがスタート地点だったことに、今では感謝しています。
僕は今、『定石』を無視した売り場を作っている、と自分では思っています。書店には、こういう場合はこうすべきだ、というような、囲碁・将棋でいうところの定石がたくさんあるはずです。ただ僕はそれを全然知らない。誰も僕にそんなことを教えてくれなかったのです。だから、全部(とは言い過ぎかもだけど)自分で考えた。どういう売り場であればお客さんに楽しいと思ってもらえるか、また来たいと思ってもらえるか、あそこだったら面白い本があるかもしれないと思ってもらえるか。そういうことをあーだこーだ考えて、色々実行して、それで今に至っています。
その過程で、普通の書店ではありえないだろうことを様々にやってきました。失敗したものもありますが、今でも継続しているものもあります。ウチの店に他店の書店員の人が来ると、こんなやり方初めて見たと言われて僕がびっくりすることもあったりします。
僕は、自分のやり方が正しいのか、ずっと不安です。もしかしたら、『定石』通りに売り場を作る方がより売上が上がるのかもしれない。でも僕には、その『定石』がどうしても正しいと思えないものが多い。どうしてそんな風にしているのか疑問に感じることが多い。これは、その『定石』をまるで知らなかったからこそ出来た発想だろうと思うんです。もちろん、自分の今のやり方が大間違いである可能性だってある。それを判断する基準が売上なのかもだけど、数字だけで判断されてしまうのもなんか嫌だ。もちろん数字は大事だけど、伊藤Pが言っているように、視聴率で勝てなくたって別の視点での勝ちを追い求めたっていいのではないか、と思ってしまう。
伊藤Pはこんなことを書いている。
『もし視聴率を15%獲ろうとなったら、ターゲットをそこまで絞らず、いろんな人を巻き込む考えを持ち込まないといけません。でも万人受けを狙うと、熱を持って支持してくれる固定ファンを取りこぼしてしまう危険性がある。どちらを選ぶか?僕の番組にあるのは、もちろん「好きな人だけ見てくれればいい」という方法論です。』
僕はさすがに、『好きな人だけ来てくれればいい』なんてことは言えませんが、本書の中で僕が一番共感したのがこの部分です。
僕は今、どこの書店も、視聴率15%を狙って売場作りをしているように感じてしまう。もちろん、そうじゃない書店だってたくさんあるだろうけど、大多数の書店はそうではないかと思う。
僕は、視聴率15%を狙う書店の数は、もっともっと少なくていい、と思っているんです。みんなが同じ本を売って、売れている本ばっかり売れてしまう、という今の現状が、僕は正直怖い。僕は、『書店は、お客さんが本を選ぶ力を養う場を与えなくてはならない』ということをずっと考えて売場作りをしてきたつもりなんだけど(だって、リアル書店にしか持ちえない存在価値って、もうそれぐらいしかないんじゃないかと思ってるんです)、今の流れは、『お客さんから考える力をいかに奪うか』となってしまっているように思うんです(さすがにこれは言い過ぎかもだけど)。
もちろんそれは、書店というのは薄利多売で、かつ超斜陽産業であるという事実を無視しては考えられないことで、とにかく売上をガツガツ獲っていかないと店自体の存続が危うい、という事情があるから仕方のないことだとは思う。でもなぁ、と僕は思ってしまうのだ。
もっと、視聴率5%を目指す書店が乱立していいと思う。お客さんは、どの書店に行くか、というところから選択を始める。視聴率5%でいいなら、15%を目指すより、より個性を強く出来るし、尖ることも出来る。本書には、『ガイアの夜明け』を立ち上げたプロデューサーの言葉として、『テレ東はお客さんを差別するべき』という言葉が出てくるんだけど、テレビ局や書店に限らず、もっとそういう方向性があってもいいんじゃないかな、と感じる部分は結構あったりする。
みんなが視聴率5%を目指す売り場を作るのはそれはそれで困る。でも、みんなが視聴率15%の売り場を作るのもそれはそれで困ると思う。で、今は、視聴率15%を目指している書店が多すぎるんじゃないかな、と僕は思っている。なんか知り合いの書店員の人が読んだら色んな反論をぶつけられそうな文章を書いてみたけど、ずっと考えていたことを書いてみました。
本書では、帯にも書いてあるんだけど、『1%の天才』というフレーズが出てくる。正確に引用するとこうです。
『自分の才能が100%だとしたら、99%は凡人。でも、1%はものすごい天才だ』
で、その1%の天才を心の底から信じて仕事をしなさい、ということです。
僕の1%ってなんだろうって考えると、僕が自信を持って人に言えることは、『長い感想文をほぼ毎日のように書ける』ということかな、と思います。僕はそれ以外の部分については、まるで自信がない。感想文にしたって、良い文章を書けていると思えることなんてほとんどなくて、ただ量を書いているだけという自覚がある。でも、毎日のようにこんだけの分量の文章を書ける俺って凄くね?とは思ってる。その部分があるからこそ、本の良し悪しを独断して売り場で勧めることが出来るし(人に本を勧めるって行為は、凄く怖いんですよ)、自分のやっている仕事にも多少なりとも意味を見つけられるかな、という気はしている。たぶん、この自分の中の1%を信じることが出来なくなったら(具体的に言えば、長い文章を書けなくなったら)、怖くて書店員の仕事なんて出来なくなるんじゃないか、と思っている。
本書には、僕の大好きなテレビ番組である「モヤさま」の裏話的な話も載ってて面白い。僕は今もうほとんどテレビは見てなくて、心の底から見たいと思える番組はホントに「モヤさま」ぐらいしかない。この番組の空気感がホントに好きで、ずっと見てしまう。
「モヤさま」に興味のない人には意味がわからないだろうから、具体的にあーだこーだ書くことはしないけど、本書に出てくる「モヤさま」の色んな裏話を読んでいると、伊藤Pだからこそ、あの番組の空気感をずっと長いこと継続させられているんだろうな、と思いました。ホント、伊藤Pと仕事が出来る人は幸せだと思います。
本書は、誰がどう読むかで色んな捉え方があるんだろうけど、僕はPOPのフレーズとして、「最下位の仕事術」っていうのを思いつきました。万年最下位の立ち位置にいたからこその発想と、それを膨らませ続けたことでどうなっていったのか、という話だと思いました。
冒頭でも書きましたけど、本書を読むと、伊藤Pに会ったり一緒に仕事をしたくなったりすると思います。そういう魅惑的な作品です。自分が上司であれば、伊藤Pのような立ち位置を目指そうと思ってもらえたらいいし(本書で伊藤Pは、『人の上に立つものは、媒介であれ』と言っています)、自分がまだ部下の立場であれば、こういう上司をなんとしてでも探しだそう!というモチベーションになってくれたらいいなと思います。是非読んでみてください。
伊藤隆行「伊藤Pのモヤモヤ仕事術」