誰だって、どんな形でか誰かと出会い、そして別れる。
色んな出会いがあるだろう。一瞬だけしか顔を合わせなかったものから、自分の人生において限りなく大切な人との出会いなど。色んな別れがあるだろう。近くにいるけど心だけ離れているものから、二度と会えないけど心は繋がっているものまで。
だけど、出会って別れる、というのは違うのかもしれない。
「人は、一度巡りあった人と二度と分かれる事はできない」
本作中の言葉である。どんな形で別れを認識したとしても、結局はその人と別れることなどできていない、ということである。
本作ではこれを、記憶と結びつけて説明している。僕たちは、その存在自体が記憶の集合体であるような、そんな様々な記憶から成り立っている。どんな形で別れたにしろ、その別れた誰かの記憶は永遠に残る。記憶の中でその誰かは成長し、間違いなく影響を与え続ける。
だからこそ、人は出会った人と別れることができない。
しかし、それだけではきっとない。記憶など持ち出さなくても、人は、一度出会った人のリアルな影響を、直接にしろ間接にしろ、間違いなく受けて生き続けているのだろう。本作を読んでそう思った。
人生の中で誰と出会うか。自分の力で人生を切り開いていると思っている人だって、間違いなく誰かとの出会いで運命が違っていた瞬間があるだろうと思う。この人と出会ってなかったら…。いい意味でも悪い意味でも、出会いは人の運命をかなり決定付ける。そもそも、親を選べない子供にとったら、誰の子供として生まれるか、ということだって、出会いの一つといえるだろう。
振り返るほどまだ生きていないと思うけど、でも僕にだって、この人と出会えてなかったら、という瞬間はやはりある。僕は、どんなことがあっても、せめて記憶の中だけではその出会いを大切にしていきたいし、有形無形の影響を受け続けられたら、とも思っている。
そんな、出会いと別れについていろいろ考えさせられるし、そもそも、ストーリー中の出会いと別れに想いを馳せる。そんな作品だった。
内容に触れようと思う。
ある弱小雑誌社の編集に携わる山崎。ある日彼の元に、一本の電話が掛かって来た。それは19年ぶりに聞くかつての恋人、由希子からの電話だった。あってプリクラを撮りましょうよ。そんな風な調子で19年という歳月を吹き飛ばして見せた由希子との電話での邂逅が、彼を記憶の旅へと引きずりこんでいく。
雑誌編集という現在の中に、彼の記憶にある様々な過去が交錯して描かれる。由希子との出会いや付き合い。バーのマスターと過ごした、ぴかぴかに磨いたグラスのような日々。面接時の印象の濃い、上司であり編集長である沢井とのやりとり。今の彼女に出会ういきさつ。そうした過去が瑞々しく透明感溢れて描かれるとともに、それらが現在と見事に結びつき、やがて訪れる由希子との再会へと繋がっていく。
人が出会い別れる、という、人生の中で否が応でも繰り返さなくてはならない無為なループを回り続けてきた山崎。その山崎の視点で描かれる、出会いと別れのせつなさ。由希子からの出会いによって変わった19年前のように、現在の彼も、由希子からの電話によって変わった。繊細な文体で紡がれる作品です。
アクアリウムについてまず書こうと思う。
僕は熱帯魚を飼った経験はないけれども、水槽の中というのは一つの世界を形成しているのだろうと思う。魚がいて水草があって、酸素があって水がある。ただそれだけの空間が一つの世界を成している。
異質なのは、その世界が外から見られている、ということだろう。鑑賞されるために水槽は存在するのだろうし。
ただ、余りにも透明な水で満たされている場合、そこに水槽の存在を一瞬見失うことがあるかもしれないとも思う。水槽という切り取られた空間の世界ではなく、見るものと同じ空間に身を置く世界として認識できるかもしれない。透明な水で満たされた世界には、そんな性質があるように思う。
本作は、そんな水槽を見ているみたいな印象だ。
きっとそれは、作者が意図したことだろうと思う。表紙に熱帯魚の写真を用い、タイトルをパイロットフィッシュにする。透明な水のような、そんな透明感溢れる文体で包まれた登場人物は、さながら熱帯魚の役回りだろう。
本作を読んで、小説というのは水槽と大差ないかもしれないな、と思ったものだ。
透明な水の存在を忘れて、水槽の世界を外の世界と同一視してしまうように、作品世界に読者が入り込んでしまうような点も、似ているような気がする。
パイロットフィッシュについても書こうと思う。
パイロットフィッシュ。名前の響きによらず、この魚は実に悲惨な運命を辿る魚のようだ。
水槽作りというのはなかなか大変なようだ。何が一番大変かは、水である。熱帯魚に適した水を作るのに苦労する。適した水というのは、バクテリアが適度に繁殖したものである。
パイロットフィッシュというのは、そんな熱帯魚に適した水を作るのに最適だそうである。水道水を入れた水槽にパイロットフィッシュを入れて置くと、しばらくしていい水ができる。そんな重宝する魚らしい。
悲惨なのはここからで、どんな姿かたちの魚なのかは知らないが、観賞用にはならないらしく、いい水を作り終えると捨てられるか、あるいは飼う事になっている魚に食べさせてしまうという。
響きとは裏腹に、悲しい魚なのである。
このパイロットフィッシュというのも、水槽を模した本作の中では重要だ。詳しくは書けないが、ちょっと悲しい。
本作は、素晴らしくいい作品だと思う。現在も過去も、どの瞬間も見事に瑞々しく描かれていて、そのどれもが印象的だ。登場人物の誰もが素敵で、どこを読んでいても楽しい。
かなり印象に残った悲しいセリフを書いて感想を終わろうと思う。由希子がかつて言った言葉である。
「これから、私、いい曲をたくさん書かなきゃね」
本作を読まないと意味はわからないだろうが、こんなにこのセリフが悲しく響く作品はないだろう。あまりに印象的で、この部分を読んだときは、かなり衝撃的だった。
薄いし読みやすいし素晴らしい作品です。是非とも読んでください。
大崎善生「パイロットフィッシュ」

パイロットフィッシュハード

パイロットフィッシュ文庫