すごく感想を書くのが難しい。面白いかと言われれば別にそんなでもない。でも徹底した取材に裏打ちされた事実の積み重ねが、何か量感をもっているような、そんな力強さを感じさせる作品だ。
著者はそれまで絶対音感という言葉を知らなかったのだという。その「絶対」という言葉の持つ意味に惹かれるように、精力的に取材を開始する。大分昔の音楽家のエピソードから始まり、日本に絶対音感を持つ人が多いこと、日本での絶対音感の歴史、日本の音楽教育、絶対音感を持つ音楽家の声、声や脳の専門家達による研究成果。そうしたものを無理なくまとめて、「絶対とはなんなのか」「音楽家に絶対音感は必要なのか」と考えさせていく。
絶対音感があればいい音楽家になれる。そんな認識しか俺には無かったから、この本を読んで衝撃だった。絶対音感というのは、あれば便利なこともある、という程度で、不便を感じることも同じくらいあるのだという。
また著者は、日本の絶対音感教育に疑問を呈している。今母親達は、子供に絶対音感が身につけばレッスンを終えてしまうのがほとんどだという。絶対音感さえあればいいという認識がまかり通っている、と。実際は絶対音感を見につけた「だけ」では、いい音楽家になるどころか、逆に苦労ばかり背負うことになるという。音を「絶対的」に捕らえるだけでなく、「相対的」に捕らえることができなくてはいけない、と。日本に巣食う「絶対音感優勢」の風潮を取りあげている。
著者は本書で、絶対音感はあるほうがいいのか、その点について自らの意見を述べることはない。あくまでデータを提示し考えさせる、という構成をとっている。現代科学でも、ようやくその機能の一部を説明出来ているだけの「耳」あるいは「聞くという行為」。そうしたものにあらゆる角度からメスを入れた本書。重厚な音の世界を堪能するにはいい本です。
最相葉月「絶対音感」
絶対音感小学館文庫