2004年10月30日

スカイクロラ(森博嗣)

空がある。
僕の頭上に、空がある。
そこに、僕のすべてがある。
美しさも、
楽しさも、
哀しみも、
孤独も、
意思も、
強さも、
そして、
生きる意味さえも。
すべてが、そこに溶けている。
それらに会いに行くために、
いや違うな、
それらと一緒に溶け合うために、
僕は空を目指す。
空に墜ちていく。
そこが僕の居場所で、
そこにしか僕はいられなくて、
安らかに僕を迎えてくれる。
空は優しい。
綺麗なものしか浮かんでいられないから、
浮かんできたものには優しい。
冷たい空気も、
太陽の熱気も、
たなびく雲も、
そして、
戦うべき相手も、
すべてが優しい。
そこは自由で、
人工のものはほとんど何もない。
あるのは、戦闘機くらいなものだろう。
人間が作ったものはきっと、
汚れているから浮かんでいられないんだ。
僕たちだって、
いつかは地上に戻らなくちゃいけない。
汚れた世界に。
つまらない世界に。
空に浮かんでいられる一瞬のために、
そんな奇跡的な一瞬を信じたがために、
僕らはこうして生きている。
大人は問う。
何故戦うのか、と。
僕たち子供は答える。
生きるためだ、と。
大人には、理解できないだろう。
僕たちも、理解されたくはない。
いつだってこうして生きてきた。
こうしてしか、生きていけなかったんだ。
今日も、
正しいものが空へと浮かんでいく。
美しいものが空へと浮かんでいく。
そうして、
いつか空に戻れなくなる日が来るのだろう。
空にいられる奇跡を今日もかみしめて、
空にいられる明日を絶望的に信頼して、
今日も僕たちは夢を見る。
現実かもしれない夢を、
現実だったかもしれない夢を。
そろそろ内容に入ろうと思います。
とても悲しい物語だった。
舞台は大分未来の(というのは実際判断出来ない。50年前の大きな戦争という表現があるが、その戦争が第二次世界大戦を指しているとも限らない)世界。名前から判断するに恐らく舞台は日本と考えていいだろう。
子供が戦争を仕事にしなくてはいけない世界。主人公はパイロット。上司の命令によって偵察に出向き、時には右手が人を撃つ。
新しく配属された主人公「カンナミ・ユーヒチ」は、周囲の人間と関わりながら淡々と過ごす日常が描かれる。
特別ストーリーがあるわけではない。というか方向がない。特別殺人事件がおきるわけでも、成長を描いているわけでもない。少しだけ村上春樹の作品(というか風の歌を聴け)に似ているような気がした。
敢えていうなら恋愛ものかも。
何故彼等(彼等が誰かはおいといて)は戦闘機に乗るのか(乗らなければいけないのではなく)。そういったことが次第に分かっていくことで、彼等が生きていること、その存在そのものがとても悲しく思えてくる。
ストーリーがない作品はあまり好きではないけど、この作品は、氏の作品だからということもあっただろうけど、飽きることなく読めた。とにかく説明のしづらい作品だ。
ということで以下面白いなと思った場面やセリフを抜き出してみる。

もう一人は階段の途中まで下りてきて、そこで座って脚を組む。新しいストッキングを僕に見せたかったのかもしれない。でも、ストッキングの性能に関しては僕はほとんど知識がない。

正しい情報なんて、もう残っていないだろう。
正しい情報ほど、早く消え去るものだ。

人の顔は簡単に殴れるのに、自分の顔は殴れない。
自分のものになった瞬間に、手が出せなくなる。
自分のものは、何も壊せなくなる。
僕は自分を壊せない。
人を壊すことはできても、
自分は、壊せない。

靴のサイズはもう、ずっと、このままだろう。

仕事も女も、友人も生活も、飛行機もエンジンも、生きている間にする行為は何もかもすべて、退屈凌ぎなのだ。
死ぬまで、なんとか、凌ぐしかない。
どうしても、それができない者は、諦めて死ぬしかないのだ。
(中略)
僕たち子供の気持ちは、大人には決してわからない。
理解してもらえない。
理解しようとするほど、遠くなる。
どうしてかっていうと、理解されることが、僕らは嫌なんだ。
だから、理解しようとすること自体、理解していない証拠。
(中略)
僕はまだ子供で、
ときどき、右手が人を殺す。
その代わり、
誰かの右手が、僕を殺してくれるだろう。
それまでの間、
なんとか退屈しないように、
僕は生き続けるんだ。

ルールが偉くなった。融通が利かない

唯一の問題は、何のために生きるのか、ということ。
(中略)
生きていることを確かめたかったら、死と比較するしかない、そう思ったからだ。これは贅沢な悩みだろうか。

どうしてコクピットを開けなかったかって?
たぶん、死ぬときは、何かに包まれていたかったのだ。
生まれたときのように。
そんな死に方が、僕の憧れだから。

自分の責任だと考えることが、一番楽なのだ。
全部、自分の責任なら、閉じていれば良い。完結できる。人の責任だと思うから、処理が難しくなる。

意識しなくても、
誰もが、どこかで、誰かを殺している。
押しくら饅頭をして、誰が押し出されるのか・・・。その被害者に直接触れていなくても、みんなで押したことには変わりはないのだ。
私は見なかった。私は触らなかった。
私はただ、自分が押し出されないように踏ん張っただけです。
それで言い訳になるだろうか?
僕は、それは違うと思う。
それだけだ。
とにかく、気にすることじゃない。
自分が踏ん張るのは当然のことだから。
しかたがないことなんだ。

笹倉の望みはいつも現実的だ。
彼の望みは、いつも形があって、しかも、すぐそこにある。
手を伸ばせば届くところにあるのだ。
僕はそれが羨ましかった。
(中略)
人に理解されることほど、ぬるぬるとして、気色の悪いことはない。僕はそれが嫌いだ。できるだけそれを拒絶して、これまで生きてきた。
(中略)
抵抗があっては飛べないのだ。
(中略)
ただ、一つだけいえることは、
間違っていても、生きている、ということ。
間違ったままで飛んでいる。
飛んでいることが、間違っていることなのだ。
わからないだろう。
きっと誰にも、わからないだろう。
そして、
誰にも、わかってもらいたくない。

こんな感じの小説。是非とも読んでほしい。

森博嗣「スカイクロラ」


スカイクロラ(ハード)

スカイ・クロラ

スカイ・クロラC・NOVELS BIBLIOTHEQUE


スカイクロラ(文庫)

スカイ・クロラ中公文庫
 

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スカイ・クロラ ■やぎっちょ書評 森博嗣さん初作品。 ミステリー作家さんですよね?たしか。そういうつもりで読んだんだけどどうやら違った。。。ブックオフの文庫本で聞いたことのあるタイトルだったので..
スカイ・クロラ 森博嗣【"やぎっちょ"のベストブックde幸せ読書!!】 at 2007年03月28日 18:42
森博嗣の「スカイ・クロラ」シリーズはキルドレの草薙水素を通じて、平和な世界で生きる我々日本人に対して生きる事の意味を問いかけているように感ずる。いったい何のために生きているのかと。
森博嗣の「スカイ・クロラ」シリーズ【オヤジの映画の見方】 at 2008年08月22日 13:04
この記事へのコメント
久しぶりのコメント〜です。スカイクロラ・・・空、あるいは天国を這う子供(赤ん坊)。大人になれないキルドレ。彼は永遠に、寝ているのか起きているのか分らない曖昧な生を送るんだろうか? とても悲しい物語でした。しかしすい込まれるように一気に読んじゃいました。登場人物も普通ではなく、かなり魅力的な人たちでした。続きの本には、このなかの誰が出てくるのかとても楽しみです。ではでは〜
Posted by タロ at 2005年07月18日 11:04
なるほど、犬ですか。ちょっとすぐには気付かなかったです。
かなり詩的な物語で、現実感はないけどかなり面白い小説です。キルドレという存在はなかなか悲しいものです。まあ続きも楽しみにしてください。
Posted by 通りすがり at 2005年07月18日 14:29
今晩は。またお邪魔させていただきます。この本は、私も昨年読んでみましたが、さっぱり訳が判らない作品でした。子供のパイロットが兵士として空を飛んでいる事までは理解できましたが、彼らは傭兵でしょうか?突き抜けるような青空に、彼らが浮かぶ姿はイメージできますが、彼らは永久に大人になれない存在のような書き方ですよね。
初めて手にした森作品がこの本でしたので、その後1冊も読んでいません(泣)。
Posted by dradonworld at 2006年05月23日 22:58
これは僕の中では、本当に最高の作品です。好き嫌いが分かれるだろうなとは思っていますが、ここで紡がれる世界観が僕はとても好きでうすね。

森博嗣という作家を、別の作品で少し知ってから読むのがよかったかもしれないですね。「すべてがFになる」から始まる10作などは特にお勧めです。

彼らは本当に、永遠に大人になれない存在なんです。キルドレという、戦闘をするためだけに生み出された子供というか、そういう生き方なんです。そういうところを含めた、世界からの疎外感とか喪失感とか、そういったところが素敵だと僕は思います。

何にしても、装丁が綺麗ですし。
Posted by 通りすがり at 2006年05月24日 03:16