話は米本という探偵が殺害されたことから始まる。その第一発見者に偶然になった佐竹という探偵と、探偵見習の聡子という女。警察が介入する前に現場から必要な情報を得、独自に米本の死の真相を探っていく。
戸籍調査やら盗聴やらを繰り帰し、細い糸を辿っていくと、一人の障害児の存在が浮かび上がってくる。新という名前のその子は一体何に巻き込まれているのか?誰のどんな思惑が絡み合っているのか?中盤はそういったことを中心に話が進んでいく。
そして障害児にまつわる真相、そして米本殺しの真相もわかるのだが、それがこの小説の芯ではない。確かにミステリーの形式は取っているけれども、文庫の裏表紙のあらすじで既に解かれるべき謎が書かれてあって(この文章にはそのことは書いてないけど)、つまりこの小説がその謎を主軸に置いているのではないということがわかる。
つまり、障害児を生んでしまったらどうするか、ということ。
このテーマは常に重くのしかかる。それぞれの登場人物が、それぞれの立場でこの問題に取り組む。現実という容赦のない波の中で、障害児というのはあまりにも無力で、関わる人は孤独へとひきずりこまれてしまう。
諦めれば世間からの冷たい目。育てようとすれば周囲から孤立。支えてくれる存在、その大きさを感じる。
この小説の設定に取り入れられている状況にもし陥ったら、どういう選択をするか。それはもしかしたらいつか自分の身にも降りかかる選択なのかもしれない。そこまで大げさでなくても、同じような何かを選び取らなければいけない状況に陥るかもしれない。
俺は、表面上はやはり戻ってくることを期待して、内心ではそうでないことを一心に願ってしまうのではないかと思う。
どうせ裏表紙に書いてあるから書いてしまうけど、要するに、障害児を誘拐されたらどうするか、ということです。
悲しく重い話です。読んでみて、そして考えてみてください。
打海文三「時には懺悔を」
時には懺悔を角川文庫