異世界に触れる、というのは、一生掛かってもほとんどない経験だと思います。定義を広く解釈すれば、夢というのが日常的に接する異世界かもしれませんが、そうでなければ例えば、そうですね、金縛りとか火の玉とかそんなもんでしょうか。
いや、やっぱりそういうものは、単なる現象であって、異世界というわけではないでしょう。
自分の属している世界の常識の通じない世界に紛れ込んだというような経験は、まあなかなか出来るものではないですね。だからと言って、そんな経験をしたいわけではありませんが。
ホラーというのは、現実世界を舞台にして、現実的な恐怖感を煽るものと、ファンタジーというかSF的な舞台を用意して、そのちょっと変わったルールに則って運行する世界における何かを描く作品と二種類あると思うけれども、なんというか後者は、僕にはあまり受け付けないな、という感じがします。
僕は本当にホラーというジャンルをあまり読まなくて、まあホラーっぽいミステリーとかいろいろあるんでしょうが、それらを含めても多くはないでしょう。先ほどの、後者のような作品でかなり評価できる作家に乙一がいますが、かなり例外的に驚異的な才能だという話で、ファンタジー的なホラーというのは苦手です。
それは、ルールがどうにも独善的すぎるからかもしれません。別にリアリティどうこうの話をしたいわけではありませんが、異世界のルールというものが、もちろんそれが素晴らしいと評価できる点なのかもしれませんが、作者の描きたいストーリーにあまりに左右されすぎてしまうため、言ってしまえば何でもありなんじゃないか、という気がしてしまうからかもしれません。乙一の作品を受け入れることができるのも、特異な設定を持ち込んでも、基本的に現実世界を舞台にしているような錯覚を与えるからではないかと思います。
さて、ここまで書いたところで本作の内容に移りますが、まず言っておきたいのが、本作はまあ貶すような、そこまでひどい作品ではない、ということですね。ここまでの前置きを読むと、本作自体がダメな印象を与えるだろうと思ったので一応。
とはいえ、大きく不満な点が一点あります。本作はハードカバーで出版されていて、その帯に選考委員(本作はホラー小説大賞受賞作です)の選評が短く載っているのだけれども、それが褒めすぎだ、ということです。
僕は本作を、悪い作品ではないけど、でも帯にすこまで書くほどの作品だろうか?と感じてしまいました。読む前に、ここまで評価されているなら、と多分な期待を抱いたのですが、期待が大きすぎたためか、逆に読み終えた時に拍子抜けしてしまいました。
本作は、ホラー小説大賞を受賞した短編「夜市」と、書き下ろしの「風の古道」の二作で成っています。
「夜市」
限られた人間にしか開催の時期をかぎつけることのできない、奇妙な市場がある。不定期に開かれる市場で、「夜市」と呼ばれている。そこでは欲しいものは何でも手に入る、ということだ。
高校時代の同級生裕司に呼ばれて彼の部屋を訪れたいずみは、裕司から夜市に行こうと誘われる。あまり乗り気ではかったし、森の奥の奥で開かれていると言われて胡散臭くも感じたけれども、結局二人は夜市に足を踏み入れる。
そこは、異形の者達があらゆるものを売る、祭りの際の出店のような雰囲気を醸し出す場所だった。しばらく歩き続けて、そこでいずみは裕司にこう告げられる。
夜市では、何か買わないと外には出られない。
次いで、子供の頃に一度夜市に来たことがある、と告白した裕司。一体裕司は夜市に何を求めてやってきたのか?
「風の古道」
父親と花見に行った私は、途中で父親とはぐれてしまった。当時七歳。親切そうなおばさんに自宅の住所を告げると、この道をまっすぐだと教えられた。
その道は、舗装されていない砂利道で、奇妙なことに、通りに並ぶ家はすべて、その道に面して玄関が設置されていないのだ。不審に思いながらも歩き続けるも、なかなかどこにも辿り着けない。思い切って道を逸れると、知っている場所に出たので、なんとか家に帰りついた。
しばらく時を経て、十二歳になった。友人のカズキにその不思議な道のことを話してしまったところ、じゃあ行ってみようということに。果たして二人は、その奇妙な道へと潜り込んだのだが…。
「夜市」は確かに、なかなか構成がいい作品です。前半の山場から、後半の終焉に掛けて、なるほどそういう展開になるか、という感じですね。ただ、選考委員の一人である高橋克彦が、「たとえ百人の物書きが居たとしても、後半のこんな展開は絶対に思いつかないだろう。」と書いているのは言いすぎだろうと思いました。
「風の古道」は、こちらもまあミステリ的な装飾が多少された作品ですが、まあまあといった感じですか。舞台がほとんど道しかない中で一つの作品を書き上げたのはまあ評価しますが。
両作品とも、雰囲気は結構いいのですが、先ほど書いたように、異世界のルールが若干独善的すぎて気に入らないところです。また、極々短い文節(パラグラフという意味で使っていますが違いましたっけ?)を細切れに繋ぎ合わせた文章で、なんか読んでいて集中が切れるというか、そんな気がしました。あと選考委員の一人が、描写が甘い点があると書いていますが、確かにそういう点はあるでしょう。
帯の評価は書きすぎだと思いますが、前評判を何も知らずに読んでみれば、案外いいかも、と思えるかもしれない作品です。是非、とは言わないけれども、余裕があれば読んでみてください。
恒川光太郎「夜市」

夜市ハード