2006年01月11日

ダーリンの頭ん中(小栗左多里+トニー・ラズロ)

外国語というのは本当に難しい。
僕は、普通の人のような感じの英語教育を受けてきて、大学では人よりも英語に接するようなサークルに身を置き、第二外国語としてドイツ語を選択したわけだけど、今現在、英語とドイツごの知識なんかほぼないと言っていい。
困ったものだ。
英語は、やっぱ喋れたら面白いのかな、という気はする。しかしよくよく考えてみると、自分は引きこもりだってことに気付く。たとえこの先外国に旅行するようなことがあっても、外国人と話したいとは思わないだろう。日本人の他人と話したいと思わないのに、外国人の他人と話したいわけがない。会話は、生活するのに必要な事務的なものがなんとかなればいいし、それぐらいの量なら、筆談でなんとかできなくもない気がするし、正確さなんてそこまでたいしたことではないだろう。
と考えると、外国人とのコミュニケーションのために英語に興味があったわけではない、と思う。やはり、英語ができるという能力というか資格というか、そういう観点に目が行っていたのだと思う。
しかしそれではきっと、英語は上達しないのだろう。
語学というのは、否応なく文化と結びついている。その国独自の文化を背景に持ち、その国に生きる人々によってやり取りされることで、言語というものは息づく。
つまり、その国・文化・人に関心を持つことなく、言語をコミュニケーションの手段として身につけることは不可能だと言っていいだろう。万事に無関心なわたくしには、そもそも不可能な壁だと言っていい。
というわけで、コミュニケーションの手段としての語学習得はすでに諦めている。もちろん、資格としての英語にもまるで興味がない。
しかし、コミュニケーションという観点から語学を知るのはとても面白い。しかもそういうものは、ネイティブには(僕ら日本人は日本語のネイティブ)わかりずらいものだ。外国語と比較することで、ネイティブも気付かないようなことが沢山わかってくる。
本作はそんな言語に関する面白話を、あの「ダーリンは外国人」でお馴染みの、漫画家小栗左多里と言語オタクとニー・ラズロの国際結婚夫婦が、面白おかしく紹介する、「ダーリンは外国人」の姉妹本です。
書かれている内容は、日本語と英語を比較した時の違いや違和感と言ったものを集めたようなものです。
僕らが学生時代に習ったような、「母音の前のtheはジと発音」とか、「Vは唇を噛んで発音する」とかいうことを、英語ネイティブであるトニーが考え、逆に日本語の発音だって難しいものがあると指摘する。トニーにとって難しい日本語の曖昧さや、逆に漢字の素晴らしさについて語ったりもする。
とにかく読んでいて、ああそうかそういわれてみれば、という日本語にかんするあれこれが結構ある。
やはり読んでいて一番思ったのは、さっきも書いた「漢字は素晴らしい」ということだ。日本語の場合、その単語事態を知らなくても漢字の連なりでなんとなく意味を類推できる。しかし英語の場合、それぞれに語源の別な単語がつけられてしまっているために、ネイティブでもわからない状況も沢山あるのだという(病院で病名を言われてもわからない、とか)。漢字のある国に生まれてよかったな、と思います。
あとこれはよく言われることだけど、日本語の曖昧さについても書いてありました。動詞を最後に持って来れるから、最後の最後で文章の意味を逆にできたり、「と」を使うことで文章を曖昧に繋げることができたり、とそんなことが書かれています。
英語についてのなるほども沢山ありますが、僕ら日本語ネイティブが普段気付かないようなことが指摘されていて、面白いです。例えば、「卍」とか「淵」の書き順知ってますか?
髭もじゃで口のないトニーと顔がまん丸の小栗のイラストが楽しいし、その二人のやりとりが、実際のものではなく漫画上のものだったとしても、ものすごく面白いです。僕は本作を読んで、「ダーリンは外国人」の方も読みたくなりました。是非読んでみてください。なるほど、というトリビア的な感想と、面白いという感想を同時に持つだろうと思います。お勧めです。

小栗左多里+トニー・ラズロ「ダーリンの頭ン中」


ダーリンの頭ン中ハード

ダーリンの頭ン中ハード
 

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