まずは<JDC>について説明しなくてはいけないだろう。<Japan Detective Club>、「日本探偵倶楽部」という、名が体を表すというお手本のような名前。日本中の名探偵中の名探偵がこぞって目指す、探偵界の最高峰。日本最高の知能を有する知的集団の巣窟。
さて注目すべきは、この<JDC>、西尾維新の世界ではないということ。異常なミステリー狂には比較的名が知れているだろう、清涼院流水。作家、というか大説家(もちろん小説家のもじり)にして、ミステリー界の異端児中の異端児。ミステリーの限界をあっさり超え、というか寧ろ小説としての限界も軽く飛び越え、果て無き地表を目指す変わり者。その世界を西尾維新氏が借り受ける形になっている。これは珍しくなく、あの同じく異端児中の異端児、ミステリーから軽く文学へ、そしてさらに文学すらもあっさり飛び越えてしまった究極の文筆家、舞城王太郎氏も、自身の「九十九十九」という作品でこの<JDC>の世界を借り受けている。
さて前置きが長くなった。
今回はその<JDC>に入りたいと思っている15歳の虚野勘操郎と、奇しくも<JDC>の建物の前で勘操郎と出会ってしまった蘿蔔むつみの物語。二人は出会った瞬間から、何かに押し出されるように展開していく。<JDC>は試験の他に、未解決事件の持ち込み推理によっても選別していて、勘操郎はそれを狙い、ばく進していく。むつみの方はそんな勘操郎の勢いに押されるがまま、ついていく。
現在進行形で起こっている未解決事件に乗り出す二人。夢を追いかけ、自分なりのかっこよさを追求し、何もかも受け入れる覚悟で夢に突き進んでいく勘操郎。それを見てむつみは、かつて探偵になりたかった頃の自分を思い出し、過去を呪い、地獄を愛し、自分を省みる。ルーチンワークをこなすだけの毎日に突如現れた、エネルギーの塊のような勘操郎。
そんな話。
一番印象に残っているシーンは、やはりブラックジャック(カードゲームの)だろう。あそこで語られる「論理」の見事さに、確かに知識のなさはあったけれども、感動すら覚えた。これですら論理。負けても引き分けに持ち込もうとする執念。恐れ入った。
というわけで、いつものように印象に残った場面を抜き出すことにします。
(前略)「つーかあれだよね。本気でそう思ってるんだとしたら、むつみってすっげー傲慢な奴だよね」と続けた。
「なんでもかんでもむつみに責任があるんだと思ってりゃ、世話ねーよ。できることをやらなかったって人間がいたら、まあそいつは悪いかもしんない。けど至らなかったんだとしても、むつみ、できることやったじゃん。だったら俺は何も言うことないよ。そういうもんだろ?」(後略)
「(前略)自由ってのはそもそも不自由なもんなんだよ。不自由こそが最高だ。退屈な幸せなんて、地獄どころか牢獄だぜ」(後略)
(前略)いつからだったか勘違いしていた。ドライなのが格好いいと思っていた。熱くならないのが格好いいと思っていた。必至になるなんて格好悪いと思っていた。そっけなく冷めた眼でいるのが格好いいと思っていた。でも違った。勘操郎はその全ての逆を行きながら、惚れ惚れとするほど格好よかった。(後略)
西尾維新「ダブルダウン勘繰郎」
ダブルダウン勘繰郎講談社ノベルス