いつものように、京極作品のあらすじを書くことはまず不可能。前前作の「狂骨の夢」よりはまだわかりやすく、「鉄鼠の檻」ほど難解なテーマが出てくるわけではないけれども、それでもあまりに複雑すぎる。
とにかく鑿で眼を潰して人を殺して回る「目潰し魔」と、首を締めて人を殺して回る「絞殺魔」が出てくる。しかし両者はそれぞれの事象で見る限り交わらない。一方ではある学園が関わり、ある旧家が関わり、もう一方では木場修が関わり、彼の知人が関わる。
偶然が、いや、偶然に見える様々な事象が飛び交う。
山口雅也の作品に、「奇偶」というのがあって、これもさまざまな偶然を題材にした作品だが、こちらはそれぞれに対して論理的な(あくまで実現可能な範囲での)解決はなされない。
一方、この「絡新婦の理」の中での偶然は、全て(ほとんど?)偶然ではないことがわかっていく。蜘蛛が巣を張り巡らせるかのように、そして全ての不確定要素を足したり引いたりしてもなお機能してしまうような罠、仕掛け。そうした「偶然」とそれらを繋ぐ「糸」と「意図」が絡み合い、糸を辿った先に真実はなく、中心を求めようとすれば迂回するしかなく、結局何が起こっているのか、そして何をするべきなのか、その「蜘蛛の巣」に掛かっている人間にはわからない。
そういうお話。
結局何も説明していないけど、説明出来ないのだから仕方ない。正直、わからない部分も多くある。それは京極堂の演説で、知識がないからわからない、とかいう類のものではなく、あえて説明されないでいる部分がいくつかあって、そうした点がどうなっているのかわからない。
とにかくアホみたいに長いし、確かに複雑だけど、読んでいてそこまで辛くはないと思う(まあ人によるとは思うけど)。今までの五作の中では圧倒的に長いし、偶然を取り込んだ作品の複雑さには煩悶するけど、それでも一気に読めてしまうし、読後感も悪くない。
どうも、このくそ長い話しを、第一作目から映画化するらしいけど、まあ原作でも映画でもなんでもいいから、とにかく京極夏彦の世界を一度でもいいから堪能して欲しいな、と思います。
ちなみに、第一作目の「姑獲鳥の夏」だけで判断して欲しくないな、と。それを読んだ上で、第二作目の「魍魎の匣」を読んで判断して欲しいな、と。そこまで読んでダメなら、まあ合わないんでしょう。
本作の感想とかにはあまりなってないけど、そんな感じで。
京極夏彦「絡新婦の理」
絡新婦の理講談社ノベルス
文庫版 絡新婦の理講談社文庫