塗仏の宴<宴の支度・宴の始末>(京極夏彦)
えーっと、うーんと、あぁ・・・
これ誰だっけ・・・
何と何が対立?
塗仏・・・付喪神・・・くんほう様ぁ?
読んでいる最中の俺。
作品自体が化け物としかいいようのないもの。
読んでいて思った。
この作品を書くためだけに、これまでのシリーズ五作を書いたんではないか、と。
恐らく2004年最後になるだろう読了本(というのも次に読むつもりなのが模倣犯なんで)。大分ありえないぐらい長くて(どれくらい長いかと言えば、今まで読んできた中で三番目に長い)、それはそれは長く楽しい道のりだったけど、内容も構造も論理も、それはそれはわかりずらいなという感想。
京極の<京極堂シリーズ>は売れてるんです。でもこの作品が一般ウケするとは俺には思えないんです。俺みたいな生粋のミステリー好きだとか、他には妖怪や民俗習慣が好きとかいう人にもいいかもしれないけど、さぁてなぁ、一般ウケしているのが奇跡のような作品だと思う。
さて、出来るだけ内容と構造に触れようかと思う。
まずは構造から。
京極夏彦は上下に作品を分けるのを嫌うらしいが、今回はさすがに一つにまとめることはできずに、<宴の支度>と<宴の始末>の二巻に分かれている。<支度>の方は6編の短編(まあ中篇といったほうがいい分量だろうかな)で構成されている。それぞれの作品はどうみても関連があるとは思えない。消えてしまった村・自殺し続ける奇妙な来歴を持つ男・お祖父さんの記憶が改竄されてしまったと主張する女性・自分の意志で喋ったことではないことが何故か当たる占い師・気配も機会もはないはずなのに何故か生活全てを覗かれているという女性・家神をきちんとした場所に祀ろうとする女性。
そして、女性を殺害し木に吊り下げたとして逮捕されたあの男(まあそいつの正体は特に隠してないから書いてしまってもいいんだけど)。
一応まだ<支度>の方は、それぞれの話がそれなりに完結しているように見えるし、論理的だし、妖怪の話もまあなんとかなるように思う。ただ、この短編がどう繋がってどう一枚の画が描かれるのかがわからない。一番の謎はそこだろう。
あと、今までのシリーズ作に出てきた登場人物達がオンパレードで登場する。だから余計にどうなることやらわからない。
さて<始末>の方はというと。
もうこっちになると説明できることは何一つない。
視点がめまぐるしく変わる。まず誰だったのか思い出すのがとても大変。
状況が次々に変わっていき、でも事件らしい事件は何一つ起きず、京極堂は動かず、時に難解な妖怪談義に花が咲き、木場が榎木津が敦子がいなくなり、という感じ。
自分の記憶が信じられなくなったとき、過去を信じられなくなった時、どこに真実を見出せばいいのか。真実がどこかにあることを信じていたらいいのか、あるいは全ては自分で選び取るものだ、と開き直れるか。見ているもの・聞いていること・感じていること・蓄積してきたこと・記憶していること、そうしたこと全てが間違っていると分かった時、人はどうすればいいのか。
さて、俺はこの内容について、中心だけはわかった(まあ最後に京極堂が説明してくれるわけだからわかって当然だけど)。ただもはや謎がなんなのかすらわからなくなってきてしまっている身には、細かな部分はすでによくわかっていない。
まあ難しいですよ。
それでもやっぱ面白いんですけどね。
まあ、普通の人は厚さを見ただけで読まないだろうけど、読んでみてくださいな。
京極夏彦「塗仏の宴<宴の支度・宴の始末>」
文庫版 塗仏の宴―宴の支度講談社文庫
文庫版 塗仏の宴―宴の始末講談社文庫
Posted by white_night at 09:48
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本の中身は(2004年)
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関口先生、こっちでは影が薄かったですねぇ。これは京極堂の事件なんですねぇ。でも、以前の事件があったからこの事件があったわけでも無いのに、事件と事件が深く絡まっているなんて。
塗仏の宴 宴..
塗仏の宴 宴の始末(京極夏彦)【ゆうきの読書日記】 at 2005年01月24日 21:02
『塗仏の宴-宴の支度』京極夏彦(著)【Amazon】 『塗仏の宴-宴の始末』京
塗仏の宴-宴の支度-宴の始末/京極夏彦【葉兎の本棚】 at 2005年02月18日 16:44
絡多婦の理 塗仏の宴<宴の支度・宴の始末>とノルウェイの森をこの1週間で読みました。
じつはインフルエンザになってしまい、寝ているか本を読んでいるかのどちらかみたいな生活を送っていたのですが、京極は大変でした。
「理」の方では関口がほとんど最後まで出てこないので珍しいと感じたのですが、次の「宴」で本領を発揮してくれたので(笑)良かったです。
京極堂も木場さんも榎木津も鳥口もみんないいキャラしてます。
それにしても、京極の知識の深さには脱帽です。本当に興味深いですね。
そしていつだったかスガさんが仰ったように森博嗣と構造が良く似てると感じました。S&Mシリーズの方の。
京極と森が今のところ自分の中ではナンバ1ですね。
京極夏彦は小説をどれくらいの時間で書き終えるんですかね?やっぱり筆は早いのでしょうか。
残りの著作も読破していきたいと思います。
余計なお世話ですがスガさんも風邪には気をつけてください。
それではまた。
それ全部で何ページだよって話だね。たぶん普通の分量の文庫だと10冊分くらい読んでる計算かな。それはすごいわ。
春休みなのにインフルエンザとはついてないですね。まあちゃんと治して大学生活をスタートさせましょう。
京極の作品はどっちもちゃんと内容は覚えてないですけど、「理」は偶然なのか必然なのかよくわからない、連続殺人なのかそうでないのかもよくわからない殺人がたくさん起こるみたいな話だったかな。「宴」は関口君が冒頭から大ピンチに陥るんだったような。
森博嗣と構造が似てるというのは結構前から指摘されてて、僕は「森博嗣本」という本を読んでそれを知りました。同じような時期に、それまでのミステリの常識を覆す同じような構造を持つ作品を生み出す作家が二人も出てきたことが、やっぱ事件ですね。
京極は、あの分量にしては早いほうではないかな、と思います。まあ京極堂シリーズなら、なんとなく2、3年おきくらいに出ているような気がするけど。どうだろう。
風邪は大丈夫だろうと高を括っているけど、昨日今日と睡眠時間が少ないので寝ようと思います。
>>春休みなのにインフルエンザとはついてないですね
全くです。しかも自分の誕生日もほとんど寝て過ごしてしまいましたからね。参りました。
「理」も「宴」も今までに出た人間がよく出て、こいつ誰だっけ?みたいなのが多かったです。
よく京極は把握しているなぁと妙に感心してしまいました。
それとも読者はほとんど覚えているものなのですかね?
2,3年おきですか。他のもあるだろうから実質1年ちょっとってところですか。
たとえ10年あってもアレだけの活字を生み出せないと思います。
「森博嗣本」は西尾維新との対談を少し立読みしました。これも買いですね。
風邪はその存在を忘れている頃にやってくるのです。十分にお気をつけて。
できるならもう2度とひきたくないですね。
作家はホントシリーズものを書いてる時に、登場人物を忘れたりしないんですかね。
なんて思ったら、やっぱ忘れるケースはあるみたいです。西尾維新が<戯言>シリーズで、登場人物紹介にそれまで出てきた主要登場人物を全員書いたのだけど、一人忘れたみたいです。まあやっぱ、忘れることもありますよね。
僕も、10年あってもあれだけのものは書けないでしょう。すごいものです。
風邪はまあ気をつけてください。僕もまあそれなりには。