まず一言で言えば、いい作品だった。
基本的に宮部の作品はあまりいい印象がない。悪くない作品は一杯あるけど、これだって言えるような作品に出会えたことがなかった。初めて宮部の作品で、読んでよかったと思える作品に出会えた気がする。
実はテレビで模倣犯の映画をちらちら見てて、それなりに内容を知ってたんだけど、それでも全然面白かった。
というわけで構成と内容をざっと。
まず構成としては三部構成。
この作品はある事件を中心にして話が進んでいく。公園である日突然女性の腕が発見される。一緒に見付かったハンドバッグ、被害者の家族へのボイスチェンジャーによる電話、さらに増える死体。目的も動機ももちろん犯人も不明のままただ時間が過ぎていくのを見守っていることしかできない社会。そういう事件が突然始まってしまう。
第一部はその事件の被害者や捜査する側の人間達が描かれる。被害者の悲しみや社会に与えた影響、捜査の困難さなんかを描きながら、既に様々な人間がそれぞれの人生というドラマを大きく狂わされている。理不尽なまでに傷付き悲しみ後悔し自分を責め運命を呪う被害者の家族。自分には関係ないと思いたいがためになんだかんだと解釈や理由や言い訳や非難を与えようとする社会やマスコミ。犯人に翻弄され欺かれいいように振り回されながらも追い回し粘り尻尾を掴もうと奔走する警察。そうした様々な登場人物達が様々な想いを抱えていく。
第一部は、犯人と思しき二人組が自動車事故で死ぬことで幕を引く。
第二部は逆に犯人側の視点で描かれていく。主犯であるピース・従犯だが本人は対等な立場と疑わない栗橋浩美・栗橋やピースと同級生で、栗橋が事件に関わっているのではないかと疑い思い悩みそのせいで死ぬことになる高井和明。この三人を中心にして第二部は進んでいく。ピースが事件の図面を引き、栗橋をうまく操り、栗橋は栗橋で高井をうまく操り翻弄し、高井は悩み苦しみ、でも誰にも言えないまま時間だけが過ぎていく。犯人達が何をしたいのか、ということが次第に明らかになっていき、と同時にゲームのように人を殺していくその嗜好についていけなくなる。もちろん第一部に出てきた人間達も随分と巻き込みながら、犯人側は犯人側でより混迷としていき、ピースの冷酷さが際立っていくように思う。
そしてやはり第二部も、高井と栗橋が死に、二人が連続殺人の犯人にされるところで終わる。
第三部は、それからの話。視点は常に様々な人間に入れ替わり、犯人側もそうでない側も交じり合って描かれる。それぞれの登場人物が交差していくようになり、そのせいなのかどんどん人間関係がややこしくなっていく。
高井の妹は兄の無実を訴え、フリーライターの前畑は事件についてのルポを書き、被害者の祖父である有馬義男は真実を求め、腕の第一発見者である塚田真一は逃げることをやめ、刑事の意見は割れ始め、社会は与えられた答えに納得し、
そしてピースはテレビに出るようになる。
やがてピースの嘘は崩れはじめ、収束していく。
まあそんな感じの話。
とにかく人間が恐ろしくしっかり描かれていて、その心の有り様にもそれなりに共感できる。それぞれの抱える想いを深く掘り下げて押し出し、吐き出させている。それがこの作品の実際の厚さ以上に厚みを与えているように思う。
この起きた犯罪に対する感想は特にはない。ピースの作り上げた犯罪は起こりえるかもしれないし、行為だけ見ればそれよりも残虐な事件は実際に起きているだろうと思う。
そう、この事件は、ピースという謂わば演出家の存在があまりに特異なわけで、この本を読み終えた今でもやはりこんなことをする人間は出てこないだろうな、と思う。出てきた時点で、日本がというよりも人間が終わるように思う。
あと読んでて思ったことは、読者はピースが犯人だと分かっているのに、登場人物達はそれを知らない、という状況が大分長く続く。その間の登場人物達の言動がやはりおかしく見えてしかたなかった。茶番、という言葉はあんまり当てはまらないけど、それに近い。イライラする、ということはないけど、なんかその不思議な感じが悪くなくて、届かないことを承知で、それでもなんとか登場人物たちにそのことを伝えてやれたらと思った。
この本を読むと、人間同士大分離れて生きているな、と感じた。それぞれ人の間には深い深い溝があるイメージ。生まれた時からそこにある。ただ人はそれを直視したくない、と本能的に感じている。だから望遠鏡で相手を見るように、間にある溝を見ないようにして生きていく。
でも何かのきっかけでその溝の存在を知ってしまうことがある。この作品の中で言えばつまり事件のこと。それをきっかけに、ああこんなにも溝があったんだ、としみじみ感じることになる。
人はわかりあうことができない。分かり合えている、というのは生きていくための幻想でしかなくて、幻想が崩れる出来事が起こってしまえばその事実に直面することになる。
人はそれを恐れ、だからこそ溝の存在を忘れようとする。騙し絵のように、一度見えるようになってしまえばもう意識しないでいることは難しい。そういう類のものだと思う。
さて、大分長く書いてきたけど、最後に何人か印象に残る登場人物がいたので、その人たちについての感想を書こうと思う。
まずはピース。最も共感できる。それは、犯した犯罪そのものに対する共感ではもちろんない。
ピースは相手の望む自分を設定し、それを演じきってしまうことができる人間だ。ある意味その能力があったからこそ、そして自分の手で何かとてつもないでかいものを動かしてみたいというただそれだけの理由で連続殺人を引き起こした男。
自分と同じだ、と思う。俺も、相手の望む自分を設定しようと相手を観察し、その自分になるために演じる。その繰り返しで人間関係をやってきた。目的や程度こそ違うけど、ピースと俺のやっていることは基本的には変わらない。まあだからといって犯罪は犯さないけど。
そして、だからこそ、つまり自分のような人間が他にもいると思うからこそ俺は人が怖い。逆説的だけど。
有馬義男。孫娘を無残にも殺されながらも犯人と電話などでやりあった。気骨のある老人で、中立で冷静であろうとする真摯な態度がとても好きだ。登場人物の中でもっとも好感を持ち、最も頑張って欲しいと思った人。こういう人間に接してこれればよかったな、と思えるような人。
高井和明。栗橋が事件に関わっているかもしれないと悩み最後には殺されてしまった人。
嫌な言い方になるけど、高井のような人間は好きになれない。どこがどう、と言われるととても困るが、うじうじしているところや優柔不断なところ、状況に甘んじてしまうところが自分に似ていると感じるせいかもしれない。
ただ、盲目的に人を信じることは時に愚かなことだけど、見方を変えればとても美しい。自分には出来そうにない、という点では、いい人間なのかもしれないとも思う。まあ好きにはなれないだろうけど。
栗橋浩美。結局ピースにいいように使われた駒。
栗橋浩美自身についての感想は特にないけど、俺はいつもこの栗橋のようになっていないだろうか、つまり誰かに操られていたり、勝手にレールに乗せられていたり、そんなことをされていないだろうか、と不安になる。騙されているかどうか、というのは騙されているうちは判断がつかないわけで、それでもなんとかして自分が騙されていないことを確認しようとする。なんか止められないし、不安感はいつも消えないのだけど。
さて最後に。この作品を読んで、初めて捜査本部にデスクという担当があることを知った。結構かっこいいポジションのように俺には見えた。警察の知らない一面が見えた気がした。
そんな感じです。長くなりました。
宮部みゆき「模倣犯」
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