2005年01月10日

クライマーズハイ(横山秀夫)

圧巻だ。小説としてのレベルが違う。
著者は、警察ものの短編作家としてデビューし、その方面で有名だ。本作は、その警察とも短編とも離れた、初の長編小説だ。
舞台は二つ。「今」の方は山。死んだ友人の息子と山へ、というか岸壁を登る、というそういうシーン。
一方、その間の回想として語られる「過去」は、1985年に起きた世界最大の飛行機事故である、御巣鷹山の日航機事故を取材する新聞社が舞台だ。
その二つの章が交互に語られていくが、メインはやはり「過去」の方だ。
安西という販売局の人間と山登りをするようになっていた、編集局所属の悠木。翌日、数々のクライマーを魅了して止まない「衝立岩」に登ることになっていたその日、安西は何故山に登るのか、という悠木の問に対し、「下りるために登るんさ」という謎の言葉を残す。そして同じ日、駅での集合直前に、日航機事故の一報が入る。
悠木は、古参の記者にしては珍しく、いわゆる「遊軍」だ。デスクでも長でもなく、なんでもこなすフリーの記者。その悠木に、突然「日航全権デスク」、つまり日航機事故に関する紙面の全ての責任を持つデスクの任が降って掛かり、悠木はそれを受ける。
独りで山に行ったんだろうと思っていた安西は何故か歓楽街で倒れていた。その一報を聞くや病院に向かった悠木は、目を開けたまま文字通り「眠っている」安西の姿を目にする。
それでも悠木は新聞を作り続ける。
本当はこれだけでは何も説明できていないけれど、言葉を尽くしても表現できないものがこの小説にはある。
新聞を作る、というその全てがこんなにもドラマティックだったのか、と思う。その緊迫感、緊張感、いがみ、争い、想い、そうした全ての描写が圧巻だった。
二種類の映像でこれを説明してみようと思う。
新聞社を舞台にした映画を作るとしよう。普通に作るならば、脚本があって、役者がいて、321で始まってカットで終わった「虚構」を繋ぎ合わせて、限りなくリアルに近いものを作り出す、そういうこと。あらゆる数字を複雑な連立方程式にぶち込んで、近似値を出そうとするような映像。
そんな物とはまるで違う。
例えば新聞社の至るところにカメラを仕掛けるとしよう。そこにいる誰もが撮られていることを知らない。24時間365日カメラを回し続けて得た全ての「リアル」を単純な方程式に入れてほぼ完全な答えを出そうとするような映像。時折カメラから人が見切れたり、音の聞こえなくなる瞬間があったり、見せるべきではない瞬間があったり、そうした「操作されていない」映像からしか感じることの出来ない殺気や空気感。
そういう、レベルの違う雰囲気をこの小説から感じた。まるで、自分が記者の一人になって、その場にいるかのようなリアル感。
著者はもともと記者だった。東京の大学を出た後。上毛新聞社(どうも日航機事故のあった群馬にあるらしい)に入り、そこで12年間記者として勤め上げた人だ。恐らく、日航機事故の際には脂の乗った記者で、最前線で取材をしたのではないかと思う。
だからこれは、小説の形を借りた自叙伝なのだろう、と思ってみたりする。
新聞を作るというのは、だからそもそもドラマを生み出す要素があるということだろう。毎日締め切りがあり、それまでに狂ったように走り周り、時にはじっと待ち、仕掛け外し、そしてあらゆることの決断に迫られながらその日の新聞を送り出していく。野球が終わった後トンボでグラウンドを整備するように、シャッターに書かれた落書きを無駄だと知っていて消すように、昨日とは少しだけ違った毎日を塗りつぶすように生きている人々。この世界自体に、ドラマの要素がきっと内包されている。
そういう世界は他にもきっとあるだろう。でも多くはない。そんな非日常を日常として消化してきた著者だからこそ形に出来た作品だろうと思う。
思わず目が潤んだ場面もある。そこまでの積み重ねがあるからこそ届く文章があった。
家族とは何だ、人の死とは何だ、新聞とは何だ、そして登るべき山はどこだ。あらゆる文章がそう問うている。
本当に読んで欲しい作品だ。最高だった。
決断し続け、その決断を実行し続ける人生は俺にはできない。でも、誰もが出来ないからこそもがいているんだろうな、とそう思った。

横山秀夫「クライマーズハイ」


クライマーズハイ

クライマーズ・ハイ
 

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これは絶対に読むべき!!! 横山秀夫さんはJALが御巣鷹に落ちた時地元紙の記社をしていた方だそうだ。 だから取材の様子などとても臨場感がある。 あの事故は決して風化させてはいけないものだと思うけど、..
「クライマーズ・ハイ」 横山秀夫【ワインの匂い】 at 2006年12月17日 22:41