2006年11月06日

ワーホリ任侠伝(ヴァシィ章絵)

僕がここから逃げられないのは、大学時代の友人がいるからだ。
ここ、というのは、東京でもあるし日本でもあるし、あるいは世界そのものでもある。何にしても僕は、彼らの存在があるからこそ、世界と繋がっていられるのである。
彼らにしても、そう頻繁に会うというわけではない。時々まあ飲みに行ったりするくらいの関係だ。ただそれでも、自分の中で彼らの存在はとても大きい。なくなったら、困る。
出来れば早いこと死にたいと思っている人間だけど、何故生きているのかと聞かれれば、彼らの存在を僕は挙げるだろう。
一度、死のうと思ったことがある。あの時の自分がどれだけ本気だったのか、今ではなんとも説明できないけど、あの瞬間、自分は本気のつもりだった。あと少しのはずだったんだけど、どうしてもダメだった。
それから僕はいろいろ考えてみた。何故死ねなかったんだろう、と。いろんなものを思い浮かべてみて、それを自分は捨てることができるだろうか、と考え続けた。そう多くのものが浮かんだわけではない。そもそも、人生の中で、あまり多くのものを所有したくないし依存したくもないのだ。
その中で、これは捨てられないなと思った唯一のものが、大学時代の友人との関係だ。他のありとあらゆるものは、捨ててしまっても構わないかもしれない。しかし、これだけは無理だ。そんな結論に至った。僕が彼らから捨てられるのはまあ仕方ないとして、自分から手放すことはまずできないだろうな。そう思った。
だから今でもこうして生きているし、東京に留まっている。束縛されたくもないし、依存したくもないと思っている人間を唯一縛り付けるものが東京にある。だから、僕はここにい続ける。
本当なら僕という人間は、死んでしまっても全然問題ないし、あるいは、どこかにふらっと行ってしまっても全然問題ないはずだ。家族との関係もほぼ切れ、人生に対して特に希望もなく、向かうべき道も特に思い浮かばない。どこで何をしてどんな生き方を選択したって、特にしがらみのないように生きてきたつもりだ。
しかし自分の中で、思いの他大学時代の友人との関係に依存しているようだ。別に、何かを特別期待しているわけでは全然ない。むしろ、何も期待されないし、何も考えなくてもいいという、完全にフラットな関係であることが、非常に貴重だと思えるし、何よりも大事なのだろうと思う。
今でも、彼らの存在は僕の中では結構重い。例えば、何かをしよう、と考えたとする。それは、するのがアリかどうか非常に微妙なことだったとしよう。そういう場合、最終的な判断をどうするかと言えば、その話を彼らにすることが出来るだろうか、というところに落ち着く。彼らに話せることであればするし、話せないことならばしない。別に、何を話したところでそこまで糾弾されるようなことはないだろうけど、自分の中でそんな判断が存在したりする。
何にも縛られないというのは、本当に難しいことなのだな、と思う。僕は、本当に何かに縛られるのが嫌だ。ありとあらゆる束縛から逃げたいと思ってしまう。窮屈なところに押し込められたくない。
しかし、まったくどこにも繋がれていない生き方というのも、本当に難しいものなのだろうな、と思う。どこにも拠り所がなく、どこにも寄りかかれないというのは、ある意味で最も窮屈な生き方なのかもしれない。自由とは、ほんの僅かな不自由を含んでいるものなのかもしれない。そんなことを考える。
いつだって完全無欠の自由は、いつの間にか、どうにもならない閉塞感を呼び寄せる。それは、束縛するものが何もないが故に、自分の存在がどんどん肥大していき、いつしか自分の存在が世界そのものと同等になり、窮屈を感じてしまうということなのだろうと思う。自分の存在を肥大させすぎない程度に束縛を許し、その範囲の中で最大限の自由を求める。これが、求めうる最大の自由の形かもしれないし、そう考えると、僕はその自由を手にしているのかもしれない、とも思う。こんな生き方がずっと続くとは思えないけど、今のうちは充分満足できる、と思う。
そろそろ内容に入ろうと思います。
ヒナコは商社で働くOLだ。毎日毎日イカのことばかり考える、イカ担当だ。上司は変態。ヒナコは常に、その変態上司からの魔の手を脊髄反射だけでかわしながら、友人のリカコと六本木で遊び倒す。
ヒナコは、ワーキングホリデーをしたいと考えていて、その資金を捻出するためにキャバクラで働くことにした。そこで出会ったリュウイチという男性。三度目の来店で、何と指名されたのだ。それから彼との交際が始まる。
以降、怒涛のような展開でいつの間にかニュージーランドにやってきたヒナコだが、そこでもいろんなトラブルに巻き込まれて行き…。
というような話です。
本作は、第一回小説現代長編新人賞受賞作で、選考委員が満場一致で大絶賛した作品だとのこと。著者はなんとフィジー在住のボランティアだそうで、タイトルや著者名を含めて、なんともぶっ飛んだ作品である。
選考委員の誰もが言っているように、小説としての牽引力というのがものすごくある。エネルギーに満ちているというか、とにかくページを捲らせるのだ。ハードカバーで200Pくらいの小説なのだが、一人のOLがどんどんと墜ちていきながら、ニュージーランドへと辿り着き、なんていうものすごく壮大なストーリーで、だから展開がメチャクチャ早い。もちろんこういう作品に、都合がいいだのどうだのという人間もいるのだろうけど、そんなこと抜きにしても全然楽しめる作品ではないかと思う。
ストーリーはもう単純明快で、ノアールと呼ばれるようなジャンルではよく見るような場面ばっかりなんだけど(でもノアールでニュージーランドが出てくることはないか)、でもそれが、なんとも軽妙なテンポの文章で描かれるために、どうにもノアールという雰囲気が全然ない。かと言って軽いだけかというとそんなことはなくて、ノアールの常套をきちんと押さえながらも、まったく違う世界を描こうとしているような感じが新鮮だった。どこにでもいるようなOLがすごいところまで行き着いてしまうというところが、新鮮だったのかもしれない。とにかく、ハイウェイを全力疾走しているような作品だった(したことないけど)。
キャラクターも、なんだか間が抜けてるんだかなんだかわからないような人間が多くて、特にニッキーのキャラクターが本作の中ではズバ抜けてよかったと思いますね。すっごい薄薄の人間関係ばかりの中で、ニッキーとヒナコの関係だけがどこまでも濃密で、その対比みたいなものが、より味を深めているような気がしました。
選評で花村萬月が、「タイトルだけで、もう勝負に勝っている」と言っているけど、まさにその通りだと思う。ワーキングホリデーと任侠なんてどう考えても結びつかないのに、それを結びつけてしまった。すごい。確かにこのタイトルは、人を惹き付けるだけの力がある。いろんな新人がいろんなところにいるものだなと思う。
結構面白い作品です。ベタなノアール(馳星周とかそういうやつ)に読み飽きた人間にはもちろん面白いと思うし、とにかく女性が読んだら面白いかもしれないな、と思いますね。ヒナコという女性の生き方をどう思うのかがちょっと気になるところです。割とオススメです。機会があればどうぞ。

ヴァシィ章絵「ワーホリ任侠伝」


ワーホリ任侠伝ハード

ワーホリ任侠伝ハード
 

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OLくるみの独り言です。。。お気になさらずに!
投稿一日目【OLの独り言 】 at 2006年11月07日 17:50
この記事へのコメント
なるほど、そういう本なのか、読むの楽しみ(^^)
ノアール大好き。
Posted by uririn at 2006年11月07日 01:17
ノアールかって言われると、まあ微妙なとこなんだけどね。
amazonで一人感想書いてたけど、厳しい評価だったわ。
まあ、ヒナコの生き方にどれだけ共感できるか、だろうね。
ノアールとかあんま読んでる印象ないけど、なんか読んでたっけ?
Posted by 通りすがり at 2006年11月07日 02:27