その度に僕は、少しずつ前へと進んでいけるだろうか?
何か新しい自分を残せるだろうか?
新しいスタートを、切ることが出来るだろうか。
明確な形で「卒業」というのが打ち出されるのは、やはり学生時代だけだろう。卒業式、という形でやってくるそれは、一つの時代の終わりでもあって、新しい時代の始まりでもあって、いつだって不安や期待を滲ませていたものだ。卒業式の度に、次こそは自分の性格を変えてやろう、と意気込むのだけど、結局ずっと人見知りだったり、卒業式という、あまりに形式的過ぎるその卒業の形にしっくりいかなかったりと、まあいい思い出ばかりではないけど、でも、今社会というものに放り出されている身としては、ああやって分かりやすい形で卒業を経験させてくれる場は、やはり貴重だったかな、と思う。大学を卒業していないので、都合3回の経験しかないし、それぞれについて深く覚えていることがあるわけでもないのだけど、それまでの何かが終わり、これからの何かが始まる予感と言ったものは、いつでもそこに潜んでいたように思う。
これからの人生、卒業を何度かは経験するのだろう。しかし、それは決して明確な形では訪れないだろう。突然心の準備もないまま卒業を言い渡されることもあるだろうし、後から振り返ってみて、あぁそういえばあれが卒業だったのだろうな、と思うこともあるだろう。
まだまだ短い人生、経験した卒業も大したものではないけど、半ば本気で死のうと決意した自分と、そこからちゃんと社会の中で生きていこうと決めた自分への転換点は、ある意味で卒業を経験したと言えるだろう。
それまでの古い自分を捨て、新しい自分を迎える。
完全に古い自分を捨てられたわけでも、完全に新しい自分になれたわけでもない。しかし、その転換点を境に、大分僕自身は変わっただろうな、と思う。その過程で、多くの人に迷惑を掛け、傷つけ、心を砕かせたことは今でも申し訳なく思うけど、卒業には何らかの悲しみが付きものだろう、と勝手に解釈して、今に至っている。
僕は、自分で言うのもなんだけど、既に普通の人生というものから外れてしまっているのだけど、でも普通の人生を歩んでいれば、これからもっと多くの卒業を経験しなくてはいけないのだろう。
家族からの卒業。
友人からの卒業。
会社からの卒業。
人生からの卒業。
そして、
自分からの卒業。
それが、どんな形で訪れるのか、誰にも予想できないし、わからない。新たなスタートを切ることの出来る素敵な卒業かもしれないし、すべてが終わってしまう絶望の卒業からもしれない。
それでも、と僕は思う。
卒業というのは、いいものだ。自分で決断した卒業であっても、時間が切り取っていく卒業であっても、そこには、残しきれない何かが漂っている。たとえ、卒業によって失うことがあっても、それは卒業アルバムのように、どこかに何らかの形で残る。辛くても哀しくても、いつか乗り越える日が来るし、それがまた新たな卒業になる。
長い長い人生なのだ。ここではい一区切り、というものがないと、やっていけないではないか。卒業、という響きが、何かしら深いものを感じさせてくれる間は、たまには卒業を経験するのも、まあいいだろう。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は、4編の短編が収録された短編集になっています。それぞれの内容を紹介しようと思います。
「まゆみのマーチ」
母がもうすぐ死ぬ。連絡を受けて、飛行機に飛び乗って、病院にやってきた。
病院で、久々に妹に会った。詳しい話は、聞かない。仲のいい兄妹でもなかった。どこかで、それなりに暮らしてるんだろう、なら、いい。
妹に、息子が葬式に来られないかもしれないんだ、と話す。引きこもり、とはちょっと違うんだけど、不安定だ。理由は、よくわからない。学校には、行きたいらしいのだが、行けなくなってしまう。電車や飛行機がダメそうだから、ちょっと葬式に出るのは難しいかもしれない。
かつての妹のことを思い出す。妹も、かつて同じようなことがあった。歌うことが大好きな、ただ歌っているだけで幸せだったはずの妹が、学校に行けなくなってしまったあの時のことを。
母は、妹に甘かったのだろう。愚かな母だったとは思いたくないが、いつでも辛くあたってしまっていた。
妹が言う。
『まゆみのマーチ』を歌ってあげたら、お母さん、ぽろぽろ涙を流したんだ―。
『まゆみのマーチ』。母と妹だけが知っている、これまで何度聞いても教えてくれなかった、二人だけの歌が、ある。
徹底的に優しすぎる母親、という姿が描かれています。その母親の死に際し、自分の息子の現状と、かつての妹のことを重ね合わせることで、同時に、母親と自分を重ね合わせて見る、という感じです。
母親のしていたことの全部が正しかったわけではないのだろうとは思うのだけど、でも、言うほど悪くもなかったのかも、という感じです。僕にとって、まあいろんな意味で母親というのは難しいので、なんとも言えませんが。
「あおげば尊し」
父は、もうすぐ死ぬ。治療を拒み、在宅治療を選択した父は、僕と同じ、教師だった。校長まで勤め上げた、筋金入りと言っていいほどの教師だった。その父が、今まさに死のうとしている。
子供は、未完成なんだ、というのが、父の持論だった。そんな未完成の存在に受け入れられることなんか気にしなくていいといわんばかりに、父は冷たく厳しい教師だった。学校という場で教えることのできるすべてを与えようとして、そんな自分のあり方に誇りを持っていた、そんな父だった。
父の教え子から、同窓会や結婚式の案内状が届いたことはない。寂しい人生だったのかもしれない。わからない。
自分のクラスでは今、ちょっとした問題がある。ある転校生が死というものに異常に興味を持っていて、動物の死体の載ったサイトを見たり、葬儀場をうろついていたりする。その雰囲気がクラスにも徐々に蔓延している。
いいのか、と思ったが、もう喋れない父がなんとかして答えた、その言葉で決めた。
クラスの連中を、課外授業と称して家に来させ、父の姿を見せる。
非難は覚悟の上だったし、実際非難の声は上がった。しかし、正しいと信じた。父は、死ぬ間際まで教師なのだ。誰かに、何かを教えたいのだ。そう信じて。
同じく、死というものを扱った話です。子供たちに、死ぬ間際の父の姿を見せる、というのは正しいことかどうかなんとも言えないですが、しかし小学生が受け止めるには、なかなか難しいことだとも思います。自分が小学生だった頃、死を間近に見せられたらどうだっただろうか、と思いました。
死ぬまで教師であり続けたいという父親の姿は、それがどんなに冷たく厳しい教師であっても、いいと思いました。ラストは、結構好きです。
「卒業」
突然会社に、中学生がやってきた。どう対応していいかわからなくて、いつもの習慣で名刺を渡してしまった。
26歳で自殺して死んだ、大学時代の友人だった男の娘、だそうだ。
初めはよくわからなかったのだが、話を聞いてみると、友人の思い出を聞きたがっているようだった。少し前に、リスカした。遺伝するとは思えないけどさ、ほら知っとかないとさ、ヤバイじゃん。そんなことを言っていた。
大学を出てからはあんまり会ってなかった。会社の友人に当たった方がいいんじゃないのか。そう言うと、サイテー、と言っていなくなってしまった。親友じゃなかったの、と。
家に帰って、戯れに友人の名前をHPで検索してみた。自殺、というキーワードも入れてみると、あるサイトに行き着いた。
あの中学生が開いたHPだった。友人の過去を知りたい。どんなことでもいいから書き込んで欲しい。そんなメッセージが貼り付いていた。
だから、掲示板に書いた。友人との思い出を毎日。妻には、そんなことして何になるの、と言われた。それでも、続けた。
こちらは、友人の死を扱ったものですね。大学を出て会わなくなれば、確かに親友と呼ぶのは気が引けるというのもわかるし、大学時代の友人なのに忘れたの、という少女の言い分も分かる。
個人的には、野口さんのキャラクターが好きでした。どっしりしている感じが、いいですね。経験がないからわからないけど、やっぱ血の繋がりってのは重要なんだろうか、とか思ってしまう話でした。僕は、あんまり関係ないよな、とか思いますけど。
「追伸」
母が死んだのは、6歳の頃だった。弱った姿を見られたくない、という母親の意思で、入院していた最後の最後は、顔を見ることもなかった。死んだ、ということも、よくわからなかった。
父が再婚するに当たって、母が遺してくれたノートを読んだ。僕のことが大好きで、毎日考えている。お母さんのことを出来れば忘れないで。そんな風な同じようなことが、言葉を変えて書き連ねられていた。
新しくうちに来た父の妻は、僕の母にはなれなかった。僕は、どうしても受け入れられなかったし、向こうもそんなつもりがないように思えた。今ならわかるけど、ほんの少し、タイミングが悪かっただけなんだ。
今の僕は、作家という肩書きになっている。とある有名な文学賞を受賞し、まさに今旬の作家でもある。受賞後依頼の来たエッセイに、エッセイを書いたことのない僕は悩んだが、編集者からのアドバイスにより、母親の話を書くことにした。
死んでしまった母親との、あるはずのない偽りの話を、かってにでっちあげてエッセイにした。
読者や編集者からの反応はいい。しかし、妻は苦い顔だ。お母さんのこと、考えてるの?こんなこと書かれたら、立場がないじゃない、と。
そうかもしれない。でも、誰がなんと言おうと、僕の母は、死んでしまったあの母だけなのだ。
母親の死に絡んだ話です。素直になれない息子と後妻の関係が哀しいのと、作家になり、偽りのエピソードを書いてしまうその心情が哀しい作品ですね。とにかく、ラストがいい感じでした。
どの話もすごくよくて、いい作品でした。どの作品も、誰かしらの死を扱っていて、そこから前に進めなかったり、それに引きずられたりしている人間が、いかにそこから卒業するか、という形式で物語が進んでいく感じです。
読んでいて、じんわりしんみりしてくる感じです。なんというか、風船を少しずつ膨らませていくような、心の中でしぼんでいた何かがゆっくりと膨らんでいくように、感動が押し寄せてきます。膨らみすぎた風船のような緊張感みたいなものも時にはあったりして、よんでいて深い感動に浸れる作品だと思います。「あおげば尊し」と「追伸」は、ラストでちょっと泣きそうになりましたね。
本作は、男の優柔不断さを描いた作品、と言うことも出来ると思います。4編とも、出てくる男誰もが優柔不断で、どこか行きつ戻りつ、と言った雰囲気があります。一方で、作中出てくる女性というのは本当にしっかりしていて強くて、その対比が面白いな、と思いました。
個人的には、女性というのは失うものがないからこそ、ひたすらに真っ直ぐに進んでいけるのだろうな、と思います。いや、守るべきものがきちんと分かっているから、でしょうか。それと違って男というのは、失うものは多すぎるし(まあ自分で勝手にそう思っているだけだけど)、守るべきものがなんなのかもはっきり決められないので、どうしても優柔不断になってしまいます。こういう、何か重大ごとに直面した時の男の弱さというものがしっかりと描かれていて、まいったなぁ、と思うのと同時に、やっぱそうだよなぁ、と思ったりしてしまいます。
あとがきで重松清は、本作は「ゆるす/ゆるされる」を描いた作品でもある、と書いています。そう言われればなるほど、誰かをどんな形でか許すということが、ある意味で卒業ということなのかもしれません。あるいは、誰かに許されるということが。
重松清の作品は、テーマ的にも雰囲気的にも似た作品ばかり書いているはずなんだけど、でもどの作品を読んでも、それにしかないものというのがきちんとあって、だからすごいなと思うんです。同じようなものだけど微妙に違うものをずっと生み出し続けていられるというのは、素敵なことだと思います。これからも、どんどんとこういう素晴らしい作品を書いて欲しいものです。是非読んでみてください。
重松清「卒業」

卒業文庫