2007年01月05日

押入れのちよ(荻原浩)

怖いものは、結構得意な方だと思う。
雷だとかジェットコースターとか高いところのような、危険に対して感じる恐怖は、昔から全然大丈夫だ。全然怖くない。むしろ結構好きだったりするかもしれない。バンジージャンプもしてみたいくらいである。今日飛行機に乗る予定なのだけど、ハイジャックとかあったら楽しいだろうな、とか思っているような人間である。
これはきっと、全部予測出来るからだと思う。どんな危険に対しても、何がどうなるのか大体わかっているのである。あとは、注意していさえすればいい。大した問題ではない。こういうものを怖がる気持ちは、あんまりわからない。
幽霊だとかそういったものも、特に怖いと思うことはない。こちらに関しては、昔は結構苦手だったような気もする。暗いところとかで一人でいると多少怖かったりしたし、受験があることを理由に実家への帰省旅行に行かず、初めて一人で夜を過ごした時なんかは、実は結構怖かったような気もする。もちろんそんなそぶりはおくびにも出さないけど。あと、お風呂に入っていて頭を洗うときに目をつむるのが怖かったり(目を開けたら目の前に何かいたら怖いな、とか)、鏡を見るのがちょっと嫌だな(変なものが映ってたら嫌だな、とか)みたいなことは、昔は思っていたかもしれないと思う。
そういえばきっと誰も信じないだろうから言ったことはないのだけど、火の玉をみたことがある。あれは、幼稚園の頃のなんかのイベントでお寺に泊まっていた時のことだと思う(幼稚園の目の前が寺で、墓場もばっちりあるのだ)。例によって肝試しなんかがあったのだけど、そこで見たのだ。まあ、脅かそうと思って用意した小道具だったかもしれないけど、未だに覚えている。
今では、全然余裕である。映画は昔から見てこなかったのでなんとも言えないけど、ホラー映画だって余裕で見れるだろう。あの、貞子がテレビから出てきたのにはビビったけど。
これも、怖さを感じるのは人間の想像力によるものだ、ということが分かっているから怖くないのだろう。全部、気のせいである。合理的な説明がつけられないからと言って怖がる必要はまったくないのである。それは、ただあなたが知らないだけか、あるいはまだ誰も知らないだけかのどちらかでしかないだろう。
しかし、怖いなと思うものが一つだけある。一つという数え方でいいのかわからないけど、それは、人間の悪意である。
人間の悪意ほど怖いものはないと思う。何よりもそれは、予想することが出来ないし、人間の妄想から生まれるものでもないからである。それは、無限の広がりをもった、限りなく現実に存在しているものだからだ。
僕は、人間の悪意に弱い。悪意でなくとも、人間そのものに弱い。人間という生き物が、悪意を溜め込む器のように思えてしまうからではないかと思う。悪意をまったく持っていないと言い切れる人間は、この世に一人もいないだろう。どんな形でそれが現れるのかわからないだけに、怖いなと思ってしまう。
昔から、「地震雷火事親父」などとも言われる。この世の中で怖いもの、ということだ。その言で言えば、一番怖いのは親父だろう(多少ニュアンスは違うが)。人間の怖さは、底がないだけに無限だ。果てしない。つくづく、恐ろしいものだ、と思う。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は、9編の短編を収録した短編集です。それぞれの内容を紹介しようと思います。

「お母さまのロシアのスープ」
わたしとソーニャは双子だ。中国の山奥で質素に暮らしている。ソビエトという国から逃げてきたらしい。
今日はマァさんが来る日だ。マァさんの姿は決して見てはいけないと言われている。そのためにわたしとソーニャは、家の外の物置小屋に行くように言われたのだ。
マァさんが帰った後の今日の料理はごちそうだ。マァさんは、ここまで食材なんかを届けてくれる。その対価に何か金目のものをうちから持っていくから、家の中はもうがらんどうだ。
ある日うちに、絵本でしか見たことのない「じどうしゃ」がやってきた。お母さんの顔色が変わる。部屋に行って、目と耳を塞いでいなさい、と言われたけど…。

「コール」
美雪が実家に帰ってしまう。夫の雄二を亡くしたからだ。その墓参りに、今向かっているところだ。
美雪と雄二と僕は、大学時代からの友人だった。よくつるんでいろんなところに行っては遊んでいた。大事な仲間だった。
二人とも美雪を好きになったことはわかっていた。だから、どちらが先に美雪に想いを伝えるのか、ポーカーで決めることになったんだ。それで、僕は負けたんだけど…。

「押入れのちよ」
失業中の僕は、とにかく格安の物件を見つけなくてはいけなかった。家賃はなるべく低く、でも風呂付きであることは外せない。そういうと不動産屋は、あそこなら、と言って、一軒の物件を紹介したのだった。
そこは、傍目にも結構ぼろぼろの建物だが、広いしまあ悪くない。隣人も変な感じだけど、まあいい。交際中の彼女とは今うまく行っていないけど、これで仕事を見つければ大丈夫だろう。
…全然大丈夫じゃなかった。その風呂付で格安だったその部屋の押入れには、ちよという名の幽霊がいたのだった…。

「老猫」
近親がいないという理由で、先ごろ死んだ叔父の一軒家を手に入れることになった僕。妻に話すと、二つ返事で引越しを決めた。前々から気に入っていたらしい。
その家には、叔父が飼っていただろう猫が棲みついていた。太っていて、皮膚の爛れた醜い猫だ。しかし、娘がその猫に執着した。膿が出ている肌など気にもせずに可愛がっている。
おかしい、と思い始めたのは、叔父の遺したアルバムと、自称画家だった叔父が遺した絵を見た時だった。そこには、今我が家にいるのとまったく同じに見える猫が描かれていた。一応、会社の猫好きの後輩に聞いてみたが、猫の寿命は長くても20年ほどだという。どういうことだろうか…。

「殺意のレシピ」
今日こそは、と文彦は思っている。反りが合わずに喧嘩ばかりしている妻を、もう殺すしかない。
完全犯罪を目論んだ。一般には毒を持っているとは思われていない「アレ」を食べさせればいい。釣りから帰ってきた文彦を、三日前の喧嘩など忘れたかのように笑顔で迎えた妻の、やり直そうと考えているその気持ちに負けそうになるが、やるしかないんだ、と自らを奮い立たせる…。

「介護の鬼」
夫の父親の介護をする日々が続いている。苑子はそのことに苛立っている。日々、舅に虐待を加えることで憂さ晴らしをしている。熱いお粥を垂らしたり、氷水に浸したタオルで体を拭いたり、顔に落書きをしたり。ボケる前は、柔道で鍛えた体を自慢していたものだが、今となっては介護しにくいだけのその体にも苛立ちを覚える。
ふと目を離した隙に、寝たきりで動けないはずの舅の姿が見えない。なんてこと。早いところ見つけてお仕置きをしないと。そんな風に呑気に構えていたのだが…。

「予期せぬ訪問者」
そんなつもりはなかったのだ。と言っても通用しないだろう。
不倫相手を殺してしまった。殺すつもりはなかったのだが、当たり所が悪かったのだ。
死体を始末しなくてはいけない。ぎっくり腰になった体のことを思うと、死体はバラバラにしないといけないだろう。そうして死体を風呂場へと運んだその時。
呼び鈴が鳴った。やり過ごそうとするが、帰る気配がない。仕方なく出ると、清掃の無料サービスだという。追い返すことが出来ずに彼を家に上げるのだが、怪しいいい繕いを繰り返すはめになり…。

「木下闇」
十五年前、当時六歳だった妹の弥生が失踪した。当時八歳だった私は、妹が姿を消した、夏休みの度に訪れていた母の生家を訪ねてみることにした。
以前と変わらぬたたずまいで残る生家には、いとこが一人で住んでいた。特に交わすような会話もないまま、台風が近づいたその日は、泊めてもらうことにした。
敷地内に聳え立つ大木を中心に不審なことが続き、私は決めた。この木に登ってみよう。そうすれば、何かわかるのではないか…。

「しんちゃんの自転車」
夜十一時。子供にとっては真夜中であるその時間に、しんちゃんが自転車を漕いでやってきた。遊ぼう、ということらしい。しんちゃんらしい。行方不明になった神主さんがいるという噂の祠に行きたいようです。
しんちゃんの漕ぐ自転車の荷台にのって、真っ暗な道を進んでいきます。しんちゃんは相変わらず変なことばかり言うし、変な言葉を教えようとします。それでも、しんちゃんに会えて、私は嬉しいのです…。

というような感じです。
たぶん、荻原浩初の短編集ではないでしょうか(たぶんだけど)。短編でもその面白さは全然変わらずに、さすがだな、という感じがします。
さらに本作は、今まで荻原浩が書いていなかったホラーテイストの作品で、それもまた新境地だなと思います。けど、荻原浩節とでも言うのか、文章の雰囲気やユーモアの感じなんかは相変わらずで、だからホラー作品を読んでいる感じがあまりしません。一番雰囲気の近い作品を挙げると、東野圭吾の「毒笑小説」「怪笑小説」「黒笑小説」みたいな感じでしょうか。まあ、収録された短編すべてがそんな感じではないんですけど。
一番好きな話は、「殺意のレシピ」と「介護の鬼」ですね。この二つは、僕が怖いと思う「人間の悪意」みたいなものが全開になっている作品で、結構怖いですね。「殺意のレシピ」はまだユーモアチックに描かれているけど、「介護の鬼」の方は完全にホラーですね。結構怖いです。
表題作である「押入れのちよ」もいいですね。幽霊であるちよのキャラクターが絶妙で、ほのぼのしている感じがします。
「予期せぬ訪問者」もブラックでユーモアな作品で好きだし、「しんちゃんの自転車」はまた違った感じの作品でいいな、と思います。
逆にダメだったのが、「お母さまのロシアのスープ」と「コール」ですね。「お母さまのロシアのスープ」は、話自体は悪くないと思うけど、最後のネタがかなり初めの方でわかってしまったのでちょっと面白くなかった、という感じです。「コール」は、未だに人称が誰がどれなのかよくわからない作品で、読んでいてちょっと戸惑いました。
全般的に面白い作品です。ホラーっぽい作品を書いても、荻原浩の作品は荻原浩らしいです。時に切なく、時に笑えて、時に怖い、そんな作品です。是非是非読んでみてください。

荻原浩「押入れのちよ」


押入れのちよハード

押入れのちよハード
 

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日常に潜む恐怖あり。 おとぎ話のような恐怖あり。 恐怖の中に笑いあり、切なさあり。 乙一の作品ほど、ホラーホラーしてないけれど、 そこはかとなく漂う、恐怖。 でも、怖いだけじゃなくて..
『押入れのちよ』 荻原浩【*モナミ*】 at 2007年06月10日 10:10
押入れのちよクチコミを見る # 出版社: 新潮社 (2006/5/19) # ISBN-10: 4104689025 評価:90点 ああ、うまい。 素晴らしい切れ味の短編が9つ、..
押入れのちよ<荻原浩>−(本:2009年30冊目)−【デコ親父はいつも減量中】 at 2009年02月27日 21:55
この記事へのコメント
『押入れのちよ』やっと、間に合いましたね。(余裕かも…?)

 >ふぁいなる あんさぁ

っていうこの雰囲気が、何か可笑しいですよね。
「介護の鬼」は、私も痛快なホラーという感じで読みました。
相変わらず、荻原さん うまいですね。
(今、やっと休憩時間です。会議続きで 何か疲れました。)
では、お元気で!

スウェーデンに住んでいる姪とよくメールをしますので、環境さえ大丈夫ならきっとオーケーですよ。
Posted by dradonworld at 2007年01月05日 12:07
コメントの返信も、ギリギリ間に合いました。今からバイトにちょっと出て新刊を出してから、羽田空港へ向かいます。幸運を祈っててください!

ちよの古めかしいイメージとか、ちょっと哀れっぽい雰囲気とか、いいですね。「ふぁいなる あんさぁ」もいいですしね。これは、全然ホラーじゃなかったですね。
「介護の鬼」は、なんとなく、キシユウスケ(漢字がわからなかった)の「黒い家」って感じがしました。

仕事はなかなか大変そうですね。年明けから会議だと、なんかどっと疲れそうな気がします。イメージですけど(笑)。頑張ってくださいね。

スウェーデン在住の姪ですか。dradonworldさんはホントいろんな面がある感じがします。というわけで、ではでは行って来ます。
Posted by 通りすがり at 2007年01月05日 13:07