貴志祐介と言えば、あのホラー小説「黒い家」でデビューし、「青の炎」を最後に四年近く沈黙していた作家。その作家の初の本格ミステリ作品だ。
舞台は六本木センタービルという架空の建物。10階から12階までのフロアを占める介護サービス会社「ベイリーフ」は、12階に社長室を初め、重役の集まる部屋が集中している。警備はかなり厳重で、12階にあがるためにはエレベーター内で暗証番号を押さなくてはいけないし、12階のフロアには防犯カメラが備え付けられている。
ある日。株式上場を控えた「ベイリーフ」は、休み返上で重役や秘書は出勤している。いつものように仕事をこなしていくが、その日常は突如破られる。
社長室から社長の遺体が発見されたのである。
当初事故かと思われたが、打撲痕の不自然さから殺人として捜査がなされるが、防犯カメラに犯人の姿はなく、社長室に続くドアのある専務室に寝ていた専務が、唯一犯行の機会があったとして容疑者にされてしまう。
専務の無実を晴らすべく、弁護士の青砥が立ち上がる。紹介された防犯エキスパートの榎本とともに、閉ざされた密室への道を探し当てようと奮闘するが、なかなかうまくはいかない。
様々な仮説を立てては試し、ダメだと分かるとまた別の・・・という風に調査は続けられていき、ようやく榎本は真相に行き当たる・・・
そんな感じの話です。
さて、本書の特長はまさにこの「密室」にあります。大抵本格ミステリで密室とくれば、「特殊な状況」というのを設定しなくてはもはや話を作ることはできないでしょう。密室のトリックを考え、そのトリックが使える状況を設定する、というのが常道だと思います。
あの密室ばかりを書き続ける森博嗣も、トリックの成立する条件を満たす状況を設定する、という方法で作品を書いているはずですし、これだけトリックの出尽くされている中では、それは仕方のないことだと思います。
しかし、著者はこの作品でまるで逆のアプローチをしました。もちろん多少の制約はありますが、著者は現実世界に存在しうる、しかもかなりセキュリティ的に頑丈なビルを舞台に密室殺人を書き上げました。これはなかなかできるものではないと思います。
詳しいことはわかりませんが、恐らく本書に書かれているビルの条件以下であれば(そんなビルは数多くあるとは思うけど)、このトリックは実現しうるのではないかと思います。それくらい現実世界で通用するトリックだと思うし、そんな作品はかなり珍しいと思います。
ただ残念なこともあって、中盤話を盛り上げるために様々な仮説を出しては壊すのですが、その仮説を成立させるために色々な状況が設定されているな、と感じてしまうことです。確かにそこまで不自然ではないにしろ、この仮説を出させるためのこの状況なんだな、と思ってしまう部分が何度かあって、それは残念でした。
それでも、これほど精緻に現実世界で通用するトリックを書き尽くした作品はかなり珍しいと思います。異能の防犯探偵と弁護士というコンビもなかなか珍しいように思うし、本格ミステリという分野が好きではない人も(その理由は大抵現実的ではないということだと思うので)、結構楽しめるのではないかと思います。
しかも、かなりセキュリティについて詳しくなれますよ。防犯には万全を。
貴志祐介「ガラスのハンマー」
硝子のハンマー