2007年02月01日

動物園の鳥(坂木司)

昔はずっと、いい人に思われたい、と思って行動していた。それが、僕の行動規範のすべてだったと言ってもよかった、と思う。
人に嫌われるのが怖かった。出来ることなら、周囲の人間のすべてから、いや周囲にいない人まで含めてすべての人から嫌われたくない、と思っていた。家族にも友達にも他人にも。そんなことは無理だ、と頭のどこかではきちんと分かっているのに、それでも、嫌われないように努力しよう、という姿勢だけは崩さなかったな、と思う。
でも考えてみれば、学校という場は本当に難しい場所だった。幸いにして僕がいた小中高の学校はどこも、いじめなど起こりそうもなかったような、比較的平和な学校だったけれども(いやもちろんそれでも、いやがらせとかイタズラの類は普通にあったと思うけど)、そんな学校でも、学校と言う場はある種の人間にとって緊張感をもたらす。
あれだけの集団が一緒になって行動をしているのである。しかも一人一人は、まだきちんと物事の判断が出来ない(と大人に思われている)世代である。そういう中では、いろんな人がいろんなことを考えながら生活をしていくのだ。その「いろんなこと」を考え始めると、なかなか恐ろしかった。
恐らく初めは些細なことだっただろうと思う。なんでもないような、でも微妙に心に残っていくような、そんな小さな棘のようなものだったかもしれない。しかし、徐々にそれが大きくなっていくのである。
次第に僕は、周りの人間から嫌われているのではないか、と考えるようになった。一応言っておくが、表面的にそんなそぶりを見せている人間は誰一人いなかったし、現実的に考えて、僕を嫌っている人間はいなかっただろうとも思う。
しかし僕は当時、そういう妄想を抱くようになった。自分はきっと、周囲から嫌われているに違いない。けど、表面的にそれが現れているわけではないので、嫌われている状態を回復しようとするような行動をとっても、それは逆におかしく見えるだろう。だったら、これ以上嫌われないようにするしかない。
そんな風にして、僕の「周囲の人間によく思われたい」というような発想になっていくのだろうと思う。
だから僕は、周囲の人間の言っていることには「うんうん」と頷いて肯定し、絶えず笑い、自分の不満は口に出すことなく我慢し、望まれれば大抵のことは引き受け、誘われればどんなことでも断らなかった。そんな、まるで自分の意思のない子供だったし、よりそういう子供になっていった。
基本的なところは、今でもそう変わることはない。
それでも、ようやく最近、周囲の人間に嫌われてもいいや、と思えるようになった。所詮、みんなに好かれるなんて無理なんだ、ということを、きちんと理解することが出来るようになった。だから今では、こんなことをしたら嫌われるだろう、と思われることも必要であればやるし(仕事上でのことですが)、好かれようと思って行動することは少なくなっていったと思う。
完全に変わったと言い切ることはできないけど、少なくても昔よりはましになっただろう。
人間の悪意というのは、底が知れない。悪いことを考える人間は、とにかくどこまでも深く深く潜っていくのである。そこまでいかなくても、巧妙に悪意を隠し持っていることだってある。そういう人すべてからも好かれようだなんて、なんてアホなことを考えていたのだろうな、と思う。
しかしまあ、仕事のことで何か不満や問題があるとすぐ上司に突っかかってしまう性格でもあるので、どうなんだよ、と思われそうですが。こんな性格だから、サラリーマンにはなれないんですよね…。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は、<ひきこもり探偵>シリーズと呼ばれる、探偵鳥井と相棒坂木の、シリーズ完結編です。いろいろとあって対人関係がうまくこなせなくなり引きこもりになってしまった、天才的な頭脳を持つ鳥井と、そんな鳥井の側にずっといて、何かと支え続けてきた坂木の物語です。
細々とした問題を解決しているうちに、相談事が持ち込まれるようになった鳥井だが、この日も鳥井の頭脳目当てで二人の老人がやってきた。一人は鳥井も坂木も顔なじみの木村栄三郎、そしてもう一人は栄三郎さんの幼馴染だという高田安次郎だった。
高田さんの相談事というのは、彼がボランティアで働いている動物園で虐待された野良猫がよく見つかるのでどうにかならないか、という話だった。まあもっとも高田さんの相談は、そんな傷つけられた野良猫を見て哀しんでいる、同じくボランティアの可愛い女の子を元気にしてあげたい、という下心つきなのだけど。
動物園に行き調査を開始する鳥井だが、ちょうどそこで坂木は、一番会いたくもない人間と遭遇してしまう。鳥井と坂木の過去を逆なでするような人物との遭遇は坂木の心を曇らせてゆく。
野良猫の虐待事件と平行しながらも、交番勤務の友人滝本の悩み事や、安次郎さんが執心しているボランティアの女の子の抱える問題、そして鳥井自身の過去などが織り成され、これまでシリーズに出てきた主要な登場人物を勢ぞろいさせながら、物語は終焉に向かっていく。
というような話です。
完結編に相応しい内容だった、と思います。これまで、ポツポツとしか語られることのなかった鳥井の過去が充分に描かれるし、これまで出てきた登場人物が、なんらかの形でなんらかの意味を与えられながら登場してきて、また最後に、鳥井と坂木が新しい形の関係を目指そうとしていたりで、終わりに相応しい形だったと思います。
本作は、本シリーズ初の、そして著者初の長編なわけだけど、もちろん面白かったです。野良猫の虐待事件だけだったらちょっと微妙だったかもしれないけど、他にも平行していろんな人間関係のもつれや問題なんかが描かれ、また美月なんていうなかなか面白いキャラクターも出てきたりして、面白かったと思います。また、いつもこのシリーズを読んでいて、「ちょっとなぁ」、と思わされてきた、BL的な部分も、本作ではほとんどなくて、僕としてはよかったな、と思います。
相変わらず出てくる人間は優しくて心が綺麗な感じで、でも優しすぎず綺麗過ぎないところがすごく心地いいです。本作中にこんな言葉があって、

『ぼくの周囲には、笑顔の価値を知っている人が多い。』

なるほど、なかなかいい言葉だな、と思ったりしました。鳥井と坂木の周囲には、鳥井によって呪縛を解かれた人間がたくさんいて、彼らももともとは何らかの問題を内側に抱えていたわけです。そういう、笑顔を見せることができなかった自分、というものをきちんと知っているからこそ、笑顔の価値を知ることが出来ているのだろうな、と思います。
そういえば本作を読んで、講談社新書の「他人を見下す若者たち」という本を思い出しました。読んでないので内容は知らないですけど。
解説が、「しゃばけ」シリーズで有名な畠中恵というのも、なかなか豪華な話ではないかと思います。
是非シリーズを通して読んで欲しい作品です。今でも結構注目されてるけど、これからもっと注目されていく作家だろうと思います。今のうちにチェックして見るのもいいかもしれません。

坂木司「動物園の鳥」


動物園の鳥文庫

動物園の鳥文庫
 

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