家事の嫌いな人間にとって、料理・掃除に加えて、洗濯というのも非常にやっかいな存在である。僕は、もう家事が大嫌いな典型みたいな人間なので、もちろん料理も掃除も洗濯も嫌いである。
しかし、料理や掃除はまあまだ別にいいのである。料理は自分だけが食べるわけで人に迷惑を掛けるわけではないし、我が家のように誰も来ないような家の場合、家の綺麗度というのも自分にしか影響しないわけで、人に迷惑を掛けるわけではない。
しかし、洗濯というのはそうもいかないのである。洗濯の場合、しないでおくと自分以外の人間に迷惑が掛かる可能性がある。僕はたぶん体臭とかそんなにない(今まで誰にも特に指摘されたことがないからそう思っているだけだけど、楽観しすぎだろうか?)と思っているわけで、まあ多少は大丈夫かなぁ、と油断してはいるのだけど、しかしやはり洗濯をしないのはまずいだろう。
しかしだ、しかしどう考えてもめんどくさい。
僕の場合、家に洗濯機がないので、すぐ近くにあるコインランドリーで洗濯をするのだけど、まずそこまで行くのがめんどくさい。しかも、コインランドリーの洗濯機は、なぜか一回250円なのである。しかも50円玉をきちんと用意しなくてはいけなくて、財布に50円玉がないような場合には、わざわざ飲みたくもないジュースを買ったりしなくてはいけないのである。
あぁ、思い出すだけで洗濯というのは嫌である。
まあ、乾燥機で一気に乾かせるのはすごく楽だけど、でも割と乾燥機を多用すると服が縮んだりとかしてそれはそれでめんどうだし、そもそも何と何を一緒に洗っちゃダメで、そもそもこれは普通に洗っちゃダメで、みたいな知識がゼロなので、とにかく適当に放り込んで洗濯しているのだけど、以前に一度、色物のTシャツと白っぽいワイシャツ的なものを一緒に洗ったら、もうばっちり色が移ったりして、おいおいみたいなことがあったりしました。
だから、基本的に洗濯とか嫌ですね。しなくていいならしたくないです。いやまあそれは誰だってそうかもしれないけど、基本的にめんどくさがり屋な人間としては、日常的な行為で、洗濯ほど憂鬱なものはないと断言してもいいのではないかと思います。
まあそんな人間のためにクリーニングがあるんだろうけど、でもやっぱりクリーニングというのは、日常的な洗濯を預けるようなところではないですよね。汚れが酷かったり、普通には洗えなかったり、季節モノをしまう前(あるいは着る前)とかだったり、そういうちょっと特別な場合にクリーニングをする、というイメージがありますね。
実際、今まで一度もクリーニング屋に行ったことがないです。僕はサラリーマンじゃないので基本的にスーツを着ないわけで、そうなると別にクリーニングに出すような服とかないんではないか、とか思ったり。あったとしてもめんどくさくて行きたくないけど。大学入学時に買って、その後いろんな場面で着ていたスーツを一着持っているのだけど、それも自分ではクリーニングに出した記憶がまったくないですね。どうしてたんだろうなぁ。
あぁホントに、この世の中から洗濯という概念がなくなってくれればいいのに、とか思います。ほら、お米だって「無洗米」とか出たりするじゃないですか。だから服とかでも、「無洗服」みたいなのでないですかね。洗わなくても10年は着れる、みたいな服。そんなんがこうユニクロとかから発売されたら、絶対買うんだけどなぁ。でもやっぱり、本当に「無洗服」みたいなものが発売されても、やっぱ洗っていない服というのは、周囲の人間からすれば嫌なんだろうなぁ。いくら洗わなくてもいい、と言われていても、きっと社会的な視線的に洗わなくてはいけなそうな気がします。
本作中に書いてあったんだけど、日本では湿気が多いから基本的には服を洗わなくてはいけないけど、欧米は乾燥していて、基本的に服を洗うことを考えていないみたいです。羨ましいです。僕も欧米に引っ越そうかな。まずその前に言葉の壁が…。言葉の壁を越えるくらいなら、洗濯の一つや二つ我慢しろ、ってことですよね。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は、4作の短編が収録された連作短編集になっています。まずは設定から。
新井和也は商店街によくある町のクリーニング屋の息子である。寡黙な父と凄腕のアイロン技術を誇るシゲさん、カウンターを仕切る母と松竹梅のチャーリーズエンジェルおばさんというメンバーで、「アライクリーニング店」はなんとかここまでやってきた。
しかしある日突然父が死に、アライクリーニングに危機が訪れた。ちょうど就職が決まらずブラブラしていた和也が、父親の担当だった集荷・配送業務を請け負うことで、なんとかアライクリーニングは再開することになった。
しかし和也が店を手伝うようになってから、どうにもおかしなことが起こる。そのおかしなことを、喫茶店「ロッキー」でバイトしている友人沢田にちょっと話すと、たちどころに謎を解いてしまうんだ。
そんな、クリーニング店を手伝いながら謎に遭遇する和也と、その謎を解いてみせる沢田の物語である。
それぞれの内容を紹介しようと思います。
「グッドバイからはじめよう」
集荷でいろんな家を回るようになったのだけど、河野さんという人がちょっとおかしい。以前はつっけんどんな感じだったのに、今ではなんだか親しげに話し掛けてくる。集荷の時だけでなく町中で会っても話し掛けられ、肉屋とか米屋の場所を聞かれたりする。クリーニングに出す服もこれまでと変わってきたし、そもそも家で洗濯すればいいものが増えてきた。集荷の時間も今までは午前中だったのに、今では夕方だし。そういえば、最近奥さんの姿を見てないような。
そんなある日、河野さんの家の子供にあることを頼まれたんだ。
次に回収した洗濯物、洗わないでね、って。
どういうことだよ、それ?
「東京、東京」
卒業式でひっさしぶりに会った中学の同級生である糸村のところに何故か行かされることになった。なんでも糸村は今一人暮らしをしているのだけど、毎週末は実家に帰ってくるという約束を破ってしばらく帰ってこない。しかも、帰ってこない間に服装が変わったりしている。だからちょっと偵察してきて、と糸村のおばさんに頼まれた結果である。
そんなわけで糸村の家を尋ねるのだけど、糸村の対応はなかなかそっけない。一度など、「クリーニング屋は信用してない」とまで言われてしまう。しかも、見るたびにどうもファッションがおかしくなっているような気がする。昔はスカートばっかりだったのに、最近はパンツ姿ばっかだな、とか。
糸村に何があったんだろう?
「秋祭りの夜」
バニーガールとか布地の極めて少ない際どい服なんかをよくクリーニングに出す、渡辺さんというお客さんがいる。皆で、何の仕事をしてるんだろう、と話題になるのだが、でもまあ恐らく水商売でしょうね、というところに落ち着く。
渡辺さんはよくわからない人で、昼間の公園をうろうろしているかと思えば、二日酔いで機嫌が悪かったり、またある日など、衣装に酒をかけられたと言って大慌てで僕を追いかけてきたこともある。
渡辺さんは、一体何をしてる人なんだろう?
「商店街の歳末」
商店街で、持ち回りで火の用心の夜回りを冬恒例でやるのだけど、その時期が近づいてきた。そんなある日、糸村が最近この商店街に幽霊が出るのだ、という話を持ってきた。なんども、商店街の角に潜んでいて、声を掛けるとすぐに逃げ、あっという間に姿を消してしまうのだという。
そういえば、なんだかシゲさんもおかしい。店に集まってくる服を見て「嫌がらせか」なんて言ったり、体調が悪そうでもないのに散歩に出なくなったり、どうしたんだろう?
というような感じです。
<ひきこもり>シリーズの坂木司の新作で、なんとなくシリーズになりそうな感じもする作品なので、新シリーズスタート、という風に書いてしまいましょう。
基本的な形態は同じで、連作短編で日常の謎系なんだけども、この話もすごくいいですね。
まず何がいいかって、クリーニング屋である必然性のある話ばかりだ、ということですね。クリーニング屋というところからどう話を展開させていくのか読む前まで全然わからなかったのだけど、クリーニング屋独特の不思議みたいなものがきちんとあって、どの謎も、最終的には服あるいはクリーニング的なものに帰着して解決を見る、というストーリーが、本当にうまいなと思いました。これが、舞台だけクリーニング屋で、話自体クリーニング的なものとはあんまり関係ないものだったらここまでいい作品にはなっていないのだろうけど、作品自体と舞台がきちんと結びついていたのですごくよかったです。
また、古き良き商店街みたいな雰囲気をきちんと出していて、こういう雰囲気は実際僕は苦手なのだけど(ちょっと近すぎる感じがするんです)、でも読んでいる分にはその商店街の雰囲気というのはすごくよくて、人やストーリーだけでなく、きちんと「町」を描いているなと思いました。
登場人物もみんないい感じで、しかも読んでいくうちにどんどん人物像が厚くなっていく感じです。なんというか、きちんと細かいものを積み上げた結果出来上がる繊細さみたいなものがそれぞれのキャラクターにあって、そういう分かりやすくないところが僕はいいなと思いました。
一番いいのはやっぱり沢田で、沢田のようなふわふわとした生き方には結構憧れますね。もちろん、沢田の推理力なんかにも憧れますけど。沢田は、周囲の人間と適度に距離をとっていて、そういう生き方しかできない人間なのだけど、そういうのもすごくよくわかるし、読んでて沢田がすごくよかったなと思いました。
さてまあ、このシリーズがこれから出るのかどうかは分からないけど、期待しましょう。じんわりとした優しさがしみこんでくるような作品だと思います。結構オススメです。読んでみてください。
坂木司「切れない糸」

切れない糸ハード