2007年02月25日

魔的(森博嗣)

ハイウェイを暴走する光景が見える
煙草は運悪く切れていた
洪水の夜にはもってこいのステップ

海は夜と同じくらい黒く
鮮血のように美しい赤色の印象とともに
雪が降る夜は

彼女は、自分にとってどんな存在だったのか
あとはもう壊れるばかりだ
人はテレビのリモコンのように
人間に要求される

真の静寂の一瞬
人間はたくさんの生命の集合体ではないだろうか
閃光が頭の中に
なにも残らない

知っている?
これも、装飾
この空間に自分はもういないと思った
架空の冒険

アスファルトの歩道を行く
君は笑いだした
明きの夕暮れという境遇は
この場所だ

夜中に歩道橋を渡った
雨上がりの街は暗く霞んでいる
冷たい湿った空気が

人間ってどうして倒れないのだろう
彼女の目は瞬きもしなかった
これでは人形だ

風を見て
振り落とされないようにしがみついた

夢の中ではいつもロープウェイに乗る
夜中に目が覚めた

椅子から立ち上がって出ていこう
あのひとときが脳裏に蘇る
ベッドで横になると涙が溢れ出たという
そうかもしれない

短い夏が終わった
荷物を背負ったロバが歩いている
起きているのに目を瞑りたい
ときどき

砂時計
これが普通だろうか
過去のどこを探しても間違いはなかった
生きている顔と死んでいる顔

風に導かれ異邦の地に
欲しいものは十月の神秘よりも

柱に刻まれたイニシャルは
皺のある太陽と
これこそ少数にして残された墓地

極に引かれる数奇な力と
少し赤みがかって見えた月が
じりじりと照りつける無慈悲な日差し

異国のオイルの香り
僕らはまた夜の街へ出る
淡々と落ちていく
人の思考は闇に浮かんでいる

朝はまだ冷静と憔悴の間にあって
顔をしかめ

冷たいスリッパ
草木たちは拝跪する

喘いだのは誰だったのか
いつも通る道でも
細くなるほど流れは速く
引き金をひき
戦おう

目覚めたときには犬の死骸がなくなっていた
シートで眠る彼女の顔
消える浮かぶ蘇る
さがしみつけ

死のうとして死ねなかった友と
連側にして滑らかな曲線は
遠い声が運んでくる
地層はななつ

さびたカミソリの仄かな紅は
恋人よ
走るために生まれてきた
繰り返すアルカロイド

君はもう眠っている
ごらん
浮いてみせよう

くみくみと思考し
ねえ、怒らないでダーリン
飛べないことを
電気みたいに純粋な
そこにあるものが
走れば巡り進めば戻る


詩とは飛躍だ
詩とは省略だ

詩は世界を創り
詩は世界を壊す

時間を消し
物語を消し
意味を消し
正義を消し
感情を消し
そうして詩が生み出される

詩は残る
風に乗って
詩は届く
風を超えて
詩は戦う
風に向って
詩は壊す
風を凌いで

そうして生み出された詩が
僕の手元にある

内容に入ろうと思います。
説明しておくと、冒頭で書いた「ハイウェイを暴走する光景が見える〜走れば巡り進めば戻る」の部分は、本作のすべての詩の冒頭を全部そのままの順番で繋げて書いたものです。決して僕が考えたわけではありません。行の空け方は、まあ文章の繋がりなんかを考えて、妥当な感じで僕が勝手にやりました。
さてというわけで、本作は森博嗣の唯一の詩集です。森博嗣は、講談社ノベルスの開きのページに詩を書いたりなど、作品としてまとめなくても詩はいろんなところでちょくちょく発表していたのだけど、詩集というと確かに本作だけだなと思います。
全部で86編の詩が収録されています。
僕は基本的に詩心みたいなものはないので、全般的には難しいなという印象を受けました。詩は読むものじゃなくて感じるものなんだとは思うんだけど、読んでてどうもしっくりこないものが多かったです。つまり、僕が森博嗣に追いつけないというだけの話なんですが、そんな感じでした。
それでも、これはいいなぁ、というものはもちろんありました。何故いいと思ったのかという理由は表現できないですが、いいなと思った詩を抜き出してみようかと。

「夢を知っている?」
知っている?
大地は丸くなんかないのを
レンガの工場があるね
緑色のペンキはどうしたって剥がれるよ
煙突が突き出ているね
低い樹と大きな石ころは全部、大地のおまけ
白い教会が見える?
ほら、見えるだろう?
もう、わかった?
全部、おまけなんだ

「ロケットに乗ってやってきた」
人間ってどうして倒れないのだろう
倒れやすい形なのに
一番不安定な形なのに
何故か人間だけが立っている

自分が自分で考えているという幻想
自分が自分で立っているという幻想

僕はゆっくりと目を開ける
一瞬にして宇宙から帰還する
躰の存在を感じ
気持ちを掴む
血液は慌てて流れ始める
僕は、僕の形をしてロケットに乗っている

「人間が恐いのは何故」
ときどき
自分でもばらばらに思考している
と思えるときがある
手が触る自分の肌に感触がないことがある
恐ろしい
そういう感覚が一番恐い

たぶん、そこに人間がいることが恐い
触れたものが人間だったことが恐い

「刻まれたイニシャル」
柱に刻まれたイニシャルは
プラトニックな伝統か
累積した友への愛欲か

斜めに唾を吐くステンレスは
聖者特有のスピードか
神霊に委ねられた裁きか

凍ってしまったアスファルトは
地下道を抜けてくる邪心か

それとも
迷い迷って頭を抱え
ぱっくり音を立てて弾け飛ぶ
おまえか

「ガラスのオレンジ」
皺のある太陽と
ナイロンの靴下
あるいは涼しい拒絶と
そして涼しい拒絶
招待状は花束と
ひびの入ったガラスのオレンジ
死のうとして
けれど
死ねなかった角砂糖

「しくしく思考」
くみくみと思考し
ていていと微笑した
あのとぶとぶの毎日を
夢に見るすりすりは
せめてぶおぶおのように
それともきまきまでも良いから
どうしてもぐっぱぐっぱで
できればぎまぎまになって
立派にゆぐゆぐすることを
今日もお願いしますますでした

どうでしょうか?

あと何編か、これまでのシリーズ作を彷彿とさせるような詩もありました。例えば

「間違いはなかったか」
過去のどこを探しても間違いはなかった
どこへ戻ってもきっと同じ道を選ぶだろう
後悔することがあるとすれば
他人を許容しようとしたこと

心残りはそれだけ
それはもう肌に刻まれたものと同じ
その蟠りだけが余熱のように残る

決して消えることがない
消えてほしくない


これなんかは、真賀田四季が出てくる何かの作中で、ほぼ同じような文章を見たような記憶があります。気のせいでしょうか?

あとは、

「灰皿」
引き金を引き
爆音
彼女の躰が弾んだように見え
残像
衝撃が伝わって
残響
火薬の匂い
白煙
彼女はもう動かなかった

僕はゆっくり近づき
肘掛け椅子
そして灰皿

「飛ぶと飛ぶ」
飛べないことを
知らない連中が
飛んでいるのだよ

生きられない理由を
知らない連中が
生きているように


というこの二編なんかは、なんとなく「スカイ・クロラ」を彷彿とさせないでしょうか?どうだろう。

森博嗣は自身の日記の中で、薄い本はそれだけでよく見える、という風に書いていました。また、もしもうすぐ死ぬということがわかっていれば、本作を手に取って数ページ読むかもしれない、という風に書いていました。
一編一編ゆっくりと読み進めて行くのもいいだろうし、一通り読むことを何度も繰り返してもいいでしょう。合う合わないはかなりあると思いますが、それは森博嗣に限らずどの詩集でも同じだろうと思います。興味がある人は手に取ってみてください。
どうやら元本には写真がついていたようだ。文庫版では写真はない。なんとか元本をどこかから手に入れられないだろうか。

森博嗣「魔的」


魔的文庫

魔的文庫
 

この記事へのトラックバックURL

http://blogs.dion.ne.jp/white_night/tb.cgi/5152373
この記事へのコメント
 3回目でしょうか。適当に検索していたらたどり着きました。何かの縁を感じるのでカキコミします。

 写真の載っているほうは絶版なのですね。実は持っています。
 何気ないものが写っているのに奥が深い写真。
 「さすが森博嗣!」って感じです。
 
 yahooオークションで出品されているようです。
Posted by mana at 2007年09月10日 18:15
清涼院流水という作家がいるんですけど、この人は一度会った人の名前は決して忘れないのだそうです。ホントかどうかは知りませんが、ホントならすごいですよね。
で何を言いたいかと言えば、僕は人の名前を覚えるのが最強に苦手なわけで、manaさんの名前もおぼろげに記憶にありますが、しかし何の感想にコメントしてくれたのかとか全然思い出せません。すいませんです!

やっぱり写真が写っているものの方がよかったですね。
あと欲しいものと言えば、「アイソパラメトリック」の親本ですね。これもネットオークションで高値で売られているみたいですけど。

検索して僕のサイトに辿り着くってのは、僕としては嬉しい限りですね。まあ細々とやっていますが、気が向いたら覗いてみてください。
Posted by 通りすがり at 2007年09月11日 02:59