最高です。まじで最高です。本当に読んでよかったと思える作品です。本当に是非読んで欲しい一冊です。
乙一は、俺の知っている限り二作しか長編を出していないと思います。「暗いところで待ち合わせ」と本作「暗黒童話」です。どちらも素晴らしい出来で、出合うべき作品です。
乙一は短編のホラー作家だと言われます。確かにホラーという分類は間違っていないように思いますが、他のホラー作品、いわゆる「リング」「らせん」とかそういった感じの作品ではまったくありません。
先にあらすじ的なものを紹介しておきましょう。
女子高生の菜深は、ある日突然の不幸から左目と記憶を失ってしまいます。臓器移植により死者の眼球を移植したの菜深。しかし記憶は元には戻りません。以前と変わったと、周囲から孤立していく菜深。居場所をどんどん失いつつありました。
菜深には、眼球の移植後から不思議な映像が見えるようになりました。それも左目だけにです。きっかけとなる何かが視界に入ると突然流れ出す映像。そしてある時菜深は気づいてしまいます。
これは、左目が記憶していた映像だ、と。
映像を手がかりに菜深は眼球の提供者の生前住んでいた町に辿り着きます。記憶をなくしてから味わうことのなかった人の温かさに思いがけず触れ、菜深の心は安らいでいきます。
でも菜深はその町へ、ある決意を持って再び赴くことになるのです。そう、提供者の意志を継ぐかのように菜深は行動していく・・・
というような話です。
はっきり言って怖いです。でもその怖さはなかなか表現できないほど新鮮なものです。
怖い場面も優しい場面も同じく淡々と描いているから怖いのかもしれない。悪く言えば抑揚のない文章ということになるのかもしれないけど、その平板で起伏のない文章で描かれる彼の物語というのは、やはり圧倒的に怖い。
こういう状況を想像してほしい。
あなたは学校へいつも同じ道を通っていきます。毎日少しも変わらずに。ある日、学校に着くと、一人の男があなたにこう言いました。
「今日、お前がいつも通る道に地雷を仕掛けていたんだ。踏まなくてよかったな」と。
乙一のホラーには、そういう怖さがあります。確かに、何か怖いものに直面する怖さというのもありますが、ふと気づくと目の前まで近付いていた、というそういう恐怖感の方が強いです。目隠しをして歩かされ、止まったところで「お前の一歩先は崖だよ」と言われるような、そういう恐怖感。
怖がらせよう、という意図を持って描かれたホラーではなく、何故か怖い話になってしまった、みたいなそんな感じ。だから、普通のホラーのような、ああこれで怖がらせようとしてるんだな、的な場面はない。
そしてさらにすごいことにミステリーでもある。乙一はホラー作家として浸透しているから、彼の作品を読むときは、ホラーなんだろうな、というモードで読むから、ミステリーでもあることがわかった時の驚きは普通のミステリーを読む場合の二倍にも三倍にもなる。この作品は紛れもなくミステリーでもあって、美しくまとまっている。
この作品、いろいろ理由はあるけど、映像化して欲しくない。その一番の理由は、映像にした場合との「怖さ」の質の違いがあまりにも大きいと思うからだ。
映像にしたら確かにこの作品は怖い作品になるだろう。でもその「怖さ」は、どう想像しても文章を読んで感じる「怖さ」とは異なるように思う。映像的なおぞましい怖さではなく、この話には上品で美しく優しい怖さがあり、それをなかなか映像的に表現するのは難しいんではないかな、と感じてしまう。文体や文章の感じを映像に転写できないと思う。
この感想を読んで惹かれなくても、とにかくこの作品は読んで欲しい。それぐらいいい作品だと思う。分量も短いし、文章もとても読みやすい。難しい言葉や想像しずらい横文字なんか出てこないで、本当に普通の言葉で文章を綴っている。それでいて凡庸な文章でない点が素晴らしい。
とにかく、本当にお勧めです。是非読んでください。
ちなみに、この作品には「アイのメモリー」というのがあるんだけど、それもいい話です。
乙一「暗黒童話」
暗黒童話集英社文庫