2007年04月07日

ロン・グッドバイ(レイモンド・チャンドラー 村上春樹訳)

哲学を持って生きるというのは、本当に難しいものである。
それは要するに、例外を認めない、ということである。これが、どれだけ貫くのに大変なことであるかというのは、大抵の人が日々の中で実感できているのではないか、と思う。
タバコは吸わないと決めても誘惑に負ける。浮気はしないと決めても誘惑に負ける。法律を守ろうと努力しても時に間違える。平等であろうとしても時に間違える。僕らの人生は、そんなことの連続である。
僕も自分の中の哲学として、理不尽なことには抵抗し、理不尽な言動はしない、というものがある。僕は、ありとあらゆる意味で理不尽さを許容することが出来ないので、意味があるかないかは別としてとりあえずそれには真っ向から反抗するようにしている。権力だの命令だのというものが大嫌いで、そのせいで僕はサラリーマンになることは不可能なのだけど、今いるバイト先でも、折り合いをつけつつも理不尽さには常に抵抗をしているつもりである。
また、理不尽なことを自分からしないということも気をつけているつもりではある。自分が厭だと思うことは人にはしない、ということを実践しているつもりである。
しかしどちらにしても、必ず出来ているかと言われると自信がない。時として、理不尽さに屈しているようなこともあるし、また理不尽な言動をしてしまうこともある。その度に後悔はするのだけど、しかし反省が追いつかないのでうまくいかないのである。
恐らく皆さんも、同じようなことを常に感じているのではないかと思うのである。社会の中に身を置いたときに、自分の理念なり信念なり哲学なりを常に貫き通すことは本当に難しい。守るべき何かがあったり、失うわけにはいかない何かがあったり、闘うべき何かがあったりするような時には自分の何かを曲げなくてはいけなくなってしまうだろう。もし、自分の哲学を常に貫き通すことが出来ていると言う人間がいるとするならば、その人は社会通念の中で生活をしていないか、あるいはどこまでも自己中心的なだけなのであろうと思う。
例外、あるいは逃げ道と呼んでもいいと思うが、そうしたものを常に抱えておくということが、生きるということのもう一つの側面なのかもしれない。脇目も振らずにただひたすら同じ方向だけを見つめて走り続けるのも悪くはないが、しかしそれだと、目の前に大きな壁が立ちはだかった時に回避することが出来なくなってしまう。あるいは、後ろから誰かに追われているような場合、追われ続けなくてはならないことになる。
僕らは、そうならないことを心のどこかで切に願いながらも、しかしそうなる予感をどこかに秘めている。もし目の前に壁があったら、もし後ろから何かが追いかけて来たら。そう考えるだけの余地を残すために、曲げやすい部分を自覚しているものなのだろうと思う。
しかし、細い針金を曲げたり伸ばしたりということを繰り返していく内にいつの間にか捩れきれてしまうように、あまりにも曲げてばかりいると、いつか哲学そのものが崩壊してしまうことになるだろう。それは、人間一人の存在を容易く奪い去るものであり、多くの場合、恐怖の対象であるだろう。
社会というものに合わせて、曲げなくてはいけない部分は多々ある。僕はなるべく曲げずに生きて行きたいと願ったのだろう、社会からはドロップアウトすることになったが、しかし生き方としてはまずまず悪くない。時に例外はあるが、しかし概ね自分らしさを貫きながら生活を出来ていると自覚することが出来る。悪くない。
自分の中の哲学を完全に貫き通して生きたら、一体どうなるのか。その答えが、本作の中にある。フィリップ・マーロウという一人の私立探偵が、その生き方を体現しているのである。
読んでいて思うのは、フィリップ・マーロウのような男は社会に存在し得ないし、やはり哲学を貫き通して生きていくことはこの上なく困難を伴うものなのだな、ということである。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は、もともと50年以上前に発表された作品です。レイモンド・チャンドラーという、今となっては伝説的な作家が残した、フィリップ・マーロウという私立探偵が活躍するミステリであり、同時にフィリップ・マーロウが登場する作品の中で最も素晴らしい作品であると衆目の評価が一致している(らしい)作品です。その作品をこの度、村上春樹が新訳という形で発表したものが本作です。
私立探偵をしているフィリップ・マーロウは、ある夜一人の男と出会った。顔に生々しく残る整形手術の跡と総白髪というある種奇妙な出で立ちでマーロウの目の前に現れた男は、テリー・レノックスと名乗った。かの有名な大富豪の娘と結婚した男で、しかし事情があって今は別れているという。酒に溺れ、ボロボロの生活をしているようだ。
マーロウはいくつかの場面で彼と関わり、時には助けてやった。マーロウは彼に、何故かは分からないが親近感のようなものを感じ取っていたし、それは向こうも同じであったようだ。
ある日レノックスはマーロウの部屋を訪れ、空港まで送ってくれと頼んだ。銃を持っていた。マーロウは何も聞かず、何も言わないように釘を刺して、彼の望む通りにした。
その後レノックスは、妻を殺した容疑を掛けられたまま、あるホテルの一室で自殺したと伝えられた。
その後マーロウは、酒びたりのベストセラー作家の妻からの依頼に直面することになる。マーロウはその依頼を断り続けるのだが、しかしなんだかんだと関わることになってしまう…。
というような話です。
さてまず内容に移る前に、なんというか愚痴です。
読むのに時間掛かったぞ〜〜〜。
ふぅ。
本作は、ハードカバーで500ページ以上とそれなりの長さの作品ではあるのですが、しかし分量だけ考えれば普段の僕なら二日もあれば読める作品です。うまくいけば1日半とかで読めるかもしれません。
しかし、たぶん四日は掛かりました。
これは、作品の内容がどうこうという話では恐らくないのだろうと思います。僕が思うに、作品内の時間の進み方が遅いせいだと思います。
僕は基本的に古典作品が苦手なのだけど、その理由は偏にそれが理由だと思います。作品内の時間の進み方が遅い、つまり展開がゆったりしているということで、だから読んでいてものすごく時間が掛かります。たぶんだけど、本作と同じような内容の作品を今のミステリ作家が書くとすれば、分量は半分くらいになるのではないでしょうか。恐らく、それくらい展開が遅く感じられるということです。
やはり今出版されている本の展開のスピードになれているせいか、読むのにおっそろしく時間が掛かりました。かなり誤算です。
さて、というわけで内容ですが、まあよかったと思います。手放しで褒められないのは、やはり読むのに時間が掛かった、つまり展開が遅かったというところがあるわけですが。
何よりも素晴らしいと思うのが、文章です。もちろん、村上春樹が訳しているからということもあるのでしょうが、そういう表面的な部分ではないところでも、文章が非常に村上春樹に似ていると思います。つまりこれは、村上春樹がレイモンド・チャンドラーに大きく影響を受けたということだと思いますが、本当に村上春樹の作品を読んでいるような感じがしました。登場人物のあり様みたいなものも村上春樹の作品に出てくるような人物ばかりで、セリフ回しなんかも似ていました。とにかく読んでいて、なるほど文章が突出してうまかった作家なのだな、と思いました。
ストーリーは、やはり平凡だと言わざる終えないでしょうね。しかしこの点はまあ仕方ないと思います。僕なんかは現代のいろんな本を読んでいるわけで、もうありとあらゆるパターン、ありとあらゆる展開みたいなものを読んでいるわけで、そういう中で、こういう捻りがそこまでない(現代の小説と比べると)ミステリを読むと、やはり平凡に感じられてしまうのだろうと思います。
読んでいてどうもわからないのはフィリップ・マーロウという存在であって、一向に彼が何を考えて行動をしているのかよく分からないです。巻末で村上春樹も、誰もフィリップ・マーロウを理解することは出来ない、みたいなことを書いていますしやはりそうなのでしょうが、これほどに理解されることを拒絶する主人公も珍しいな、と思いました。最近の作家では、坂木司のデビュー作からのシリーズに鳥井という探偵役が出てくるのだけど、これが非常に共感しにくいキャラクターで、解説でも誰かがそんなようなことを書いていました。そんなことを思い出しました。
巻末には、村上春樹の解説みたいなものが載っていて、大事なことは全部そっちに書いてあると思うのでそこを読んでもらうのがいいでしょう。評論家みたいな文章で、分からない部分も多々あったのだけど、レイモンド・チャンドラーという作家の偉大さについてはうっすら理解できたような気がします。
さて、本作を読んで僕が、フィリップ・マーロウが出てくるシリーズ作を読もうという気になるかと言うと、やはりなりませんね。もういいや、という感じです。本作も、やはり村上春樹訳であるから読んだというのが正しくて、レイモンド・チャンドラーの偉大さや良さみたいなものは正直僕にはきちんと伝わっていないでしょう。やはり外国人作家を読むのは難しいな、とは思いましたが。この作品はこの作品でいいとは思いましたが、まあそれだけです。
まあ、この本を誰かに勧めるかどうかと聞かれたら、やっぱり勧めないですかね。今の小説に慣れている人には、やっぱきついような気がします。しかし、日本のであれ外国のであれ、古典作品は好きだという人は大丈夫かもしれません。文章はすこぶるいいので、そういう意味で読んでみる価値はあるかと思います。

レイモンド・チャンドラー「ロング・グッドバイ(村上春樹訳)」


ロング・グッドバイハード

ロング・グッドバイハード
 

この記事へのトラックバックURL

http://blogs.dion.ne.jp/white_night/tb.cgi/5391336
この記事へのトラックバック
村上春樹のことや、関連する情報を紹介しています。
村上春樹のこと【村上春樹は全部読むっ!】 at 2007年06月01日 08:46
この記事へのコメント
ありがとうございました。そして、本当にお疲れさまでした(笑)。

時間の展開が遅い、というのは私世代の者にとっては大した問題ではなさそうですが、通りすがりさんが4日かかるということは…私なら一週間でしょうか? これはちょっと大変ですね。春樹訳の作品は、私が原作を読んでいないせいもありますが、村上春樹の作品そのものを読んでいるような気分になってしまう所が凄いですよね。海外の作品を跋渉して、ご自分の作品に取り込んだ結果でしょうか。『グレート・ギャツビー』もそうでしたが、最後の部分が(米国風と言えば言えますが)退嬰的な気がします。水面下の病んでいる部分が浮き彫りにされている感じです。

さて、私は一体どうしたら良いでしょうか。 読むべきか、否か? 迷いますねぇ。 しばし、検討したいと思います。

通りすがりさんには、感想を急かしてしまったようで、申し訳ありませんでした(ペコリ)。次は『手紙』のDVDですか。色々お忙しそうですね。私も先日のコナンの映画(劇場版)をDVDに録画したまま、うっかり忘れていたことを思い出しました。明日(今日ですね)は、これを観ないと…勿論ながら読書になります(笑)。だから、読んでも後に残らないのだ、と自戒していますが…。野球も目が離せませんし…、色々忙しいです(笑)。『みずうみ』は3分の2まで来ました。いつもより解りやすく、おもしろいです。

では、本当にありがとうございました!! 良い休日をお過ごし下さいね。
Posted by dradonworld at 2007年04月08日 00:45
こんばんわです。いや〜、これは本当に久々に大変でした。古川日出男の作品を読んでいる感じでした(なんていうとdradonworldさんは敬遠してしまうかもですけど 笑)

dradonworldさんは古典作品もよく読むみたいなので大丈夫だろうな、と思いました。だから、読むのに掛かる日数は、そんなに変わらないんじゃないでしょうか。僕は、古典作品は苦手なので(泣)

ホント、村上春樹の作品を読んでいる感じでした。登場人物のキャラもセリフも何もかもがまさにと言う感じでした。
しかし、難しい言葉を知ってますね。「跋渉」とか「退嬰的」とか…。うー、読めません(泣)。書くほうは苦手でも、漢字を読むのはそこそこ得意だと思っていたので悔しいです!なんとなく意味はわかりますけど…。

読むべきかどうかは、難しいところです。ちょっと検討してみてくださいね。
感想は、全然急かされてないですよ。自分の読書のペースと比べて明らかに遅かったんで、ちょっと勝手に焦ったりしてただけです。気にしないでくださいね。

「手紙」は観ましたよ〜。一箇所泣きそうになりましたけど、まあ普通でした。「東京タワー」の方が遥かにいいですね。
コナンは最新刊が出たのでばっちり買いました!唯一買ってるコミックです。ついにCIAまで登場して、これは小学生に理解できるのか?というような内容になりつつあります。しかし、DVDを観ながら読書とは、なかなかツワモノですね。頑張ってください!

いしいしんじは、とりあえず「トリツカレ男」を読みたくて探しているんですけど、なかなか見つからないですね。解り易いということなので、興味ありですね。

今「図書準備室」を読み始めましたけど、結構僕は好きかもです。終わり方次第のような気もしますが。

ではでは。お互いよい休日を、ということで。
Posted by 通りすがり at 2007年04月08日 03:17
こんばんは。やっと、読み終えました!!

やはり時間がかかりました。職場で忙しいことが続いたこともありますが、チャンドラー氏の描き方が原因でしょうね。ミステリといえば、アップテンポでグイグイ…という展開に慣れてしまっているせいか(私は、ミステリ好きではありませんが、泣)、冗漫な描写が長すぎました(泣)。
翻訳者である春樹氏の長い長い解説によると、
 >相関性は物語の中で自動的に、等比級数的に膨らんでいく。
  そのふくらみが自我のリアリティを、よりリアルに高めていくわけだ。
引用している内に、訳が分からなくなりました(泣)。

マーロウという私立探偵は、魅力的かも知れませんが、やはり不可解な人物ですよね。世間を敵に回し真相を発表したのも、単純な正義感からでもなさそうですし、義侠心(義憤)とも違うような…。
シニカルなユーモアは、春樹作品の登場人物にも通じますね。
最後のどんでん返しは、伊坂さんの『アヒルと鴨のコインロッカー』を連想してしまいました。ミステリの定番かも知れませんが。

春樹氏は、高校時代から繰り返し繰り返しこの作品をお読みだそうですが、私は恐らく今後再読することは無いだろうなぁ、と思いました。このような文体に馴染んでいないせいか、かなり辛いものがあります(泣)。『グレート・ギャツビー』との関連の話は、ちょっと興味を惹きました。春樹訳の作品では、短篇ですが『ささやかだけれど、役にたつこと』(レイモンド・カーヴァー)が好かったです。余り読んでもいませんし、憶えてもいませんので…。

話は変わりますが、通りすがりさんはお仕事に関しては「自信満々の鼻持ちならない」方なのでしょうか? それだけ一生懸命に、本屋さんの仕事に励んでいらっしゃる証拠ですよ。ご自分の得意分野がそのまま仕事に直結というのが、好いですねぇ。私の場合は…?得意分野がありませんので、何かダメですね(泣)。半分は公務員というのに、もう毎日雑役です(笑)。

さて、この長い話(確かにページから言うと、そんな長さではありませんよね。『うずまき鳥〜』の方が長いはずです)を読み終えて、次はどうしようか?です。加納朋子さんの『てるてるあした』か関口尚さんの『空をつかむまで』を読もうと思っています。
通りすがりさんとは読む本が重なりませんが、ご感想はいつも読ませていただいていますので…。

では、好いGWをお迎え下さいね。(気分は、もうGW突入です)おやすみなさい!!
Posted by dradonworld at 2007年04月27日 00:57
こんばんわです。ホント、ようやく、という感じですね。変な言い方ですけど、お疲れ様です(笑)

やっぱり結構キツイですよね、この作品。日本の古典作品を結構読んでいるdradonworldさんならどうかなと思ったんだけど、やっぱりダメでしたか。そうですよね。
僕もミステリはグイグイ展開していくイメージなので、やっぱこの冗長な物語はなかなかきつかったです。時間がなくて村上春樹の解説はちゃんとは読んでないんですけど、その引用部分の文章は、なんだか意味不明ですね。村上春樹の評論(?)はかなり高尚でついていけない感じがあります。

マーロウはちょっと親近感の持てないキャラクターですよね。まあそういう風に描いているんでしょうけど。村上春樹の小説に出てきそうだというのは思いますね。やっぱチャンドラーに心酔しているだけのことはあります。

僕は一度読んだ本はほとんど読み返さないのであんまり参考にならないですけど、でも僕もまあ再読はしないでしょうね。なんというか、どれだけ素晴らしい作品でも、いつもdradonworldさんが言っているように、初読ほどの感動を味わうことは難しいと思うので、そういう意味では村上春樹は素晴らしい本に出会ったのだな、と思います。
村上春樹訳の本だと、「最後の瞬間のすごく大きな変化」というG・ペイリーという人の本を持っていますが、当分読む予定がありません(泣)

僕は、はいそうなんです、仕事においてはかなり「自信満々の鼻持ちならない」奴なんです。納得のいかないことがあれば社員に文句を言うし(最近は「のれんに腕押し」であることにようやく気付いて冷戦状態ですが 笑)、自分の考えが正しいはずだ(つまり周りの人間が間違っていると考えるんですけど)と思って行動するし、許可も取らずに勝手に行動するしで、まあ酷いもんですけど、でも誰よりも店をよくしたいと思っていることだけは事実だと思っています。
まあ好きなことを仕事にして、僕の場合は大正解だと思いますね。普通のサラリーマンみたいな仕事とか興味持てないし、興味持てないことをやってても続かなかったと思うし。

僕の場合、知っていると思いますが先の先まで読む順番が決まっているので、次何を読もうかと悩むことはあんまりないですね。なんというか、悩んでいる時間すらもったいない、みたいな(笑)
でもあれですね、ホント読む本重ならないですね。思うんですけど、お互いこれだけ本を読んでいるのに読む本が重ならないって、やっぱ本って世の中にすごい量あるんだな、と思います。びっくりしますよね。なんか本を読むのは孤独だなぁ、とか思ったりしました。
いつも感想を読んでくれてありがとうございます。僕の感想は、長い上によくわからないことを書いているので読むのが大変でしょうが、これからもよろしくお願いします。

ではでは。って、dradonworldさんもしかして28日からずっと休みとかですか?僕は、5/1・2は普通にバイトに行くので、まあ3日〜6日の四連休とかですかね。まあそれでも、休みすぎだなぁ、とか思うんですけど。なんというか、休日を過ごすのが下手だったりします。
Posted by 通りすがり at 2007年04月27日 02:58
こんにちは。

GW初日ですが、こちらは生憎午後から雷雨、やはり読書日和ですね(笑)。最近BSで午前中からメジャーリーグを放映していますので、我が家のTVは昼夜の区別なく、野球を映しています(音は消していますので、時々進行状況を確認するだけですが)。

この本の春樹氏の解説を再読してみましたが、なるほど!と思える部分も散見しました。こんなに長い解説(しかも、非常に真摯な)をお書きになるのは珍しいのでは?と思います。
まず、チャンドラーとフィッツジェラルドの対比(『ロング・グッドバイ』と『グレート・ギャツビー』ですが)が、興味深かったです。『ロング〜』の準主人公のテリー・レノックスとギャツビーの共通点について触れていましたが、共に暗い影が感じられます。それはレノックスの場合は従軍時の顔の損傷、ギャツビーの場合明確な説明はされていませんでしたが、闇の世界に通じていて虚飾に満ちた生活が営めたことに依ると思います。物語に登場するのは、いわば傀儡のような存在でしょう。水面下の部分が、非常に暗く深いわけです。ここに漂う「喪失感」は、もう春樹氏の独擅場(どくせんじょう、でしたね。笑)です。

次に春樹氏が挙げていたのはプロット以外の部分の愉しさです。この部分が氏は大きな醍醐味とお書きですが、通りすがりさんも私も冗漫(=余計?)な部分に思えて、なかなか読み進めない原因になっていました。原訳(清水俊一氏)では、この描写がかなり削られているそうです。この時代は、本筋から外れたことなどどうでも良い、という考えが主流だったらしいです。が、春樹氏はその部分に(も?)、力を注いだそうです。氏の小説のあれこれが、浮かんできそうな話ですね。

アメリカって病んでいる国なんだなぁという考えが、チラッと頭をよぎりましたが、やはりハードボイルドの生まれる土壌なのでしょう。(勝手な推測ですが…)

では、余計なことかも知れませんが、通りすがりさんは解説は余りお読みにならなかったそうですので、おばさんのお節介ということで流しましょう(笑)。

今日は『大きな熊が来る前に、おやすみ』(島本理生さん)を読みました。ちょっと苦い短篇の恋愛小説(3編)でしたが、最後の一話で救われました。何か、読む本が滅茶苦茶です(泣)。読書計画などありませんので、全くのきまぐれ、ということで…(泣)。

Posted by dradonworld at 2007年04月28日 17:28
こんばんわです。朝はすごくよく晴れていたのに、突然でしたね。バイトから帰る頃には止んでいたのでよかったですけど。
野球は好きなんですか?もしかして、松坂とか投げてます?

村上春樹による解説はかなり珍しいですよね。でも、「キャッチャーインザライ」でも解説を書こうと思ったのだけど、向こう(アメリカだかの権利者ですかね)と折り合いがつかなかったようで、断念したみたいなことが書いてありました。結構実は書きたいのかもしれないですね。

村上春樹ほど深く深く読んでいればやっぱりそういうことも感じられるのですよね。テリー・レノックスの暗い部分については僕もよく感じられましたけど、ギャツビーの方はあんまりきちんと読んでないのでよくわからないですね。闇の世界にはいたんでしょうけどね。
村上春樹の場合、自分が感じたことを感じたまま正確に文章にすることが出来るでしょうから、さらにそういう共通点みたいなものを明確に表に出来るのかもしれないですね。

そういえばざっとだけ解説を流し読みをした時に、プロット以外の部分の面白さを書いていたような気がします。なんでしょうね、この差は。やっぱり、じっくりゆっくり深く深く本を読もう、という意識の違いかもしれないですね。

でもその、訳の段階で削ってしまうというのはアリなんでしょうかね。どれくらい訳者の裁量に任せられているんでしょうね。映画の原作と本編で大分違うみたいに、結構変えちゃってもいいんでしょうかね。

>アメリカって病んでいる国なんだなぁ
その発想は面白いですね!
でも今、「世界のトンデモ法大全」という本を読んでいるんですけど、アメリカの法律ってホント無茶苦茶ですよ。確かに、病んでるかもしれないなぁ、と思います。

そういえば島本理生さんは確か最近結婚したんですよね。佐藤友哉っていう、同じく作家の人と。いや、だからどうってこともないんですけどね。
僕もまあ本はかなり気まぐれで読んでますからね。今読んでいる次が、ライトノベルの「涼宮ハルヒの憂鬱」だったりします。
Posted by 通りすがり at 2007年04月28日 20:33