それは要するに、例外を認めない、ということである。これが、どれだけ貫くのに大変なことであるかというのは、大抵の人が日々の中で実感できているのではないか、と思う。
タバコは吸わないと決めても誘惑に負ける。浮気はしないと決めても誘惑に負ける。法律を守ろうと努力しても時に間違える。平等であろうとしても時に間違える。僕らの人生は、そんなことの連続である。
僕も自分の中の哲学として、理不尽なことには抵抗し、理不尽な言動はしない、というものがある。僕は、ありとあらゆる意味で理不尽さを許容することが出来ないので、意味があるかないかは別としてとりあえずそれには真っ向から反抗するようにしている。権力だの命令だのというものが大嫌いで、そのせいで僕はサラリーマンになることは不可能なのだけど、今いるバイト先でも、折り合いをつけつつも理不尽さには常に抵抗をしているつもりである。
また、理不尽なことを自分からしないということも気をつけているつもりではある。自分が厭だと思うことは人にはしない、ということを実践しているつもりである。
しかしどちらにしても、必ず出来ているかと言われると自信がない。時として、理不尽さに屈しているようなこともあるし、また理不尽な言動をしてしまうこともある。その度に後悔はするのだけど、しかし反省が追いつかないのでうまくいかないのである。
恐らく皆さんも、同じようなことを常に感じているのではないかと思うのである。社会の中に身を置いたときに、自分の理念なり信念なり哲学なりを常に貫き通すことは本当に難しい。守るべき何かがあったり、失うわけにはいかない何かがあったり、闘うべき何かがあったりするような時には自分の何かを曲げなくてはいけなくなってしまうだろう。もし、自分の哲学を常に貫き通すことが出来ていると言う人間がいるとするならば、その人は社会通念の中で生活をしていないか、あるいはどこまでも自己中心的なだけなのであろうと思う。
例外、あるいは逃げ道と呼んでもいいと思うが、そうしたものを常に抱えておくということが、生きるということのもう一つの側面なのかもしれない。脇目も振らずにただひたすら同じ方向だけを見つめて走り続けるのも悪くはないが、しかしそれだと、目の前に大きな壁が立ちはだかった時に回避することが出来なくなってしまう。あるいは、後ろから誰かに追われているような場合、追われ続けなくてはならないことになる。
僕らは、そうならないことを心のどこかで切に願いながらも、しかしそうなる予感をどこかに秘めている。もし目の前に壁があったら、もし後ろから何かが追いかけて来たら。そう考えるだけの余地を残すために、曲げやすい部分を自覚しているものなのだろうと思う。
しかし、細い針金を曲げたり伸ばしたりということを繰り返していく内にいつの間にか捩れきれてしまうように、あまりにも曲げてばかりいると、いつか哲学そのものが崩壊してしまうことになるだろう。それは、人間一人の存在を容易く奪い去るものであり、多くの場合、恐怖の対象であるだろう。
社会というものに合わせて、曲げなくてはいけない部分は多々ある。僕はなるべく曲げずに生きて行きたいと願ったのだろう、社会からはドロップアウトすることになったが、しかし生き方としてはまずまず悪くない。時に例外はあるが、しかし概ね自分らしさを貫きながら生活を出来ていると自覚することが出来る。悪くない。
自分の中の哲学を完全に貫き通して生きたら、一体どうなるのか。その答えが、本作の中にある。フィリップ・マーロウという一人の私立探偵が、その生き方を体現しているのである。
読んでいて思うのは、フィリップ・マーロウのような男は社会に存在し得ないし、やはり哲学を貫き通して生きていくことはこの上なく困難を伴うものなのだな、ということである。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は、もともと50年以上前に発表された作品です。レイモンド・チャンドラーという、今となっては伝説的な作家が残した、フィリップ・マーロウという私立探偵が活躍するミステリであり、同時にフィリップ・マーロウが登場する作品の中で最も素晴らしい作品であると衆目の評価が一致している(らしい)作品です。その作品をこの度、村上春樹が新訳という形で発表したものが本作です。
私立探偵をしているフィリップ・マーロウは、ある夜一人の男と出会った。顔に生々しく残る整形手術の跡と総白髪というある種奇妙な出で立ちでマーロウの目の前に現れた男は、テリー・レノックスと名乗った。かの有名な大富豪の娘と結婚した男で、しかし事情があって今は別れているという。酒に溺れ、ボロボロの生活をしているようだ。
マーロウはいくつかの場面で彼と関わり、時には助けてやった。マーロウは彼に、何故かは分からないが親近感のようなものを感じ取っていたし、それは向こうも同じであったようだ。
ある日レノックスはマーロウの部屋を訪れ、空港まで送ってくれと頼んだ。銃を持っていた。マーロウは何も聞かず、何も言わないように釘を刺して、彼の望む通りにした。
その後レノックスは、妻を殺した容疑を掛けられたまま、あるホテルの一室で自殺したと伝えられた。
その後マーロウは、酒びたりのベストセラー作家の妻からの依頼に直面することになる。マーロウはその依頼を断り続けるのだが、しかしなんだかんだと関わることになってしまう…。
というような話です。
さてまず内容に移る前に、なんというか愚痴です。
読むのに時間掛かったぞ〜〜〜。
ふぅ。
本作は、ハードカバーで500ページ以上とそれなりの長さの作品ではあるのですが、しかし分量だけ考えれば普段の僕なら二日もあれば読める作品です。うまくいけば1日半とかで読めるかもしれません。
しかし、たぶん四日は掛かりました。
これは、作品の内容がどうこうという話では恐らくないのだろうと思います。僕が思うに、作品内の時間の進み方が遅いせいだと思います。
僕は基本的に古典作品が苦手なのだけど、その理由は偏にそれが理由だと思います。作品内の時間の進み方が遅い、つまり展開がゆったりしているということで、だから読んでいてものすごく時間が掛かります。たぶんだけど、本作と同じような内容の作品を今のミステリ作家が書くとすれば、分量は半分くらいになるのではないでしょうか。恐らく、それくらい展開が遅く感じられるということです。
やはり今出版されている本の展開のスピードになれているせいか、読むのにおっそろしく時間が掛かりました。かなり誤算です。
さて、というわけで内容ですが、まあよかったと思います。手放しで褒められないのは、やはり読むのに時間が掛かった、つまり展開が遅かったというところがあるわけですが。
何よりも素晴らしいと思うのが、文章です。もちろん、村上春樹が訳しているからということもあるのでしょうが、そういう表面的な部分ではないところでも、文章が非常に村上春樹に似ていると思います。つまりこれは、村上春樹がレイモンド・チャンドラーに大きく影響を受けたということだと思いますが、本当に村上春樹の作品を読んでいるような感じがしました。登場人物のあり様みたいなものも村上春樹の作品に出てくるような人物ばかりで、セリフ回しなんかも似ていました。とにかく読んでいて、なるほど文章が突出してうまかった作家なのだな、と思いました。
ストーリーは、やはり平凡だと言わざる終えないでしょうね。しかしこの点はまあ仕方ないと思います。僕なんかは現代のいろんな本を読んでいるわけで、もうありとあらゆるパターン、ありとあらゆる展開みたいなものを読んでいるわけで、そういう中で、こういう捻りがそこまでない(現代の小説と比べると)ミステリを読むと、やはり平凡に感じられてしまうのだろうと思います。
読んでいてどうもわからないのはフィリップ・マーロウという存在であって、一向に彼が何を考えて行動をしているのかよく分からないです。巻末で村上春樹も、誰もフィリップ・マーロウを理解することは出来ない、みたいなことを書いていますしやはりそうなのでしょうが、これほどに理解されることを拒絶する主人公も珍しいな、と思いました。最近の作家では、坂木司のデビュー作からのシリーズに鳥井という探偵役が出てくるのだけど、これが非常に共感しにくいキャラクターで、解説でも誰かがそんなようなことを書いていました。そんなことを思い出しました。
巻末には、村上春樹の解説みたいなものが載っていて、大事なことは全部そっちに書いてあると思うのでそこを読んでもらうのがいいでしょう。評論家みたいな文章で、分からない部分も多々あったのだけど、レイモンド・チャンドラーという作家の偉大さについてはうっすら理解できたような気がします。
さて、本作を読んで僕が、フィリップ・マーロウが出てくるシリーズ作を読もうという気になるかと言うと、やはりなりませんね。もういいや、という感じです。本作も、やはり村上春樹訳であるから読んだというのが正しくて、レイモンド・チャンドラーの偉大さや良さみたいなものは正直僕にはきちんと伝わっていないでしょう。やはり外国人作家を読むのは難しいな、とは思いましたが。この作品はこの作品でいいとは思いましたが、まあそれだけです。
まあ、この本を誰かに勧めるかどうかと聞かれたら、やっぱり勧めないですかね。今の小説に慣れている人には、やっぱきついような気がします。しかし、日本のであれ外国のであれ、古典作品は好きだという人は大丈夫かもしれません。文章はすこぶるいいので、そういう意味で読んでみる価値はあるかと思います。
レイモンド・チャンドラー「ロング・グッドバイ(村上春樹訳)」

ロング・グッドバイハード