2005年02月01日

ねじまき鳥のクロニクル(村上春樹)

僕は彼の物語に感銘を受けた。それは「感動」でも「感心」でもない。僕にはそれらの言葉の意味を、曖昧に差を際立たせる程度にすら説明することは出来ないのだけれど、それでも「感銘」という言葉を選びたい。ゆったりとした、まるで穏やかな波のような心の動きを捉えた言葉であるかもしれないと思う。
彼の物語について触れる前に、触れておきたいことがある。それはどうしても言っておかなければならない重大な事柄では決してないのだけれど、書き残される事柄が全て重大でなければならないということも特にないだろうと思う。
「ねじまき島」という島があるのだと思った。
タイトルについての誤解がまずあった。「ねじまき鳥」ではなく、「ねじまき島」。どうしてか説明することはテレビに映し出される料理の臭いを嗅ごうとするぐらい難しいことなのだけど、そうした誤解を抱えていた。
さらに彼の物語を読んだという友人の断片的な感想などを総合して僕は、「ねじまき島」で起こるファンタジー小説なのだろう、と思い込んでいた。
だからというわけではないが、そこまで読もうとは思わなかった。
同じことを、京極夏彦という作家の作品に対しても感じたことがある。それは、彼の物語の感想、という範囲をそろそろ逸脱しかねない話題なので、このぐらいにして彼の物語に触れようかと思う。
ただそこで僕は、文章を書く手が止まってしまう。しかし止まらずにこの文章を書いている、という矛盾を飲み込みながら。
彼の物語のどこかを切り取って繋ぎ合わせ、あらすじの形にすることに、どのくらいの意味があるのか僕にはわからなくなっている。確かに猫は消えた。電話も掛かってきたし、加納マルタが現れた。そしてクミコも消えた・・・そうした、バラバラに砕けたコップを元通りに繋ぎ合わせるかのように、彼の周りで起こった出来事を並べ立てて繋ぎ合わせても、それは「壊れたコップを繋ぎ合わせたもの」以外の何物でもなく、決して「元のコップ」にはならないのである。
そう、まさに僕が書こうとしている文章は、「茶碗蒸しの素」でしかなく、それをレンジに入れたところで「茶碗蒸し」になるかは、経験的にそう信じているだけで、本当はどうなるのかわからないのだ。
だから、僕はなるべく大きく大きく彼の物語を見渡す。ナスカの地上絵のように、それが存在するのと同じ場所にいては見えないことも沢山あるはずなのだ。
僕たちは世界を規定している。僕たちは確かに一つの世界に含まれていながら、巾着袋の中のおはじきのように、それぞれ個人が世界を規定している。
巾着袋そのものに含まれている事象や人や状況を全て理解することは困難でしかないし、現実的ではない。だからこそ人は、自分に理解できる事象や人や状況を寄せ集めて、自分の世界というものを規定する。そうして僕たちは、絶えずその輪郭というものを見定めながら、あるいは多少膨らんだり縮んだりはあるかもしれないが、輪郭がそこに存在していることを確認しながら生きていくことになる。
自分の世界の輪郭を見失った多くの人々と、その輪郭を取り戻そうとする男−僕が彼と呼んでいるその男−の物語である。僕が上空から見た地上絵はそう見えた。
誰もが輪郭を失いつつある。大抵それは理不尽に奪い取られていく。あるものは誰かによって。あるものは状況によって。薄くなっていく輪郭の縁からは、どろどろとしたものがまるで意志を持つかのように流れ出ていき、曇りガラスに映る姿のように存在感が希薄になっていく。それでも生きていかなくてはいかないし、生きていける世界を探すしかなくなってしまう。
彼はクミコの世界の輪郭を取り戻そうと努力する。その過程で、豆腐を作るとおからができるような成り行きで、彼は多くの他の人の世界の輪郭をも取り戻していくことになる。
僕が捕らえた彼の物語は、こういう解釈になる。それが正しいかどうかは僕にはわからない。出来れば著者自身にもわからないのであるならいい、と僕はパンク寸前のタイヤのような期待をしてしまう。
僕は正直に言って、村上春樹の文章を読むと疲れを感じてしまう。集中力が奪われていくような気がして、何度も文章から顔を上げては一瞬だけ別のことを考える。そしてすぐに彼の文章に目を戻す。
最近気づいたのだけれど、それは決して悪いことではないのかもしれないと思う。目を走らせるだけですっと体の中に入ってしまう文章なんか、ろくでもないものなのかもしれない。あくまでそれは、彼の物語を読み終わった今だからの感想であって、根拠のないその感覚をこれからも持てるかどうか、僕には自信がない。
村上春樹の文章というのはやはり独特だと思う。自分の中にはない言葉の繋がりや音感があって、他の村上春樹の作品では馴染めなかったそうした文章が、彼の物語ではざらついた新聞紙程度の違和感を伴いながらも僕の中に入ってきたと思う。
首から上と首から下がまるで別人のものになってしまった。それでも心臓は間違いなく血液を送り出しているし、脳はちゃんとものを考えている。首にあるはずの繋ぎ目はなく、皮膚は自然に連続している。それでもどこか違和感を感じる。村上春樹の文章には、そうした感覚を抱く。
僕は彼と似ている、と勝手に思っている。本質が似ているのかどうか、僕には判断ができない。それでも、彼が遭遇する個々の場面で、ああ僕もこうやって行動するかもしれないな、と思える部分がいくつもあった。
例えば笠原メイとの井戸での会話。例えばナツメグと初めて出会ってからの行動。例えばクミコがいなくなった後の日常。そうした場面で僕は、きっと僕も彼のように行動するのだなと、もはや断定的な思考をしていることに気づく。ある意味で僕はその感覚が好きだったけど、ある意味では好きではなかったのかもしれない。
シナモンという男が僕は一番好きだ。一人で部屋で本を読んでいる時、ふと雨が降っていることに気づくような、ある意味気づかれるまでの雨音のように儚く、そしてある意味気づいてしまった後の雨音のような存在感がある。シナモンを形成した全ての状況を一面では羨ましく思う。シナモンのような人間になれたらもしかしたら幸せかもしれないと、どこかに刺さったトゲを抜くような想いを抱いたりもする。
今回僕が書いた、「ねじまき鳥のクロニクル」の感想のようなもの、は随分と長くなってしまった。出来るだけ村上春樹のような文章で書ければいい、と思って努力はしてみたけど、どう捉えられるかはわからない。雰囲気は伝えられていればいいなと、聞こえるかどうかわからないねじまき鳥の鳴き声ぐらいの期待をしている。
きっとねじまき鳥は、僕の世界のネジを巻くのを忘れてしまったのだろう。あるいは、そんなことにはもう興味を持てなくなって、ネジをまく以外の何かを見つけたのかもしれない。

村上春樹「ねじまき鳥のクロニクル」


ねじまき鳥のクロニクル 泥棒かささぎ編

ねじまき鳥クロニクル〈第1部...新潮文庫



ねじまき鳥のクロニクル 予言する鳥編

ねじまき鳥クロニクル〈第2部...新潮文庫


ねじまき鳥のクロニクル 鳥刺し男編

ねじまき鳥クロニクル〈第3部...新潮文庫

 

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 村上春樹を検索すると随分とマニアックなホームページに辿り着きますね。少し前にというか結構前に『新世紀エヴァンゲリオン』というアニメがありまして、これもマニアックな、つまりは日本語にすると狂っているホ..
ねじまき鳥クロニクル  村上春樹【a fruit knife and a boy】 at 2005年12月07日 00:05
この記事へのコメント
俺にとって、この人の本は、無造作に本の真ん中を開いても読めるんです。ふと思い立ってねじまき鳥クロニクル第2部の真ん中から数ページだけ読んだりします。彼の文章は「目を走らせるだけですっと体の中に入ってしまう」わけです。
俺は本一冊のあらすじなんてどうでも良いんです。
映画もよく見るけど、全体の話はどうでもよくて、映像とか演技とか、一つ一つの部分に惹かれます。
俺は彼の本が好きだというよりは、彼の文体が好きなんだと思います。こういう文体が違和感なく感じるのは、昔からこの人の本ばかり繰り返して読んでたから、ただの「慣れ」なんだとも思います。
Posted by つよし at 2005年02月01日 22:59
俺は基本的に全体の話に比重を置く人だけど、つよしの言っていることは、「ねじまき」を読んだ今なら少しはわかるような気がします。聞きなれた音楽を繰り返し聞くようなものなんでしょう。
りんごの一部を切り取ったら「りんごの欠片」だけど、ぶどうを一粒房から取っても「ぶどう」のままのように、彼の文章は何処を切り取っても形が保存されるような気がします。だからこそ、どこか一部分を切り取って読むことができるんではないか、と勝手に推測してみます。
まだ部屋に彼の未読の作品は沢山あるので、機会を捉えて読み進めていきます。
Posted by 通りすがり at 2005年02月02日 01:53
Hi! Naganaga
I was catch a cold.
I read a book "sitaio kauotoko" in bed.
See you next week. bye-bye
ちゃんと書いたよ。えらい?
Posted by ??? at 2005年02月04日 09:58
Thank you for your comment.

But please rest quietly and recover quickly.

See you next week.

体調悪いのにすいませんです。こんなサイト見てないで寝ててくださいよ、ちゃんと。安静第一で。でも、えらいです。感動です。

久々に英語書いたけど、これ以上書いて無能をさらけ出すのは止めておきます。
Posted by 通りすがり(管理人) at 2005年02月04日 17:33