残念ながら分かりやすい具体例をちょっと思いつけなかったのだけど、しかし結構こういう状況には経験があるのではないか。一個嘘をつくと、その嘘が矛盾しないように別のところを取り繕わなくてはいけなくなる。そうしてどんどん嘘を重ねていくことでやがてとんでもない大きな嘘になってしまい、結局バレてしまう。一番初めの段階で嘘をつかなければここまでの大事にはならなかっただろうに、と思うようなことだってあることだろう。また経験はないが、警察の取調べで嘘をつくことが難しいのもこの点にある。ある嘘をつくと、それが矛盾しないかどうかありとあらゆる方向からの質問に耐えなくてはいけない。これは、案外に難しいものだ。
さて、日常的に嘘を抱え込まなくてはいけないこんな人々が世の中にはいる。
カツラーである。
さてカツラーとはなんだろうか。ご存知だろうか?
これは著者の造語であるのでもちろん一般的な呼称ではないが、「カツラをつけた人々」を表す総称である。
カツラの人というのは、とにかく日常的にカツラであることを隠さなくてはいけない。これが一番初めの嘘である。とにかく、バレてはいけないのだ。周囲から例えバレバレであったとしても、本人としてはバレないように努力をしなくてはいけない。つまり、嘘をつかなくてはいけないのだ。
さてその過程で一体何が起こるのか…。それは、カツラをつけた人でなくては到底想像できないことだろう。風呂に入るとどうなるのか、雨が降るとどうなのか、風が強いとどうなのか、セックスをする時どうなるのか…。とにかく、カツラをつけているというだけで人生に対してものすごく多くの制約が出てくるようだ。恐らく大変だろう、というような漠然とした考えはあったけど、まさかここまでとは思わなかった。
本作でも触れられているが、そもそも日本においては「禿げ」や「カツラ」というのはどうもイメージが悪い。諸外国の話を直接知っているわけではないが、アメリカでは日本と似た状況らしいが、ヨーロッパなどではそこまで酷い扱いはされないようである。「禿げていること」「カツラをつけている」ことが何故ここまで迫害されなくてはいけないのか、とは確かに思う。しかし僕がそんなことを言ってみたところで、まだ禿げてもいないしもちろんカツラをつけてもいない分際では説得力の欠片もないが。
以前テレビで、「カツラボクサー」というのが話題になったことがある。試合中にカツラが取れてしまったのだ。これはボクシング規定にある、「規定のもの以外は見に付けてはいけない」というルールに逸脱していたという点でも話題になったのだが、そもそもカツラであったということが大きな話題になった。このボクサーは、カツラであることが思わぬ形でプラスに働いた例であるが、なかなかこうはいかないだろう。僕だって普通の状況で誰かのカツラが取れてしまったら、ちょっと目を背けるだろう。見なかったフリをするしかない。でも気まずい。そんな気まずさを生み出した相手に理不尽な怒りさえ感じるかもしれない。
さらに困るのは、知り合いや友人がカツラであった場合だ。取れてしまった場合など論外で、その場合もどう反応していいか分からないが、しかしカツラであることが明白であるのに気づいたとして、それを指摘するのが優しいのか、あるいは気づかないでいるのが優しいのかが分からない。どうなんだろうか。
かようにしてカツラというのは、つけている人間にもその周囲の人間にも無用な気遣いをもたらすことになる。これもそれもみな、日本という国がカツラに対して閉鎖的であるからであるのだが、しかしそんなことを言ったところでこの状況がどうにか変わるわけでもない。やはりその、無用な気遣いを許容していくしかないのだろうと思う。
僕は今現在は髪が伸びるのが早くて、むしろウザいくらいである。自分なりの限界の長さで美容院に行くと、いつも「多いですね」と言われてしまう。だから勝手に禿げにはならないだろうと高を括っているのだが、しかしどうだろう。祖父ちゃんはどっちとも禿げてはいないが(片方は死んじゃったけど)、しかし父親が結構薄かった気がする(気がするってのもどうかと思うが)。1年くらい前葬式で実家に戻った時父親に久々にあったが、その時は頭髪に注目していなかったので、最後に父親の頭髪をきちんと見たのはもう何年も前になるだろう。その段階で結構薄かったのだから、あとは推して知るべしである。僕も禿げる可能性があったりするのだろうか。
もし禿げてしまったらどうするだろうか、と考えてみる。どうやってもやはり、現実的な対応というのは思いつかない。どうすればいいだろう。カツラはちょっと厳しい。というか、厭である。でも禿げのままいられるかと言うと、それも厳しい。今僕の中でアリかなと思っている選択肢は丸坊主にしてしまうというものだが、しかしどうだろう、やはり似合わないかもしれない。
しかしまあこれだけは言えるが、カツラを使うにしても使わないにしても、禿げであることを隠すことはまあないだろうな、ということだ。本作を読んでよりその思いは強くなった。だって、禿げであることを隠すために費やされるエネルギーが半端ないのだ。ものすごい努力を重ねた上で、しかしそれでもカツラであることがバレてしまうような、そんな努力の報われない世界である。だからもし僕がカツラをつけることになっても、なるべく周囲には公言するような方向に持っていくだろうと思う。出来るかどうかは分からないけど。
世の中には、カツラにしたのに奥さんに何年も言えていないという人がいるらしい。奥さんだって当然気づいているだろうけど、しかし「知ってるよ」とは言えない。なんというか恐ろしい世界である。ホントカツラというのは未知の世界だなぁ、と改めて思ったものである。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は、スポーツライターである著者が、15年にも及ぶ自らのカツラライフを包み隠さず公表した本になっています。
著者は27歳という若さで禿げが進行してしまい、とりあえず相談だけでも…とAD社に電話を掛けてみたのだが、その日のうちになんと家までアドバイザーがやってきて、そしてその日のうちにカツラを購入する契約を結んでしまったのだ!いろいろと言いくるめられて、3つで100万円。高い。
そこから著者の、カツラとの闘いの日々が始まるのだ。「カツラであることを隠す」という道を選択した著者であったが、しかしそれがイバラの道であることにすぐ気づくことになる。とにかくありとあらゆる場面でカツラというのが色濃く影響を及ぼすのである。
スポーツライターとして体当たりの取材を得意としていた著者は、もちろん根っからのスポーツ好きで行動派であった。一人でいることも好きだがしかし団体行動も好きな人間で、言うまでもなく積極的な人間であった。
しかしカツラにしてからというもの、風や頭部への刺激がご法度なためにスポーツは出来ない。また人と会うと、カツラであることを隠さなくてはいけないというプレッシャーが強くなりすぎて、人と会うことも億劫になってくるようになる。それまでとはうって変わって消極的な人間になってしまった著者は、不摂生が祟り体重が増え、医者に糖尿病に気をつけるように、とまで言われてしまう。体脂肪率一ケタ台だった自分には無縁の病気だと思っていたのに…。
カツラであることがバレたくなくて、何度もあったテレビ出演の話を断るなど、仕事の面でも大きな支障を来たしてきたカツラであったが、しかしある時SV社という大手二社ではないメーカーのカツラを体験してからはもう大きく変わった。それまでのAD社のカツラが何だったのか、というくらいのものでとにかく素晴らしい。SV社のカツラに変えてからは、カツラであることを積極的に隠さなくてもいいかという気分にさえなったのである。
ここに至って著者は考えるのだ。現在は大手二社の金にものを言わせた大宣伝のお陰で二社がシェアを独占しているが、しかしはっきり言ってその二社の製品はよくない。カツラに対する正しい知識を伝えたい。そう考えて、自分がカツラであることを告白することになるのも厭わず、本作を書くことに決めたのである。
いやはや、ホント面白い本でした。いろんな意味でタブーであるカツラの話を、ここまで面白おかしく書いたわけで、お見事としかいいようがないですね。
本作を読んで一番印象的だったのは、カツラというものの商品としての独自性です。とにかく、口コミというものがありえないし、商品の比較が出来ない。今時こんな商品も珍しい。大手二社は、その口コミがないという点を逆手にとって、大量の宣伝によって顧客の囲い込みをしているのだ。たとえ製品の質が悪かろうが、宣伝さえきちんとしていれば儲かるのである。無茶苦茶だと思ったが、まあそういうものなのだろう。
どうやらマスコミ的にカツラ業界への批判はタブーのようである。年間100億円近くの広告費を落としてくれる超お得意さまであって、だから表立っての批判が出来ないらしい。これまでも、カツラメーカーを批判する内容の本を出そうとして諦めたであるとか、そういう類の本を出してもすぐ書店から消えるなどという話があったらしい。すごい世界である。
そんな風にしてAD社とAN社はシェアを拡大していったわけであるが、本作を読む限りSV社のカツラはすごくいいらしい。SV社というのは聞いたことがないけど僕ももし禿げたら、とにかく大手二社だけは避けて別のメーカーを探そうと決意したものである。
にしてもカツラとの戦いは本当に熾烈を極めるものであって、本作では面白く描いているのだけど、当時の著者の葛藤や苦労というものは並大抵なものではなかっただろうと思う。どうして自分だけ…という風にも思っただろうし、いろんなことを諦めなくてはいけなくなって苦い思いもしただろうと思う。禿げている、カツラであるというだけでここまでの苦労をしなくてはいけないのか、と思わなくもないが、まあそれが今の日本の現状であるので仕方ないのであろうとも思う。
というわけで、非常に面白い本でした。カツラの人はもちろん、そうでない人も、もちろん女性が読んでも面白い本です。もっとカツラに対してオープンな雰囲気を作り出せればいいなぁ、と本作を読んで思いました。是非読んでみてください。
小林信也「カツラーの秘密」

カツラーの秘密文庫