カシオペアの丘で(重松清)
これほどの物語を前に、一体僕は何を言うことが出来るだろうか。
僕は、ゆるしを得たいと思うことはなかなかない。
出来ることなら、許されたくないとも思う。
何かが起こってしまったら。何かとてつもないことが起こってしまったら。大したことでなくてもいい、誰かに謝ってゆるしを求めなくてはいけない状況があったとしよう。
僕は一体どうするか。
なるべくならば、謝りたくないのだ。
ずっとそう思って生きてきた。
もちろん、何かしてしまったら謝る。これまでだってもちろん謝ってきた。その度に許されてきたのかどうかは知らないが、しかしもちろん謝らないわけがない。
ただ、謝りたくないのだ。
違う、そうではない。
許されたくないのだ。
許されてはいけない、と思ってしまうのだ。
恐らくこの考え方は間違っているだろう。間違っているだろうけど、でも僕を支配しているのだ。
謝ること、許されることは、何かを消してしまうことだ。誰かの存在を、誰かの気持ちを、誰かの安心を、誰かの不安を、誰かの夢を、誰かの希望を、誰かの何かを。
誰かの何かを消してしまうのだ。
謝ることで、許されることで、それが消えてしまう。
僕は、そんな風に考えてしまうのだ。
何でもいい、例えば僕が誰かを傷つけてしまったとしよう。物理的なものでなくてもいい、言葉で傷つけたというのでも構わない。
もちろん謝るだろう。謝らなくてはいけないとも思うだろう。と同時に僕は、ずっと責められたいと思うのだ。責められ続けたいと思ってしまうのだ。
相手が僕のことを恨んでくれる方がいい。僕は、それで救われる。簡単に許されてはいけないと思ってしまうのだ。
僕が謝ることで、相手に負担を強いるのではないか、と思ってしまうのだ。謝っている僕のことを、許さなくてはいけないという風に強いることになるのではないか。本当は僕のことを恨みたいのに、謝っている人間を恨むのはなかなか難しい。そんな気持ちにさせてしまうのではないか、と思うのだ。
考えすぎ、だろうか。
考えすぎ、なのだろうと思う。
それでも、と僕は考えてしまうのだ。
謝られることは、負担ではないのか、と。
人を許さなくてはいけないのは、負担ではないのか、と。
僕なら、はっきりいって負担だ。
謝られたくもないし、ゆるしたくもない。
何かあれば、人を責め続けたい。その気力がなかったとしても、責められるだけの場所に立っていたい。
おかしな考えだろうか。
酷い人間だと思うだろうか。
謝ることが善だと思われている。それは、正しいことであると思われている。
そうだろうか。
本当に、そうだろうか。
許されることを望んではいけないのではないだろうか。
安易に謝ってはいけないのではないだろうか。
謝罪を積み重ねた先に残るものは確かにあるかもしれない。長い時間の先に届く場所は確かにあるのかもしれない。
それでも。
僕は、謝ることは悪であると言いたい。間違ってることだと言いたい。
間違っていることを自覚して謝るのならば悪くはないかもしれない。しかし、正しいことをしているのだと思って謝るのは卑怯だと思う。
罪は、許されるべきではない。
罰は、軽くなるべきではない。
抱え続けなくてはいけないことは、ある。
だから僕は。
なるべく間違ったことをしないようにしようと思って生きている。
なるべく謝らなければならないことをしないようにしようと思って生きている。
その上で。
もし間違ってしまったとしたら、間違っていることを自覚しながら謝ることだろう。
そろそろ内容に入ろうと思います。
小学五年生のある日。ボイジャー1号と2号を見るために、僕等はある丘に集まった。「カシオペアの丘」という名前をつけたのもその日だった。
トシ・シュン・ユウ・ミッチョの四人。
いつかここが遊園地になればいいのにね―。
結局ボイジャーは見つけられなかったが、代わりに満天の星空に感動した僕等は、そんな夢を語り合った。
長い年月が過ぎた。
四人の人生には直接には関係ない、しかし最終的に四人を「カシオペアの丘」へと呼び寄せることになる悲しい事件が起こった。
東京のある街で、小さな女の子がデパートで死んだ。殺されたのだった。
その1年前、その家族は北海道のある遊園地を訪れていたのだ。「カシオペアの丘」に本当に作られた遊園地だった。そこでは、車椅子での生活になったトシが園長に、トシの奥さんに納まったミッチョがウサギのぬいぐるみを被っていた。楽しそうな女の子だったと、二人とも覚えていた。
ユウは東京でテレビの製作会社で忙しく働いていた。その女の子の事件を担当することになって、「カシオペアの丘」へ取材に行くことになった。
シュンは、病院にいた。検査の結果を知らされたのだった。
ガン、だった。
まさか、と思った。まさか自分がガンになるなんて、と思った。どうして自分がガンにならなくてはならないんだ、と思った。
その病院で、「カシオペアの丘」の映像を見かけた。その時、ふと思った。もう会うことはないと思っていたトシとミッチョに、自分がガンだってことを知らせようか…。
四人は四人とも、小学五年生の頃とは考えられないほどいろんなものを背負って生きてきた。許されない思いや屈折した感情がいつまでもしこりのように残り続けてきた人生だった。
四人が、「カシオペアの丘」に、そして死んでしまった少女に呼び寄せられるように集まった。
ゆるしを求める人間とゆるしを受け入れる人間とゆるしなんかそもそもないと言い切る人間と―。
四人の人生が、静かに、そして大きく動き出す…。
というような物語です。
すごい物語でした。もう全編のほとんどで泣きっぱなしでした。これほどに感情を揺さぶられる物語も本当に久しぶりだと思った。間違いなく、現時点で今年No.1の小説である。
僕には嫌いなタイプの小説というのがあって、それは、安易に登場人物を病気にする小説である。とにかく病気にしておけば泣くだろう、というような物語は最低だと思うのだ。
ただ、この物語はそんな薄っぺらいものとはまるで違う。
この物語では、シュンと呼ばれる男がガンに冒される。これが小説のメインのストーリーになっていくわけだけど、これが圧巻である。人の死というものを安易に扱っていないのはもちろんだけど、その死に直面する人々を真摯にリアルに、それでいてやりすぎない程度にあっさりと描いているその距離感みたいなものが感動的だ。もう本当に、すごいとしか言いようがないのだ。
この物語を読んで僕が一番に思ったのは、シュンというのは幸せだな、ということである。
死を前にして、あれだけの人々が集まる。シュンという一人の人間を取り囲む。死を目の前にした人間を労わる。それが、僕には羨ましいと思えてしまった。
僕は、自分が死ぬ時は一人だろうと思っている。結婚しようがしまいが、今後どんな人生を歩もうが、僕には死に際して集ってくれるような人々の存在を想像することが出来ないのだ。
だから、シュンが羨ましい。たとえガンになって人よりも早く死ぬことになってしまっても、羨ましく思えてしまうのだ。
それは、リリー・フランキーの「東京タワー」を読んだ時もそう思った。死を前に、その人の前に人が集まる。それは、すべての人が必ず味わえるわけではない、恵まれた人間だけに許されることだろうと思うのだ。
不謹慎かもしれないが、だからシュンには羨ましいと感じてしまった。
また、出てくる人々が本当にいいのだ。幼馴染みである四人はもちろんであるが、それ以外にも出てくる人々が本当にいい。殺されてしまった女の子の父親である川原さんや、リポーターだったのに幼馴染み一行と深く関わることになったミウさん、「倉田」一族を牛耳ってきた倉田千一郎など、出てくる人間がとにかくいい。死に関わるだけではなく、幼馴染み同士の微妙な確執であったりとか、過去の様々な思い出が交錯し、そこにあらゆる人々が取り込まれていく。その中で、誰もが新たな道を目指し、そこを歩き出せるように人生を修正していく。その過程が、心を打つ。
さてその中でも僕がもっともいいと思ったのが、ユウこと雄司だ。
僕は、雄司みたいな人間になれたらいいな、と思ってしまうのだ。
雄司は、いつだって損な役回りだ。誰かが喧嘩をしていればおどけたことを言って仲を取り持ち、誰かのためになると思えば批判も受け入れてそれを実行してしまう。
誰もが、雄司を優しいと言う。子どもっぽいし馬鹿で単純だけど、でも優しい。
決して雄司は主役にはあんれない。いつだって誰かの陰に隠れながら、でも誰かのためになるように必死だ。いつだって誰かのことを考えて、自分のことを後回しにしている。
僕も、自分は絶対に主役になれないと思っている。誰かより上に行くことも、誰かと張り合うこともきっと出来ない。でもだからこそ、雄司みたいな人間になって、誰かをきっちりと支えられる人間になれたらいいのにな、とか思ってしまう。まあ、無理だろうけど。雄司は結構偉大である。
他にこの物語について何をどう語ればいいのか僕には分からない。とにかくすごいし多くの人に読んで欲しい。ありとあらゆる感情が揺さぶられるのではないか、と思うのだ。
大人になれば、いろんなものを背負っていかなくてはいけなくなってしまう。背負うものは人それぞれで、誰だってそれを軽くしてあげられはしない。そんな世の中で、北海道を舞台に、幼馴染みが集まって互いの背負っているものを確認する。あるいは、背負ってきたものを。人生の中で確かにこういう一瞬があるのかもしれないし、またないのかもしれない。けど、贖罪にぶち当たることは、短くはない人生の中できっとあることだろう。
それでも、今を生きるしかないことを再確認して、人々はまたそれぞれの地に戻る。寄り添うことになった一瞬は、決して続くことはない。
背負ってきたものを下ろすのが死であるとすれば、人の一生はあまりに長い。背負ってきたものを下ろせずに死ななければならないとしたら、その人生はあまりにも短いだろう。
こうしてとりとめのないことをいろいろと考えてしまう物語だった。とにかくすごいし本物だ。本物の物語がここにある。是非とも読んでください。年に一冊しか本を読まないという人は、是非この本を読んでください。それぐらい、すごいです。読むべき本だ、と言ってしまっても言いすぎにはならないだろうと思います。是非読んでみてください。
重松清「カシオペアの丘で」
カシオペアの丘で上ハード
カシオペアの丘で下ハード
Posted by white_night at 23:03
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本の中身は(2007年)
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「カシオペアの丘で(講談社)重松清」に関連するブログ記事から興味深いものを選んでみました。ぜひ、読み比べてみてください。 =2007年6月13日収集...
カシオペアの丘で(講談社)重松清【本の口コミ情報:ブログでbook!】 at 2007年06月14日 07:41
「カシオペアの丘で(上・下」★★★
重松 清 著 、講談社、2010/4/15 初版
(424ページ/ 416ページ 、各680円)
→ ★映画のブロ..
書籍「カシオペアの丘で(上・下」いつも4人だった。【soramove】 at 2010年07月11日 11:49
こんばんは。
もう読了ですか。お疲れさまでした!!
通りすがりさんの今日の1日はこの本のためにあった、と言っても好いくらいでしょう。私の先週の週末も、確かそうでした。圧巻ですよね。「感動」という言葉は死語、とさえ言われますが、どうしてどうしてちゃんと健在です。
重松さんの物語の展開の巧さ、何か職人芸という感じがしました。一人一人の立場に立ち返り、淡々と語っていく構成は、『きみの友だち』にも近いですが、一人一人がそれぞれの人生をしっかり抱えて生きている事実に目を向けさせてくれました。
通りすがりさんは、雄二がお好きですか? 彼の飄々とした雰囲気はある意味、救いになっていましたね。シュンの最期にも(海外に行っていて)来ませんでしたが、それも彼らしくて好かったのかも知れません。
この幼なじみとは別に、川原氏を登場させたのも、巧いなぁと思いました。生きる意欲を無くしかけた彼に、光を与えた気がします。奥さんと再出発できそうでしたものね。
倉田一族の威光をあれほど嫌がったシュンが、兄達に甘えながら最期を迎えるのも好い流れだったと思います。祖父千一郎が注水を決断したことでトシの父を奪い、シュンはトシとの諍いでトシの足の自由を奪い、と、永遠に埋められそうにない溝が二人の間にはできてしまいましたが、この確執は辛いですね。加害者も被害者も、です。積年の確執が氷解するような感じで終わったところも、読み応えを感じました。
おばさん的には、生きていくことは辛いことだなぁ、と月並みな思いに辿り着きましたが、それぞれの登場人物の立場に立って、悲喜こもごもな感情に支配されました。やはり、この本を読むのにティッシュは必需品となりますよね。でも、何か温かい涙が流せた気がしています。
こんなに沢山の本をお読みになる通りすがりさんが、猛烈に薦めていらっしゃるのですので、重松ファンとしては本当に嬉しい限りです。
ということで、この書き込みを書いていたら『鹿男あをによし』の印象がすっかり薄れてしまいました(泣)。でも、面白かったですよ。特に堀田イトのキャラが、何とも言えませんね。
では、おやすみなさい。好い本を読んだ後は、しっかり睡眠をとりましょう!
こんばんわです。
もう一気に読了でしたよ!ここまでぐいぐい惹き込まれるとは、読み始めた当初も予想してませんでした。ほんと、ありえないくらい最高の小説でした。いつの間にか時間が経っていて、いつの間にか涙が流れている、とそんな感じでした。
職人芸という言い方は僕も共感です。まさにその通りですよね。特別な状況が展開しているわけでもないのに(まあガンというのは割と特別な状況かもですが)、物語に惹き込ませる。淡々とした文章なのに、どうしてか惹き込まれる。ホント、魔法を使ってるとしか思えないですね(笑)
出てくる一人一人がきちんと人生をかみ締め、あるいは過去を振り返り、あるいは過去を断ち切って、ちゃんと自分の人生を自分の足で掴もうとする感じで、贖罪の物語であると同時に再生の物語であるとも思いました。ほんと、人生を重松清に描かせたら一級ですね!
雄司はかなりよかったです。あれだけ気配りできて、批判も非難も受け入れ、のらりくらりとしているようできちんと自分の意見を持っているというところがよかったです。あんな人間が周りにいたらいいですね。もちろんあんな人間に僕がなれればもっといいですけど。
川原さんがあそこまで物語に関わってくるとは思わなかったのですごいと思いました。初めの、四人が集まるきっかけにちょっと関わるだけかと思っていたので。しかも最後に再会のシーンまであって、重松清は粋だなぁなんて思ってしまいました。それでいて、無茶なことをさせてるなんて風に思わせないところがまたすごいですね。彼等なら、まああれくらいやるかもしれない、と思わせるところが。
千一郎の注水の決断については、いろんな人間が割り切れない思いを抱えている感じですね。すべての元凶がそこにあったとは言わないけど、でもあの注水さえなければ彼等の物語もなかったことでしょう。一方で、じゃあ注水はしなかった方がよかったのかというとそんなことはないわけで…。だから僕の感想は、千一郎はよくやった、と思いました。後半の方でミウさんが千一郎をこんな風に言っていたのが印象的でした。
『ゆるされたいと思っているのにゆるされてはいけないと思っているから観音様みたいなものを作ったんだよ』
注水の決断について正しさを議論するのは不毛だと思いますが、しかしその決断をした後の千一郎のあり方は正しかったと思います。最後、結局仲たがいを解消できる流れもよかったですね。
時間を重ねる毎に常に何かを背負わなくてはいけないわけで、人生というのはホント大変ですよね。僕は基本的に長生きしたくないと思っている人間ですが、その思いが加速したような感じです(笑)まあそんなことを言ったらシュンに怒られてしまうかもしれませんけどね。
ホント、この本を読むのにティッシュは欠かせません。どんだけ泣いたか…。
これまで1100冊以上の本を読んできましたが、その中でもトップ10に入る小説です。ホント素晴らしいのひと言ですね!これは是非布教させなくては!
「鹿男」は確かに「カシオペア」と比較したら印象が薄くなってしまいますが…。まあ真逆と言ってもいいくらいの作品ですからね。堀田イトのキャラもですが、なんかいろいろと勘違いがあったんですよね、確か。その辺りが面白かったなと思います。
今は、森見登美彦の「四畳半神話大系」を読み始めました。そしてその後は、外国人作家を読まない僕としては珍しく、ポール・オースターなんて作家の本を読む予定です。まあどうなりますやら…。
ではでは。まあそのうち寝ます。おやすみです!
こんばんは。週末便ではなく、まだ平日ですが(笑)。
今、重松さんの新刊『くちぶえ番長』を読み終えました。なぜかハードカバーではなく、いきなり文庫で登場して、意表を衝きましたが、読みやすく、分かりやすい本でした。
イジメに果敢に立ち向かうマコトの話です。ただし、このマコトは女の子(「真琴」と書きます)、「目標は番長になること」と勇ましく自己紹介する小学校4年生です。全部で230ページ、気のせいかちょっと大きめの活字のため、通りすがりさんなら1,5時間もあれば読めるでしょう。(私で2時間でした!)そのうち待機本リストに追加してくださいね。
そういえば有機野菜を扱っている八百屋のマコト君、憶えていらっしゃいますか? 彼も高校生になりましたが忙しいらしく、最近は殆ど顔を合わせません(泣)。今でも有川浩を読んでいるのかどうか…気になります。
この短さ、この値段(400円)は重松氏が、この時代を生きる小学生を応援したくて書かれたものだからかも知れませんね。最近の学校の閉塞状態、ちょっと異常では…?と思います。本多さんの「正義のミカタ」の中にも登場させたかったです(笑)。その方が、分かりやすくて好かったのに、と思ってしまいました。
というわけで、『生物と無生物のあいだ』は一時中断です。(半分までは読み終え、半分は理解できたような気がしています)
では、この辺で。体力が消耗しないように、快眠を心がけてくださいね。また週末にお邪魔します。
追記です。本当に忘れっぽくて、困ります(泣)。
『明日の記憶』の映画は、いかがでしたか? 私が映画館に行ったときは、観客が殆ど私より高齢の方のようでした。もしかしたら、シルバー料金?と思うような方ばかり(しかも、夫婦らしきカップルが多かったです)でした。
この映画は、観終わった後、何か重いものが残りますね。特に窯場からの帰り道、すれ違った奥さんに「初めまして」と挨拶するシーンがかなりキツかったです。もしも、自分だったら…?と考えないわけにはいきません。そうなる可能性もあるわけですので…。今日の新聞に異常プリオン(タンパク質)を抑える物質を発見!という記事が載っています。 狂牛病やアルツハイマーなどもそのうち治癒できるのでしょう。やはり、長生きしないと…医学の進歩の恩恵を受けられませんよ(笑)。
最近、スーパーに買い物に行っても、自分の自転車をどこに停めたか忘れることが多く、非常に困っています。ロック式で機械に数字を入力しないと開錠できない駐輪場が増えましたが、わずか2桁か3桁の数字が記憶できません。由々しき問題となっています(泣)。
では、おやすみなさい。
「くちぶえ番長」はそうなんですよね、いきなり文庫で出たんですよね。でもそういうのってそろそろありだと思うんですよね。もう、ハードカバーって結構売れないから、いきなり文庫で出せばいいんじゃないかと思ったり。
女の子なのに番長になりたいんですね。その設定はなんか面白いです。で、番長になりたいのにいじめられてるんですよね。なんかすごいですね。重松清らしい感じがします。
文庫でその値段なら子供でも買いやすいですね。夏の100冊にも入っているわけで、いいタイミングという感じです。これで読書感想文なんか書いたりしたらいいのかもですね。もうそんな時期になりました。
今学校はいろんな意味で大変そうですけど、ニュースなんかを見ていて思うのは、学校がそれなりに平和な時代に学生でいられてよかったな、ということです。でも子供を持つ親としてはそんな悠長なことは言ってられないですよね。苦労が偲ばれます。
マコト君は覚えてますよ。そうですか、高校生になりましたか。夏休みに入れば顔を合わせる機会もあるかもしれないですね。遊び倒すのかもしれませんが(笑)
有川浩といえば、「クジラの彼」を早く読みたいなと思います。
最近新書では、「世界征服は可能か」というのが面白そうです。「生物と〜」と合わせて読みたい新書です。新書は売れるものと売れないものの差が激しいですけど、売れるものにはなかなか読みたくなるようなものが増えてきたような気がします。
「明日の記憶」はよかったですね。原作も読みましたが、原作にかなり忠実で、シリアスな感じでした。余計な希望を持たせることなく、厳しい現実をきっちり描いているところがいいと思います。なんて呑気なことを言ってられる話ではないんですけどね。確かに、年配の人はより興味を持つ話題だろうなと思います。
最後のシーンもそうですが、僕は結婚式の時に花婿の名前を思い出せないシーンとか哀しいなぁ、とか思ってしまいました。かなり末期になればそれなりに諦めることも出来るような気もしますが(患者も介護する方もということですけど)、中途半端な状態の時というのはなんとなくやりきれなさが残るような気がしました。
バイト先の人で、とにかく記憶力の危険な人がいて、まだ30歳前の人ですけど、僕はいつも「若年性痴呆症じゃない?」と言っています。まあそんなことはないと思いますけど、物忘れというのは結構ありますね。僕はいろんなことを手にメモするのが癖なんですけど、これがないと大変なことになります。
しかし年を取ることで厭なのは、目が見えなくなること、足腰が弱くなること、記憶力が悪くなること、ですね。やっぱり50歳くらで死ねたら最高だな、と思ってしまいます。
ではでは。久々に長い本を読んでいて大変です。しかも結構長い本が連続します。頑張らねば!
改めまして、明けましておめでとうございます。
今年も、どうぞよろしくお願いします。
この『カシオペアの丘で』が昨年の一位ですか。ありがとうございます!! この作品は、凄かったですよね。“凄い”なんていう言葉は良いことの形容には使ってはダメ!と言われて育ちましたが、今ではすっかりOKでしょう(笑)。
まず登場人物のキャラがしっかり使い分けられていましたし、川原氏の登場のさせ方も素晴らしいですよね。それから倉田千一郎の苦渋の決断(人間の生死を決めざるを得なかった)とその後の重荷を背負ったような生き方も…。
私は重松ファンですので、氏の作品に対しては人一倍思い入れが強いのですが、そのことを抜きにしても、やはり昨年NO、1の作品でした。
読んでからほぼ半年がたっていますが、日々記憶力の低下に悩む私でさえ、色々な場面を今でも思いだすことができます。登場人物一人一人の良さがじんわり蘇ってくる気がします。いやぁ、すばらしい!の一言です。
ところで『永遠を旅する者』もお薦めです。通りすがりさんは長生きはゴメン、という思いのようですが、この主人公カイムは1000年の命を与えられています。つまり、1000年は死ねない、という非常に過酷な宿命です。しかも、仕事は傭兵…これ以上は止めておきますね。
それから大事な報告です。例の『カラ兄 5巻』は最初の60ページほどが本文(第4巻の続き)で、その後は亀山氏の「ドストエフスキーの生涯」という解説でした。一応、大晦日には全巻読了することができました。やれやれ、です(笑)。
続いて『「カラマーゾフの兄弟」続編を空想する』も買っていきました。このお正月気分が抜けたら読んでみようと思います。
『カシオペア〜』と比較するのもどうかと思いますが、カラ兄はそれぞれの人物のキャラが分かりにくいという難点がありました。まぁ、人間はそんなに分かりやすいものではありませんので当然でしょうが、外人名(本名、愛称)にも苦戦しましたし、宗教的な問題が私の知識外のことで、これにも悩まされました。そんなこんなでやはり大作でした!
では、この辺で。通りすがりさんは明日からまたバリバリ読書でしょうか。ショートショートも大いに楽しみにしています。
開けましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いいたします。
そうですね。「カシオペアの丘で」はホント凄かったですね。僕ももう、良いことを凄いとか言っちゃいますね。それどころか、「ヤバイ」とか言いますからね。こっちの「ヤバイ」はまだ市民権は得られてなさそうですね。
出てくるキャラクターがホントによかったですね。メインの話だけではなく、いろんな部分で別々に話があり、それぞれでキャラクターの人生が問われる感じでしたね。倉田千一郎の背負った重圧とその後の生き方なんかは重いですよねぇ。
本を再読することはほとんどないですけど、これは読み返してみたいと思わせる作品でしたね。
「永遠を旅するもの」ももちろん読みたいですよね。重松清は相変わらず素晴らしい仕事をしますね。1000年も生きなくてはいけないなんて、これは辛いですよね。僕には無理です…。
「カラ兄」の5巻はやっぱりほとんど解説なんですね。イメージでそう思っていただけですけど、当たってました。ホントお疲れ様でした!まさに偉業ですね。誇っていいですよ!
僕はそもそも古典文学はダメですけど、古典が大丈夫なdradonworldさんでもやっぱり分かり難かったですか。本名と愛称が混ざっているというのは聞いたことがありますが、やっぱりそうなんですね。やっぱり僕は挑戦しないことにします!
そうですね、明日ちょっとだけバイトしてこようかなと思っていますけど、明日から本を読むかもです。これからは感想を書くたびに小説もどきを書かないといけないっていう無駄な縛りをつけたので何だか憂鬱(笑)だったりします。まあ適当にやってみようと思います。期待しないでお願いします。
ではでは〜。
こんにちは。
やっと図書館で借りることが出来、『カシオペアの丘で』読了しました。
生まれてこの方、こんなに泣いたことはないってくらい泣きっぱなしでしたよ。
通りすがりさんが2007年の1位に選ばれた本なんだから、ただでは済まないぞ、と覚悟は十二分にしていたのですが、あに図らんや全然足りませんでした。
もうまず、泣くことは避けられないだろうな、と腹は括っていて、でも、なるべく最後まで堪えてやるぞ、と決心していたんですけど、そんな決意も『カシオペア』の前に塵となって吹き飛ばされていきました。
ラストで号泣した『流星ワゴン』での経験から「まぁ、序盤は大丈夫だろう」と高を括っていたら、上のわずか数十ページで見事にやられました。
そして、もうそこからは堰を切ったように涙、涙、涙の大洪水でした。
必死に涙腺に力を込めて頑張るんですけど、じわっと瞼に涙が溜まってきて視界がぼやけて字が滲んで読めなくてなかなか進まなかったです。
というか途中から、本を読んでいるというよりただ泣いているだけになってる時があったりしました。
とまあ、長々と「泣けました」と書きましたが、ほんとにもう「人間ってこんなに涙流せるんだ」って驚きでした。。
ちょっと自分泣きすぎだよな、って思ってたんですけど通りすがりさんも泣きっぱなしみたいだったので安心(っていうのもなんかおかしいですけど)しました。
文句なしに素晴らしい作品でした。
感想の最後の文も全然言いすぎじゃないと思いますよ。
むしろあれでもちょっと控えめなくらいですよ、ほんとうに。
なんかこんなに良いの読んじゃうと、次に読む本がなんだか可哀想な気が(笑)
今年のランキングも楽しみです。どんな感じになりそうですか?
まだあと、2ヶ月もありますけど。
てか、『カシオペア』の内容にほとんど触れてませんね・・・・・・書きたいことありすぎて逆に書けませんでした。
ではでは。
こんにちわです。
やっぱ号泣でしたか。そりゃそうですよね。ありゃダメです。あの作品を読んで泣かない人間はまずいないでしょう
…なんて書いてみたけど、バイト先にいましたね。「カシオペア」貸したんですけど、重すぎて読めなかったって言って途中までしか読まなかった人が。まあやっぱり人それぞれというところでしょうか。
読んだのが結構前なんで僕はすっかり忘れてしまいましたけど、まあ読むのが大変だったのは覚えてますね。僕は歩きながらとかバイト先の休憩室なんかでも本を読むんですけど、そういうところで泣きながら読んでると変な人だと思われますからね(笑)。それをいかに堪えるか。これは本当になかなか大変でした。
重松清は、安易に泣かせようとしていないところがいいですね。自然と泣けてきてしまうというところがさすがだなと思います。
重松清の「その日のまえに」がもうすぐ映画になりますね。まあたぶん観に行かないですけど(笑)
確かに「カシオペア」の後に読む本はちょっと不幸ですね。真逆のジャンルの小説(お笑い系とかホラー系とかガチガチのミステリとか)を読んでみたらいいかもですね。比較しようがない作品だったら、まあまだ大丈夫でしょう。
今年のランキングは、そうですねぇ。僕は何を読んだかさえ忘れてしまうんで困りものですけど(笑)、「ゴールデンスランバー」が1位になりそうな気がしますねぇ。まあ分かりませんが。あと、まあこれは入るだろうというのが何点か思い浮かびます。まあまた年末にでも考えてみます。
こんばんは。
この本が全然ダメって人もいるでしょうね、やっぱり。
どんなものでもそうですけど、例外なく万人受けするものなんてあり得ませんもんね。
でも、自分がその良さを理解出来てたらもうそれで満足、とか思ったりしますけどね。
と言いつつもこれだけ素晴らしい作品となると、他のもっとたくさんの人たちにもわかって欲しい、とも思っちゃいますね。
歩きながら読書ですか、それはなんというか……運動にもなって一石二鳥、なの…かな?
でも、自分には無理ですね、『カシオペア』を人前で読むのは。
堪えきれる自信がありません、否、100%堪えられないと断言出来ます。
もうティッシュ箱抱えて読んでましたからね、多分相当酷い顔になってたと思います。
ほんと、その通りです。自然に泣けてくるんですよね。
重松さんの小説って“わかるよ”って台詞がよく出てきますよね。
あの、優しく包み込むような“わかるよ”がすごく好きなんです。
短い、本当に短いたったそれだけの一言に、なんだか読んでるこっちまで救われるような、って言ったらちょっと大げさですけど、こんな風に“わかるよ”って言ってもらえたら幸せだろうなぁって。
“わかります?”(笑)
こんばんは。
この本が全然ダメって人もいるでしょうね、やっぱり。
どんなものでもそうですけど、例外なく万人受けするものなんてあり得ませんもんね。
でも、自分がその良さを理解出来てたらもうそれで満足、とか思ったりしますけどね。
と言いつつもこれだけ素晴らしい作品となると、他のもっとたくさんの人たちにもわかって欲しい、とも思っちゃいますね。
歩きながら読書ですか、それはなんというか……運動にもなって一石二鳥、なの…かな?
でも、自分には無理ですね、『カシオペア』を人前で読むのは。
堪えきれる自信がありません、否、100%堪えられないと断言出来ます。
もうティッシュ箱抱えて読んでましたからね、多分相当酷い顔になってたと思います。
ほんと、その通りです。自然に泣けてくるんですよね。
重松さんの小説って“わかるよ”って台詞がよく出てきますよね。
あの、優しく包み込むような“わかるよ”がすごく好きなんです。
短い、本当に短いたったそれだけの一言に、なんだか読んでるこっちまで救われるような、って言ったらちょっと大げさですけど、こんな風に“わかるよ”って言ってもらえたら幸せだろうなぁって、そう思うんですよね。
ごめんなさい、ミスって途中で書き込んじゃいました、それも2回も。
本当に申し訳ないです。
気を取り直して続きを、ということで……
次はガチガチのミステリが読みたいですね。
何かオススメはありますか?
読むかどうか分かりませんが、よろしかったらご教授してくださると嬉しいです。
『ゴールデンスランバー』が1位になったら嬉しいですね。
『モダンタイムス』も面白かったですけど、やっぱりこっちの方が上かなぁとも思いますし。
自分は今年は素晴らしい本にたくさん出会えて最高の年でした。
とてもじゃないですけど、順位なんてつけられませんね。
めんどくさいってのが一番の本音なんですけど(笑)
あ、でも通りすがりさんはめんどくさいかもしれないですけど、ランキングお願いしますね、楽しみにしていますので。
なんだか、わがまま炸裂ですね(笑)
こんにちわです。
伊坂幸太郎でさえダメだったっていう人はいましたからね。
万人受けはやっぱありえないです。
でもまあ、「カシオペア」は大抵の人が感動するだろうし、
是非広めたい作品ですよね。
是非布教活動をしてください(笑)
歩きながら読書は毎日してますね。
まあバイトに行くまでの15分間だけですけど。
昨日まで読んでた「ピーター・ノースの祝福」って本があって、
カバーなしではなかなか人前では読みにくい表紙なんですけど、
それももちろんカバーなしで歩きながら読みましたしね。
重松清の作品に救われている人はかなりいるでしょうね。
特に中高生が中高生を扱った重松清の作品を読んだりしたら特にそうかなと思います。
なんか、許されてるような気がしますよね。
ガチガチのミステリですね。
ミステリって言ってもいろいろありますけど、
警察小説だったら断然横山秀夫で、「臨場」「半落ち」「顔」「第三の時効」「動機」など傑作揃いです。大抵短編集ですけど。
ミステリじゃないけど「クライマーズハイ」も傑作です。
密室とかダイイングメッセージとかだったら、有栖川有栖ですかね。僕も作品数としてはそんなに読んでないんですけど、読みやすくてしかもかなり面白いです。
オススメは、江神が探偵のシリーズなんですけど、一作目の「月光ゲーム」はちょっと微妙です。「孤島パズル」「双頭の悪魔」「女王国の城」辺りがいいですね。火坂っていう犯罪学者が探偵をやってるシリーズもいいですけどね。
あとは森博嗣のS&Mシリーズとかですかね。「すべてがFになる」からの10作は傑作です!
あと作品で挙げていくと、歌野晶午の「葉桜の季節に君を想うということ」、山口雅也「生ける屍の死」、殊能将之「ハサミ男」なんかは、まあそれぞれ割と昔の作品ですけど、どれも秀逸です。
他にも、人が死なない<日常の謎>系のミステリというのもあって、
そういうのだと坂木司とか米澤穂信がいいですね。
坂木司の「青空の卵」からの三作、米澤穂信の「氷菓」「愚者のエンドロール」「春期限定いちごタルト事件」「夏期限定トロピカルパフェ事件」「さよなら妖精」なんかはなかなかいいですよ。
まあ機会があったら読んでみてください。
今年のもちろん順位をつけますよ。
まだ二ヶ月ありますからね。これから上位を脅かす作品が出てくるかもしれません。
年末恒例の、「このミス」なんかのランキングも出始める頃だし、まだまだどうなるか分からないですね。
楽しみにしていてください。
こんにちわ。
伊坂さん駄目な人もやっぱりいますか。
自分が薦めた人は今のところ、みんな結構好感触ですね。
でも、自分の伊坂ランキングベスト1であるところの『重力ピエロ』はあんまり評判がよくなくて「感性の違いかぁ・・・・・・」としみじみ思ったりします。
というか、周りに本を読む人自体が少ないですから、おのずと薦める人も限られちゃうんですけど。
ほんとに数人ですけど自分の影響(と彼らは言っていました)で本を読むようになった友人もいたりします。
ただ、彼らの視界に入るだろうところで本を読んでただけなんですけど、それが何故か読書への興味を促したようです。
『カシオペア』を微力ながらも全力で布教していきたいと思います。
『ピーター・ノースの祝福』の表紙見ましたけど、確かにカバーなしだと結構抵抗ある人が多そうですね。
でも自分も基本的にあまり人目を気にしない性質なので、カバーなしでも全然OKですね。
ただ、潔癖症とはちょっと違うんですけど、新刊で買った本とかは滅茶苦茶綺麗に扱わないと駄目、みたいなとこがあってカバーは必須ですね。
まぁでも図書館っ子なので基本ノーカバーです。
許されてるような気、します。
なんかほんのり暖かい小説ですよね、重松作品は。
これからの季節には持って来いです(笑)
オススメの方、ご丁寧にどうもありがとうございます。
是非是非参考にさせていただきます。
流石というか、パッとこんなに作品を挙げられるってすごいです。
相当読んでないとこんなに羅列できませんもんね、経験値が自分とは桁違いですね。
経験値を1冊で1とすると、自分の場合まだ200そこそこです。
通りすがりさんは2000オーバーくらいじゃないですか?もっとかな?
それでいて、感想まで書かれているんですから、もはや、すごい、というか、すさまじい、というか、とにかく敬服に値します。
雲の上の存在と言っても過言ではありません。
残り2ヶ月、ページとカレンダーを捲りつつ、ランキングを楽しみに過ごそうかと思います。
こんにちわです。
まあ僕も、世間で傑作だって言われている時代小説がダメでしたからね。
「のぼうの城」ってやつなんですけど、やっぱ僕は時代・歴史小説は苦手だなぁ、なんて思ったりしました。
僕は、大学時代の友人にはそこまで影響を与えていないような気がするけど、バイト先の人には多少影響を与えたようですね。
元々本を読んでる人もいましたけど(僕のいる本屋は、スタッフが全然本を読んでないのだ!)、
僕がいろいろ本を貸したりする中で幅が広がった人もいるようですね。
なるほど、新刊で買うと丁寧に扱わないといけない気がするんですか。
まあ分からなくはないですけど、カバーってなんとなく邪魔なんですよね。
図書館で本を借りるってのが苦手なんですよね。
っていうか何かを借りるってのがダメで、
未だにレンタルビデオショップの会員カードを作ったことがありません(笑)。
僕もパッとこういうのを思いつくわけじゃないんですよね。
というか、読んだ本のことはすぐ忘れてしまうので。
僕はこれまで読んだ本の全データをWordに記録してまして、
それを見ながらいろいろ書いたというわけです。
いや、2000は超えてないですね。
まだ1600くらいです。
死ぬまでに何冊くらい読めるでしょうかね。
僕も残り二ヶ月、逆転ホームランみたいな傑作が読めることを期待して過ごそうと思います。