2007年06月15日

返品のない月曜日(井狩春男)

取次というものをご存知だろうか?
僕は今では本屋で働き、文庫と新書の担当をやっているわけで、当然取次がなんなのか分かっているけれども、しかし本屋で働く前はそんな言葉を聞いたこともなかったと思う。
そういえば全然関係ない話だが、本屋に入るまでまるで知らなかったことというのはたくさんある。まあどの業界にしてもその業界独自の習慣みたいなものがあるわけだけれど、しかし身近なものでも些細な発見があったりする。
本屋で働き始めてすぐに思ったことが、雑誌の付録は本屋の店員が組むのだな、ということだ。書店にはいろんな雑誌が並んでいて、その中には付録がついているものもたくさんあるが、あれらはすべて本屋の店員が一個一個本の中にいれては、輪ゴムや紐で閉じているのだ。本屋で働く前はどんな風に思っていたかわからないが、しかし漠然と出版社の方で組んだものが送られてくるのだろうとか思っていたのではないだろうか。
まあそういういろいろ知らないことというのがあるのだが、この取次という仕組みもこの業界ならではの特殊なものである。
取次というのは、出版社と書店を繋ぐものである。出版社は本を作る。本屋は本を売る。では取次は何をするかと言えば、出版社から送られてきたものをまとめて本屋に卸すのである。
さてこの取次という仕組みは、出版業界独自のものだという風に書いたのだけど、しかしこの取次という仕組みが問屋とどう違うのかということについてはよくわからない。商品を集めて卸すという点では、問屋と同じ物だと考えてもいいかもしれないと思う。
ただ取次と問屋の最大の違いは、本は取次を通さなければ流通されない、ということだ。最近では取次を通さずに本を流通させようとする出版社がちらほら現れてきたけど(糸井重里がやってるほぼ日ブックスなんかがいい例)、しかし基本的に本というのは取次を通さなければ流通されないものなのである。
これが例えばスーパーに並ぶような商品であれば違うだろう。問屋を通せばいろんなものを瞬時に安く手に入れることが出来るかもしれないが、しかし生産者から直接仕入れることも出来るわけで、必ずしも問屋を通さなければならないわけではないだろう。問屋を通した方がまあ便利だぐらいのものだろう。そうやって本以外の商品というのは、いろんな方法で流通させることが出来る。しかし本というのは、まず取次を通さなくては流通できない仕組みなのだ。
なので出版業界における取次の地位というのはかなり高いらしい。取次ということは絶対、とまでは言わないが、しかしかなり取次の意向みたいなものが反映されるようだ。
また、新しく出版社を立ち上げようとした時に、どこかの取次と取引を開始しなくてはいけないのだけど、しかし大手取次はこの新規の取引というのをなかなか受け付けてはくれないらしい。取引を開始したはいいけどすぐに倒産した、なんてことになると困るからである。ここでも取次の力というのは明白である。
そうやって出版業界において力を持つ取次ではあるが、しかしなかなか表には出てこない。出版社や本屋で働いていないと知る機会もないのではないかと思う。本屋で働いている僕にしても、取次というところがじゃあどんなことをしているのかと言われるときっちりとした答えは返せない。僕の中でも、本を送ってきてくれ、かつ本の返品を受けてくれるところだ、ぐらいの認識しかなかったりするのだ。
書店員が本を書いたり、あるいは出版社の人が本を書いたりすることは時々ある。しかし、取次の人が本を書くというのはなかなかないだろう。そもそも、取次の人でそこまで注目される人というのがまずいないだろうと思う。
本作の著者は、あることで取次の人としては珍しく有名になった人だ。そのお陰で、こうして世にも珍しい取次の人が書いたエッセイという本が誕生することになった。面白いものである。
そろそろ内容に入ろうと思います。
まず著者がどうしてエッセイを書くことになったのか、という話をしましょう。
著者は、倒産してしまって今はないみたいだけど、鈴木書店という取次(「書店」という名前がついているのに「取次」なのは変な気がするけど、まあ出版社なのに「角川書店」みたいな名前があるのと同じようなものかもしれない)で働いていた人である。そこで何をしていたかというと、「日刊まるすニュース」というものを書いていたのである。
この「日刊まるすニュース」とは何かと言えば、一種の情報誌である。いろんな出版社の出版情報や売れ筋情報、こんな企画が進行中ですよみたいなものを書いたものである。
この「日刊まるすニュース」がある時期とんでもなく話題になったようなのだ。ある時期、と言ったのは僕がそれを知らないからで、何せこの本が一番初めに出たのが1985年であるわけで、当時僕は2歳である。その頃の話である。
さて何故この「日刊まるすニュース」が話題になったかと言えば。理由は二つある。一つは、それが「日刊」であったということ。各取次も情報誌のようなものは出していたが、週刊や月刊ばかりだったようで、日刊なんてものはなかった。まずその情報の速さみたいなものが受けたのだ。
そして何よりも、手書きであったということが大きく受け入れられた。活字ではなく手書きによる情報誌という今までなかったやり方で、この「日刊まるすニュース」というのは大きく話題になったのだ。
まあそのお陰で、筑摩書房の松田哲夫が著者にエッセイを書かないかと依頼し、こうして取次の人が書くエッセイというのが誕生したのである。
内容はと言うと、取次の仕事の裏側なんかがメインであるかといえばそんなことはなく、広く出版業界のことについて、または好きな本の話、こんな人がいる、あるいはこんなことがあった、というような様々なことを一緒くたにまとめて書いている感じである。取次のことなんか知らないし興味もないし、と思う人もいるかもしれないけれども、本が好きだという人なら楽しめる話題でエッセイが書かれていると思っていただければいいと思う。
なかなか印象に残っている話が、本の大きさのルーツはどこから来ているのか、というものだ。例えば文庫本のサイズは、世界中みても日本にしかない版型らしい。あるいは四六版と呼ばれるハードカバーサイズのものも同様らしい。ならばそのルーツは何かというのを著者は調べようとしたのだが、しかしどの文献を漁ってみても載っていない。なら自分で予想してみよう、という話なのだ。結局後にそれについて載っている文献が見つかって、著者の予想は外れたことが分かるのだが、しかし面白い発想だったなという風に思いました。
所々に「日刊まるすニュース」が載っているのだけど、これを毎日書いていたのかぁ、と思うとすごいなと思います。膨大な情報を手書きの丁寧な字で書き並べ、欄外にまではみ出すようにしてあれやこれやを詰め込み、また情報とも言えないようなちょっとしたネタも盛り込む。これを30年間続けたというのだからすごい。この「日刊まるすニュース」は、鈴木書店と取引のある書店にしか配られていなかったのだが、しかし話題になるに連れて様々なところから欲しいといわれるようになったという。また「日刊まるすニュース」で取り上げられた本は売れるというジンクスみたいなものもあって、その熱狂ぶりはすごかったらしい。確かにその内容を見れば、それだけ熱狂することもまあ分かるような気がしてくる。
本が好きという人なら読んでみてもいいかなと思える作品だと思います。元の本が大分古いので、出てくる本なんかの情報が大分昔のものになりますが、まあそれはそれとして。気になる人は読んでみてください。

井狩春男「返品のない月曜日」


返品のない月曜日文庫

返品のない月曜日文庫
 

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鈴木書店という出版取次 (以下、取次)で働く社員のエッセイで、取次ならではの日々を綴っている。 書名の意味はあとがきにある。鈴木書店では日曜日が休業日なので書店からの返品は月曜日が一番多くなるのだそう..
悪くはないんだけど全般的に話題が地味【書評:返品のない月曜日 ボクの取次日記】【marginalia.jp:古本、読書、読書グッズの話題】 at 2010年10月27日 22:02