考えてみると、世の中そういうのってあんまり多くないように思う。
スーパーにいる人が、スーパーに陳列されている商品を好きで売っているとは思えない。コンビニでも薬屋でもデパートでもそれは同じだと思う。
またマンションを売っている人だってマンションが好きなわけではないだろうし、保険を売ってる人だってそうだろう。車とかはそこそこ趣味が関わるかもしれないけど、でも自分が好きだと思える車ばかりを売れるわけでもないだろう。
洋服屋だとか食べ物屋は割と好きなものを売れる部類に入るかもしれないけど、どっちにしても店全体の雰囲気によって品揃えが制限されてしまうということがある。
本屋というのは、そういう意味でかなり特殊だと思う。
まず、どこに行っても大抵同じようなものが揃っている。もちろん、店の規模や経営方針なんかによってかなり変わることもあるけれども、しかしそれでもユニクロにある服とエルメスショップにある服ほどの差はないだろう。本屋にはまずこの、どこに行っても同じものが手に入る、というベースがきちんと存在する。
その上で、それぞれの店で個性が演出される。どうしたって似たような品揃えになってしまうという本屋の特性の中にあって、それでもなんとか特色を出そうという余力が本屋にはあるのだ。中華料理屋とフランス料理屋ではそもそも闘うステージは違うが、本屋というのはすべて同じステージで闘わなくてはならない。その同じステージの中で差別化を図ろうとするからこそ、本屋というのは楽しくなるのだ。
そうやって個性を生み出す一環として、好きな本を売るというのがある。自分で読んで感動した本、誰かに勧めたいと思った本、こんな人にオススメしたいという本。そういう本を見つけ出しては、店に並べる。こういうことが出来るのは、本当に本屋ぐらいのものではないだろうか。
だからこそ本屋には、本が好きな人間が集まる。本が好きな人間が集まって、売りたいと思える本を並べて、そうして本屋というものが出来ていく。楽しくって仕方ない。
ただ残念なことに、なかなかそのお客さんに本を勧めるというレベルにまで届かないのが現状だ。
日々雑用に追われ、あるいはルーティンワークに追われ、気づけば就業時間。やるべきことしか出来ずに、やりたいことが出来ないという日々が続くのだ。
本当ならば、もっとPOPを作りたいしフェアもしたい。しかし、なかなかその時間を捻出出来ない。なんとか時間を作っても、そこがまた雑用で埋まってしまうということはざらである。
また、本当ならば話題の新刊や映像化された本よりも、自分が見つけ出した無名の作品を売りたいと思う。しかし、やはり売上のことも考えなくてはいけない。また、その店にあったお客さんの需要みたいなものも無視出来るわけではない。店にあるべき本を外してまで、自分の趣味を押し付けるわけにはいかない。
そんな風にしていると、本屋がどんどん無個性なものになってしまう。本屋というのは、統一されたルールの下で(つまりこの世の中に存在する有限の本を売るというルール)、いかにして個性を出せるかということが勝負だ。無個性で、どこにでもある本屋なんか、価値がないとは言わないが、しかし面白くない。自分がいる店を、そんな面白みのない店にはしたくない、と思う。
まあ、試行錯誤の日々である。まだまだ出来ることはあるし、まだまだやらなくてはいけないことがある。時間はないし大変だけど、でもやっぱり本屋の仕事は楽しい。その楽しさをもっと楽しいものに出来るように、そして当然だけどその楽しさをお客さんとも共有できるように、またこれからも頑張って書店員を続けていこうと思います。
そろそろ内容に入ろうと思います。
さて本作は、小説ではありません。マンガです。しかも少女コミックです。コミックの感想を書いたことがないわけではないけど、しかしそれらは文芸書扱いになるようなもので(「ダーリンは外国人」とか)、純粋なコミックの感想となると、これが初かもしれないですね。しかも、くどいですが少女コミックです。漫画喫茶で「NANA」の一巻を、友人宅で「ハチミツとクローバー」の一巻を読んだことがありますが、自分で少女コミックを買ったのは初めてです。
さてそんな本作ですが、本屋を舞台にした物語になっています。僕は普段書店員のブログをいくつか見ているんですけど、その一つで絶賛されていまして、だから読もうと思いました。「暴れん坊本屋さん」の番子さんが帯に推薦文を書いてますしね。
全部で5つの話が載っています。それぞれ内容を紹介しようと思います。
その前に、主な登場人物を紹介しましょう。
寺山杜三:須王堂書店本店の副店長。生身の人間より本が好きというオタク。東大出身で、一日に10冊の本を読む。
高野あかり:本作の主人公。岡崎の支店勤務だったが、この度本店へ異動することに。キレると三河弁が飛び出す。
加納緑:本店に配属になった社員。慶応卒で仕事はメチャクチャ出来るが、しかし人当たりはかなり悪い。皮肉屋。それでも、アルバイトには優しいし人気がある。二重人格。
では内容に入りましょう。
「マザーグース」
高野あかりは決意の状況をし、本店へいざ!大好きな本に囲まれて楽しい日々が…と思っていたが、どうも前途多難。
同期の緑がどうにも突っかかってくる。そりゃあ仕事が出来ない私が悪いのかもしれないけど、でもそんな言い方ないんじゃないかなぁ…。
でも副店長はいい人だ。なんかふんわりした雰囲気がある。副店長に認められるように頑張ろう!
「いばら姫」
本店のコミック売り場を仕切るアルバイトの森下。あかりはこの森下のことがちょっと苦手である。大々的にコミックフェアをやることになり、あかりもコミック売り場に回されたのだが、コミック売り場を仕切る森下と相性が悪い。何だか魔女みたいだなぁ、と思う。
そんな森下が事件を起こす。絵も描ける森下は同人誌を出しているのだが…。
「ロビンソン・クルーソー」
主任の栞さんは、ベストセラーをいち早く見抜く天才だ。そして、POP描きの天才でもある。売れる本には、大抵栞さんのPOPがついている。
ある時栞さんが、100面陳をすることに。新人作家の本だが、内容がいいので大々的に展開するのだ。初版4000部であるのに本店だけで400冊入荷するという。
さてあかりは、その100面陳のPOP描きを手伝うことになったのだ。
「永訣の朝」
人文系の本を担当するようになって半年。そろそろ注文も任せてもらえるようになった。自分がいいと思った本が売れることは稀である、注文は慎重かつ大胆にと副店長からのアドバイス。
ある日、本の著者が来店され、是非この本を置いて欲しいと言ってきた。読んではみたもののあまりピンと来ない。でも協力してあげたいし、ちょっと置いてみようかなぁ…。
「デイヴィッド・コパフィールド」
児童書のフェアを手伝うことになったあかりと、学参の手伝いをすることになった緑。相変わらず緑とは相性が悪い。自分が悪いのかもだけど、それにしても突っかかりすぎ…。
ある時新人歓迎の飲み会の席で、緑が本屋を馬鹿にするような発言をする。あかりはそれに応戦する。売り言葉に買い言葉。やっぱり緑とはうまくやっていけそうにない…。
とまあこんな感じです。
著者は本屋で働いた経験はないとのことですが、しかしなかなか本屋の内情をうまく捉えていると思います。取材の成果でしょうね。
もちろん本作で登場する須王堂書店の本店はもんのすごく規模の大きな本屋なわけで、それと比べればちっぽけな本屋で働いている僕とすれば知らないこともたくさんあるわけですが、しかしそうそうと思えるところもたくさんあって楽しかったです。図書カードの注文がどかっと来て、で間違いが発覚するとか、クリスマス前のプレゼント包装のすさまじさとか…。
あと話には聞いたことがあるけど、ある本を聞かれて「あの本は確かあの棚の上から三段目の右から五番目にあるな」みたいなことが分かる人が世の中には存在するようですね。本作では副店長がまさにそんな感じで、恐るべしという感じでした。っていうか副店長は一日10冊本を読むらしいけど、無理でしょ、それどう考えても。月に買う本が20万だって。どうやってそれで生活するのよ。まあそんな超人的な人です。
あと、緑みたいな人がいたらちょっと大変そうだけど、でも自分のことを振り返ってみると、結構自分も緑みたいな感じかもなぁ、と思ったり。皮肉みたいなことは言わないけど、上の人間に文句を言ったり仕事が出来ないと言ったりとかしてるんで。まあ緑ほど仕事は出来ないと思いますけどね。僕もそこそこ仕事は出来るとは思うんですけど、そこそこ仕事が出来る人間なんて世の中に腐るほどいるわけで、緑の仕事の速さは羨ましいなと思います。
話としては、「ロビンソン・クルーソー」が良かったですね。100面積みの話ですが、いろいろと考えさせる話でした。僕としては、店長のやり方は間違っていると思うんですけど、しかし世の中の流れというものがあるわけで、一概に善悪で判断できる話でもないのかもしれない、と思いました。
また、「いばら姫」も話としては面白いですね。確かに僕も同じことをされたらキレると思います。この話に限って言えば、緑の激怒は正当性があるし、もっと怒ってもいいのかもしれないな、と思います。ただ、森下の動機みたいなものが描かれて、なるほど難しいものだなと思ったりしますけど。でも、森下って結構可愛いと思うんだけどなぁ。
「永訣の朝」は、是非当店の社員に読ませたいですね。
まあそんなわけで、書店員の立場からすればかなりお勧めです。少女コミックですけど、男が読んでも全然いいと思います。まあ、少女コミックとしてどうなのかは僕には判断できませんが。でもメガネ男子が出てきますからね。萌えですね、これは。読んでみてください。
あと最後に。巻末に取材させていただいた書店様ということで何店か店名と書店員の名前が載っているんですけど、一人知っている人が載ってました。書店業界ではかなり有名な人なんですけど、相変わらず仕事の幅が広いなぁ、と思ってしまいました。
磯谷友紀「本屋の森のあかり 1巻」

本屋の森のあかり 1巻コミック