僕の目の前には、一振りの日本刀がある。場所はどこだかよくわからない。僕は自分がどういう姿勢でいるのかも皆目わからないまま、ただ目の前にある日本刀を眺めている。
美しい。どうしようもなくそう思った。どこからか入り込んでくる光を鈍く反射させ、差し込んだ光すらも切りつけようと意気込んでいる。弓形の体躯を存分に見せつけ、まるで僕を誘うかのようにそこに鎮座している。
僕はゆっくりと手を伸ばす。そうしてはいけない、とどこかで僕が警告するが、僕は伸ばした手をさらに伸ばし続ける。抗えるわけがない。この美しさの前に、触れようとする欲望を抑え付けられるものなど存在しない。僕はそう思い込もうと必至になる。
触れてはいけない。
はっきりと言葉になったその警告を僕は一切無視して、その日本刀の、刃と並ぶ見事さでくっついているその柄に触れた瞬間・・・
僕の視界は、くっきり真ん中で二つに分かれている。ぼんやりとしたその境界線がなんなのか、僕にはまだわからない。僕の視界に映っているのは、目の前に横たわる死体・・・
そう死体だ。理由もなく確信する。仰向けにだらしなく横たわるその死体の顔は、そう、間違いなく僕の嫌いなアイツだ。彼の額から流れ落ちる、わずかに黒ずんだ血が目に入った時、僕はようやく手の感覚を取り戻した。僕の手にも同じく流れ伝う血。その嫌な感触は同時に、僕が両の掌に握っているものの感触も呼び覚ました。
僕は日本刀の柄を握っている。そう意識すれば、視界を二分するものは、日本刀の刃だと知れる。僕は、日本刀を両手で握り締め、まるで剣道の構えのようにして立ちすくんでいる。
どこからか強い光が差し込む。鈍く光るはずの刃はしかし、血に濡れたままその赤を鮮明に映し出すだけだった。
僕は、人を殺してしまったようだ、という恐怖よりも、あんなに美しかった日本刀が血まみれになり、一瞬のうちに容貌を変えてしまったことに恐怖を感じた。
さて、ここまでの文章はこの小説の内容とはまったく無関係で、俺が勝手に作り出した文章です。お粗末さまです。さて、何故こんな文章を書いたのか。
この小説の視点、まあ主人公である「柳瀬」とう男。その男の印象を出来るだけ伝えようと努力した結果が上の文章です。上の文章に出てくる日本刀の印象が、まさに柳瀬の印象そのものだ、と僕は思っています。
まあ、こんな文章で分かって貰えるとは思っていませんが。もし共感できる人がいたらとても嬉しいです。
柳瀬は、6回しか講義に出たことのない医学部の教授から手紙を受け取る。医学界でもかなり有名で評判のいい教授だ。その教授からの思いがけぬ頼み。ある女性を守って欲しい、それが教授の頼みでした。
その教授はその時、ある事件の中心人物でした。尊厳死。その教授は、担当医に相談することもなく、植物状態になった女性の人工呼吸器を止めてしまった。教授は、その自分が殺した女性の娘を守ってほしい、とそう柳瀬に頼んだ。
柳瀬は不登校児の集まる塾でバイトをしている。さまざまなものを抱えて生きていく生徒やその親。また同じくバイトをしている講師やその塾の経営者。誰もが悩み誰もが傷付いて、それでもなんとか自分の居場所を見つけようとしている。
そして、柳瀬自身も、厄介なものを抱えたまま、自らをコントロールして、社会と掏り合わせて、そうして生きている一人だ。
闇を抱えながら生きている人々と、望まなくともその闇を飲み込んでしまう男の物語、というところだろうか。
実際、この小説を説明するのは結構難しい。著者初の長編で、短編ミステリーとはまたかなり違った感じを出している。もちろん、雰囲気や会話の感じはどの作品も共通するものがあるけれど。
どう説明していいかわからない作品をお勧めするのも自分的に納得いかないけど、でも読んでみてほしいと思います。
本多孝好「ALONE TOGETHER」
ALONE TOGETHER双葉文庫