乙一は、その世界を覆う幕をゆっくりと剥がし始めた。音を立てることもなく、誰にも気づかれずに、いつのまにかその膜はなくなっている。そうして僕等はようやく気付く。
世界はこんなにも悪意に囲まれていたのか、と。こんなにも汚れた外側を持ちながら、見えないというだけで安心して、僕たちはその内側で安穏と過ごしていたのか、と。
乙一とともにその膜を剥がす役割を与えられた二人、森野と<僕>。僕はその二人に強烈に、どうしようもなく惹かれている。
二人はGOTHに分類される。GOTHとは文化でありファッションでありスタイルであるらしい。僕も恐らくGOTHに分類されるのだろう。いや、僕は、GOTHに分類されたがっている。
森野と<僕>が、まさにリストカットするかのように、世界に切り込みをいれていく短編集。まったく説明になていない。
乙一の作品、特にホラー色の強い作品を読むと、大抵感じることがある。
美しい、と。
その美しさは、例えるならば、喪服を着た女性を美しいと思ってしまうような、あるいは、シマウマの首筋に飛び掛らんとしているチーターのそのしなやかな肢体を美しいと感じてしまうような、つまり一瞬後に罪悪感も同時に抱いてしまうような美しさだ。その罪悪感すら飲み込んで僕は、その美しさに惹かれる。
森野と<僕>は、周囲から孤立しながら、罪悪感を感じることなく犯罪の観賞を楽しみ愉悦とする。正義感や義務感などなく、異常殺人者にシンパシーすら感じてしまう。
そんな二人が、自ら望んで、あるいは巻き込まれて事件に関わっていく物語である。
六編ある。普段ならば全ての紹介はしないだろうけど、今回はする。気まぐれではない。
「暗黒系 Goth」
森野が喫茶店で拾った手帳。そこには、世間を騒がせていた猟奇殺人についての描写が書かれていた。まだ報道されていない三人目の被害者の記述を見つけた二人は、その死体を捜すべく山へと向かうが・・・
「リストカット事件 Wristcut」
手首だけ切られるという事件が多発している。手首に魅入られた男と、ある手首に魅入られた男の物語。
「犬 Dog」
飼い犬が誘拐されるという事件が頻繁に起きる。殺すために犬を誘拐する少女と、いつしか首を突っ込むようになった<僕>の物語。
「記憶 Twins」
双子として生まれた森野。幼い頃死んだ妹の話を<僕>にする。<僕>は森野の生家へ赴き、森野の過去を知る・・・
「土 Grave」
善人として生きてきた男は、何かを埋めるという衝動を常に持ち続け、抑え切れなくなった欲望を表に出してしまう。何故そんなことをしなくてはいけないのかわからない男と、また首を突っ込むことになった<僕>の物語。本作中最も美しく、最も好きな作品です。
「声 Voice」
姉を無残な形で殺された妹。家族は荒み、以前の面影すらない。彼女は名も知らぬ男からテープを受け取ることになる。そこには、死ぬ間際の姉の声が・・・。かなり素晴らしい作品です。二番目に好きです。
余談を二つほど。
一つ目は、本書のカバーについて。カバーの裏側がとても美しい。例え文庫が発売されても、ハードカバーを手にすることをお勧めします。
二つ目は「乙一」という名前について。以前「石ノ目(文庫では「平面いぬ。」に改題)」で著者は、「昔Z−1という計算機を使っていて、それを文字って乙一にした」と書いていた。でも、もちろん誰かが考えている仮設かもしれないけど、僕はこう思った。
本名のイニシャルが、I・NあるいはN・Iではないか、と。「乙一」を90度回転させればそう読める。考えすぎだろうか。
ちなみに、乙一は僕が住んでいる近くに住んでいるという噂があるけど、どうかは知らない。
乙一「GOTH−リストカット事件−」
GOTH―リストカット事件