まあそれはとりあえずいいんですけど、僕が結局分からないのは、僕は自分の家族のことが苦手なのか、あるいは家族というものそのものが苦手なのか、ということです。これはさすがにまだ分からないわけです。
僕はもちろんこれまでに一つの家族しか経験していません。偶然その家族が僕に合わなかった、という可能性はあるでしょう。例えばこれから僕が万が一にも結婚するようなことがあって新しい家族を作るようなことになれば、おぉなんだ家族っていいものなんじゃないか、とか思ったりするのかもしれないし、逆にあぁやっぱり僕は家族というそもそもの集まりが苦手なんだなとか思ったり、まあどっちかはまだ分からないのだろうな、と思います。
ただ、これまで経験した家族というのがどうもあんまり好きではないので、新しい家族を経験したい、つまり結婚したいなという風にはあんまり思えないのは事実ですね。まあ恐らく結婚しないだろうなぁ、とも思っていたりするし。
さてちょっと話は変わって、大家族の話をしようと思います。よくテレビでやっているあれです。
僕はあの大家族のテレビ番組なんかを見ていると、もちろんやっぱり家族ってめんどくさいなぁ、と思うのと同時に、あぁいう生活もちょっとは羨ましいなぁ、と思ったりするわけです。
めんどくさいなぁ、と思う部分は、まあ説明する間でもないですけど、人がいつもいっぱいいてうるさいとか、分担しなくちゃいけない仕事がたくさんあるとか、あんまり個人個人の願いが叶わなそうだなとかまあそういったことですね。実際大家族っていうのはホント大変だろうな、と思うわけです。洗濯だの料理だのっていうのももの凄い量になるし、あれだけ子供がたくさんいればトラブルも絶えないでしょう。
一方で羨ましいなぁ、と思える部分は、きっちりとしている点です。
大家族で生活をするというのは、きっちりルールが存在していてそのルールがきっちり守られているということです。もちろん破るやつは出てきますけど、そうするときっちりと怒られるわけです。
僕はそういう風に、何事もきっちりとしているというのが好きなわけです。大きなものがいくつかのシンプルなルールで運行している、というのがいいですね。
だから大家族の子供たちは、下の子の面倒も見るし、買い物にも行くし、洗濯物も畳むわけです。食べ終わった食器は自分で流しに持っていくし、料理の支度を手伝ったりするわけで、そういうことを自然とやるわけです。ルールを守らなかった子供には親がきっちりと叱り、ルールが絶対であるということを示すわけです。当然親もそのルールを守っているわけで、だからこそその背中を見ている子供たちも自然とそのルールを守るようになっていくわけです。
逆に最近増えているだろう一人っ子なんかの場合だと、そのたった一人しかいない子供がルールブックになったりします。子供はワガママを言い放題で、何でも買ってもらったり、なんでも与えられたりするのでしょう。なんか間違っている気がしますが、しかし子供が一人しかいない環境ではそれも仕方ないことなのかもしれないな、とか思ったりします。
家族の温かさとか言ったものは正直僕にはよく分からないのだけど、しかしこの世のどこかに、あるいは未来のどこかに、僕にぴったり合う家族の形があればいいなぁ、と思います。もしそれに出会うことが出来なくても、まあそういうものが存在するのだ、ということだけでも分かると嬉しいかもしれませんね。ちなみに、この「東京バンドワゴン」の家族だったら、いくらでも仲間に入れて欲しいものです。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は四つの短編を収録した短編集になっていますが、まず作品全体の説明をします。
舞台は、下町に古色蒼然と存在するある古本屋一家です。
その古本屋は三代続く伝統ある店で、お店の名前は「東京バンドワゴン」です。昔からこの名前だったので、当時はかなり珍しがられたそうです。
現在の主人は堀田勘一。でこの家族はとにかくやたらたくさんいるわけで、勘一の息子で伝説のロッカーである我南人、我南人の長女で画家でシングルマザーの藍子、藍子の娘で花陽、我南人の長男でフリーライターの紺、紺の妻で元スチュワーデスの亜美、紺と亜美の息子で研人、我南人の愛人の子で旅行添乗員の青、とまあたくさんいます。こういった面々がみな一つ屋根の下で生活をしているわけで、それはそれは騒がしいものです。古本屋の隣では手作りのカフェも併設していて、男は古本屋を、女はカフェをそれぞれ切り盛りする、という感じになっています。
さてこの家族には、二年前に亡くなってしまった、勘一の妻だったサチという女性がいます。この物語の視点は、この天に昇ったサチが務めます。時々運がよければ紺と会話をすることは出来ますが、それ以外には家族に何も出来ない身でありながら、いつも空の上から家族を見守っています。
ではそれぞれの内容を紹介しようと思います。
「春 百科事典は何故消える」
東京バンドワゴンでは奇妙なことがありました。朝、店のものではない百科事典が二冊棚にささっていて、それが夕方になると姿を消すのです。たったそれだけのことで実害もないのでしばらく様子を見ることにしたのですが、次第に状況が分かってきます。しかし、その話が解決したと思ったらまた別の問題が持ち上がり…。
「夏 お嬢さんはなぜ泣くの」
藍子の様子がどうもなんとなくおかしい。どこがというほどでもないのだけど、なんとなく何かに気を取られている、というか…。
プレイボーイである青に嫁入りに来たのだといって、牧原みすずさんという女性の方が押しかけてきました。その日から住み込みで働くことになったんですけど、よく気が付く女性で働き者。しかしどうもみすずさんも青も沈んだ顔をしているような気が…。
その他にも、猫の首輪に文庫本の切れ端がついていたり、あるいはストーカーが現れたり、なんだかバタバタしています。
「秋 犬とネズミとブローチと」
岐阜のある温泉旅館の主人が、大量の古本を処分したいと言ってきました。その鑑定のために紺が出掛けて行くことになったんですけど、しかしこれが一騒動になりまして…。
一方で、老人ホームで嘘の外泊届けを出した女性を巡って、ちょっとした縁から東京バンドワゴンの面々が駆り出されることになりました。さてその女性は一体どこへ行ってしまったのやら…。
「冬 愛こそすべて」
勘一が風邪をこじらせて寝込んでいます。もうすぐ青とみすずさんの結婚式があるというのに大丈夫でしょうか。
青が結婚するのだから、我南人の愛人だった人にも連絡を取って式に出てもらえばいいじゃないという藍子の言葉に、我南人は藍子をあるところへと連れ出すのだけど…。
一方で青とみすずさんが式を挙げる神社の神主さんがある本を見つけたと言ってやってきました。それは、夏目漱石の「それから」の初版本だったんですけど、そこには東京バンドワゴンの先々代が書いたと思われる家訓がたくさんありました。そしてその一つに、「冬に結婚するべからず」というのがあって、さて皆どうしようか悩んでしまいます。そういえばこの神主さん、今浮気をしているのではないかと疑われているのですねぇ。
というような話です。
いやはや、とにかくべらぼうに面白い話でした。もともと本作の評判は知っていたんですけど、予想以上に面白かったなという感じでした。素晴らしい!
まず何よりも素晴らしいのは、とにかくこの東京バンドワゴンの面々の描き方ですね。大家族の生活をうまく描きながら、いろんな人の特徴をどんどんストーリーの中に盛り込んで行く感じは素晴らしいものがあります。一人一人が本当に突出した魅力あるキャラクターになっていて、それぞれがそれぞれに役割を持っていて、誰かの出番が少ないということもなく皆均等に話に登場してくる辺り、かなり作家の腕があるのだろうな、という風に思いました。
とにかくこの家族を巡ってはいろんな複雑な事情があるわけで、藍子がシングルマザーだったり、我南人の愛人の子がいたり、青の押しかけの嫁入り候補が飛び込んできたりとまあ大騒ぎですけど、でもそういう話もストーリーの中にうまく織り込みながら何らかの進展を見せるので非常にうまいなと思いました。
一つの短編の中にいくつかの出来事を盛り込んで、まあそれらが密接に関係することも関係しないこともあるんですけど、あれだけ短い話の中にこれだけいろいろ詰め込めるのは見事だと思いました。
とにかく読んでいて、この東京バンドワゴンという家族が非常に羨ましく思えてきます。みんな気持ちが優しいいい人ばかりだし、先々代が残した家訓を未だに律儀に守ろうとしているし、家族のどんなことでも(多少諍いはあるにせよ)大らかに受け入れてくれるし、毎日ドタバタしてるけど楽しそうだし。こんな家族の一員として生まれたら、僕も楽しかったかもしれないな、とか思ったりします。
さて本作を読んで僕が一番感心したのがその視点についてです。先ほども書きましたが、本作はもう死んでしまってこの世にいないサチという女性が視点を務めているのですけど、この手法はかなり新しいなという風に思いました。いや、もちろんこれまでにもこういうやり方はあったかもしれませんが、それは作品の必要性からそうしてきたものばかりだと思います。すぐ思いつくのは有栖川有栖の「幽霊刑事」ですけど、この作品の場合、確か何かの事件に書き込まれて命を落とした刑事が、死んでからその事件の真相を解くというような話だったはずで、これだと死んだ人間が視点人物になるのは必然だと言えます。
しかし本作のような作品の場合、視点人物が死んでいる必要性はまるでないわけです。でも、そういう小説でこういう視点を採用したことで非常に大きな利点が生まれているように思います。
この死んだ人が視点人物であるといいうのは、一人称でありながら神の視点を持つことができるということです。通常一人称の小説の場合、その視点人物がいないところの描写は出来ないという問題があるのですが、死人であれば割と自在にあっちこっち移動出来るわけで、そういう意味で都合がいいわけです。また一人称の小説なので、三人称のように堅くなることもなく、また内面の描写も自然に描ける、というわけです。こういう形の視点をとった小説はこれまでにもあったかもしれませんけど、少なくとも僕が知る限り本作がもっともいい効果を上げているという風に思いました。お見事です。
これ確か続編があったはずなんですけど、それもすぐ読みたいですねぇ。僕は小説を映像化するのはあんまり好きではないですけど、でもこの作品は連続ドラマなんかにしたらかなり面白いような気がします。僕はあんまりタレントの名前とか知らないんですけど、誰がどの役をやるのがいいかなぁ、なんて思いながら読んだりするのも面白いかもしれません。とにかく是非読んでみてください。最高に面白いと思います。かなりオススメです。
小路幸也「東京バンドワゴン」

東京バンドワゴンハード