2005年02月14日

MOMENT(本多孝好)<再読>

人は皆、自分の中に一つの天秤を持っている。そして、その片方の皿に自分が乗っている。生まれた時、もう片方の天秤には何も載っていない。
人は生きていく間に、その天秤を釣りあわせようと、もう片方の皿に載せられる様々なものを探していく。金を稼ぎ、友を得、名誉を勝ち取り、権力を手にし、結婚し、子供を持ち、子供に何かを残し、歴史に何かを残し、綺麗だと言ってくれる人を抱きしめ、格好いいと言ってくれる人をはべらせる。死ぬまでにその天秤を釣り合わせることができれば幸せだ。そういう幻想をどこからか誰かに植え付けられ、あるいは創造主に予め与えられた人間は、釣り合わない天秤にいつも不満を抱くことになる。
自分が病気で死ぬ、あなたにはそれがどうしようもなくわかっている。やはりまだ天秤は釣り合っていない。そんな時、その天秤を釣り合わせるだけの重りを手に入れてきてくれる人がいる、そんな話しを耳にしたら、あなたはどうするだろうか?その話を信じたところで、誰があなたを責めることができるだろうか?
本作の紹介に入りましょう。
ある病院で、掃除夫としてアルバイトに励む神田。その病院には昔からある噂が語り継がれてきた。
「死ぬ間際に一つだけ願いをかなえてくれる黒衣の男がいる」
残酷な噂である。死を間際にした人にしか出回らないというその噂は、病院特有の雰囲気から生まれ出たのだろうが、それにしても「願いが叶うかもしれない」という幻想を死の間際に植え付けられるというのは、やはり残酷なことだろう。
いつしか噂は、黒衣の男から掃除夫へとその名前を変えた。
神田はふとしたきっかけからその噂に乗ることになる。公に明かすわけではないが、それとなく願い事を聞き、自分がその噂の主ではないけれども、という雰囲気でしかし願いを叶えていく。一つだけ、死を間近にした人の願い事を。
そんな、死を迎えるだけの患者と、掃除夫にして請負人となった男との、四編の心温まる出会いの物語である。
そう、つまり冒頭の天秤の話なわけだけれども、しかしこの小説は天秤の物語ではなかった。表題作「MOMENT」で明かされる真の物語は、心のどこかに何か表しがたい何かを残すかもしれない。

「FACE」
戦争という場で犯した罪。それを消し去るために与えられるはずの罰が与えられない老人。自分が殺してしまった男の家族に自然に接触して、その様子を報告してほしい。それが老人からの最後の願い。老人は自らに罰を与えるために罪を繰り返す・・・

「WISH」
心臓に障害を持つ14歳の少女。修学旅行先で撮った写真。そこに写っている男の人にこの写真を渡してきてほしい。それが少女からの最後の願い。幼すぎた純粋な想いが無機質な病室で結実する時・・・

「FIREFL」
乳癌の再発で再入院した女性。いくつか頼まれる、あまりに些細な、願い事というよりはお遣いと言ったほうがいいような用事を女性は口にする。世界から取り残された一人の女性の、死ぬ間際に望んだことは・・・一番美しく切ない話です。四編の中で一番好きです。

「MOMENT」
冒頭「FACE」から度々登場する、特別室に入院する老人の物語。しかし、この物語については、詳しく説明することを避けようと思います。

作者本多孝好は、少ない線描で驚くほど似ている似顔絵を書くアーティスト、といった雰囲気がある。相変わらず会話は最小限で、文体もどこか冷淡で突き放したような感じがあるけれども、それが文章という形になると心温まる物語に変わってしまうのだから不思議なものである。
この物語の中で、時折書かれる疑問がある。それは登場人物が登場人物に投げかけたものであるのだが、そこだけ作者から読者へ直接語りかけられているような雰囲気になるのは僕だけだろうか。
「人は死ぬ間際に何を考えて死ぬべきなんだろうか」
あなたは何か答えらしきものを浮かべることは出来ますか?

本多孝好「MOMENT」


MOMENT

MOMENT
 

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この記事へのコメント
Missingに続きMOMENT。もう〜、切ない。全ての話が泣けちゃう。また電車の中でうるうるしてた。
神田君は今時のやっぱりちょっと渇いている学生なんだけど、いいこと言うし、するんだな。最後の話、私は彼のやったことが正しいとは思わないけれど彼なりに考え、行動したことはそれはそれでまた納得できる結末なのかもしれない・・・と思った。
自分のために他人が一生懸命になってくれるのって、ものすごく力になるんだよね。分るな〜。
とにかくすべて素敵な話でした。
本多孝好・・・最高です☆
Posted by K at 2005年10月26日 21:49
しかしまあ、いちいち書き込みの名前が違うんだな。

病院っていう設定がまたいいんだろうね。なんだか、悲しみが巣食っているような場所だからさ。神田はまあよくわからない人間だけども、ああいう人はいてもいいと思う。

なんていうか、それがどんなものであれ、もう一つの現実を見せてくれる存在ってのは、いいと思う。
Posted by 通りすがり at 2005年10月27日 01:23
「MOMENT」は私の最も好きな本多作品です。神田クンの優しさ、森野(葬儀屋の)さんの的を得た言い回し、掃除のおばさんまでみんな大好きです。「結局、自分自身に折り合いが付けられない」等と森野さんに言われるシーンがありましたね。

「もう一つのMOMENT」を読んでから、この本は神田クンと森野さんの恋愛小説という別の読み方があることに気づきました。
この中では「FIRE FLY」が好きです。村上春樹の短編「螢」を思い浮かべました。
Posted by doradon at 2006年05月21日 16:31
僕も、本多孝好の作品では、「MOMENT」が一番好きですね。一番残念なのが、文庫の表紙があんまり好きじゃないこと。ハードカバーの表紙の方が断然好きですね。

死という重いテーマを扱っているにも関わらず、暗くなるわけでわなく、繊細さをまとってうまく小説としてまとまっていますね。でも、神田くんと森野さんの恋愛小説、という見方は新鮮ですね。
Posted by 通りすがり at 2006年05月21日 21:16
またまた失礼します。「MOMENT」の表紙は、断然ハードカバーの方がすてきです。どうして、文庫ではああなってしまったのでしょうね。残念です!
文庫本のランキングである月(出版されたばかりの頃です)のBEST10に入っていたことがあり、嬉しかったですよ。

本多ファンとしては、文庫、ハードカバー両方をその時によって使い分けています。何度読んでも、飽きませんが、次作を早く!とお願いしたいです。
伊坂さんとは大のお友達、と何かの本で書いていらっしゃいましたので、せめて彼の3分の1(年に2冊程度)は書いて欲しいです。
Posted by dradonworld at 2006年05月22日 21:57
やっぱり表紙は、ハードカバーの方がいいですよね。なんか、もったいないな、という感じがしました。まあ、装丁もいろいろと難しいのだと思うけど。
僕は未だに売り場に平積みにしています。最近はそこまでは売れないけど、個人的な趣味で(基本的に個人的な趣味で売り場に置く本を決めています)当分外さないだろうな、と思います。

とにかく、次作を早く!というのはホントですよね。文句を言うつもりはないですが、読者を待たせすぎではないかと…(って文句言ってますね 笑)
伊坂幸太郎と大の仲良しというのは初耳です!本多孝好も仙台に住んでるんでしょうかね(まあそんなわけないか)。見習ってほしいものですよね〜。
Posted by 通りすがり at 2006年05月23日 02:47