僕たちは、いろんなレベルで真実というものと接している。友人間や家族間など狭いところだったり、あるいは世間一般的に通用するものなどである。
友人や家族間の真実というのは、比較的『本当のこと』に近いものを知ることが出来るだろうと思う。誰かが意図的に嘘をついたりするのでない限り、僕らが知ることの出来る真実は限りなく『本当のこと』に近いだろうと思う。間に余計な情報が入り込むこともないし、情報が遮断されるということも少ないだろうと思う。
しかし、世間一般に通用する真実というのはそうではない。
僕らはどこから世間一般に通用する真実を知るかと言えば、それは大抵なんらかのメディアである。新聞やテレビやインターネットと言ったものから、そういう真実を知ることになる。
僕はそういうメディアと接すると常に思うことは、これはどこまで『本当のこと』なんだろうかと思ってしまう。あるニュースを見ていても、そこで語られていることはどこまで『本当のこと』なのだろうか、と考える。
とは言うものの、実際そこまで深く考えるようなことはない。僕はテレビはほとんど見ないし、ニュースはネットで見るような人間だけど、それでも日々たくさんの情報にさらされている。ネットで自分が見ようと思った情報だけ選択していてもかなりの量になる。その一つ一つについて、これは本当はどうなんだろう、と考えるようなことはもちろんない。本当なんだろうか、と一瞬の疑問があって、それからすぐにそれについては忘れてしまう、ということの繰り返しである。
僕がメディアをあまり信じることが出来ないのは、メディアというものが本質的に大衆を向いているものではない、という事実がある。メディアというのはとにかく広告によって支えられている業界なわけで、つまり彼らはよりお金を持っている人間の方を向いて情報を流しているということになる。
となれば、メディアで流される真実が『本当のこと』である必要もなくなってくる。メディアが大衆に支えられている業界であれば、メディアは出来る限り正確に『本当のこと』を伝える努力をしなくてはいけないだろうと思う。しかし、よりお金を持っている人間の方を向いている現状では、そのお金を持っている人に有利な真実がメディアに乗って流されるというのは当然のことである。
僕らはそもそも、世の中で起こっている『本当のこと』の本当に僅かな上澄みしか見ることが出来ない。普通に生きている人間にとってはそれで充分なのだ。その上澄みだけの情報でも多すぎるほどだ。
しかしその上澄みは、情報を発信する側によって操作されているかもしれない。ほんの僅かなその上澄みの情報ですら正しくないかもしれないのだ。となれば僕らが知っている真実などちっぽけなものであるし、『本当のこと』など永久に知ることなど出来ないだろうと思う。
最近ではインターネットで個人が情報を発信できるようになったために、今までメディアには流れてこなかった情報もたくさん知ることが出来るようになった。そのため、そもそも世間一般に通用する真実というものさえもなくなりつつあるのかもしれない。それぞれの人間が信じたいものだけ信じるという時代になるのかもしれない。
しかし一方で、日本人というのはまだまだメディアによって踊らされてしまう傾向にある。メディアで話題になればすぐ飛びつくし、最近ではその傾向がさらに強くなった。みんなが信じていることを率先して信じるような傾向もあるし、やはりまだまだメディア安泰の時代は終わらないのかもしれないな、という感じもする。
結局のところ、『本当のこと』を知りたいかどうかによるのだろう。僕は別に知らなくてもいい。メディアに踊らされている人も、また大衆を躍らせている人も、そんなものはどうだっていいのだろうと思う。ただ、真実という幻想を創り出すことが出来れば、人間というのはどこまでも満足できるのかもしれない。
そろそろ内容に入ろうと思います。
刑事になったばかりの新米である佐原夏輝は、喪主を務めていた。同じく刑事だった祖父が亡くなったのだ。母親は失踪し、また刑事である父親もどこかに行ってしまったために、孫である夏輝が喪主をすることになったのだ。そんな夏輝は、時々顔を出す父親が酷く嫌いだった。島尾明村という男で、いつも厭味ったらしくかっこつけてばかりでとにかくおかしな男だ。
そんな男と一緒にペアを組んで捜査をすることになってしまった。明村は捜査一課の五係所属で、分署所属の夏輝は五係のメンバーに「ジュニア」と呼ばれるようになった。
事件は、貝塚という街の裏で暗躍する悪党がビルから転落死したというものだ。事故なのか事件なのか判然としないが、しかしこんな所轄でも対応出来そうな事件に警視庁の捜査一課が乗り込んでくるのもおかしい。何か裏があるのだろう。
父親と組んでより一層そのおかしさを実感した夏輝ではあったが、刑事としてのイロハも多少教えてもらった。
貝塚の転落死は一向に捜査が進展しないまま、次の事件が起こってしまう。なんと、五係の班長だった鍵山が何者かに殺されてしまったのだ。事件の裏には大きな構図があると思われたが、なかなかその線に辿り着くことが出来ない。しかしひょんなことから新米である夏輝が特大と思われる重要を手にすることになり…。
というような話です。
いやはや、かなり面白い作品でした。僕の中では、「犯人に告ぐ」よりも上出来な警察ミステリではないかと思います。
本作で起こる事件自体は、「犯人に告ぐ」と比べて全然地味です。転落死や普通の殺人事件で特に目立った要素はないんですけど、それでも本作の方が出来栄えがいい気がします。
その最大の理由は、出てくるキャラクターがホント面白いというのが挙げられます。
本作は、海堂尊のバチスタシリーズになんとなく似ている感じもします。バチスタの登場人物にはそれぞれ二つ名のようなネーミングがあるんですけど、本作でも似たようなものがあります。「ゴブリン小出」だの「荒木アラエモン」だの「ジェントル島尾」だの「アイスマン鍵山」だの「バチェラー古雅」だの、とにかくいろんな名前が出てきます。そしてその名前に劣らず、みんな結構癖のあるキャラクターです。作中で、刑事はみんなちょっとどこかおかしくなってくるものだ、というようなセリフが出てくるんですけど、本作を読んでいるとさもありなんという感じです。
そしてその中でもトップクラスの奇人が「ジェントル島尾」こと夏輝の父親である島尾明村です。
この男、夏輝に嫌われていることを知っていながら、何だかんだと馴れ馴れしく(ちょっと表現はおかしいけど)接してきます。まるで禍根など何もないかのような接し方で、そこがまた夏輝をイライラさせます。
しかも刑事としても変で、刑事の心得としてまず一番初めに教えたのがジャケットプレイです。何かといえば、いかにかっこよくジャケットを着ることが出来るか、あるいはいかにかっこよく身分証を提示できるかというもので、その馬鹿馬鹿しさに夏輝は呆れます。またクーガーの撃退法なんていうまるで使い道のないテクニックまで教えてくれます。
突然相撲を取ろうと言って来たり、大事な場面では常に足がつるなどとにかく変な男で、とにかく読んでて面白いキャラクターでした。
また刑事以外にも相星という情報屋や平石という綺麗な女性が出てきたりした、なかなかキャラクターで読ませる小説だなと思いました。
そういえば、警察小説で情報屋というのが出てくるのも珍しいなと思いました。実際の刑事がそういう情報屋を飼っているかどうか僕は知りませんが、でも確かにそういう情報屋の存在なくして事件を追うのは難しいだろうな、という感じもします。馳星周のようなノアール系の作品にはよくそういう情報屋の話は出てきますが、本作のような警察小説に出てくるのは結構珍しいのではないか、と思いました。しかもその情報屋がなかなか活躍する話で、そういう意味でも面白いと思います。
また事件自体は地味ですが、解決に近づくに連れていろんなことが込み入ってきて、最後はまさかそんなところに繋がるか、というところまで行くので本筋のストーリーももちろん読み応えがあります。
というわけで、今年読んだ本の中でもかなり上位に来る作品だと思うし、今年読んだミステリの中ではかなりトップクラスだと思います。このミスにも10位以内にランクインするんではないか、と思います。分かりませんが。かなり面白い作品だと思います。是非読んでみてください。
雫井脩介「ビターブラッド」

ビターブラッドハード