早速だけど、先に物語の紹介に入ろうと思う。
舞台は孤島のハイテク研究所。ゼミ合宿に訪れた犀川ゼミ一行だが、犀川と萌絵だけは、その研究所で事件に巻き込まれる。
その研究所には、少女時代から完全に隔離された生活を送っている一人の天才、真賀田四季がいた。研究所に犀川と萌絵が訪れたまさにその瞬間、悲劇は目の前で繰り広げられた。
隔離されいるはずの四季の部屋から、ウエディングドレスを着、両手足を切断され、ロボットに乗せられた死体が現れた。
監視カメラの設置された入り口。中から開けることが不可能な入り口。完璧なはずの研究所のシステム。全てをかいくぐり殺人を実行、逃亡した犯人を犀川と萌絵が追う。
と、こう書いてしまうと普通のミステリだな、という感が否めないけど、まったく違う。全然違う。それをどう伝えようか考えてみた。
トリックがあるようなミステリというのは、大体次の三つの組み合わせで構成される。
Who done it.(フーダニット:誰がやったのかということ、犯人)
Why done it.(ホワイダニット:何故やったのかということ、動機)
How done it.(ハウダニット:どうやってやったのかということ、手法)
しかし、森博嗣は新たなダニットを作り出した、というのが僕の考えです。それを、What done it.(ホワッツダニット:何がやったのか、思想)と名付けようかと思います。
森ミステリにおいては、上記の三点はあまり重要視されません。正確に言えば、萌絵は上記の三つにこだわりますが、犀川はそれには興味がない、ということです。僕は、犀川の視点考え方が森博嗣自身のそれだろうと思うので、上のように書きました。
犀川は、犯人が誰であるとかどうして殺したのか、という点は興味がないように見えます。それは、問題を考えるうえで考察しておく必要がある場合のみ意識に登らせるのみで、それ以外は関心外だと思います。
特に、何故殺したのか、という動機には無関心です。それは、動機なんかやった本人だってちゃんとは説明出来ないだろうから、考えたって仕方ないよ、というような考え方を持っているからだと思われます。それにはかなり賛成で、解説で瀬名秀明も書いていますが、殺人の動機として過去のトラウマを持ってくるのは、読者が納得なり落ち着きなりを求めるためにあるだけの話であって、それが書かれているのは寧ろ不自然だ、と思います。だから森ミステリを読んでいると、どうして殺人を犯したのか、という説明はほとんどなされなくて、時折不安になるけれども、そこがいいと思います。
さて、では俺が勝手に命名したホワッツダニットについて説明しましょう。
森ミステリでは、他のミステリでも当然そうですが、とてつもなく不可思議な状況設定がなされます。当然それは犯人が仕組んでやったことなわけだけれども、何故その手法を使ったのか、何故その状況になるようにしたのか、というような、そういう犯人の思想について言及しているように思います。
わかりずらいですね。どうもうまく説明出来ません。
普通のミステリでは、動機は人を殺すために、トリックは捕まらないために設定されていると思います。でも森ミステリでは、動機はわからないものとして、トリックは犯人の思想を表現するために設定されているような気がします。そういうことです。そういう犯人の考え方、思想、そういったものを奥深く追求していくのが森ミステリだと思うわけです。
わかりずらくてすみません。
本当に、この才能に出会えてよかったと思います。是非読んで欲しいと思います。理系ミステリといわれていますが、理系的な知識が必要であるわけではないし、セリフの選択や登場人物の設定などが本当に見事で、ミステリ的な部分以外でもとても楽しめます。
是非どうぞ。
ちなみに、萌絵(もえ)を蒔絵(まきえ)と読みそうになるのは僕だけでしょうか?
では、森博嗣の作品を読む時の癖で、気になったセリフなどを抜き出してみようと思います。
「(前略)数字の中で、7だけが孤独なのよ」
(後略)
「(前略)所長のお知り合いだそうで・・・」
「お知り合いの・・・四乗根ぐらいです」(後略)
(前略)すべてがFになる(後略)
(前略)
「西之園君。デリカシィという言葉を知っている?」犀川は萌絵に言った。
「珍味のことでしょう?」萌絵は答えた。こういった状況における彼女の頭の回転速度は驚異的である。
(後略)
(前略)
「大丈夫です。先生こそ・・・お疲れでしょう?」萌絵は脚を組んで行った。
「そうね、マカデミアナッツよりは、ちょっとましかな・・・」犀川は真面目な顔をして言った。
少し考えてから萌絵が言う。「マカデミアナッツ?どういう意味ですか?」
「はは、意味はないよ」犀川は笑う。「意味のないジョークが、最高なんだ」
(後略)
「(前略)四季さんの頭脳は、一人の人格には広すぎるんじゃないかしら・・・」
(後略)
(前略)電動の工具は、スクリュードライバ、ドリル、ジグソー、サンダ、グラインダなどである。(後略)
(前略)
「いいわ・・・」萌絵は一瞬考えた。「333667と2331をかけるといくつ?」
「7が九つ並ぶわね」女はすぐに答えた。
(後略)
(前略)「どこにいるのかは問題ではありません。会いたいか、会いたくないか、それが距離を決めるのよ」
(後略)
(前略)
「思い出と記憶って、どこが違うか知っている?」犀川は煙草を消しながら言った。
「思い出は良いことばかり、記憶は嫌なことばかりだわ」
「そんなことはないよ。嫌な思い出も、楽しい記憶もある」
「じゃあ、何です?」
「思い出は全部記憶しているけどね、記憶は全部は思い出せないんだ」
(後略)
(前略)
「僕にはできないな・・・」犀川は煙を吐きながら言った。「地球の半径方向の距離には弱いんだ」
(後略)
(前略)
Time is moneyなんて言葉があるが、それは、時間を甘く見た言い方である。金よりも時間の方が何千倍も貴重だし、時間の価値は、つまり生命に限りなく等しいのである。
(後略)
(前略)
「完全になろうとする不完全さだ・・・」犀川は呟いた。もしかしたら、英語でしゃべっていたかもしれない。
(後略)
(前略)
ああ、人が殺されるというのは、こんなに大変なことなのか、と犀川は急に思った。
(後略)
(前略)
「先生・・・、現実って何でしょう?」萌絵は小さな顔を少し傾けて言った。
「現実とは何か、と考える瞬間にだけ、人間の思考に現れる幻想だ」犀川はすぐ答えた。
(後略)
(前略)「犀川先生にお考えがあるのです。先生は事件のことを誰よりもよくご存知ですわ」
「犯人の次に、ですけど・・・」犀川は萌絵の言葉を訂正した。
(後略)
(前略)
「自信家ですこと」四季が笑いながら言った。「想像しアとおりの方ね」
「いえ、真実に気がつけば、誰でも自信家になれます」犀川が本心を言う。「自信なんて、小心者のポケットみたいなものです」
(後略)
(前略)「復讐するためには、その以前に敗北が必要です。私はこれまでに敗北したことがありません。ですから、復讐というものの精神さえ実感出来ないわ。(後略)」
(前略)
「死を恐れている人はいません。死にいたる生を恐れているのよ」四季は言う。「苦しまないで死ねるのなら、誰も死を恐れないでしょう?」
(後略)
森博嗣「すべてがFになる」
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