また北村薫の作品に「ターン」というのがあって、これは映画にもなっている。これも同じく、ある同じ一日が永遠に繰り返されてしまう、という話である。しかもその繰り返されてしまう世界には主人公ただ一人しかいないというとんでもない話である。これだけの設定でよく一本の長編小説が書けるものだ、と思ったものである。
この同じ一日が何回も繰り返されてしまうという設定は、まあそれなりに使われるものだと思う。他に例がパッと思いつかないので、本作を含めてこれまでに三つ知っているということになるだろうか。
もし自分にそんなことが起こったらどうだろうか、と考えてしまう。
僕は正直言って、日々同じような退屈な生活をしている。37日前の自分と59日前の自分と103日前の自分を比較した時何が違うかと言われれば、ほとんど変わらないかもしれない。もちろん、バイト先でしている仕事は細かくみれば全然違うし、読んでいる本や交わした会話なんかももちろん違う。違うけど、まあ全体の印象としては同じ、水色と青とアイボリーの違いぐらいなもので、同じ青系統という風にまとめることが出来るようなそんな生活をしているわけです。
なので、ほとんど同じような日常が繰り返されるということについて耐性はあると思うのだけど、しかしやはりまったく同じというのはキツイだろうなと思うわけです。
人はやはり、未来に何が起こるのか知らないからこそ生きていけるのだ、と僕は思います。明日の今ごろ何が起こるのか、一週間後の午後2時に何が起こるのか。そういうことがすべて分かっていた上で生きるというのはとても難しいことではないか、と思うわけです。
もちろん知っていることと経験することはまったく別のものです。ちょっと変な話になりますが、例えばピラミッドを写真で見るのと実際に見るのというのはまったく別の経験なわけです。どちらがいいという話ではなく(僕はまあ、写真でもいいかなって思っていますけど)、写真を見て知っていることと実際に見て経験していることというのはまったく次元の違う話なわけです。
そう考えれば、未来に何が起こるか知っていたとしても、まだそれを経験していないのだから問題はないという風に考えることも出来る。うん、それは反論としては正しい。
なのでその反論を正しいと認めた上で、同じ一日が繰り返されてしまうということについて考えてみましょう。この場合、知っていることは既に経験していることなわけです。もはやこれではどうにもなりません。知っていて、かつ経験したことを果てしなく繰り返すわけですから、そのうち耐えられなくなってしまうのは当然でしょう。
もちろんこんなことは実際に僕らの身に起こるわけがないので心配する必要はない、と言えるでしょう。言えるはずですが、しかしそれは完全に保証されているというわけでもなかったりします。
というのも、未だに「時間」というものの正体についてまったく分かっていないからです。
今僕らが知っている(あるいは知っているように思う)「時間」というのは、未来の方向へ一直線に進んでいるようなそんなイメージだと思います。これからも未来永劫、これは変わることはないと恐らく漠然と誰もが信じていることでしょう。
しかし、そもそも時間がそんな形をしている保証はどこにもないわけです。例えば、完全な直線ではなく僅かにカーブをしているのかもしれません。もしそうだとすれば、「時間」はいつか始まりの場所まで戻ってくることでしょう。あるいはどこかでジェットコースターのようにループを描いているかもしれないし、脇道がたくさんあってその脇道に逸れるとまったく別の時間帯に飛んでしまうなんていうことだってあるかもしれません。
だから、「時間」というものが構造上、同じ一日が繰り返されるようには出来ていない、ということがまったく保証されていない以上、無根拠にその上にあぐらをかくわけにはいかないだろうな、と僕は思うわけです。
まあだからと言って僕だって、「時間」がそんな奇妙な形をしていると思っているわけでもないんですけどね。ただ、相対性理論によって、立場によって時間の進み方が変わるということが証明されたわけです。であれば今後、「時間」に関する研究が進めば、何か驚くような結論が出てもおかしくはないのではないか、ぐらいには思っています。
この前テレビでちょっとだけ見たのですけど、世の中には老化のスピードが普通の人よりも驚くほど速い、という病気があります。実年齢は8歳とかなのに、身体的には60歳を超えてしまうような、そんな病気があるわけです。もしかしたらそれも、ただの病気というわけではなく、何らかの「時間の脇道」に紛れ込んでしまった結果だったりするのではないか、と夢想したりしてしまいます。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は、「時間の反復落とし穴」と名付けたものに主人公が陥ってしまう状況の中で発生する事件について描かれたミステリです。というわけでまず、この「時間反復落とし穴」について説明をしようと思います。
例えば今日11/9にその落とし穴に陥ったとしましょう。するとこの11/9が主人公にとってはあと9回繰り返されることになります。主人公はそれぞれを、今何週目の11/9であるのか、という風にカウントをします。オリジナルの11/9の次に来るのが一周目の11/9というわけです。
この繰り返しの中では、基本的に他の人々はオリジナルと同じ動きをします。ただ一人、主人公だけがオリジナルとは違った動きをすることが出来ます。ただし、1周目から8周目で何をしようが、それはリセットされてしまいます。この間どんなことが起こったとしても、それはリセットされ、また次の11/9がやってきます。
例外は9周目だけで、つまりこの9周目に行ったことが即ち実際の11/9として確定するわけです。この9周目にオリジナルの11/9とはまったく別の展開が起こっても、その9周目の出来事が11/9として確定され、そして翌日はようやく11/10になる、という寸法です。
例えば主人公はこのやり方で、難関と言われた高校に入学を果たしました。たまたまその試験の日が落とし穴に入り込んだので、その次からの1周目から8周目までで問題をすべて覚えて解答を頭の中に詰め込み、そして9周目にそれを書き見事合格というわけです。そうそう大事なことを忘れていました。この時間の反復落とし穴という現象は、主人公がコントロール出来るわけではなく、突然やってくるわけです。
さてそれではストーリーです。
とあるきっかけから一大企業にまで成長を遂げたある会社の社長である祖父。祖父には娘が三人いたのだが、とある事情から長女と三女は祖父とは大分疎遠であり、次女だけが祖父の下に残り事業の手伝いをしている。
久太郎の母はその長女の方であり、こちらは三兄弟皆男。対する三女の家族は二姉妹であり、次女はまだ結婚していない。
さてこの家系は今かなり重大な問題に直面をしている。それが、後継者問題である。とある事情から祖父の下を離れていた長女と三女は、祖父が一大企業を興してからというものその関係を修復しようとやっきになっている。しかし祖父の方としてもわだかまりがあり、祖父の家に正月に招かれるようになったのはここ数年のことである。
祖父としては、次女と誰かを養子縁組させることで後継者にしようと考えているのだが、それを誰にするか遺言書に書き換えるというのを正月の儀式にしているようである。長女と三女は自分の子供が選ばれるようにと醜い争いをしている。
さてそんな正月なのだが、ここで久太郎に時間の反復繰り返しが起こる。オリジナルの一日は平凡でなんということもなかったのだが、しかしその一周目になんと祖父が殺されているのを発見してしまう。何故、オリジナルの日程で起こらなかったはずの殺人事件が起こったのだろうか…。それから久太郎は、この殺人事件を防ごうとあらゆる努力を試みるのだが…。
というような話です。
これはなかなか面白いな、と思いました。「人格転移の殺人」の方はちょっとイマイチだったんですけど、こっちはなかなかよく出来てるなと思いました。
時間の反復繰り返しという特殊な状況下で殺人が起こる。しかもその殺人は、オリジナルでは起こらなかったはずなのに、それ以降どの周でもどうしても起こってしまう。彼がどうしようが防げない。さてこれはどうしたらいいのだろうか、という話で、そもそも犯人を探し当てるというストーリーではないというところがなかなか斬新ですね。時間の反復落とし穴の性質を最大限に利用して、いかにして祖父の死を防ぐか、ということがメインになっていて、なかなか新しい発想のミステリだなと思いました。
ただ本作の最大の問題点は、祖父の死を防ぎたいなら祖父を一日中見張ってればいいじゃないか、という点で、読んでて僕はやっぱりそう思ってしまいました。何故か主人公はその発想に至らず、周りの人間を巧く誘導することで殺人を防ごうという発想になるわけですけど、まあこれはストーリー上仕方ないですね。祖父をずっと見張ってる、なんてことじゃあ物語が展開していかないですからね。その部分を大目に見るだけの心の余裕が必要とされる本、だとは言えるかもしれません。
ラストの真相解明の部分は、なるほどさすが論理によってミステリを書いているだけの作家だけあって、なかなかお見事という感じです。なるほどそういうことなら確かにそうで、こうなりますなぁ、という感じ。「人格転移の殺人」の方では人格転移という設定を巧く使いこなせていなかったような気がするけど、本作では時間の反復落とし穴という設定を最大限に巧く使いこなせているとそんな感じがしました。
祖父の家に入るのにちゃんちゃんこに着替えさせられるというような意味不明な設定も出てくるんですけど、それらも最終的には意味のある説明がつけられて、なるほどなるほどという感じでした。全体的に非常によく出来た作品だな、という感じです。この解決に持っていくために最大限効果的な設定を生み出したという感じで、すべてがぴたっと収束していく感じがなかなかいいと思いました。
というわけで、本作はなかなかいいと思います。オススメです。ちょっと新しい形のミステリを読んでみたいという人にはいいんじゃないでしょうか。
西澤保彦「七回死んだ男」

七回死んだ男文庫