2007年11月16日

ワセダ三畳青春記(高野秀行)

僕は、大学入学と同時に上京し、既に一人暮らしを始めて6年ぐらい経っていると思うのだけど、しかしその間一度も風呂掃除とトイレ掃除をしたことがない。
と聞くとどんな風に思うだろうか。「汚い!」とか「ありえない!」とか言われそうである。まあしかしそれは誤解である。
正確に書けばこうである。一人暮らしをしてからこの方、部屋に風呂とトイレがあったことがない。そう、なかなか僕もトリッキーな住環境の中で生活をしているのである。
これまで二つの物件に住んだことがあるが、どちらもまあ変わっていると言えば変わっている。
初めに住んだのは、いわゆる学生ハイツというところだった。男だけが住めるところで、トイレは各階のフロアにあり、風呂は地下に大浴場があった。コンビニみたいな売店やコインランドリー、テレビ室に卓球室など様々あって、しかも大学まで歩いて徒歩5分という最高の場所だったため、在学中はずっとそこに住んでいた。もともと病院だったという噂があって(卓球室は昔霊安室だった、という噂もあった)、それと関係があるのか部屋が結構狭かったが(押入れがなくて5畳ぐらいだったかな、確か)、僕としては何の不便も感じなかった。友人に同じくその学生ハイツに住んでいた男がいたが、「女子を連れ込めぬ」と言って別の場所へ引っ越して言った。まあ賢明な判断である。僕にはその賢明さが欠けていたというか、賢明であろうとしなかったというか、まあそんな感じでずっと住み続けていたのだ。
その学生ハイツ時代はまあいろいろあったなぁ、と思い出す。その記憶はほとんど、当時在籍していたサークルと密接に関わってくるものばかりであるが、とにかくなかなか思い出深い。入ってすぐのところにロビーがあって、そこでひたすら打ち合わせをし続けたり(しかし、恐らく僕らがあまりにもその場所を使いすぎたため、ある時から外部の人間がロビーにいられる時間が制限されることになった。昔は毎晩徹夜で使ったりとかしていたのだが)、小さな会議室みたいなところを借りて作業をしたこともあるし、みんなでカレーを作ったこともある。ある期間サークルの連中が激しく徹夜をするような時期があり、その間その学生ハイツの大浴場によく入りに来ていた男もいる。彼は僕の部屋に、風呂道具一式を借りに来るのである。
また当時の僕の部屋がとにかくすごかった。無茶苦茶汚かったのである。どれぐらい汚かったかというと、ベッドの上に物を置きすぎたために、毎晩床で寝ていたほどである。足の踏み場もないというのはまさにあの状態で、今思い出してもすごかったな、と思う。
また、僕が計半年にわたって引きこもっていた部屋でもある。僕なりにまあいろいろ大変な時期ではあったし、周りにも多大な迷惑を掛けたのだが、しかし懐かしいなぁ、という風にも思う。
また、僕は大学を中退して一度実家に戻ったのだけど、実家があまりにも嫌過ぎて何度かプチ家出的なことをしたことがある。その際、この学生ハイツのロビーに寝泊りしていたこともある。もちろんしばらく居座っていると常駐している管理人の人にばれて追い出されてしまったのだけど、見つからないようにうまくやれば、あそこに住み続けることはきっと不可能ではないな、と僕は思ったものである。
さてそんなわけで学生ハイツを去り、今住んでいるこの部屋に行き着くのだけど、これはまさに行き着いたという感じの流れであった。
一時期実家に強制送還されていた僕は、しかし実家での生活があまりに嫌過ぎて、さっきも書いたけど何度もプチ家出を繰り返した。そして最終的に我慢の限界に達し、やはり実家を出ることにしたのである。僕は元来行動力はゼロで、行動しないことに掛けてはかなりの自信家なのであるが(そんな自信家は嫌だが)、しかしその時は頑張った。とりあえず簡単な荷物だけ持ってこっちへやってきて、友人宅にしばらく泊めてもらうことにした。
さてそれで部屋を見つけるという話になるはずなのだが、実際はそうではなかった。僕はまずとりあえず仕事を決めることにした。とにかく本屋で働こうということだけは決めていて、それで特に理由もなく今のバイト先に決めたのだが、それから家を探すことにしたのだ。
僕が使ったのはネットである。
とにかく当然のことながら金がない。金がなくてはどうにもならないので、一番初めの引越し資金だけは親に出してもらうしかないだろうが、それにしたって安いに越したことはないだろう。
そんなわけでネットで、とにかく家賃が安いという条件とバイト先周辺というだけの条件で検索をして見つけたのが今住んでいる部屋である。
家賃2万5千円。
この時代にどんだけ安いんだ、という話である。本作に出てくる「野々村荘」は三畳の部屋と四畳半の部屋があるらしいのだが、著者が後年住んだ四畳半の部屋の家賃が2万2千円だそうだ(ちなみに三畳の部屋は1万2千円)。僕の部屋は6畳一間プラス流し台と押入れであり、かなり広い。実質8畳ぐらいある感じだ。それで、著者が住んでいた四畳半と3千円しか違わない。驚異的である。
著者も入居はかなりノリで決めたようだが、僕もまあ同じようなものである。とにかく安ければ何でもいいか、と思っていた。それでも敷金だの何だので引越しに10万くらい掛かったような気がするのだけど、まあ上出来ではなかろうか。
それ以来ずっとここに住み続けている。別にすこぶる快適というわけではないが、しかし特に不満もなく、総合的に満足していると言っていい。確かに風呂がないのは不便だな、と思うことはある。あるがしかし、僕は一方でこうも思う。もし自分の部屋に風呂があったら、結局シャワーを浴びるだけで終わらせてしまうだろうな、と。基本的にめんどくさがり屋なので、浴槽に湯を溜めるなんて生活はしないだろう。しかし僕は基本的に湯に浸かりたいし、なんとなれば足を伸ばして風呂に入りたい。一人暮らしを始めて以降、その欲求は常に満たされてきた。銭湯に行く手間はあるし、しかも僕が入る時間帯がちょっと微妙で値段も若干高いと思うのだけど、まあいいやと思っている。
しかし別にここに住み始めて以降、特にすごい出来事があったということはない。前一度、隣に住んでいる人に、テレビを貸してくれ、と言われたことはある。何でも、自分の部屋のテレビが映らなくなったとかで、テレビが原因なのかアンテナ関係が原因なのか分からないから、ウチのテレビを持っていって配線に繋ぎたい、とかなんとかそんな話だったと思う。その時僕がどうしたのか正確には覚えていないのだけど、でも確か貸したような気がする。その隣人は既に引越し、今僕の隣に住んでいるのは日本語が巧い中国人である。しかし一度顔合わせをしただけで、それ以来姿を見たことがない。東工大の学生で、しかも留学生の試験ではなく日本人と同じ一般の試験を受けて入った、というようなことを大家さんが言っていたと思う。もの凄く頭がいいのである。
あとこれは大家さんから聞いた話なのだけど、店子の中に一人ちょっと変わった人がいるらしい。以前大家さんは、好意から自分の家の洗濯機(家の外にある)を店子の人にも使わせてくれていた。しかし、まあ事情はよく知らないがそれを使わせないことになったようで、まあ僕としては仕方ないと思って近くのコインランドリーに行くのだけど、ある店子はそれに納得がいかなかったようで、洗濯機を自分に使わせない限り家賃は払わない、と宣言をしたらしい。その後この問題がどうなったか知らないが、よく分からない人間はいるものだと思ったものである。
あとそういえばちょっと前に、どこかの宗教の人がやってきた。僕が住んでいるところは、大家さんの自宅の敷地内と言ったようなところにあって、そこにアパートがあると知っている人間でなければ他人が入り込んでこないようなところにある。だから新聞の勧誘も来たことがないし、なんとNHKの集金も来たことがない(しかしもちろん郵便は届くぞ)。学生ハイツ時代もそういう勧誘的なものは入口の詰め所ですべて排除されていたので、僕はそういうものとはほぼ無縁の生活を送ってきたのである。
だから宗教の変な人が来た時は少なからず驚いた。宗教の人が来たことよりも、よくここまで入り込んだな、という感じである。まあ別にその人達は勧誘とかに来たわけではなく、発行している雑誌を手渡し、神に感謝云々というようなことを言って去っていったが、まあ僕の中で事件と言えば事件である。
あとここ最近の僕の関心といえば、ネズミである。
ちょっと前に僕は二度もネズミの姿を部屋で見かけたことがある。またガサゴソというような不穏な音をよく聞くようになった。そこで重い腰をあげ、ネズミ撃退に着手することにした。
調べて見ると、流しの下の壁の一部が崩れている。なるほど、ネズミはここから出入りしているのだなと判断。その穴をガムテープで塞いだのである。ざまぁ見ろだぜ。
しかしつい先日、とんでもないことがあった。なんとドタバタという小動物が駆け巡る音が、なんと天井から聞こえてくるのだ!なんと、敵は上にいたか。天井に棲みつかれてはもはや手出しは不可能。まあその天井でのダンスを聞いたのは一度きりであるが、戦々恐々とした日々を過ごしているのである。というのはウソで、別にあんまり気にしていないのだけど。
まあそんなわけで大して面白い話があるわけでもない。まあそりゃあそうである。面白いことというのは、適切な人間の元に降り注ぐのである。僕は面白いことが降り注ぐには適していない人間なのだ。それは自分でもよく自覚しているからいいのである。面白いことが降り注ぐ人間にはそれがもうやたらめったら降り注ぐのだ。そういう人は、まあ楽しいだろうな、と思う。
さて僕は、まあ何もなければ結局ここに住み続けることになるでしょう。別に転勤があるような仕事じゃないし(っていうかバイトだから当たり前だし)、結婚する可能性については検討する段階から既に捨てている。僕が普段行っている銭湯がもし潰れるようなことがあればちょっと考えなくてはいけないなとは思うが、しかしそれまでは特に問題なく生活が出来るだろう。基本的に衣食住には興味がないのだ。とりあえず、雨がしのげればまあいい…と書いたところで思い出したが、そういえば我が家は雨漏りがするのだった。雨漏りなんてもはや漫画の話のようだが、かなり強い雨が降ると天井から水が滴ってくる。その内天井が腐って落ちてくるんじゃなかろうかとも思うが、まあこれも特には気にしていない。まあなるようになればいいさ、と思う。
まあそんなわけで、そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は、辺境ライターとして知られる無鉄砲の冒険野郎である高野秀行が、早稲田大学在学中から30歳を越える年まで住み続けた、「野々村荘(仮名)」での青春記です。
著者は大学の探検部に属し世界を文字通り飛び回っていたのだけど、アフリカから返ってきたある日、探検部の後輩が、自分が住んでるアパートに空きが出たから誰か入らないかと言っているのを聞く。三畳一間で家賃は1万2千円。礼金なしの敷金は一か月分、つまり2万4千円あれば入居可能である。著者は財布の中に3万円近くあった。そこで即決。「おれが入る!」
著者は実家暮らしをしていたが、まあ彼の生活なら当然というべきかなかなか居心地の悪い環境だったようで、その部屋を借りたのも当初は避難所として使うつもりだったのだが、半年もするとそこが自宅になっていた。著者もまさか、それから11年もそこに住み続けるとは思っていなかったことだろう。
さてその「野々村荘」だが、とんでもないところだった。とにかく奇人変人の溜まり場のようなところだったのである。
まず大家さんがすごい。とにかく普通じゃない。家賃を滞納しても何も言わないし、入居者が突然変わっても驚かない。ケンゾウさんという司法浪人の人は、かつて野々村荘に住んでいた外国人が部屋を出るや、大家さんに「今日から僕が住みます」と宣言し勝手に住み始めると言った始末である。また、長期に部屋を空けても何も言わないし、部屋を又貸ししても何も言わない。以前など著者の留守中に、著者の部屋に猫が棲みついたことがあったらしいのだが、その時その猫に餌付けをしていたというような逸話の持ち主である。他にもこの大家さんは様々にエピソードを持っているのである。
また先ほど名前を出したケンゾウさんは、お節介な上に口やかましい人で、ルールに厳しい。ルールを守ることが言明されるが、そのルール自体が突飛で変わっているのだ。なかなかついていけるキャラクターではない。人の部屋の電話に勝手に出るし。
また、「守銭奴」という名前の住人もいる。この守銭奴は、まあとにかくケチであるという点で徹底しているのであるが、また一方でとんでもなく臭い飯を作っては食べるということで何度か問題を起こすことになる。
他にも探検部のメンバーが部屋を借りたり、あるいは著者の部屋に始終やってくるわで、とにかく何も起こらない日はないというような感じである。
また、野々村荘の話とは独立して、著者が様々に無謀でかつ馬鹿馬鹿しいことにチャレンジする話も載っている。幻覚植物の人体実験をしてとんでもない目に遭ったり、友人と占い師のバイトをして一儲けしようと企んだりと、アホ全開と言った感じである。
そんなこんなで、とにかく著者の日常は野々村荘と共にあり、11年の歳月をほとんど変わることなく過ごした。周りの人間がどんどん社会に出て行くなかで、著者だけが未だモラトリアムを引きずった生活をし続けているのだ。すごい。本作は、世界中を飛び回っては非日常に触れ続けた著者の、日常の非日常を描き出した作品です。
いやはや、ホント無茶苦茶面白いですね、これは。もうとにかくどこを読んでも笑いっぱなしでした。別に感動できるわけでも役に立つわけでもなくて、最初から最後までただ馬鹿馬鹿しいだけの話なのだけど、こんな11年間を過ごしていたらホント面白いだろうな、と思いました。
しかし作中で、野々村荘の外の人間が最近の野々村荘の面白い話を聞きたがった時、ちょっと考えなくては分からない、というような場面が出てきます。それは、日々あまりにも野々村荘にどっぷりと浸かっているために、何が面白いことなのか考えてみなくてはわからなくなってくる、ということだそうです。それほどまでに野々村荘というのは捩れて歪んで世間のエアスポットのようなところだったということでしょう。
それを象徴するのが、著者が「キムタク」がなんなんのか知らなかったという驚くべき事実です。イシカワという探検部の後輩と一時期一緒に生活をしていたのだけど、その際「キムタク」ってなんだという話になったみたいです。グループ名じゃないのか、と著者が言うと、いやいや人の名前に違いないとイシカワがいい、それを後輩に確認するというのだから、彼らがいかに世間から取り残されていたがわかるというものです。
ただ本作を読んでいると、著者に共感できる部分も多々あってそれはよかったですね。
例えば食事です。著者の食生活もかなり酷いもので、とにかく安く食えれば何でもいいらしい。めんどくさいからという理由で、レトルトのカレーを温めないでご飯に掛けて食べたりするようなので僕よりも重症だと思うのだけど、ずっと同じものを食べても飽きないというのは同じだし、腹に入ればなんでもいいというのも同じですね。
また、「世間」が苦手という話もすごくよく分かりました。結婚式のエピソードがあって、普段「世間」というものを自分から完璧に避けて通っているのに、結婚式というのはなかなか避けがたい。そうやって時々「世間」と関わると冷や汗をかきそうになる、というような話で、「世間」というものに恐怖を感じすらしている僕としてもそれは同感だなと思いました。
また、働くということについても似ています。サラリーマンという存在に強く疑問を感じていて、一瞬だけサラリーマンになるのだけど結局辞めてしまうという話があります。僕もサラリーマンという生き方は絶対に出来ないと分かっているので、著者の気持ちが結構分かる気がします。
そんなわけで、とにかく面白い話でした。とんでもなくくだらなくて、とんでもなく馬鹿馬鹿しい話です。ここまでくだらなくて面白い小説ではない作品を読むのは、乙一の「小生物語」以来かもしれません。かなり傑作だと思います。かなりオススメです。とにかく気楽に読める本です。是非読んでみてください。

高野秀行「ワセダ三畳青春記」


ワセダ三畳青春記文庫

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