さて、この作家、殊能将之というのも覆面作家なわけです。載っている経歴は、「1964年、福井県生まれ。名古屋大学理学部中退」だけですね。同じく覆面作家である舞城王太郎も福井出身で、福井の人はどうも覆面作家であることを好むようです。
内容に触れましょう。
美少女を絞殺し、その喉元に研ぎ上げたハサミを突き立てる猟奇殺人が都内近郊で発生している。マスコミが名付けたのが「ハサミ男」。知的で用心深い「ハサミ男」は、一定の期間を置いて殺人をしていた。
三人目の被害者を選定し、尾行を繰り返し綿密にチャンスを狙う「ハサミ男」。その少女を殺せるチャンスを忍耐強く待ち、尾行を続けていたのだが・・・
なんと、自分とまったく同じ手口でその少女が殺されてしまい、しかもなんとその死体の第一発見者になってしまった!何故その少女は、「ハサミ男」の犯行に似せて、「ハサミ男」以外の人間に殺されたのか。猟奇殺人鬼「ハサミ男」自身が探偵となり、調査を始めるが・・・
すごい話です。設定がすごい。殺人犯が探偵になる、という設定は、俺は他の例を知らないけどたぶんあるでしょう。それでも、この設定の妙はなかなかのものです。
そして、本当に精緻に作り上げられていて、またある瞬間を境に襲ってくる衝撃は、並大抵のものではないです。初読の際は、誇張抜きで度肝を抜かれたものでした。この衝撃は、読んでくれないともちろん味わえないですよ。
「ハサミ男」は、自殺志願者でもあって、幾度となく自殺未遂を繰り返しているわけです。そのどれもが失敗するんだけど、その度に出てくるもう一つの人格<医師>との会話もなかなかすごいものがある。「ハサミ男」自身とは違い、博識で引用好き、という<医師>は、「ハサミ男」が自殺をする度に「ハサミ男」を揶揄する。その精神論というか認識論というか、そうした<医師>の「ハサミ男」に対する姿勢というのも面白い。
また、その事件を捜査する刑事もなかなか個性的で、どうやら刑事の視点である「磯部」という男にはモデルがいるらしい(解説に書いてあった)。
以降、人を喰ったような作品ばかり書き続けている著者であるこのデビュー作は、本当に秩序というものが欠けているという感じがする。エントロピーが加速度的に増大していくようだ。話が進めば進むほどわからないことが増えていく、みたいな。デビュー作にしてこの質は、なかなか衝撃的だと思います。
色んな混沌が収束する終わらせ方もかなりいいと思います。このストーリーが現実的かどうか、それは警察機構のあり方に帰着すると思うけど、まあそうしたものは結構無視してほしいですね。確かに現実的でない部分もあるかもしれないけど、その後の殊能将之の作品を見れば、いかにこの作品が現実的に書かれているか、がわかることでしょう。きっと、その後の作品を書くために、まずは一般受けしやすそうな作品を書いてみました、みたいなノリだったんではないか、と想像します。
どうも映画化するらしいです。でも、この作品は、映像化できるわけないと俺は思うんですよ・・・どうやってこのストーリーを、原作通りに映像化するのか、とても楽しみだったりします(まあ見るかはわかんないけど)。
ちなみにこの作品は、メフィスト賞と言う新人賞受賞作なんだけど、面白いエピソードがあります。このメフィスト賞というのは、雑誌「メフィスト」の誌上で公募していて、その巻末に選考の様子を描いた座談会が載っているようです。それでこの「ハサミ男」という作品が編集部に届いた際、住所がどこにも書いてなくて、その座談会で作者の方連絡ください、みたいなことを呼びかけた、というものです。趣味が家事でワイドショーをよく見る、と著者の存在そのものが人を喰っているように思います。
壊れた世界を体験して見たい方、規格外の衝撃を味わいたい方、覆面作家殊能将之という才能に触れてみたい方、映画を見ようかどうしようか悩んでいる方、逮捕されていない猟奇殺人犯の方、是非お読みください。かなり面白いです。
殊能将之「ハサミ男」
ハサミ男講談社ノベルス
ハサミ男講談社文庫